第5話 あの子には幸せになってもらわないと

 そんなある日、ついに運命は動き出す。

 王宮から、美しい娘がいる家を絨毯爆撃するかの如く、舞踏会の招待状が届けられたのだ。



「ついにこの時が来たわね」

「あの子には幸せになってもらわないと」


 いくつかの不安要素はあった。まず、シンデレラを地下室に閉じ込めているとはいえ、原作のように召使としてこき使ったり虐め抜いたりはできなかった。もう一つは、魔法の存在である。


 流石に何年もこの世界で暮らしていると、それほど不思議なことが起こりそうな世界観ではないことがわかってくる。魔法などもってのほかだし、喋る動物や家具も存在しない。ここは夢の国ではなかった。


 なので、スカーレットは最悪の場合を想定して、シンデレラが着るのにふさわしいドレスを自ら仕立てていた。夜な夜な地下室に忍び込んではシンデレラを起こしてしまわないように細心の注意を払いながら採寸し、布の色を合わせ、一針一針丁寧に刺しゅうを施した。そうして出来上がったドレスは、自分たち用に用意した間に合わせの物とは雲泥の差、天上の逸品ともいえる仕上がりとなった。


 一方のヴァイオレットは、ガラス細工の職人を訪ねてキーアイテムであるガラスの靴を注文したが、そんなものは作れないと断られていた。仕方なく自ら吹きガラスの技術を学び、親方から免許皆伝のお墨付きを得てついにシンデレラにシンデレラフィットなガラスの靴を作れたのは、実に舞踏会の前日のことだった。



「では、我々は舞踏会に行きますので、あなたはいつも通りここでお留守番よ」

「ネズミさんたちと舞踏会を夢見ながら寂しくお話しているといいのだわ!」


 これが最後の悪役令嬢の演技だと思うと自然と演技にも熱が入ってしまう。何としてでもシンデレラには幸せになってもらいたい。


「はい、わかっております。お姉様方」


 シンデレラはというと、ついに舞踏会に行きたいとは言いださなかった。わざわざ地下室まで下りてきて自慢しに来た姉たちを見送ると、自分はやることがないのでいつものように掃除を始める。


 余談だが、ここしばらくで地下室はずいぶんきれいになった。かつては黴臭い地下室だったが、今ではそんな気配は微塵もない。「あなたには私たちが使い古したこの絨毯で十分よ!」とスカーレットに贈られたとても使い古しとは思えない毛足の長い絨毯や、「あー、もうこんなに古臭いデザインのグラスなんか使ってたら私が恥ずかしいわ」とヴァイオレットに押し付けられた見事なガラス細工のランプシェードなどできれいに飾り立てられている。



 さて、屋敷を出たスカーレットとヴァイオレットの二人は、門を出たところですぐに馬車を降りて屋敷へと戻ってきた。どうしてもシンデレラには舞踏会に行ってもらわなければならない。


 屋敷を回り込んで、地下室のあるあたりに行く。地下室と言っても換気のため天井付近に小さな穴が開いていて、そこから中を覗き込むことができるのだ。


「ダメだわ。あの子、すっかりくつろいじゃってる」

「夢見がちに一人でダンスの練習でもやっててくれればやりやすかったんだけどね」


 離れたところからしばらく様子を見ていたが、舞踏会が始まる時間になっても魔法使い的な人物は現れなかった。


「恐れていたことが現実になったわね」

「魔法なんかに頼るなってことよね」



 二人は慌てずプランBを発動することにした。魔法使いがいないのであれば自分たちが魔法使いになればいいのだ。


 穴に近づいて、スカーレットは裏声で語り掛ける。



「やあシンデレラ、そんな辛気臭い顔をしてどうしたんだい?」

「あら、その声は小鳥さんね?いいえ、私はいつも通りよ」


 シンデレラの声が返ってきた。

 スカーレットは時折こうして鳥としてシンデレラに話しかけていた。すべてはこの日、この時のためだ。



「お姉さんたちが馬車に乗ってお城に向かうのが見えたよ。今日は舞踏会なんだってね」


 スカーレットは言う。


「私には関係ない話だわ。お姉さまたちが今日は絶対にここから出てはいけないよ、って言ったから」


 そんなこと言ったかな?と二人は思ったが、シンデレラはたまにこんな風に自分たちの言葉の裏を読もうとして誤解することがあったので、これもそうなんだろう、と納得する。こういうちょっと抜けたところもまたかわいいのだ。



「大丈夫さ。クローゼットを開けてごらん。君のために素敵なドレスと靴を用意したよ。これを着ていけば、お姉さんたちも見違えてしまって君だなんて気づかないよ?」

「さすがにそんなことないと思うけど」


 クスリ、と小さく微笑みながら、シンデレラがクローゼット(これもいらないから、と姉たちに押し付けられたものである)を開けると、そこには見事な刺しゅうが施されたドレスとキラキラと輝くガラスの靴が入っていた。もちろん、スカーレットとヴァイオレットがあらかじめ入れておいたものだ。


「わあ。きれいなドレス!」

「さあ、そのドレスを着てごらんよ!」


 声に促され、ドレスに袖を通す。途中あらわになった肢体を直視したスカーレットは興奮しすぎてちょっと鼻血を垂らしてしまったが、とっさにヴァイオレットが受け止めたのでドレスを汚さずに済んだ。


「この服も靴もぴったりね!」


 姿見(これも当然姉たちに押し付けられた不用品である)の前でくるりとまわると、自然と笑みが零れてくる。その姿を直視してしまったヴァイオレットもまた、撃沈したのであった。


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