第2話 あの天使に意地悪とかできる気がしないんですけど?

 暫くして、にぎやかな街の閑静な住宅街のような場所で馬車は止まった。住宅街と言っても隣の建物が見えないぐらい離れている。

 田舎、というわけではなく、都会の中にものすごい金持ちがそこそこの数住んでいる地域のようだ。

 屋敷から出てきた執事然とした男が門を開けて、馬車は敷地の中に入る。

 よく手入れされた中庭を進み、幅3メートルほどはある両開きの扉の前で三人は降ろされた。


 執事の招きで建物に入る。

 エントランスは外からの光で十分に明るいが、さらに巨大なシャンデリアが燦然と輝いている。



「すっごい金持ちじゃない?」

「すっごい金持ちだね」



 自分たちもちょっと前までそんな感じの家に住んでいたような記憶はあるが、実感としてはあまりない。映画のセットのような現実離れした光景に少し呆けてしまう二人であった。


 そんな二人と母親の前に、娘を一人連れた恰幅のいいダンディなおじさまがやってくる。


「メルル、よく来てくれた」

「シャルル様、これからよろしくお願いします」

「ああ。そちらの二人も。今日からここが君たちの家だよ」


 メルルはこの世界の母の名である。本名はメリッサといったが、ごく親しい何人かがそう呼んでいた。記憶では、根っからのお嬢様で贅沢の申し子のような娘だ。旦那を亡くして収入のほとんどを失ってからも贅沢をやめられず、むしろ寂しさを埋めるために生活は派手になっていった。その結果実家まで巻き込んで傾けてしまったという恐るべき女である。


 一方のシャルル、この目の前のダンディおじさんはそんな母の学友だったらしい。国外貿易で成功して巨万の富を得たが、自分たちが父を失ったのと同じ頃に伴侶を流行り病で失っている。

 二人の間に何があったのかをスカーレットもヴァイオレットも知らないが、いろいろあって再婚することになった、らしい。


 そんなシャルルの後ろに、自分たちより少し幼く見える少女が隠れるように立っていた。どうやら内向的な性格のようで、たまにちらちらこちらを見てくるが前に出ようとはしない。


「なんかめちゃくちゃかわいい子がいるんですけど?」

「お人形みたいとかそんなレベルじゃないね。天使という表現すら生ぬるい」


 のちにスカーレットとヴァイオレットがそう語る少女との出会いであった。この時点で二人はこの娘こそがこの世界の「ヒロイン」であると確信する。


「スカーレットです。これからよろしく願いします、お父様」

「ヴァイオレットです。優しそうなお父様で安心しました。よろしくお願いします」

「はっはっはっ。メルルによく似たかわいらしい娘さんたちだ。そんなにかしこまらなくてもいいんだよ。今日からは家族なんだから」


 豪快に笑い、二人の頭を撫でていく。悪くない。二人ともダンディなおじさまは大好物であった。


「私の娘を紹介しよう。仲良くしてやってくれ」


 と言って肩を抱かれるようにして娘がようやく前に出てきた。透き通るような健康的な肌とつやつやで何の引っ掛かりもないような髪。緊張しているのか頬はほんのりと色づいていて、きっ、と結ばれた唇はプルンと柔らかそうだ。


「お、お姉さま、よろしくお願いいたします」


 ぺこり、と小さくお辞儀するその姿すらかわいらしすぎて、二人は一撃でメロメロになった。ルイとリナは双子だったが、その下にもう一人少し年の離れた妹がいた。その妹のことを思い出してふと寂しい気持ちになるが、ここは切り替えていこう。


「よろしくね。お名前を教えて下さる?」

「あ、ごめんなさい。お姉さま」


 その時になって初めて自己紹介を忘れていたことに気づいたようだ。そんな姿すらかわいくて正視できない。新しい妹から見えないように、姉妹二人で腕の後ろ側をつねりあって正気を保っていた。


「私は、シンデレラと言います」


 その言葉にスカーレットとヴァイオレットは固まってしまった。

 その様子に、何か気を悪くしてしまったのかと少女はあわあわと狼狽えながら父親の陰に隠れてしまった。



「少し失礼します」


 新しい家族二人に頭を下げて、姉妹で少し離れた場所で背を向けてしばし作戦会議をすることにした。三人が不審そうな顔を向けているが気にしてはいられない。


「これってアレでいいんだよね?」

「うん、超絶メジャーどころ来たね。ある意味想定外だった」


 シンデレラと言って想定されるのはあの話で間違いないと思われる。後妻で入る母と、二人の意地悪な姉、それが自分たちの役どころである。たしかに悪役令嬢っぽくはあるが、少し自分たちの想定と異なっていることに気が付いた。


「ま、まあ切り替えていきましょう。特に問題はないわ」

「そうね。ハーレムものじゃないからどんなイケメンがいるかわからないけど」

「きっと第二王子とか王子の護衛とかそういう物語に出てこないイケメンがいるはずよ。その人たちを狙いましょう。私たちがあの子に意地悪しなければ王子様も行けるかもだし」


 ろくでもない話し合いだが二人はいたって真面目である。


「そしてなにより」


 ちらり、と後ろを振り返り。


「あの天使に意地悪とかできる気がしないんですけど?」

「マジで。罪悪感半端なさそう」


 その天使は今も二人の様子を不思議そうな顔で見ている。


「うん、思いっきり甘やかしていこう」

「了解」


 こうして、二人の「シンデレラの意地悪な二人の姉」生活が始まった。

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