35.阿藤副総理

「ふ~。いろいろあるわね。あとは私たちが持ってるそれぞれの会社のことだわね。私は後継者を育てておいたから、すでに半分引退しているようなものなんだけれどあなたたちはどう?」

 と、奥様は蔵元会長と隆二さんに話しかけた。


 すると会長から答えた。

「わしの方は一年前のあの事件から、わしの持つすべての会社の監査を行い、それも終わったんで、切りがいいといえばちょうどいい頃合いじゃな。株もいつまでも持っていても煩わしいんで全部売ってしまおうか。そうじゃ、いっそのことわしの持っている株、全部柏木君のところで引き取ってもらえんか?」

「それはいいわね。私の持ってる会社の株も全部引き取ってよ、柏木君。」

「ついでといっちゃなんだけど僕のほうのも引き取ってもらえると助かる。僕もこの10年ほど実務にはかかわってないからね。いつでも引退できるよ。」

 三人ともが俺に持ち株を引き取れと迫ってきた。


「いいですが…。本当にそれでいいんですか?」

「いいよいいよ。全部まとめて宇宙船地球号社の子会社として組み込んでくれればいいから。」

「そうするとかなり巨大な複合商社になるわね。それぞれに愛ちゃんの部下を社長として据えて、愛ちゃんの管理のもとコントロールしてもらえば、会社がつぶれるようなこともないだろうし柏木君の役にも立つんじゃない?ぜひそうしましょう。じゃあ、手持ちの株を全部愛ちゃんに預けるから手続きをしてくれるかな?」


「イエッス、マム。そうなりますと、蔵元会長の株の売却益が1兆3000億円、奥様の売却益が8600億円、隆二様の売却益が2500億円ほどになり、合わせて2兆4100億円となります。それぞれの口座への入金で構わないでしょうか?」


 おいおい、ちょっと待ってくれ。


「愛ちゃん、俺の資産ってそこまではないよね。段階的に買い取るしかないんじゃないの?」

「いいえ、マスター。すでにマスターの総資産は現時点で5兆円を超えております。そろそろ経済に負担がかかりそうなので、自粛しようかと考えていたところですが…。」


「「「「「「「え?」」」」」」」


 これには全員が驚きの声を上げた。

「もちろんですが、これは帝国からの補償の残金である99tの金はまだ別に保留しております。」

「じゃあ、問題なさそうだわね。早速作業にかかってちょうだい。」

「了解いたしました。なおマスターも含めた皆様方の脱…いえ、税金対策は個別に行っておりますので、現金としては半減するかもしれませんが、それなりの資産を海外に有することになりますので予めご了承ください。」


「え?それって俺たちもってこと?」

 と早瀬たちが顔を見合わせながら聞いた。

「その通りでございます、早瀬様。皆様はすでに支度金として1億円、年俸として1億円をベースにボーナスを加算して今季の収入は10億を超えております。現金として手元に6億ほどしか残りませんが、個人事務所を仕立てることにより、個人会社の資産として別荘や土地の購入代金に充て、経費計上しております。ですから、税金としては2億円ほど支払われることになりますが、それ以外は資産として残ることになります。」

 自分たちの収入をあまり確認してなかったらしく、3人とも呆然としている。

「まあ、当然の報酬じゃわな。君たちはアーバン商事の業務履行、インターステートの立て直しにも貢献してくれているし、宇宙船地球号社の経営陣でもあるからの。今話題のリラックスジムの経営者じゃ。それも世界各国に支店のある会社の経営者。それぐらいの利益は十分出ておるじゃろう。」

 早瀬たちは会長にそう言われてはじめて、自分たちがやってきたことの規模の大きさに気づいたようだ。

 まあ、実際、外商的なことはすべて俺が回していたからな。


「ああ、そろそろ阿藤副総理の方がお開きになりそうだね。」

 隆二さんがモニターに映し続けられていたパーティーの風景を見て気づいたようだ。

「じゃあ、愛ちゃん。一人になるタイミングを見計らってこちらに転送しちゃって。そうね。多分どこかの控室にいったん戻るだろうから、そのドアを開けて部屋の中に踏み出した瞬間ってのはどうかしら?恐らくSPも部屋の中まではついてこないだろうから。うまくやってね。」

「イエス、マム。」

 愛ちゃんはとうとう奥様の兵隊になっちゃった。


 まもなく阿藤総理が現れた。2歩目を出そうとして、固まってしまったようだ。

「御無沙汰しております、阿藤副総理。奥様と大学の同期だった蔵元美千代でございます。旧姓は大倉美千代でございます。こちらは私の主人の蔵元巌、その隣が主人の弟の蔵元大蔵でございます。突然こんなところにお招きして申し訳ございません。」

 奥様はそこまでを一気に言い放った。

 阿藤副総理に話す隙を与えなかった。

「お?おぉ。美千代さんか。一体ここはどこだね?どうやってわしはここに連れてこられたんだ?ここはホテルのわしの控室じゃないね。」

 さすが副総理になっているだけはある。

 突発的な事態にも冷静に対応し、状況把握をしようとしている。

「それにこの若い衆は誰だね?」

 と俺たち4人を指さした。

「彼らは私たちの後継者とでも思っていただければよろしいかと。」

 ここでようやく俺が口を開いた。


「初めまして副総理。私は柏木努と申します。彼らは右から早瀬太郎、山田幹夫、山下達夫と申します。それとここは私どもが経営する北海道にありますスパリゾートのホテルの一室でございます。」

 俺はそう説明した。

「まあ、お座りになって話しませんか?少しご相談したいことがあって無理やりお越しいただいた次第です。もちろん、お話が終わりましたらすぐに元のホテルの控室のお送りしますので、ご安心ください。」

 奥様はそう言って、一人掛けのソファーを勧めた。


 阿藤副総理は、まだ状況が把握できずに、きょろきょろと窓の外を見たり、俺たちを見たり、奥様を見たりしていた。

「いや、なにがなんだかわからないんだが…。どうやって北海道まで一瞬で連れてきたというのかね?」

「その説明をさせていただきますのでどうかお座りください。」

 奥様は再度ソファーを勧めた。


 阿藤副総理としても、納得はいかないまでも説明してもらわないと自分がどういう立場になっているのかもわからず、観念してソファーに腰を掛けた。

 すかさず愛ちゃんが、目の前のテーブルにお茶を出した。

 阿藤副総理は愛ちゃんがいきなり出てきたことにも驚き、愛ちゃんの顔を見たまま固まってしまった。


「実は阿藤副総理にぜひご助力いただきたいことがございまして、この場に転送させていただきました。その内容が今後の日本国の運命を左右するほどの事柄なため、あえてアポイントも取らず、拉致のような形でお連れしましたことをまずはお詫びいたします。」

 俺はそう言い、立ち上がって頭を下げた。俺に続いてみんなも同様に頭を下げて詫びた。

 その状況を見ながらも、もちろんまだパニック状態にあるのだろう。


 見た目は冷静なんだけど目が泳いでるよね。

 逃げ出したいんだろうな。

 転移とか言ってるもんね。頭のおかしい連中に何かされたと思っても不思議じゃない。

 すると愛ちゃんが阿藤副総理の後ろから手をかざして、光を浴びせた。

 阿藤副総理からはその様子がわからなかっただろうけど、俺たちにはその様子が見えた。

 そうか、これってアリーシャが俺にかけた魔法だな。

『正確には少し違います、マスター。これはあれほど強いものではなく、思考を助けて、緊張をほぐす作用のある魔法です。』

 と、愛ちゃんは思考通信で話してきた。


 やがて、阿藤副総理は俺をまっすぐ見て話し出した。

「君が先ほど言った日本国の運命を左右するほどのことならば、今はひとまず納得しよう。どんなことなんだね?」

 俺が続けて話をすることにした。


「実はこのほど私どもはある機器を開発いたしました。それは常温核融合発電装置をはじめとした機器で、放射能除去装置、土壌改善装置、重力制御装置、水質浄化システム、それと大容量バッテリーシステムとなります。これらの技術が公表されれば戦争を引き起こすもとにもなりかねません。しかし、我々はより良い日本、よりよい地球を子孫に残したいがため、これらの技術を開発しました。ぜひ日本国政府主導で、これらの製品化にご助力いただけないかとご相談したく思い、本日の無礼になりました。」


 俺は阿藤副総理が理解するまで少し待った。

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