32.順番をどうするか

「やはり我々の得意分野からアプローチを掛けるとすると経済産業省かな。」

 と、蔵元会長が切り出した。

「そこからつなげてもらって防衛相、資源エネルギー庁、国土交通省かな。」

 と隆二さんが続けた。

「今その試作品はどこにあるのかな?」

 蔵元会長が問いかけてきた。


「このスパリゾート内に併設している研究開発センターに保管してあります。」

「ここには研究開発施設もあるのか?」

「はい、最も建物ができるまでは田中工業で試作していたんですが、セキュリティ面で少し怖くて、早々にこちらに拠点を移してあります。」

「研究者はその間ずっとこっちに?」

「はい。併設している宿泊施設がやたら気に入ってもらえまして。すでに長い人だと半年はこちらにおられますね。」

「そうか。そうなるとここに大臣を呼んで見てもらうのが一番早いのかな。」


「…ちょっといいかしら。先ほど言っていた今回開発して試作品ができているのは何と何かしら?」

 奥様が会話に参加してきた。

「先ほど話した全てですね。放射能除去装置、土壌改善装置、常温核融合発電装置、重力制御装置、水質浄化システム、ゴミ処理装置、それと付随でコンパクトバッテリーパックですね。これは従来のものより軽量コンパクトで大容量なものです。」

「それは車や船舶が対象なのかね?」

「まあ、全般ですね。なんにでも組み込めますから。」

「放射能除去と土壌改善、水質浄化は対象としては福島原発よね。」

「そうですね。しかしこの技術を応用すると現在の原子力発電所を無害なものにして廃炉することができます。」

「なんと…。そこまでの技術なのかね。」

「はい。需要はチェルノブイリをはじめ原発事故を起こしているところと現状の原子炉が常温核融合発電に切り替わった後の原子炉ですね。どうしても放射能除去装置が完成しないうちに常温核融合発電装置を世に出すことは避けたかったのですが、間に合ってほっとしています。」


「その名前聞くとあの宇宙戦艦のアニメを思い出すよ。」

 俺たちは笑った。


「安全に廃炉できない原子炉ほど危険なものはないですからね。常温核融合発電の方が先に取り上げられると原子炉が放置されかねませんからね。」

「とすると公開する順番としては1に放射能除去装置、2に土質改善装置、3に水質浄化システムという順番でいいのかしら?」

「おっしゃる通りですね。その順番が一番安全に実績が作っていけると思います。が、実はそのどれもが大量に電力を使うのです。この高コストが今まで解決できていなかった問題で、それを解決するための常温核融合発電装置なのです。ですから、これらの技術は高電力が前提になっています。」


「とすると常温核融合発電装置をまず世に出さないとその他の技術は出せないということか。」

「そうですね。まず発電技術を公開する必要があります。」

「う~ん。そこが悩ましいのう。確実に争いが起こるぞ。それも合衆国が一番介入してくるだろうな。日本がその技術を独占するのは許せん。早急に公開しろ!ってことになるのは明らかじゃ。」

「そうですね。我々もそこを危惧しています。」

「それ等の技術を日本独自で運用していくにはどうしたらいいか…。」


 そこまで話が進むと愛ちゃんが会話に入ってきた。

「マスター、少しよろしいでしょうか?」

「ん?どうしたの愛ちゃん。」

「公開を前提に話を進めるより、非公開でまず日本国で独占できるように手を打ち、その上で発表する。ただし、発表からすぐにでも攻撃される恐れがあるので、まず軍事技術から話を進め、日本国の国防を固めたうえで公表していくというのはいかがでしょうか?」

「う~ん。…確かにそうか。どの道揉めることになるのなら、その先に抑止力は当然必要になってくる。それなら先に抑止力を作っておかないと、奪い合いになって奪われてからじゃ遅いか。」

「おっしゃる通りです、マスター。そこで幾人か私の方で調査し、ピックアップした人材があるのでそれらの人たちを集めて非公開の会議を開かれてみてはいかがでしょうか?」

「愛ちゃんの方で人材を見定めたってこと?」

「はい、マスター。マスターの意向に沿った強い日本を守るために必要な人選だと自負しております。」

 そう言って愛ちゃんはそれぞれが持ったタブレットにリストを映し出した。


「そしてこの中でもまず初めに声をかけるべき人物は…。」

 愛ちゃんがそう言うと、その人物の名前が点滅しだした。

「このリストの最上位にいる阿藤副総理ですね。」

「…なるほど。確かに阿藤さんはサブカルチャーにも造詣が深いし、何より中共を嫌っている。日本を憂う愛国の志士であることは間違いないか。」

 と、蔵元会長はその人選について触れた。


「そのほかの人たちについては、阿藤副総理をこちらの話に納得してもらった後、阿藤氏に招集をかけてもらえばよろしいかと存じます。」

「なるほど。それが一番情報も洩れずに日本国の中枢に話ができるか…。」


 すると愛ちゃんが

「実はもう一つ、絶対に失敗しない案もあるのですが、それはマスターが嫌がられると思われますので。」

「それってどんなプランなのじゃ?」

「マスターがその権限、つまり帝国と相互通商条約を結ぶ権限を使って、地球の各国と国交を開き、その技術を日本で公開するというものです。」

「うん。それはないね。それができるなら元から日本の技術で開発をやり直したりしないよ。それにそれをやると…。」

「そうですね。帝国の介入が増え、場合によっては武力衝突の前に各国の戦力の無力化が前提になってきます。」

「…なるほど。そりゃそうか。地球号1艦あればそれもできると?」

「可能です、マスター。」


「…まさか愛ちゃん。今更このプランを持ち出したってことは、まだ帝国は俺の魔王化を狙ってるってことなのかな?」

「いいえ、マスター。確かに帝国の議会を含めその国民の大半が、マスターが魔王化することに賭けておりますが、そのような方法もマスターなら取れるということを示しておきたかっただけです。魔王化を望んでいるのであれば、ここでこのプランを提示せず、今現在話し合われている方向性の延長戦上に、避けては通れぬ他国の武力行使を待ったほうが早いのです。そこでマスターが理不尽な大国の脅威にさらされ、やむをえず魔王化するというシナリオが現在最も有力となっています。」


 一同は唖然として愛ちゃんの言葉を聞いていた。


「つまり…。やはりこれらの技術は戦争を避けられないということなのか?」

「おっしゃる通りです、マスター。ただその際に日本国が抑止力になるか、帝国が抑止力になるか、その両方を取るかだけの選択肢になります。」

「その両方を取るって…。」

「日本と帝国の国交を確立して、日本にその技術を提供すると宣言してしまえば簡単になります。帝国との国交窓口は日本政府だけだと。」


 そのシナリオに一同は沈黙した。確かに日本は国際的に有利になるだろう。しかし、確実に日本は世界から孤立する。まあ、孤立するといっても一時的なものだろうが。その技術を狙って各国と協議する。協力的な国から技術供与を始める…。すると…。


「そのシナリオだとまるで日本が地球の覇者のようになっちゃうね。そこまでのことを俺は望んでいるわけじゃないよ、愛ちゃん。俺は日本で何とか使えるようにした技術を地球の環境を改善し、よりよい未来を次世代に残したいだけなんだ。きれいごとを言ってるようだけど。幸いにして俺には帝国からの補償でお金もある。自分一人が平和に暮らすのはいつでもできるんだ。でも、こんな俺にもたくさんの協力者ができた。ここのみんなも技術者たちも、よりよい世界を作りたいだけなんだ。それが戦争を生むなんて…。かといってすべての国に技術公開するとこれもまた戦争を生むだろう。どの国も独善的な国が多いからね。日本ぐらいのものだと思う。第二次世界大戦で敗戦国となり、独自の平和憲法を持たされ、軍隊も作れず合衆国に依存した独立になっちゃってる。そこから脱却しないと日本独自の技術で世界をよりよくするなんて夢だってことはわかってるんだけどね。」


 俺は少し途方に暮れた。

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