第18話

暫く続いた沈黙を破り、ジローが話し出す。



ジロー

「…んー実は…あの、実は…んーやっぱりいいや!。」


「何だよ!言えよ!そこまで言っといて、

気になるだろうが!。」


鮫頭

「本当だぞ!気になるだろ!。」


ジロー

「実は…んー…。」


一同

「早く言えよ!。」


ジロー

「んー実は、組織の幹部から聞いたんだけど、

本当に、潜入捜査官がもぐってる可能性が高いらしいんだ。

ソイツは警察のくせに、堂々どうどうと組織の中に入り込んで、のうのうとしてるんだって。

だから、もしかしたら、この中に居るかもって…思った。」


このジローの言葉を聞いて、ようやく俺は納得した。

あの違和感はこれだったのだ。

ジローは最初から情報を持っていた。

ジローは組織から送り込まれた犬だった。

ジローは組織に潜り込んだ警察の犬を捜せと命令されてた。

…でも、何故、今頃いまごろになって真実を話す…。

もしかして…


俺がそんな思考を巡らせてる時、黒さんは、冷静にジローの言葉を受け止め、分析していたのだ。

警察の犬などいない。

黒さんは、その理由わけを話すのだった。



黒さん

「…ジロー、この中には、潜入はいねぇーよ!。


俺達は組織の一部いちぶだけど、組織から少し離れた存在集団だ。


もし潜入するなら、組織のど真ん中に入らないと意味ないだろう。


それに、うちの組織だって、その辺はかなり警戒けいかいしてるだろう。


だからずっと昔から居る奴しか、ほぼ幹部かんぶになれねぇし…。


あ!、そういやひとり居たな…

新参者しんざんものでスピード出世しゅっせした奴、んーと…名前は忘れたけど、もしかしたら…あいつか?!

いや、でもそんな筈は無いよな…。」


ジロー

「黒さん、名前は須木先すきさきだよ。

…でも、あいつは違うよ。

あいつは、俺とムショが同じで、同房どうぼうだったから、あいつのことはよく知ってる。たがら違うよ。それにあいつは、」


ジローの話の途中で、話し終わるのを待たずに、めずらしく黒さんが話しだす。


黒さん

「そうとは限らないぞ!。警察が刑務所に、送り込んだのかも知れないぞ。」


鮫頭

「そこまでするか?。」


黒さん

「全て疑ってかかれ…これが警察時代、たたき込まれた事だ。」


鮫頭

「…すげぇな…まさに映画かドラマみたいだな…。」



その黒さんの話に対し、ジローが真剣しんけんな顔で否定する。


ジロー

「黒さん!それは絶対に無いよ。」


黒さん

「ん?何でそれは無いんだ?何で言いきれる?。」


黒さんは訝しげだ。


ジローの反論はんろんは、更に加速する。


ジロー

「だって、その須木先に俺は潜入を捜せ!って言われたんだ。

須木先が言うには、組織の中の者は勿論のこと、組織外の、少しでも接点せってんのある者、更にその周辺の者、パシりまで全てを調べてる。だからお前は、黒さん達を調べろって…。」


「…」


黒さん

「…ほうー…そうだったのかよ…お前、最初から俺達をスパイしてたのか?!てめぇ!組織のスパイ、いや、犬だったのかよ!

じゃあもう、外には組織の連中がウヨウヨしてて、俺達は囲まれてるってことか?!あ。」


ジロー

「いや、ちょちょ、ちょっと待ってよ。

違うよ。はやまるな!話を聞いてくれ。」


鮫頭

「ジロー…俺らをめたのか…。

そうかよ…じゃあ俺は腹をくくるぞ。組織に捕まって、俺達は無惨むざんに殺されるだろう。だがな、ジロー…てめぇは今ここでばらしてやるからよ!。」


鮫頭は背中に右腕を回した。

その瞬間!黒さんと俺は、

鮫頭を、後ろと横から飛びついて、必死に抑えいさめていた。

何故なら鮫頭は、右の腰に、いつもサバイバルナイフを隠し持っているのを知っていたからだ。

そして、そのサバイバルナイフを抜かないように、黒さんは、鮫頭の背中にへばり付き、必死で両手で抱いて押さえていた。

俺は、鮫頭の右側面からへばり付き、左手で鮫頭の右手を押さえていた。


「鮫頭!待て!はやまるな!。」


黒さん

「鮫頭!落ち着け!まだ話しは終わってねぇ!。待て!。」


鮫頭

「離せゴラー!殺してやるよー!どけこら!。」


ジローは固まったまま、動けずにいた。

いや、動かないのではなく腰を抜かしていた。

俺と黒さんは、必死に鮫頭を抑えていたが、

鮫頭は、俺と黒さんをそのまま引きずって、

ジローへ向かっていく。


「コ、コイツ、なんて力だ。止まらねぇ!。」


黒さん

「さ、鮫頭、止まれ~~!。」


鮫頭

「フー、フゥー、うぉらあーーー!。」


ジロー

「あ、あわわ、ま、待っ待ってくれ!ちょっと待って!。」


黒さん

「鮫頭ーーー!お、奥さんと娘さんのことを考えろ!人殺ひとごろしになったら娘さんはどうなるんだ!奥さんはどうなる!考えろ!いいから止まれ!。」 


その瞬間しゅんかん、鮫頭はピタリと止まった。

黒さんのその言葉で、鮫頭は止まったのだ。

そして、その場にひざをつきながら、

くずすわった。

その時鮫頭の右手には、サバイバルナイフは無かった…。


「はぁはぁはぁ、鮫頭…。」


黒さん

「はぁーはぁーはぁ、鮫頭…なぁ、…はぁ、とにかく落ち着こうや。」



黒さんは鮫頭の右肩に、そっと自分の右手のてのひらをポンと置いた。そしてさとすようにポンポンと二回、やさしくたたいた。

鮫頭は静かにうなずいた。


「ジロー!ちゃんと話してみろ。」


ジロー

「あわわわ、…わ、わかった。そ、その前に、水くれ、み、水飲ましてくれ。」


ジローはかなり混乱していた。

少しは、小便をらしていたかもしれない。


しかし、俺もジローほどではないが、同じように混乱していた。


ただ、とにかく俺は、自分にずっと言い続けていた。

落ち着け!落ち着け!と。


そして、息を整えながら誰にも悟られないように、行動を心掛けていた。


俺はそこにあった段ボールの中から、350mlのペットボトル4本を取り出し、みんなに配った。

俺も実は、のどがカラカラだった。

俺は、一気にゴクゴクと飲み干した。

みんなも一気に飲み干した。


暫く沈黙が続いていたが、ジローが静かに話し出した。


ジロー

「いや、ホントにすまねぇ…悪かったよ。

ムショ仲間だった須木先に頼まれて…

正直悪い気はしなかったんだ…。

頭の悪い、ケンカしかのない俺に…お前だけが便りだって言われた…。

ムショじゃ、俺の方が上で…面倒みてやってたのにだ…。


ムショじゃあいつ…いっつもひとりでいたんだ。

いつも独りだった…

そんなあいつを、何か気になって…いっつも見るようになってた。

そんな日がしばらく続いていた。


そしてあの日、ソフトボールの試合があったんだ。

あいつはその日も、いつも通り独りだった。

そして俺は、思いきって声かけたんだ。

お前ソフトボール出来るかって…

それからだよ。

色々、話す仲になったのは…

そんなこんなで仲良くなって、中じゃずっとツルんでた。

アイツも、不遇ふぐうちで…

俺と似てるとこあったから、けていったんだ…。


それからおたがい、笑う日が増えていったんだ。

そんな日々ひびを送ってた。

そんで、俺の出所が近づいてきたある日、アイツが言うんだ。


須木先

「ジロちゃんの出所は俺も嬉しい。

でも…また…独りだ笑。

次に俺が出所しても、行き場もない…また独りだ。

ハハハ、結局ジロちゃんが居なくなったら…

俺はまたずっと独りだよ…。

あ、ゴメンゴメン。ジロちゃんの出所は、嬉しいことなんだよな。ハハハ。」


そう言ってアイツ…笑ったんだ。


だから俺はその場でアイツと、須木先と、

兄弟きょつだいちぎりをわした。


そして、アイツの出所を待って、俺が組織に頼んで入れてもらったんだ。


須木先は、アイツは、俺の義弟おとうとなんだ。


だから…。」



このジローの話を聞いて、みんな黙っていた。

しばらく沈黙は続いたが、

その沈黙を破り、黒さんが話し出す。


黒さん

「なぁジロー…お前の話は分かったよ。

まぁちょっと、引っ掛かるところはあるけど…


話は分かったよ。


ただな、この中には、潜入はいねぇよ。


潜入ってのは、証拠や裏付けをとるもんだろ。

それに、一番大事なのはスピードだ!

モタモタして、もし見破られたら…そくOUTだ。

それに長い間、何時バレるかわからないプレッシャーに耐えられるほど、人間ってのは強くねぇよ…。

だからまず疑うなら、新参者だろうな…。

次に疑うなら、組織本体の中枢ちゅうすうくみする者だ。

下っ端から幹部まで…、とにかくちょっとだけとか、うすい関わりなら、可能性は低い…いやゼロだろう。


関わりが深ければ深いほど、情報は的確で確実になっていくからな…。

ジローの気持ちは分かるが、一番可能性が高く、その条件に合っている者はお前の義弟、

須木先だ。

…だがもし、それが違うなら、次に疑うべきは付き人、会計士、運転手だろう。

比較的ひかくてき簡単で、短い時間で組織の中枢に入り、情報も得られるからな…。」


鮫頭

「…なるほど。」


ジロー

「…そうか…。あの須木先が…いやでもそれはない!アイツは違う…はずだ…。」


鮫頭

「なぁ、そういや会計士の阿多長あたながのおっさんが、体調崩して入院してるのは知ってるか?。」


ジロー

「うん、知ってるよ。誰か、阿多長のおっさんの代わりをしてるんだよな。」


黒さん

「…ああ…そうか。確かに、阿多長のおっさんの代打のヤツ…名前は忘れたけど、アイツもまだ日が浅かったな…。」


鮫頭

「だけどソイツ、阿多長のおっさんが連れてきた奴だろ。」


黒さん

「ああ、その通りだ。勿論組織も、裏を取って調べただろうが、その裏さえも警察が作り上げたものだったとしたら…。」


鮫頭

「潜入できるよな…。」


黒さん

「…まぁ、疑ったらキリがないけどな。

裏付けをとれねぇーから、推測するしかない…。

だが、そこらへんの辺りが疑わしいよな。

…それに潜入も、そう簡単にはしっぽを出さねぇだろうし…。」


ジロー

「確かに、黒さんの言う通りだな…。

一体どいつなんだ?!くそ!

…でも、どっかにもぐってるんだろうな…

その、犬野郎いぬやろう

なぁー黒さん。」


ジローの執拗しつようさを垣間かいま見たような気がした。

この話はいつまで続くのだろう…。

そんな気がした時、黒さんが話し出す。


黒さん

「なぁージロー、もうこの話止めねぇか?。

どっちみち、俺達はこれからトンズラするんだから、もう組織ともかかわらないだろう。」


ジロー

「…いや、だからこそ、此処にいる全員が、

シロだって事が重要じゅうようじゃないのかな?。

俺達の中に、潜入がいる可能性が消えないうちは、組織は執拗に追いかけて来るぞ!

それに、もし捕まったら…全員が地獄の拷問ごうもんを受けるぞ!。

ひとおもいには、殺されねぇぞ!

そんなの嫌に決まってるよな!。」


黒さん

「なぁージロー。どっちみち俺達は、捕まりゃ拷問されたに殺されるよ。それだけのことをしたんだからな…

だから、お前も覚悟決めろ。

警察に捕まっても地獄、組織に捕まっても地獄なんだからよ…。」


俺の心臓は、今にも爆発しそうだった。

みんなが、知りたがっている潜入捜査官、警察の犬は…俺自身だからだ。

いつボロが出るか、この話題わだいになってからは、いつもびくびくしていた。

生きた心地ここちがしなかった。

ジローの言った拷問というキーワード…

考えただけで、俺は小便をチビりそうだった。


その時、ジローが俺に言い放つ。


ジロー

「そういや水宇羅、お前 随分ずいぶん無口むくちだなぁ?!。」


「…え、あ、いや、あ~悪い悪い。

お、俺は黒さんが、元刑事って事がショックで、ずっーと引きずってたんだ。ハハ笑。」


俺は、平静を装って言った。

しかし、声はうわずってないか?

声のトーンは、大丈夫か?

冷静に言えたか?

何時もと変わらなかったか?

…いや多分、完全に動揺した口調だっただろう…。

もう心の中は、ボロボロだった。


そして、ジローが見透みすかしたように、続けざまに言う。


ジロー

「…水宇羅、相当そうとうショックだったみたいだなー笑。

声も上ずるぐらいショックだったか?!笑。

まぁ~確かに、黒さんのカミングアウトは相当インパクトはあったけどね笑。

それにしても水宇羅、なんか平静を装ってないか?…なんちゃってな笑。」


俺は、ジローが何かを感付かんずいてると感じた。

ジローはやはり、バカのフリをしてるだけで、真実しんじつは、黒さんみに洞察力が鋭く、かつ、頭が切れる奴だと確信した。

と、同時に、俺の心臓しんぞうは、何時爆発ばくはつしてもおかしくないくらい、おどっていたのだった。



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