私達の妹は絶対にシンデレラになる!

幌雨

第1話 異世界転生ってやつじゃない?

 珍しく母親が食事に行こうと言った。

 助手席に小さい妹を載せ、ルイは同じ日に生まれたもう一人の妹、リナと二人、何を食べるか相談していた。

 町へ下る海沿いの山道を通りかかったとき、対向車が大きくセンターラインを越えて姿を現す。慌てて母はハンドルを切ったが、それがよくなかった。

 車はガードレールを乗り越えてそのまま崖下の海へと転落してしまった。

 ルイとリナは手を握り合ったまま、沈みゆく車の中で意識を失った――。



 ふと気づくと、何やら揺れる狭い部屋の中にいた。

 正面にはテレビでしか見たことのないような、あるいは、演劇の衣装のようなドレスをまとった、母と同じ年頃の女性が静かに座って目を閉じていた。どうやら眠っているようだ。

 隣を見れば、自分と同じ年頃の娘が、これまたきれいなドレスをまとって座っている。しかし、正面の女性と違って驚いた顔で自分を見つめている。


「あれ…私、車に乗っていたはずじゃ?」


 二人の声が重なる。


「?」


 不意に、自分も、隣の娘と同じような、しかし色違いのドレスを着ていることに気が付いた。


「え?なに?この服」


 またも二人の声が重なる。そして思い出した。


 そうだ、私たちは母親の再婚について、これから新しく父となる男の家に向かうのだ。


――私はルイ。でも、スカーレットでもある。

――私はリナ。でも、ヴァイオレットでもある。


 自分の中に二つの記憶があった。


 厳格な父を病で亡くし、放蕩の限りを尽くし遂に家を傾けてしまった愚かな母と二人の娘として暮らしてきた、貴族崩れの女の子の自分。今日は、母の再婚が決まってその相手と初めて会うために馬車で相手の屋敷に向かっている。


 父と母、三人の姉妹で暮らしていた、高校に通う普通の女の子だった自分。車で食事に向かう途中、崖から転落した。最後に覚えているのは、手をつなぎあった双子の姉妹――


「リナは!?」

「ルイは!?」


 三度、二人の声が重なる。


「リナ!?」

「ルイ!?」



 そうして二人は、互いの存在を認めた。



「リナ、よね?」


ル イ、いや、今やスカーレットとなった娘は、躊躇いがちに隣に座す菫色のドレスを着た娘に話しかけた。すると、その娘も同じように戸惑った声で言った。


「ルイ、なの?」


 かつてリナだったヴァイオレットも、恐る恐る聞き返す。互いにうなづきあって、自分たちの考えが間違っていないことを確かめた。


「「ジーザス」」



 二人して天を仰いでも、見えるのはきれいに磨き上げられた馬車の天井だけだ。



「記憶はある?ル、スカーレット姉さま」

「たぶん問題ないわ。リ、ヴァイオレット」


 今は眠っているようだが、この馬車にはもう一人、自分たちの母である女性もいる。もう一つの名前で呼び合うのは避けたほうがいいと判断した。


 くるり、と後ろを向いてぴたりと頬を寄せ合う。ルイとリナだったときから、相談するときはずっとこの体勢だった。


「どう思う?」

「最後、車事故ってたよね」

「うん、それは間違いない。で、この状況」

「ちょっと信じられないけど」



「「異世界転生ってやつじゃない?」」


 察しの良い姉妹であった。というよりも二人の趣味が似通っていたために同じ結論に達しただけだが。


「なんかちょっとアガって来たんですけど」

「あら、スカーレット姉さまも?」


 さてこの二人、いわゆる「悪役令嬢」ジャンルの素人小説が大好物である。

 大体みんな同じ話の筋なのだが、悪役令嬢に転生して実は悪女のヒロインちゃんをハメていい感じにイケメンと仲良くなる話が大好物である。


 そして、自分の中にあるもう一つの記憶は…


「贅沢三昧尽くして家を傾けてお金持ちと再婚する側の令嬢二人」

「これで悪役令嬢でないということがあるわけもなく」


 悪役令嬢側はある意味で約束された勝利者なのである。悪役としてさえふるまわなければそれだけでよいのだ。少なくとも二人はそう考えていた。

 くっくっく、と思わずにやけてしまうのも無理はない。二人はだらしなくなった口元を上品に隠しながら、これからの栄光を夢見るのであった。

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