第19話

その、踊り爆発しそうな心臓を押さえつけるかのように、

なるべく静かに、俺は深呼吸をしていた。


そして俺は、ジローを警戒けいかいしはじめていた。

ジローは…何者なのか?

とにかく、油断出来ない奴だということは、ハッキリわかった。

黒さんは気づいているのだろうか?

鮫頭は気づいているのか?


さしずめジローは、警察の犬を探しに来た、狩人かりゅうどといったところだろう。

しかし…それだけではなさそうな気もしていた…が、今はとにかく、自分を守ることだけを考えなくては…それだけしか考えられなかった。

そしてすぐに、その対処たいしょ対応たいおうに心を馳せる。

このままでは、俺の正体しょうたいがバレてしまう。

そして、バレるのも時間の問題だと、俺はあせりだしていた。

何とか、切り抜けなければ…そのためには…



「なぁ鮫頭、お前の奥さんと子供の話、聞かせてくれよ。」


鮫頭

「…何だよ。やぶからぼうに…。ったく!どうだっていいだろうが…チッ、しょうがねぇーなぁー。嫁と小学生の女の子がいる。それだけだ。」


「へぇー。お子さんは女の子だったのかよ。

小学生か…今何年生なんだ?。」


鮫頭

「…んっとにようー。別に何年でもいいだろ。うちの家族の話は聞くな!。」


黒さん

「いやいや、俺も聞きてぇーな。何年生の子だ?おん、ほらほら言ってみろ。」


鮫頭

「ったくよー。うるせぇーな。もうわかったよ。三年生だよ。これでいいか。」


「そっかー…いいねぇー。

三年生の娘さんか…可愛いいよな。そしていい奥さん…俺も家庭がほしくなったぜ。」


黒さん

「ハハハ。そうだぞ!水宇羅、お前も早くいい女性おんな見つけろよ。まぁでも、お前はまだ若いからこれからだな。ハハハ。」


「ハァー…ああそうだな…。」


黒さん

「…ん、どうした水宇羅、ため息なんかついて?。」


ジロー

「…?…」


「…いや、別に何でもねえ。彼女おんなこいしいんだよ。」


!……


鮫頭

「はぁー!何だよ。お前彼女いんのかよ。」


「ああ、いるよ。べつ普通ふつうだろ。」


俺は色々な事が頭を駆け巡り、心此処に在らず状態じょうたいだった。


だから普通に話したつもりだった…。

ごく普通に、話の流れでそう言ったまでだった。

しかし、俺に彼女がいるということは、確かに初めて話すことだった。

そして、この俺の彼女の話から、話はどんどん変な方向へ向いて行くとは、この時は全く思わなかったのだ。



ジロー

「へぇー、お前彼女いるんだ?!。」


黒さん

「何だよ。俺も初耳はつみみだぞ!。」


「あ、ああ、そういえば言ってなかったか…。でもそんなこと、どうでもいいだろ。」


鮫頭

「まぁ、そうだけどよ。でも全く知らなかったってのは…。」


黒さん

「んー、確かにそうだな。まぁとにかく、彼女と上手くやれよ。」


ジロー

「まぁ…だけど俺らって…本当、今まで考えてこなかったけど、お互いのこと知らなすぎるよ…。

なぁ!どうせまだまだ時間はある。

これからのためにも、みんなで逃げ切るためにも、もう少しお互いのこと知っといたほうがいいと思う…どうだろ?。」


このジローの言葉に俺は、…やってしまった…一番突かれたくない話に行きそうだ…

ああーーー…


「! あ、いゃ、そ、それは、」


黒さん

「なぁージロー…個人個人こじんこじん、言いたくないこともあるだろう…

そんな詮索せんさく、しなくてもいだろうが。」


ジロー

「それは…その通りだよ。そんなんじゃなくて、俺達は今、運命共同体うんめいきょうどうたいなんだからよ、知ることは知らなきゃダメだろうって言ってんの!。」


黒さん

「ふーむ…」


鮫頭

「おいジロー、俺達は今まで何だかんだで、上手くやってきたよな…お互いのこと、あまり知らないなりによー。

何を今更になって、あーだこーだってうるせぇーこと言ってんだ?!おぅこら!。」


ジロー

「い、いや、だから、あの、」


ジローは、鮫頭に完全にビビっていた。

やはり先程、追い込まれた時の記憶が、そうさせるのだろう。


そんな状況を冷静に見極みきわめた黒さんは、いきなり核心かくしんせまる。



黒さん

「ジローよー…。お前結局、さっきの潜入の話がしたいんだろ…。

そんなに潜入が誰なのか、知りたいか?

そんなに気になるのか?

だったら俺が…。」


この黒さんの言葉に、一同は言葉を失い、息を飲んだ。

黒さんは、潜入が誰なのか知ってる言い回しだからだ。


ジロー

「…え、え、く、黒さん…知って るの?。」


黒さん

「ああ、知ってるよ。」


全員 唖然あぜんとした。

しばらくの間、また時が止まった。


………


そして、その沈黙を破ったのは、黒さんではなくジローだった。


ジロー

「だ、誰なんだ?…教えてくれ。」


黒さん

「それはな、」


俺は心の中で、黒さんは最初から知っていたのか…最初からバレていたのか、もうダメだ!

何か言わなきゃ、言わなきゃと思いながらも全く言葉が出なかった。

人間は、絶対に何かを言わなきゃいけないと意識した時、絶対に何かをしなくてはならないと意識した時、一切いっさいの行動と言葉を失うのだと、その一瞬で俺は学習まなんだ。


「ぅ……」


黒さん

「それはな、…ソイツはお前だ。」


黒さんが指差ゆびさしたのは、

何とジローだった。

ジローは呆気にとられ、口をパクパクさせるだけだった。

そして、黒さんがそのまま話を続ける。


黒さん

「ジロー、そんなに潜入にこだわってるってことは、ぎゃくに考えれば、自分が潜入だって言ってるようなもんだろ。」


黒さんの説明は、全く理解できなかった。

俺と同じように、みんなも全く理解できていないだろう。


そして鮫頭が、黒さんに説明を求める。


鮫頭

「なぁ黒さん、分かるように言ってくれ。」


黒さん

「そうあわてるな。今から説明するからよ。」


この黒さんの言葉に、皆が注目する。


黒さん

「いいか、よく聴けよ。

ジローがさっき言ったこと、須木先のことも全部、ジローの作り話だったら…。

ジローが潜入なら十分あり得るだろう。」


ジロー

「い、いやいや、ちょっと待ってくれよ黒さん!俺は、」


ジローがまだ話し終わらないうちに、鮫頭が遮る。


鮫頭

「ジロー!黙ってろ!。」


ジローは一瞬で、静かになる。

そして、黒さんが話を続ける。


黒さん

「ちょっと中断ちゅうだんしちまったが、話を続けるぞ。

俺が違和感を感じたのは、ジローがあまりに雄弁ゆうべん過ぎる点と、あまりに話が出来すぎている点だ。

そして俺は、ある仮説を立てた。


ジローが潜入だと、したらだ。


ジローの言ってることが、全て嘘だったら…ってことだ。


逆と考えるならば、組織の犬じゃなく、組織に潜り込んだ…警察の犬…。


全てを利用し、全てをだましていた。


お前の潜入としての任務は、

知られざる組織の、首領トップを見つけること。


ジロー、そしてお前は今、ここにいる。

俺達をあざむき、仲間のふりをして…。


それは、この中に、知られざる組織の首領が、

いるとんだからだ…。」


この黒さんの仮説は、あまりにもぶっ飛びすぎて、俺達は固まってしまった。


しかし、その一瞬の刹那せつな、俺はジローに自然と目をやった。


ジローは目を大きく開け、口を大きく開け、

声にならない声を出していた。


その静けさの中、黒さんが笑顔で言い放つ。


黒さん

「な~んてな。ハハハ、いやいや、ただの仮説だよ、か·せ·つ笑。」


この、おどけた黒さんの態度に、俺達は腹を立てるでもなく、ただただはと豆鉄砲まめでっぽうを食らったようだった。


黒さん

「…あ、あれれ、すべったか?。」


シリアスからの、いきなりの黒さんのおどけに、鮫頭が半ば、呆れ顔で言い、俺は、いいかげんにしてくれ、とばかりに言い、

そしてジローは、沈黙するのであった。


鮫頭

「いやいや黒さん…滑ってはないよ。言葉がないだけだ…。」


「黒さんよー、冗談はやめてくれよ。」


ジロー

「…」


……


黒さん

わりい、冗談だから許してくれ。」


「ふー。黒さん……黒さんのは冗談に聞こえねぇーから…頼むぜ。」


鮫頭

「ホントだよ…んー頼むぜ。」


黒さん

「悪かった。ちょっと冗談が過ぎたか?ゴメンゴメン。」


……

皆、やれやれといった感じだ。


そして俺は心の中で、よし!今なら、この場の空気なら…

いっちょカマしてみようと思った。



「ジロー!お前はどう思ってんだ?。」


一同は皆、俺の顔を見る。

そしてジローが返答し始める。


ジロー

「あ、あー、んーーー、そうだな…俺はもしかしたら、実際この中にも居るかもって実は思ってた。

黒さんが言った通りだよ。

でも潜入は俺じゃないけどね…。


だって、潜入が居るって事は、99%確実な訳だし、それに、何となくだけど、

そうゆうのって案外近あんがいちかくに居たりするじゃない?!笑。」


「ふーん、99%ねぇ…。

それで、99%潜入が居るってのは、どういうことだ?…。」


ジロー

「実はさー、その時、俺もその場に居たんだけど…。

火馬田のおっさんが刑事に金渡かねわたしてるところ…見ちゃったんだよ。

そんでその時、ちょっと聞こえたんだけど、

潜入が居るから気を付けろって、全員の経歴けいれき調べろって、聞こえたんだよね。」


「…ハハハ、たったそれだけの理由で、99%とはな笑。

そんなもん、その汚職刑事おしょくけいじぜに欲しさにガセネタ言ってるだけじゃなかったのか?笑。」


ジロー

「…フン。確かにガセネタって言うなら、

全員の、組織全員の経歴けいれき調べろって、言うか?普通。

何かをつかんだから、調べろって言ったんじゃねぇのか。

ガセネタって言うならよー…これまで色んな取り引きなんかも、かなり警察につぶされてたよな。

そうゆうのも潜入が居るとして考えたら、

辻褄合つじつまあうだろ。

それと…決定的な事を教えてやるよ。」


「決定的な事…何だよ!言ってみろよ!。」


ジロー

「実は…潜入をひとり捕まえたって笑!。

そんでソイツが、潜入は、他にも居るって言うのよ!笑。」


「う、嘘だろ!潜入が他にも居るって…んなバカな…。」


ジロー

「…あ、…」


黒さん

「そりゃ初耳だ!だけど、ジロー…

その話、いったい誰から聞いたんだ?。」


ジロー

「火馬田のおっさんだよ!。」


黒さん

「そりゃ嘘だろ笑。

お前、火馬田のおっさんに嫌われてるっていうか、天敵てんてきじゃねぇかよ。お前に拷問したのも、この前まで履いてた貞操パンツも、全部火馬田のおっさんじゃねぇかよ!。」


なんと言っても、今回こんなことになったのも、ジローキッカケだからだ。

火馬田のおっさんの女に手を出して、追われ、

殺されかけたのだ。

それなのに…火馬田のおっさんの近くに…あのジローが近づける訳が無いのだ。


ジロー

「いや、だから俺が、まだ彼女と仲良くなる前だよ!…。

それまでは、火馬田のおっさんとは案外仲くしてたんだ。」


黒さん

「…ほー、そうか。言われてみればそうだったな。それで、彼女と会う機会きかいが増えて、れたってことか…

それにしても火馬田がねぇ…あのおっさん、

どこまで確証かくしょうを掴んでたのか…。」


ジロー

「…」


鮫頭

「なぁー、ジロー!単刀直入に行こうぜ!。

ようは、この中の誰かが、潜入だって言いたいんだな!

そりゃ当然ジロー!お前も入ってるんだよな!!。」


ジロー

「うん!そうだよ!。

でも…俺じゃ無いのは確かだけど…。」


鮫頭

「いや、ジロー、お前が怪しいと、俺は思えてならねぇー…

潜入がどうとか、映画やドラマみたいとか、散々さんざん言っといて俺じゃ無いって、相当怪そうとうあやしいな!。

黒さんが言った仮説も、本当は真実なんじゃないのか!

それに最初にあおった奴が実はって話は、よく聞くことだしな!。」


黒さん

「鮫頭の言う通りだな!。」


「右に同じだな!さぁー、ジロー白状はくじょうしろよ!。」


ジロー

「……話しにならないね。俺が潜入なら、

とっくに警察突入させてるんじゃないのかよ!。

それに、わざわざ煽るようなこと言わないし、潜入って言葉も、…けてただろうし。」


黒さん

「ハハハ…ジローの言うことはもっともだな。

さっき俺が話したけど、この中に潜入がいたら、警察は既に突入して、俺達はぱくられてるよ。

突入してこないってことは、

この中に潜入は居ない!ってことだよな。

ジロー!。」


ジロー

「…まぁー、そうゆう事になるかな…。

でももし…、待機たいきしてるなら…何でだろ?…。」


黒さん

「まだ言ってんのかよ!。

だ、か、ら、潜入は居ねぇよ!!。ボケ。」


ジロー

「…んーー、でも、何か引っ掛かるんだよな…。」


こんなやり取りをしながら、俺達は全員が疑心暗鬼ぎしんあんきとなっていた。

そしてこの先、あんな結末けつまつになるとは、

誰もまだ、予想できた奴などいなかったのである。



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