4 不思議なくららちゃん
学校が終わり家に帰ると、玄関にはくららちゃんの白いスニーカーがあった。
中学は今日が始業式だったから、昼には帰っていたはずだ。
くららちゃんは新しい中学で馴染めるだろうか。
お姉ちゃんはすごく心配だよ。
階段をのぼって、くららちゃんの部屋の前に立つ。
耳をすますが、何の物音もしないし、人の気配もない。
「くららちゃーん、ただいまー。お姉ちゃんですよー」
出来るだけ声のボリュームを抑え、部屋の中に呼びかける。
しかし、反応はない。
一階にいるのだろうか。
それとも、とうとう反応すらくれなくなったのだろうか。
それなら悪態をついていてくれた方が嬉しいよ!
なんてことを思いつつ、私はくららちゃんの部屋を通り過ぎ、自室の扉を開けた。
その瞬間、私の目におかしな光景が映り込んだ。
夢か幻か。なんと、くららちゃんが私のベッドですやすやと眠っていたのだ。
これはどうしたことか。
あのくららちゃんがどうして私なんかの部屋にいて、それもベッドの上で、しかも眠っているのだろう。
謎だ、謎すぎる。
かばんを机の横に置いて、私は慎重にベッドに腰かけた。
上からくららちゃんの寝顔を覗き込む。
「穏やかな寝顔だこと。私にもこの顔を向けてくれないものかねえ」
囁きながら、そっと手を頭に乗せる。ゆっくりと手を動かして撫でると、くららちゃんの唇がぴくりと動いて寝言を漏らした。
「んん、姉さん……」
おお……おお?
姉さんって、もしかして私のことですか?
これはなんだか無性にドキドキしますねえ!
ゆたか相手だったらとりあえず覆いかぶさってるところだったよ。
すると、くららちゃんはクンクンと鼻を鳴らし、何か匂いを嗅いでいるようだった。
一体どんな夢を見ているのだろうか。
その後もしばらく頭を撫で続けていると、ついにくららちゃんの瞼が開いた。
「ん、おはようくららちゃん。ぐっすり眠ってたね」
ぼーっと寝ぼけ眼で私の顔に焦点を合わせて数秒。
くららちゃんは顔を真っ赤に染め上げて、ベッドから飛び起きた。瞬時に立ち上がり、私から距離を取る。
そして目を泳がせ、言葉がないまま立ち尽くすくららちゃん。
「ねえねえ、どうして私の部屋で寝てたの?」
当然の疑問を投げかける。くららちゃんは私に対して半身になり、動揺を隠すように両手を揉み合わせた。
「べ、別に……いいじゃん」
「うん、いいけど。いつでもおいで」
私の言葉に、くららちゃんは拍子抜けして目を丸くした。
「えっ、いいの?」
その予想外の反応に、私は思わず笑ってしまった。
「もちろん。くららちゃんの可愛い寝顔を見せてもらったから特別だよ」
「な、なにそれ……意味わかんない」
くららちゃんは依然顔を紅潮させたまま、顔を俯けてもじもじとする。
「で、どうして私の部屋にいたの?」
再度問いかけると、くららちゃんは黙したまま、小走りで私の部屋を出て行った。
んー、くららちゃん、謎すぎる。
部屋を間違えた……なんてことがあるわけないし、私の部屋に何か用事でもあったのだろうか。
夜、自室で過ごしていると、部屋の前を誰かが歩き回るような音が聞こえてきた。
少しして、隣のくららちゃんの部屋のドアがカチャリと閉まった。
また少しして、部屋の前を行ったり来たり。
くららちゃん……ちょっと怖いんですけど。
それが何回か繰り返された。
さすがに辛抱ならず、くららちゃんが部屋の外に出てきたタイミングで、私も部屋のドアを開けた。
そこには、なぜか自分の制服を抱えたくららちゃんがいた。
何かを言いたそうに、俯き加減でチラチラと私を見てくる。
うふふ、お姉ちゃんにはわかるわよ、くららちゃんの気持ちが、手に取るようにね。
「くららちゃん、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで」
そう言って諸手を広げる。
くららちゃんは目を伏せたまま、私に制服を押しつけてきた。
くららちゃんの制服を受け取って、呆然とする。
……え、私にコレをどうしろと?
必死に思考を巡らせている間に、くららちゃんはそそくさと自分の部屋に戻ってしまった。
くららちゃんの制服を持ったまま立ち尽くす。
「ええ……本当にどうしろと」
「部屋に置いといて」
思わず出た呟きに、くららちゃんがドア越しに返答した。
「え、私の部屋?」
「うん。枕元がいい」
「なぜ」
「なんなら枕にしてもいいよ」
「え、うん……いやいやいや、なんで!」
「いいから」
……なぜだ! お姉ちゃんさっぱりわからないよ!
それ以降、いくら声をかけてもくららちゃんから返答が来ることはなかった。
翌朝、自室で着替えを済ませていると、ドアがノックされた。
「はーい」と返事をする。すぐにドアが開いて、くららちゃんが姿を見せた、
着替え中の私に目を向け、サッと視線を逸らす。目を伏せたまま、
「制服」
と小声で呟いた。
「あ、ベッドの上に置いてあるよ」
くららちゃんの制服を見遣って言うと、くららちゃんは一瞬、確かに嬉しそうに顔をほころばせた。
こんな表情を見たのは初めてかもしれない。
しかしすぐにいつもの無愛想な表情に戻り、恐る恐る部屋に入ってきた。
制服を手に取り、横目でちらと私を見たくららちゃんは、また逃げるように部屋を後にした。
「不思議な子だ……」
その後すぐ、隣の彼女の部屋から子猫が甘えるようなとろけた高い声が聞こえてきた。
くららちゃん……?
「……ふ、不思議な子だ」
壁を見つめて、私はひとり呟いた。
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