第7話 招待状はチェックされているのだ

 翌日。


 王子は豪華な馬車で姉妹の家にやってきた。突然の王子の来訪に慌てふためくのは母のメルルである。

 王子は屋敷につくと執事と護衛の兵士を連れて不躾に敷地に侵入した。


「娘を出せ」

「な、なんでございますか、突然」


 メルルは娘たち二人がシンデレラを残して城の舞踏会に行ったことは把握していたが、昨日は日付が変わるまで会社に詰めており、家に帰り着いたときには既に娘たちは床についていたし、今朝顔を合わせた時にも何も言っていなかった。


「忘れ物を届けに来た。この靴だ」


後ろに控 えていた執事が厳重に保護された箱からガラスの靴を取り出し、王子はそれを受け取った。


「招待状はチェックされているのだ、ここの娘であることはわかっている。隠しては為にならんぞ」


 王子は昨夜あまりのシンデレラの美しさに我を忘れ、普段は取らない振る舞いをしてしまったために彼女を怯えさせてしまったと考えていた。素直に訪ねても会ってもらえないかもしれない、とも。なのであえての強権に訴える作戦であったが、事情を知りない母はビビり散らかしている。


「スカーレットとヴァイオレットを呼んで頂戴」


 家令にそう命じたのは、二人がガラス工芸にハマって作ろうとしていた靴と結びつけたためだ。ガラスの靴なんか危なくて履けないだろうと思っていたのをよく覚えていた。あのちょっとおつむの弱い娘たちが舞踏会で何か粗相をしたのだと、それで王子の逆鱗に触れたのだと、そう思っていた。


「お母様、お呼びですか?」


 現れた二人にあからさまに不機嫌そうな顔をする王子。その様子を見て疑惑は確信へと変わった。あ、こいつら何かしたな、と。ある意味では間違いではないが、王子が不機嫌なのは単にシンデレラが出てこなかったからである。


「この靴持ち主を探している」


 王子がぶっきらぼうに言う。


「まあ、もしかしてその方を婚約者に?」


 スカーレットは白々しくそう言った。


「……そんなところだ」


 よし、と姉妹は心の中でガッツポーズ。一方の母親は何が起こったのかよくわかっていない。この靴の持ち主が王子の婚約者になる?何がどうしてそんなことになっているんだろう。あの靴は確かに娘たちがせっせと拵えていたものに間違いない。とりあえず粗相をしたのではなさそうなのでその点は良かった。でも婚約者!?


「履いてみろ」


 王子は昨日の振る舞いが原因でシンデレラが出てこないのだと思い、二人が違うことを証明してもう一人をここに連れ出そうと考えた。見たところこの二人の姉妹はシンデレラより背丈も大きく、靴のサイズは合わないだろうと考えてのことだった。


「失礼します、あら入らないわ」

「私も……」


 予定調和というやつである。念のため昨日しょっぱいものをいっぱい食べて夜ふかしして足をパンパンにむくませておいたのも功を奏した。


「そんなはずないでしょう」

「え?」


 怒気を孕んだ母親の声に二人は驚いて返り見ると、そこには憤怒の表情で自分たちを睨みつける母の姿があった。


 母は知っている。このガラスの靴は、間違いなくヴァイオレットが作ったものであると。

 母は知らない。このガラスの靴は、シンデレラの為に作られたものであることを。

 せっかく王子に見初められたの不摂生が祟って靴が入らなかったがために結ばれないのでは浮かばれない。なんとしても靴が入ってもらわなければ困るのである!


「え、お母様、でもこれは……」

「入らないのであればつま先を切り落としてでも入れるのです」

「え…ええ……?」


 王子には聞こえないように低い声で耳打ちしてくる母親に恐怖を感じる。ヴァイオレットは助けを求めて横の姉を見たが、ちいさく指でバツを作りながら青い顔をしていた。どうやら助けは期待できない。


「何をしている、入らないのであれば……」


 さっさとあと一人を出せよ、そう続けようたした王子に母は食い下がる。


「お待ちください、そんなはずでは…」

「痛い!痛いわ!お母様!!」


 必死の顔でヴァイオレットの足をガラスの靴に押し込みながら壊れたレコードのように「そんなはずでは」を繰り返す母に、そんなはずではないのはこっちだよ!持ってくれよガラスの靴!!とヴァイオレットは声にならない悲鳴を上げる。大事なシンデレラの足を傷つけるわけにはいかないと強度にこだわっておいて良かった。


 いい加減茶番を見せられてイライラしてきた王子が声をあげようとしたとき、館のドアが勢いよく開かれた。

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