第16話

ジローの質問に、俺は…だんだんと腹が立ってきていた。

あれだけ動揺し、目の焦点しょうてんは合わなくなり、100メートル走を全力で走りきった時のように、心臓が今にも喉から飛び出しそうになっていたのに…

俺の頭が切り替わったのか、心が切り替わったのか分からないが、とにかく怒りが俺を支配したのだ。

そして俺は、その怒りをジローへぶつけた。

その俺の怒りに、ジローも呼応こおうし、

二人のバトルが始まるのである。


「チ、しつけぇな!何しててもいいだろ!

何で、てめぇに、いちいち言わなきゃならねぇんだよ!てめぇは俺の親か?!。」


ジロー

「何を、そんなに怒ってんだ?!…何か、知られちゃまずいことでも、あるのか?ん?!。」


この、ジローの言葉に、俺は更にヒートアップしていく。

「てめぇー!!ホントお前なー、しつけぇんだよー。いちいちうるせぇーしよ!!他人ひとの事ばっかり聞いてんじゃねえよ!

てめぇは、どうなんだよ!!全部話してみろよボケ!。」


この、俺の言い方に、ジローもケンカ腰で来るかと思いきや、冷静かつ、静かに言い返してきた。


ジロー

「おー、俺か。俺はさっきも言ったけど、元プロボクサーで、その頃バイトで八百屋やおやはたらいてたよ。その前は、中学生だよ。中学の頃は…んー、悪さばっかりしてたけどね笑。まぁ、ボクサーの後は、ずっーとこの稼業だよ。これでいいか?。」


「そういうことじゃねぇんだよ!他人の事、いちいち詮索せんさくすんじゃねえって言ってんだよ!。このカスが!。」


俺は憤慨ふんがいした。

完全に、自己じこを失っていた。

ジローは、俺の問いに答えていたし、あたりまえのことを言ってるのだが…

いかりとは、恐ろしいものだと冷静になった時にそう感じた。

しかし、この時はまだ…


そして、見かねた鮫頭も、間に入る。


鮫頭

「おいおい、確かにジローも詮索しすぎかも知れねぇけど、水宇羅…お前も何か、ムキになりすぎじゃねぇか?。」


この問いにも、怒りがまさる俺は、

冷静には答えらず、口調は、やはり強く激しく出てしまう。


「あー何だよ何だよ!みんなしてよ!!

別に何もムキになんかなってねぇーっつうんだよ!勝手に決めつけるなよアホが!あのなー、

他人に言いたくないことも、あるだろうが!

ったくよ!ふざけんなよ!。」


この俺達のやり取りに、見かねた黒さんが、

とうとうかつをいれるのだった。


黒さん

「おい!もうそこら辺にしとけよ。

水宇羅とにかく冷静になれ。先ずは心を静めろ…

ほら、みんなも深呼吸しんこきゅうでもしろよ。

息を深く吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー。

…少しは落ち着いてきただろ。


いいか!俺達がめて、喜ぶのは誰だ?

組織と警察だぞ!

どっちにも、捕まりたくないだろうが!

水宇羅!だから…落ち着け。

鮫頭!ジロー!お前らも落ち着け。冷静になれ。

怒りは自分の判断をにぶらせる…

頭も心も燃えさかるほのおに任せるな!

頭を氷のように冷たくしろ!冷やせ!冷やせ!冷やせ!頭を冷やせ!クールになれ!!。」


この黒さんの怒号と、ドスのきいた声に、そして優しく叱る親のような言葉に、

ようやく俺は、少し冷静さを取り戻した。

そして…みんなもうつむき、静かになった。


「わ、わかったよ。すまん…。ちょっとヒートアップしちまった。黒さん…、悪かったよ。」


鮫頭

「俺も、わかったよ、すまん。ちょっと熱くなりすぎた。水宇羅、すまん。」


ジロー

「わかったけどよー、そんなに怒ることかなー?んーーー…。」


俺と鮫頭は、黒さんの言葉に、冷静になりしゅんとしたが、

最初はなから冷静なジローは、

そのままのトーンで、納得できないといった感じだった。

それを黒さんも、感じていたのだろう。


黒さんの、ドスのきいた低いが響く、そして強い声で、ゆっくりとジローを怒鳴どなりつけた。


黒さん

「ジローよー、てめぇは、俺の言葉が、分からねぇのか?…お!。」


その迫力はくりょくある黒さんの怒鳴り声に、納得できなかった、さすがのジローもれるしかなかった。


ジロー

「ゴ、ゴメンよー!黒さん、そんなに怒らないでくれよー!わかったから!ほんと、もう、わかったから、怒らないでくれー!。」


ジローは、元のジローに戻っていた。

その情けない、気弱きよわな態度と言葉で、黒さんに泣きついた。


黒さんは、なかば呆れたように、やれやれといった感じで答えた。


黒さん

「はぁー ったく!…分かったんなら…もういいよ。」


「わりい!黒さん…俺だよな…俺がちょっとムキになりすぎた!すまん。」


そして黒さんは、先のことを考え、みんなに、注意と指摘してきと、そして激励げきれい…いや、鼓舞こぶするのだった。


黒さん

「とにかく、内輪揉めしてる場合じゃねえからな!いつも冷静になれ!冷静でいろ!そして、全員で脱出するぞ!。楽園が待ってるんだ。

お前らみんなと…一人も欠けることなく、全員で楽園へ行くぞ!。」


鮫頭

「わかった!黒さんについていくからよ!頼りにしてるぞ!。」


「ああ、その通りだな…黒さんの言う通りだ…必ずここから…脱出するぞ!。」


ジロー

「行くぜー楽園!最高ー楽園!イヤッホー!。」


俺達は、とにもかくにも、一旦いったん落ち着いた。そして明るくなった。

黒さんはみんなを見事に落ち着かせ、明るくしてくれた。


そして明るく冷静になった俺達は、少しの間、談笑だんしょうしていたが、やがてまた、各々水を飲んだりしながら、気持ちをリセットし、もっとみずからを落ち着かせようとしていた。

皆、少しずつではあるが、おだやかな表情ひょうじょうになっていったのである。


それを見計みはからってなのか、突然、黒さんが話し始めた。


黒さん

「なぁーお前ら…何故この世界に飛び込んだ?。」


その唐突とうとつの言葉は、その空間を異様にするのに、一瞬あれば事足ことたりた。


俺達は呆気あっけにとられ、誰も一言も喋らなかった。

そして、その永遠えいえんともいえる長い静寂せいじゃくの中、

鮫頭が喋りだした。


鮫頭

「…俺は…仕方しかた無しって感じかな…

不器用ぶきようで、何でも出来る方じゃねぇし…

借金しゃっきんまみれで、借金返すために、手を汚して…

そのまま、この世界の住人じゅうにんになった。

…まぁ、そんな感じだ…俺は…。」


ジローが、続けざまに話す。


ジロー

「…俺はよー、小さい時から頭悪くて、ケンカばっかしてたから…

それで、さっきも話したけど、ボクシング始めて…

でも、負けたり勝ったりで…世界チャンピオンなんて、夢のまた夢で…


それでも、日本ランク一位まで行ったんだ…


そんで、日本チャンピオンに挑戦して、

2ラウンドで…呆気あっけなくKO敗けだよ…


ジムは、もう一回やり直して、また挑戦すればいいって言ってくれたけど…


でも、ここらへんが、俺の限界かなって…


それで、キッパリ辞めた。


そんでボクシング辞めた後、実は、バイトでやってた八百屋を、本気でやろうと決めてた。

けどね…

ボクシングしてた時は、

八百屋に来るお客の言動げんどうも、我慢出来がまんできたのに…

ボクシング辞めたら、何だかお客の言動が許せなくなって…


それである日、客と些細ささいなことで言い合いになっちまって、客をぶんなぐっちまった…そんで警察に捕まって…元ボクサーが殴ったってことで、執行猶予しっこうゆうよはつかず、いきなり実刑じっけいだよ…そんで勿論、八百屋も辞めちまった。


それからは、フラフラしてケンカして、パクられて…出てきては、またパクられ…その繰り返しだよ…

で、色々あって結局、今の組織とつながって、拾ってもらって、入ったって感じかな…。」


ジローが話し終えると、それまで目をつむって、だまって聞いていた黒さんが、しずかに、しかし、とんでもないことを話し始めたんだ…。




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