第8話

暫くは、皆各々の時間を過ごしていたが、

時間をつぶすということは、かなり難しいのだ。

何もやることのない時間を過ごすために、

鮫頭と黒さんは、筋トレをよくやり、

俺も、たまには筋トレをしたが、もっぱらそこにあった古い雑誌を読んでいた。

ジローは、ただひたすら眠っていた。

そして、いつも急に起き上がると、唯一ゆいいつの特技という、料理のレシピをメモして、各々時間を潰していた。

それでも手持ちぶさたになり、結局は誰からともなく、雑談が始まるのだ。

ただ…ほとんどの記憶を失くした俺にとっては、この雑談は…苦痛以外のなにものでもなかった…


鮫頭

「なー、…んー、何かやっぱり、スッキリしねぇーなぁー…だから教えてくれよ。此処から出たあと、どうやってエスケープするんだ?!。」


黒さん

「んー…ならば、時間はまだたっぷりあるからよ、クイズにしよう。

鮫頭、ジロー、お前らにクイズだ!?

さぁどうやってエスケープすると思う?!。

頭を働かせて考えてみろ笑。」


鮫頭とジローは暫く黙り込み、考えている。

そして、時折ときおりブツブツとひとり言を言っていたが、ジローが口火をきる。


ジロー

「んーーそうだなー、…空を自由に飛べる、便利な道具でもあれば、解決なんだけどなぁ。」


鮫頭

「だったら飛行機があるじゃねぇか!…でも、飛行場もなければ滑走路かっそうろもないから無理。だからジローの案は却下きゃっか。」


ジロー

「違うよ!俺の言ってるのは、アニメなんかにも出てくる便利な道具の事だよ!。」


ジローは、某アニメの、あの有名な○○コプターのことを言っているらしかった。


鮫頭

「んなもんあるかよ!アニメじゃないんだから…非現実的だから却下!んーー、だったらヘリコプターはどうだろう…

ヘリポートがなきゃダメか…んーーわかんねぇ。」


ジローの発言は完全に却下された。

しかし、そんなことは全くお構い無しというように、ジローは話を進める。


ジロー

「…あ、そっかー!ほとぼりが冷めれば動けるだろ…でも車じゃ不安…組織が検問張ってたらOUTだし…んーあ、そっか!此処からどこかに行って…そこでヘリに乗れば…あとは、どこで乗るか…フ笑んーーなんちゃって な。」


ジローの話を聞いた黒さんは、驚いたように、しかし感心したかのように、目をまるに見開いてジローに言う。


黒さん

「ジロー…お前良く考えたな!その通りだ!正解だ。」


それを聞いていた鮫頭は、そんなこと俺だって…という感じで、そして、頭に浮かんだ疑問を、口をとがらせながら言う。


鮫頭

「おいおい!それは俺だって考えたぞ!だけど、どこかって言ったって、この住宅街じゃ、まず無理だろ…。それにこの住宅街を出るにも、組織の奴ら、この住宅街の周りなんかもそうとうウヨウヨいるだろうし…。それに、どうやってこの住宅街を出るんだよ!?。」


黒さんは、さも、当たり前のように言う。


黒さん

徒歩とほで、出るんだよ。」


鮫頭は、驚いた。


鮫頭

「と、徒歩…大丈夫なのかよ!?見つかるじゃねぇーかよ!。」


黒さん

「まぁ確かに、見つからない保障はないわな!

だけど、俺達 保障ほしょうなんかとは、無縁むえんの世界に生きてるんじゃねぇのかよ!

それに、組織の奴らに見つかる確率は、かなり低い!

あーゆー風体ふうていの悪い奴らが、この住宅街を歩いていたら、目立つだろ!

でも、更にその確率を下げるために、今こうして、時間を稼いでいるんじゃねぇか。

組織は、目立つのは絶対に避けたい…

しかし俺達を追いたい…

最初は、リスクを冒してでも人数をかけただろうが…見つからなければ、人員を削減さくげんせざるを得ないだろう。

だから俺達はここで、そのチャンスを伺ってるんだよ。

必ず、時間が経てばすきができる。

だから…

まぁ、とにかくルートはある。時間通りに其処に行けば、完璧かんぺきなんだよ。」


ジローは、顔をしかめて、嫌でしょうがない感じである。


ジロー

「えーー、ホントに大丈夫??100%大丈夫じゃないのかよ…俺、怖えーよ!。」


黒さん

「…ったく、そう心配するな!大丈夫だ!。

なぁ水宇羅。」


三人の話を聞きながら、

俺は少しづつだが、思い出していた。


そうだ、俺はこの計画を立てた時、極秘ごくひで黒さんからある人間を紹介された。

黒さんの指令として、その人間にヘリコプターで、俺達全員を乗せて脱出するように話をまとめる事が、黒さんから俺への指令だった。


そうだ!俺は黒さんの指令を受け、灰薔薇はいばらという男に会いに行ったんだ。

そして…あの日…。


そうだ、俺は灰薔薇という男とホテルのロビーで待ち合わせたんだ。


あの日俺は、指定時間の30分前にホテルに到着していた。


俺は辺りを見回しながら、そのままホテルの正面入り口から入って行ったんだ。

眼前がんぜんに広がったのは、清潔そうで、モダンだがシンプルなテーブル、座り心地ごこちの良さそうで清潔そうなシングルソファー、二人掛けソファー、三人掛けソファーがランダムに、しかし、しっかりと法則的ほうそくてきに、並べられているのが分かった。俺は辺りを見渡し、其処に暫く立っていたが、係員が来ないので、指定された、窓際まどぎわの一番奥の席に向かおうとしたその時、ホテルの男の係員が後ろから声を掛けて来た。


ホテルラウンジの男の係員

「失礼いたします。お客様、お一人様でしょうか?。」


「いや、待ち合わせですが。」


ホテルラウンジの男の係員

「かしこまりました。お連れのお客様はいらっしゃいますか?。」


「いいえ、多分まだ来ていないと思うんですが…。」


ホテルラウンジの男の係員

左様さようでございますか。因みにご予約席でございますか?。」


「あ、はい。えーと、あちらの窓際の一番奥の席、」


と言い掛けた時、その席がチラリと見えた。

すると其処には、灰薔薇はいばらはすでに到着して、席に着いていた。


「あ、いや、あそこの席なんですが、連れがもう来てました。」


ホテルラウンジの男の係員

「左様でしたか。分かりました。それではあちらの席まで、ご案内させていただきます。失礼致します。」


そう言うと、ホテルラウンジの男の係員は俺の前を歩き出した。俺はその後をついて行く。そして、灰薔薇がいる席まで案内された。


ホテルラウンジの男の係員

「失礼いたします。」


そう言うと、ホテルラウンジの男の係員は、スッと席を引いた。

俺は直ぐに座らず、灰薔薇に目を合わせ、


「水宇羅です。失礼ですが灰薔薇さんですか?」


と立ったまま聞いた。すると灰薔薇もスッと自分で椅子いすを引き、立ち上がった。

そして、


灰薔薇

「水宇羅さん、はじめまして。灰薔薇です。

本日は宜しくお願いします。どうぞ座って下さい。」


俺は言われた通り、引かれた椅子に座った。

そして、ホテルラウンジの男の係員に、ありがとうとお礼を言った。

ホテルラウンジの男の係員は、俺が座るのを確認すると、


始まりホテルラウンジの男の係員

「メニューはこちらになります。決まりましたら係員をお呼び下さい。それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さい。失礼いたします。」


と言い終えるとまた別の接客に向かった。


この時、俺は心の中で、

何か交渉事こうしょうごとをするにあたって、遅刻なんてのはもっての他、とにかく相手より早く来ることが、まず先手を取り、事を有利に運ぶ事ができる…。それなのに…俺の方が遅いとは…「やられた!」

30分前に到着したにもかかわらず…

相手の方が、一枚いちまい上手うわてだったのだ。

手に、じんわりと汗がにじむのを感じながらも、心の中で、

「くそ!でも、やってやる!必ず話をまとめてやる!。」と、固く自分にちかっていた。


そしてここから、俺の一世一代いっせいいちだいいが、まくを上げたのである。




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