36.名前呼びって…
「常温核融合だと…。理論的にできても、現実には実現不可能だといわれている技術を、実際に作り上げたというのか?いったいどうやって?それに重力制御装置とかとも言っていたな。そんなものができたら宇宙船が作り放題になるぞ。それに放射能除去装置。それも不可能だといわれた技術だがどうやったのだ?」
「阿藤副総理。これらはすべて私からの発案として開発いたしました。実際は少し違いますが、これからその経緯を少しお話させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、聞かせてもらおう。本当にそれらを開発できたのであれば、確かに大ごとだ。日本国が合衆国や中共、ロシアの草刈り場になりかねん。しかし、その話を聞く前に一本電話を入れさせてもらえんか?わしについているSPがそろそろ移動のためにわしを探す頃合いだと思うのじゃ。」
そう言って阿藤副総理はスマホを取り出し、電話を掛けだした。
電話はSPの隊長宛だったようだ。
「ああ、阿藤だ。少し眠いので、このままここで朝まで過ごしたい。いや、体調が悪いのではないが、ここのところ働きすぎていたようで、眠気がひどくてね。年は取りたくないもんだな。そういうことで、ホテルには朝まで世話になると伝えてくれ。食事や飲み物もいらない。もう眠いので切るぞ。」
そう言って電話を切った。
「ありがとうございます、副総理。」
「いや、礼に及ばん。君の話が本当なら、ほかにも聞かせたいやつらがいるのだがな。」
「その方たちにご説明するためにもまずは開発に至った経緯を話させてもらいます。かなり荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、本当のことですので心してお聞きください。また、これらの話は決して面に出さないようにお願いいたします。」
俺はそう前置きしてから、何度目になるだろうか魔王に鉄砲玉として打たれた話から、今の状態までを駆け足で説明した。
話の内容をゆっくりかみ砕いて、理解しようとしているのが見ていてもわかる。
おかしな人間を見る目から、それがもし本当だったらと考えているようだ。
「それで、君はその帝国とやらのいわば全権大使ということになるんじゃろうか?」
「はい、そうですね。私の持っている力、技術力を含めた知恵はすべてエスペランダー帝国がその後ろ盾となっております。こちらがその補償内容です。
俺はタブレットに残っている補償内容を阿藤副総理に見せた。
「う~ん。話だけではどうにもこうにも確信にならんな。」
「そうおっしゃると思っておりました。これからその補償でいただいた偵察宇宙戦艦に行ってみませんか?」
阿藤副総理は勢いづいて立ち上がった。
「何?!今からその宇宙船に乗れるってのか。」
「はい、もちろんです。それでは皆様立っていただけますか?」
俺はみんなを立たせて、愛ちゃんに地球号の展望ブリッジに転送してもらった。
「おぉ。また転送か。しかし、こんな部屋の中じゃ宇宙船という感じはせんの。」
俺は愛ちゃんに指示を出して、展望ブリッジを開け、補給ドックから発艦して地球を離れて、静止軌道まで登っていく様を見せた。
しばらく放心状態の副総理を愛ちゃんにメディカル・ポットに入ってもらうように誘導してもらった。
さて、これで2時間後にはリフレッシュして理解が進んだ副総理に会えることだろう。
俺たちは頭上に地球を見ながら、そこにあるソファーに座った。
さて、2時間ほどどうしようか。
「これで副総理は大丈夫よね。問題は加奈子だわね。」
「加奈子ってどなたですか?」
「副総理の奥様よ。私と大学で同期だったの。このまま副総理が家に帰ったら、若返ったことを問い詰められるのは必至よ。」
確かにそうだろうな…。
「いっそのこと、副総理の奥様もクルーになっていただければ…。」
「そうね。彼女は頭もいいし、結構広いコネクションがあるから、今後政府高官の奥様方を引き入れるのにはキーマンとしていいかもね。まあ、副総理と相談してからでいいか。」
と奥様はそう言って紅茶を一口飲んだ。
俺たちはリカーバーのサーバーからビールを注ぎ、ジョッキで生ビールを飲んでいた。
2時間後、副総理は愛ちゃんに連れられて展望ブリッジに戻ってきた。
「柏木君。これはすごいね。帝国の技術ってやつは地球のはるか先を行ってるんだね。先ほどのメディカル・ポットで睡眠学習させてもらったが、帝国の統一政府を樹立するためのプロセスを学ばせてもらったよ。これらの技術は間違いなく世界を変える。それに君たちが危惧したように、確実に戦争が起こるだろうね。柏木君は一体わしにどうさせたいんじゃ?」
「強い日本を作っていただきたいのです。独自の軍隊を持った真の独立国。これが私たちの望みでもあります。これらの技術を公表しても、各国から自国を守れるようになっていただきたい。そのための協力は惜しみません。」
俺は決意が固いという思いを込めてそう言った。
阿藤副総理はしばらく黙って俺を見つめていた。
しばらくの沈黙の後、蔵元会長に向きなおって、話し出した。
「この柏木君に蔵元会長たちは協力するという認識で構わんのかね?」
すると蔵元会長が
「もちろんです、副総理。妻と弟も協力するためにここにおるのです。」
しばらく蔵元会長を見つめた後、又俺に向きなおった。
「わかった。それでどういう作戦を立ててるんだ?もう既に青写真ぐらいで来てるんだろう?」
俺にそう言った。
「もちろんです副総理。これから説明…。」
「ちょっと待ってくれ、柏木君。その副総理というのはやめてくれ。阿藤か下の名前の保(たもつ)で呼んでくれ。副総理と呼ばれるたびに、総理になれなかったことを痛感するんじゃ。」
阿藤さんは笑いながらそう言った。
これに答えて俺は
「わかりました、阿藤さん。これからは対外的には阿藤さんで、身内だけの時は保さんと呼ばせてもらいますね。」
そこに奥様が
「私も美千代と呼んでほしいわ。蔵元美千代。」
「わしも会長呼ばわりは嫌じゃな。蔵元巌じゃ。」
「では私も大蔵と呼んでください。蔵元大蔵。」
期せずして、みんなが名前呼びにしてくれと要求された。まあ、本人がいいといってるんでそうさせてもらおう。
「それと、一つ聞きたかったんじゃが、なぜ総理ではなく副総理のわしに話を持ってきたんじゃ。」
と保さんは聞いてきた。
「それは保さんがサブカルチャーに造詣が深いのは周知の事実ですからね。こんな突拍子もない話を疑いはしてもまずは話を聞いてくれないことには。総理では下手したら話の前にSPを呼ばれていたのかもしれません。それと現総理はあまりにもいろんなしがらみが多すぎる。3代前からのしがらみでがんじがらめで、日本を守るので手一杯というところでしょう。時代を作るためには柔軟な思考ができないとこのような技術を使いこなせるとは思えません。それに総理としても副総理からの提案だとすれば話を聞いてくれるのではありませんか?」
「なるほど。確かにその通りだろうな。総理は爺さんの代から中共や合衆国のご機嫌取りだったからな。その影響が今に及んでいるのは否定できない…。なるほど。納得がいった。」
そう言って、テーブルにあった生ビールをごくりと飲んだ。
愛ちゃんが持ってきてくれていたのだろう。
おいしそうに飲むな。
「プハー。これほどビールがうまいのも久しぶりだ。身体の調子もすこぶるいいようで、まるで若返ったようだ。」
全員が俺を見た。…わかりましたよ。俺から言いますよ。
「保さん。実はそれは気のせいではなく、本当に若返っているんです。」
「何?本当か?そういえば最近何かと話題になってるリラックスジムっていうのは…。」
「はい、私の会社で展開しているジムです。もっともここにあるメディカルポットの1/50ほどに出力を落としたものにしていますが。それでも5歳ほど若返りますね。わが社の家族にも開放しているのですが、70歳のおばあちゃんが見た目は40台になっている方もおられます。」
すかさず
「まあ!!40台?じゃあ、私だと30代も夢じゃないってことよね?」
美千代さんがそう言ってきた。
目…目が怖いんですけど…。
「えぇ、まあ。そのおばあちゃんは併設しているジムで体も鍛え始めて、そのように効果が上がっているそうです。しかし美千代さんはすでに30代にしか見えなくなっていますよ?」
「え?うそうそ!!どこかに鏡ってないの?」
すかさず愛ちゃんが姿見を転送させてきた。
少し横幅の広い姿見だったので、ここにいる全員が映っている。
それぞれが客観的に自分の姿を見たのは初めてのようで、高齢の4名の方のはしゃぎようがすごい。
「あ、そういえば保さん。家に帰ったら奥様にその姿を見られることになるんですが、大丈夫ですか?」
とたんに保さんが青くなった。
「いやいや、大丈夫じゃないよ。柏木君、何とかならんかね。」
そこへ愛ちゃんたちがいつもの3点セットを4人分持ってきた。
「対外的に不都合が生じる場合もあると考えまして、この腕時計にカモフラージュの魔法を照射させる機能もお付けしております。元の姿はもちろんですが、赤の他人になることも可能です。有効にお使いください。」
そう言ってそれぞれに腕時計とスマホとタブレットを渡していった。
「マスターと早瀬様たちの腕時計にも同様の機能をアップデートさせておりますのでご活用ください。」
おぉ。それは便利だ。
今日俺はマスコミの前に出たんで今後顔ばれしているのをどうしようかと考えていたんだ。これなら気軽に変装できそうだ。
美千代さんだけ女性もののブレスレットのような時計だ。
ほかの3人はシックなブランド物の時計のようだ。
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