33.脱却したと思い込んでたもの

「戦後レジュームからの脱却、か。」

 会長がそうつぶやいた。


「すでにそこから抜け出したと錯覚してますからね、日本の国民は。独自武力をもった独立を行わないと、いつまでもガキ大将に守られたスネ夫になっちゃいますからね。まあ、そういう立ち位置で生き続けてきたのが日本なんですが。」

 隆二さんがつぶやいた。


「はいはい。現状を憂いていても仕方がないわ。問題はどうやって平和的にみんなが幸せになるかよ。確かにさっき学習した内容だと帝国が地球を占領するのに1日もいらないでしょうけど、誰もそんなことは望んじゃいないわ。むしろできるだけ帝国という地球にとっての脅威をみんなに知らせずに、これらの技術を流用できるかってことが争点になると思うわ。愛ちゃん。帝国は柏木君がやっているような技術の移転や使用に関して介入してくることは考えられる?」


 奥様が、そうみんなをリセットさせた。

 この人もそれなりに女帝として君臨しているからな…。

 理解力と判断力は会長より上かもしれないな。

 影響力は確実に上だというのはきょう一日でよくわかったけど。


「いえ、奥様。以前マスターともそのことについて話をしましたが、マスターに与えられた特権と資産はマスターを戦争に巻き込んでしまったことへの補償になります。また、帝国からこの地球が離れすぎているのもあり、帝国が地球を征服しようとすることはあり得ません。現状では帝国でかかる費用が多すぎて利がありません。独自に発展して、貿易相手になったら御の字ぐらいのものです。しかし、今の地球の技術力では1,000年たっても帝国に追いつくことはできないでしょう。実は帝国もその歴史の中で、様々な星の様々な種族と交流を深めて、その中で技術革新があり、現在に至っています。つまり、今のこの地球の状況と非常によく似た状況を過去に経験しているのです。もっとも、その時には帝国は惑星の統一政府でもありましたので、戦争が起こる可能性すらありませんでしたが。」

 それを聞いて蔵元会長が

「なるほどのう。たしかに一つの惑星に一つの政府となれば技術開発をしても戦争にはならないか…。」

「確かに帝国が言うように地球は辺境の遅れた星だといわれても仕方ないわね。」

 奥様は苦笑した。

 帝国にとってはどうでもいいことなんだろう。


「で、帝国は介入してこないということでいいのかしら。」

「はい、奥様。むしろどんどん帝国の技術を取り入れて発展しろというのが帝国の意向です。そもそも山に暮らすお猿さんが人の暮らしを見て道具や火を使いだしたところで、最悪お猿さんが棲んでいる山を燃やすのが関の山。都会に住んでいる人たちにはニュースでそれを見ることがあってもそのお猿さんを退治したり、ましてお猿さんに道具の使い方を教えるという徒労はする必要もありませんし、興味もないでしょう。お猿さんたちは自分の力で火の使い方を覚える必要があるのです。それに関してだれも手を貸してくれません。」


 愛ちゃんのその言いざまが妙に当てはまりすぎて、聞いていた全員がさもありなんと納得した。


「じゃあ、帝国との国交樹立は無しね。国交を結んでも助けてくれるとも思えないから。もっとも柏木君が持つ力があればどうにでもできるんでしょうけどね。宇宙船とか魔王の力とか。」

「いえいえ、俺はそんなことに力を使いたくないですよ。人を傷つけたくないし、ましてや殺したくない。戦後レジュームの抑圧されて作られた理想の花畑で育った日本人ですよ。平和ボケしてるといわれるほどに、平和にするために何が必要かといわれて平然と愛だと答えるほど馬鹿じゃないつもりですけどね。」


「いえ、マスター。残念ですが、マスターはすでに人を殺しています。」

「え?どういうこと?」

「ドルーア星の魔王と爆発に巻き込まれた数万のドルーア星の人をマスターが殺しています。」

「いやいやいや、結果的にそうだったかもしれないけど、俺は巻き込まれただけだし…。って、そうか。俺が魔王を殺したことで生まれた平和もあるんだった。」

 俺は少し落ち込んだ。


「大丈夫ですよ、マスター。マスターは人殺しではあってもヒトデナシではありませんから。」

 一同その言葉には笑ってしまった。


「はいはい、話を戻すわよ。帝国はこちらが求めない限り、介入してこないってことでいいわね。それと、技術も含めて柏木君への補償であると。だったら、話は簡単だわね。すべての技術革新は柏木君の頭から生み出された。少なくとも柏木君の持てる資産が生み出した賜物ってことでいいのね?」

「はい、奥様。それでどこからも苦情が出るわけではございません。」

「俺は何となく人の手柄を横取りしたみたいで、ちょっといい気にはなれないけどね。」

「柏木君。あなたの中途半端な正義感と大勢の人が死ぬ戦争と大勢の人が幸せになれる未来とどれが一番の優先事項なのかな?」

 俺は睨むようにして奥様にそう問いかけられた。

「もちろん大勢の人が幸せになれる未来です。」

「だったら、ちっぽけな正義感なんか捨てることね。大体あなたが始めたことでしょう。その責任を取るのもあなたよ。すでに今のあなたの存在は大勢の犠牲の上に成り立っているってことを自覚しなさい。たとえ不条理であっても、それが事実です。いい?」

 俺はそう言われて改めて自分が進もうとしている未来に身を引き締めた。

「はい。おっしゃる通りだと思います。少し自覚が足りていなかったようですね。反省します。」

「よろしい。じゃあ日本国とのかかわり方を今一度整理しましょう。開発した技術者が納得している限り、その技術を公開する必要はないわ。現に柏木君、あなたはすでにリラックス・ポットという地球の人にとっては意味不明の技術を使ってそれを世に広めている。実際にその技術を公開したわけでもない。これと同じ手法で行けばいいのよ。」


「確かにリラックスジムは軍事転用もできませんし、技術も公開したわけじゃありません。しかし同じ手法が取れるとも思えませんが。」

「いい?柏木君。あなた考え違いしているようだけどあのリラックス・ポット、立派に軍事転用は可能よ。よく考えてみなさい。元々あの技術はための身体と心のケアを目的とした軍事技術よ。帝国から大量に導入したようだけど、これって帝国から見たらあなたが大量に自分の兵隊を作ってると思われてるわよ。それも洗脳して意のままに扱える兵隊をね。」


 俺はそう聞いて愕然とした。なんで気づかなかったんだ。元々宇宙戦艦に在った技術だ。守秘義務を守るための暗示もその根本的な技術は洗脳に他ならない。

 俺が驚いている顔を見ながら奥様は続けた。


「その顔じゃ気づいてなかったようね。確かにあなたの頭にはお花畑があるようね。まあ、いいわ。それは置いておいて今更ってことには気づいたみたいね。じゃあ、どうすればいいかは判断できる?」

 俺はしばらく考えて口に出していった。


「技術公開は行わないことにします。元々誰かから称賛されたかったわけでもありませんし。独自に極秘開発したということを副総理に話し、副総理も地球号のクルーになってもらいます。そのうえで、日本のかじ取りができるチームを組んでもらって、これらの技術を国防に役立ててもらいます。そうなるとまずは常温核融合発電装置と重力制御装置ですね。その基本理論をまとめたものを副総理にお渡しします。それを日本の専門家たちに解読してもらって、実用化のための具体的な対策をお願いします。」


「うん、それでいいわよ。ね、あなた。」

 ここまで黙って聞いていた会長に確認を取った。

「うん、それがいいじゃろう。むしろ兵器として使うかどうかは、その技術を使うもののあり方の問題じゃからな。愛ちゃんたちがいることで情報漏洩はまず問題ないじゃろ。そのエキスパートじゃからな。そうなると阿藤副総理のアポイント取りから…。」

「そんなまどろっこしいことしてたんじゃ埒があかないわよ。隆二をここに連れてきたときの手法でいいじゃない。拉致よ拉致。」

 全員が奥様の言葉に引いた。


「何引いてるのよ。どうせ地球号のクルー、つまりこちらの仲間に引き込むつもりでしょ?だったら躊躇したり、ほかの第三者が介入したりする暇を与えず強行突破しかないわね。アポイントなんか取ってたら誰と会ったのか、どれぐらい時間を使ったのか調べようとしたらすぐにわかっちゃうもの。あくまで秘密裏に、私たちはなるべく表に出ないで事を進めないとえらいことになるわよ。柏木君。あなたの行動が善意であることはわかるけど、そのあなたの無自覚な善意の行動は、あなたにかかわるすべての人の命を奪いかねない無邪気な悪意だということを自覚しなさい!あなたは私たちをこの件にかかわらせたことによって私たちの命も危険にさらしているの。あなたがすべてを守るのよ。その覚悟がないなら、リラックス・ポットを使ってあなたがかかわってるすべてのことからあなたの記憶を消しなさい。今ならまだ間に合うわ。もっともこれが最終ラインだろうけど。」


 俺は意を決して宣言した。


「俺は、このままみんなが幸せになれる未来を作りたい。少なくとも福島のような人の手で人が住めなくしてしまったような場所を取り戻したい。そのためには恨まれる覚悟もかかわった人の命を守る覚悟も、そして自らの手で相手を殺すことになろうと自分の正義と関わった人の思い、生命、財産を守るために俺に与えられた力を使うことをみんなに誓います。」

 俺はそう告げ、みんなの顔を見回した。

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