第8話 申し訳ありません、手が滑りました

「お待ちください、お母様!」

「シンデレラ!!」


 現れたシンデレラはヴァイオレットからガラスの靴を奪い取ると――


「ていっ!」


 そのまま地面へと叩きつけた。


「ああッ」


 王子と二人の姉、そして母の悲鳴を無視して割れた靴を原型がなくなるまで踏みつける。すっかり粉々になったガラスの靴の上でひとしきりタップダンスを披露したシンデレラは、ふう、と一息つくと笑顔で言った。


「申し訳ありません、手が滑りました」

「ふん、まあいいさ。キミが来てくれたのであればそんなものはどうでもいい」


 素早く駆け寄った王子は男女問わず惚れさせてしまうような王子様スマイルとともにそっとシンデレラの腰に手を回すが、彼女はそれをするりと躱して距離を取った。


「シンデレラ?」

「あのう、どなたかと勘違いされているのではないですか?」

「そんなことはない。君こそが、たしかに僕が昨夜舞踏会で見つけた可憐な花に違いない」

「そんなことを申されましても、私昨夜は地下室の片付けをしておりまして、舞踏会へは伺っておりませんが…そうでしょう、お姉様?」


 突然そんなことを言い始めた妹に、どういうつもりかと訝しげな視線を送る姉二人。当の妹はその視線に対して言外に黙っていろと器用に圧力をかけてくる。姉達は妹がなぜそんなことをするのか、その意図を掴みかねて動けずにいた。


 その実、何ということはない。舞踏会からの帰り際、引き止められたときの感じが生理的に受け容れられなかったのである。途中までは夢見心地であったが、それで一気に正気に戻った。よく見ると垂れ目なところが趣味ではないし、鼻も気に入らない。一旦そう認識するともうどうにも気持ち悪くて、昨日も逃げるように帰って来てしまった。


「そうでしょう?お姉様」

「えっ、あ、はい。ソウデス」


 普段とは全く違う雰囲気のシンデレラに押されてスカーレットはついそう答えてしまった。慌てて手で口を塞ぐが手遅れだ。


「――というわけですので、お引き取りください」


 ペコリ、とシンデレラは優雅に頭を下げる。

 馬鹿にされた形になる王子は怒り心頭である。なんとしても彼女を手に入れる。そう決めた。


「優しくしてやっていればつけ上がりおって!」


 叫ぶや否や、強引にシンデレラの腕をつこんで引き寄せた。シンデレラも抵抗するが腕力では叶うはずもなく抱きすくめられてしまった。


「シンデレラ!」


 姉二人は妹を助けるために駆け寄ろうとするが、あっさりと護衛の兵士に止められてしまった。


「この私が|妾(めかけ)にしてやると言っているのだ。いったい何の不満がある?光栄に思いたまえ!」

「妾ですって?」

「当たり前であろう。私は王子だ。貴様らごとき下賤の輩、本来であれば目通りすら許されぬのだ。その美しい顔に生んでくれた両親に感謝するのだな」


 そう言うと王子は強引にシンデレラの顎を自分のほうに向け、口づけを迫った。鼻息が気持ち悪くて体がこわばってしまう。


 それを見たスカーレットとヴァイオレットは我慢の限界だ。


「ちょっと!クソ王子!私たちのシンデレラに何すんのよ!嫌がってるじゃないの!ぶっ飛ばすわよ!」

「わよ!」


 しかしどんなに暴れても兵士はびくともしない。逆に少し押されたスカーレットが尻もちをついてしまった。


「ふん、コバエがブンブンと煩いものだな。さて――シンデレラ?」


 いざ少女を攫って、もとい、連れて帰ろうとした王子であったが、彼女の様子がおかしいことに気が付いた。さっきまでの怯え切った表情――王子の王子を非常に刺激した――から一変、無表情で倒された姉を見ていた。


「お姉さまになんてことをするの!!」

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