34.誰だ…藪蛇つついたの…
会長、奥様、隆二さんは何やらほほえましいような顔をして、早瀬たちは真剣な目をして俺を見つめていた。
「そう。そう決意したのなら、それをゆめゆめ忘れることのないようにね。じゃあ、愛ちゃん。誰にも気づかれないタイミングで阿藤副総理をここに転送して。」
「かしこまりました、奥様。ただ、現在阿藤副総理は経団連の会合に出席されております。」
と、愛ちゃんがそう報告するのと同時に、現在のそのパーティーの様子が部屋にある大型モニターに映し出された。
「…仕事が早いわね。これってどうやって撮ってるの?」
奥様は若干引き気味にそう聞いた。
「先ほどリストをお渡しした時点でリストに載っております要人にはすべて監視をつけました。これは阿藤副総理につけた監視の一人で、現在ホテルの従業員に化けて、監視しております。」
「じゃあ、モニターはこのままで。これってあなたも呼ばれてたんじゃないの?」
奥様はそう会長に聞いた。
「そうじゃったな。確かに呼ばれておったが、わしはここのオープンが見たかったのでな。どうせもうすぐ引退するつもりじゃったし、欠席したんじゃ。なに、どうせ大したことは話しておらんじゃろ。いつものように爺ばかりが集まって、若いもんの愚痴ばかりじゃからな。」
会長はそう言って苦虫をつぶしたような渋い顔をして、モニターを見ていた。
「じゃあ、この待ち時間に私たちも身辺整理をしてしまいましょうか。」
と奥様はそう切り出した。
「身辺整理?引退して隠居するってことか?」
「対外的にはそうよね。実質はここに移り住んで、身を隠すって方が正解だけど。隆二君もね。」
「はい、義姉さん。さっきから話を聞いてて、そうなるんじゃないかと思ってました。」
と、隆二さんは笑いながら答えた。
「すでに御三方の部屋は地球号にもご用意しております。」
と、愛ちゃん。
「じゃあ、とりあえずの着替えなんかをこちらに持ってくればことは足りるわね。愛ちゃん、何とかできない?」
「はい、奥様。いつでも可能です。しかし、その際お屋敷におられる家令やメイドなどが職を失うことにもなりかねませんが、いかがいたしましょうか。」
「そうね。彼らはそのまま屋敷の維持のために雇用を続けるわ。あの家にも愛着はありますもの。」
「あと、問題としては隆二様の奥様にどう告げられるかですが…。」
「ああ、あの性悪女ね。どうせ隆二君にも金の無心しかしないんでしょう?もうこの際だから離婚しなさい。離婚!」
そう隆二さんに詰め寄った。
「いや、義姉さん。いきなりは無理だよ。それに向こうは俺の資産目当てだろうから、離婚に応じないか慰謝料をがっぽり取るつもりだと思うよ。夫婦関係はもう10年以上冷めてるから、問題ないけどね。」
そう言って隆二さんはため息をついた。
「差し出がましいようですが、隆二様。奥様との離婚に必要な奥様の不倫の証拠、隆二様の会社の資金の私的流用。また、背後にあるご実家の人間関係及び不倫相手の背後関係も全て調べております。これらを証拠とともに弁護士に提出すれば、あっさり離婚ができると思われますが、いかがでしょうか?」
また、俺たちはびっくりした。
「え?いつの間に?」
と隆二さんは驚きを隠せなかった。
目の前に離婚に向けての訴状や証拠が積みあがっていっている。
「インターステート社の不正事件の際に大株主である隆二様の身辺調査も行わせていただきました。その際、マスターの信頼度から将来的に味方になる可能性を考慮し、その際排除すべき関係についても洗い出しを行いました。これはその一環です。」
と、さも当然のように愛ちゃんは言った。
「え?じゃあ、うちの人のことも同様に調べ上げてるの?」
「はい、奥様。蔵元会長の愛人関係に至るまで…。」
「ゴホンゴホン。いやいや、愛ちゃんそれ以上は言わなくていいから。」
会長は慌てて遮った。
「あら、あなた。あなたが銀座と赤坂に女を囲ってるのは私、知ってますわよ。まあ、適度に遊ぶのは男の常ですから大目に見ていますが。」
会長は今日一番の驚きの表情で顔が若干青ざめた。
「奥様。赤坂の女性についてはよろしいのですが、銀座の女性の方は産業スパイだと思われますので早急の対処が必要かと存じます。」
「え?あの里香が?スパイだと?」
「その通りでございます、会長。あの女性は中共のスパイで、すでに数名の経産省職員から情報を取り、本国へ流しているところを確認しております。」
「あの里香のやつ…。」
と今度は怒りに染まった真っ赤な顔をしだした。
青だの赤だの忙しい人だ。
「その女の前で、柏木君のことしゃべってないわよね?」
と奥様は会長に問いかけた。
「う~ん、いやしゃべってないと思うぞ。」
「はい、会長。確かに秘密保持をしていただいている事柄については何もお話しされておりませんが、見どころのあるやつとして自慢していたのを複数のホステスが聞いております。もっとも記憶に残して記録していたスパイの女性には、今後の支障になることも考えられますので、記憶の消去とメモの廃棄を実施しております。」
おっと。愛ちゃんのおかげで未然に情報が漏れるのを防いでくれていたようだ。
「もっともマスターのことに関しましては、その後のリラックスジムの件で別口から中共の幹部には知れ渡りましたが。蔵元会長とマスターとのつながりはある程度消去しております。まあ、前後関係を考えると無関係というのはあり得ませんが。」
確かにそうだろうな…。
「ところで赤坂の女は大丈夫ってどういうこと?」
奥様が愛ちゃんに問いかけた。
「赤坂のありさという女性はどちらかというと人との争いを避け、穏やかな人物です。蔵元会長もそんな癒しのある所に引かれたのではないかと愚考します。」
愛ちゃんは少し緊張気味に奥様に答えた。
…うん、愛ちゃん。間違ってないぞ。君の感じている恐れはここにいる全員が感じていることだぞ。君はかなりの薄氷を踏んでるぞ。
「へ~そんな人だったんだ。確かに癒しは必要だものね。今度私にもその人紹介して頂戴ね。」
奥様は会長を見て微笑みながらそう言った。
……あの笑顔は怖い…。
俺ならちょっと漏らしてるかも…。
「あ…ああ、わかった。」
蔵元会長はまた顔が白くなってきていた。面(おもて)が白いといっても全然笑えないけど。
「さて、話がそれちゃったわね。えっと、隆二君の離婚の話ね。隆二君、離婚するってことでいいのよね?」
それまでに愛ちゃんがテーブルに積み上げた資料を読みふけっていた隆二さんは怒りに震えながら答えた。
「ああ、義姉さん。あいつとんでもない女だったようだ。俺との結婚もどうやら策略の一つだったようだ。会社の金も累計で10億を超えて使い込んでいる。俺の資産も相当がその後ろ盾に流れていたようだ。これは許せない。」
「じゃあ、愛ちゃん。最短で離婚に向けて動いてちょうだい。そうね、理想は2週間ってところかな?慰謝料もふんだくって、隆二に代わって存分に復讐してあげてね。」
「イエス、マム。」
…とうとう愛ちゃんが一兵卒に戻っちゃった。
「その返事いいわね。これからもそれで通してちょうだい。」
「アイアイ、マム。」
愛ちゃんが気を付けの姿勢のままそう答えた。
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