30.終の棲家

 蔵元会長が奥様とともに今日はご出席くださっている。

 奥様も朗らかにほほ笑まれ、終始にこにこしている。

 馬が元気そうに走っている風景を眺めながら蔵元会長がぽつりとつぶやくように話し出した。

「柏木君。よくこの一年で収拾をつけてくれた。感謝している。あの時君を呼んで話をしなかったらと思うとどうなっていたことやら。今頃インターステートもなくなっていたことだろう。」


 それは確かにその通りだったと思う。


 愛ちゃんたちの情報調査チームが介入しなければ今頃まだ訴訟のための証拠集めしていてもおかしくない。

 その時間を利用して、どんな反撃を食らっていたかもわからない。しかし、

「そういうのも時の運ってやつでしょう。私もあれより以前にあの件が起こっても対処しきれなかったと思います。まあ、私としてもタイミングが良かったんだと思います。」

「それがどういう意味か分からんが…。まあ、そういうことなんじゃろう。あれから一年か。私もそろそろ引退を考えていてね。できればこのスパリゾートでのんびり余生を過ごしたいんだが、部屋は空いているかね?」

「部屋は空いておりますし、奥様と過ごされるのであれば特別に家を用意するのもかまいませんが、もう少し頑張ってもらえませんか?」

「どういうことだね?」

「今から少し奥様とともにお時間をいただきたいのですがよろしいですか?できれば弟さんもご一緒していただければありがたいのですが。」

「弟は、今日は東京だから無理だな。今から飛行機に乗っても夜までにつけるかどうか。」

「いえ、東京にいらっしゃるのならそれでも結構です。こちらからご予定をうかがってもよろしいですか?同時に話を聞いていただけるように手配いたしますので。」

「リモート会議のようなものか?そういうことならわしから電話で伝えておこう。何時にどこにいればいい?」

「それでは30分後にお迎えに上がりますのでその場でお待ちいただけるようにお伝え願えますか?」

「弟がどこにいるのか把握しているのかね?これはひょっとしてようやく柏木君の秘密を教えてもらえるのかな?」

「そうですね。ただ、共に歩んでいただくということさえ守っていただければ、すべて今日お話しいたします。」

「それは楽しみだ。そういうことなら是非もない。経済界の今や寵児だからな。残りの人生を掛けても悔いは残らんじゃろ。」

 そう言って、弟さんに電話を掛けてくれた。


 弟さんはインターステートの株の保有者で信用できる方だということはすでに調査で判明している。現在は関連子会社の社長をやっている。

「弟の雄二は、今子会社の社長室にいるそうだ。時間も空いているそうなのでかまわんそうだがどうする?」

「それではそこでお待ちいただければ、30分後に私どものスタッフがお迎えに上がりますのでお伝えください。」


 俺は奥さんと会長、それに早瀬たち3人とともにこのホテルのVIPルームに移動した。

「ここで話をするのかね?そのモニターでつながるのかな?」

 会長は奥様とともに大きなテレビを眺めていた。

「いえ、ここからもう少し移動いたします。まず見ていただいた方がわかりやすいと思いますので。」


 俺は愛ちゃんに思考通信で地球号の展望ブリッジに送ってもらうように指示した。

 次の瞬間、周りの状況が一変した。少しよろめいた奥様は会長の腕をつかんだ。

「驚かせて申し訳ございません。ここがお連れしたかった場所です。」

「一瞬にして情景が変わった。君は一体何者だね?」

 会長は俺をにらみつけた。

「それも順に話をします。もうすぐ弟さんが来られます。話はそれからでも。まずはそこのソファーにおかけください。」

 俺はソファーに座ることを勧め、いつもとは違うタイプのアンドロイドを操作した愛ちゃんが紅茶を入れて持ってきてくれた。

「この子は誰だね?」

「いつも私のそばに仕えている秘書の愛です。ちょっと顔や背丈は違いますが…。」

「ん?どういうことだね?この子はあの愛ちゃんとは全然別人じゃないか。」

「あ、いらっしゃいました。」

 俺のその一声から一拍後にアンドロイドの女性とともに弟の雄二さんが現れた。


「ここは一体…。あ、兄さん、義姉さん。ここは一体どこですか?」

「いや、わしたちも今連れてこられたばかりで何も聞いていない。これから説明してくれるそうじゃ。」

 そう言って俺を見つめた。


 さてやりますか。


 俺は一通りの話をして、メディカル・ポットを転送してもらい、そこに2時間入ってもらった。

 これで一通りの学習はできたはずだ。

 そしてとどめに、展望デッキを開けてもらった。


 3人はソファーから立ち上がり、しばらく頭上の地球を眺めていた。

 口をあけながら。


 うん、ここまでがテンプレ通りだね。


 しばらくしてようやくこちらに意識が返ってきた。

「まさかわしが生きてるうちに宇宙から地球を眺めるとは思わなんだ。」

 続けて奥様が

「本当に…。夢を見ているようでまだ頭がふわふわしてるわ。」

 最後に雄二さんが

「本当に地球は青いんだな。」

 と呟いていた。


 そして俺から会長に話しかけた。

「蔵元会長。一年前の決起集会で私が事業目標として掲げたことを覚えておられるでしょうか?」

 俺は蔵元会長、奥様、雄二さんを見回しながら話を続けた。

「放射能除去装置・土壌改善装置・常温核融合発電装置・重力制御装置・水質浄化システム・ゴミ処理装置」

 俺は指を折りながら一つずつ数え上げた。


「…ひょっとして…。」

 雄二さんが察したようだ。

「そうです。この一年で極秘に研究したこれらの装置がついに完成しました。それも帝国の技術ではなく、地球の技術でです。」

「おぉぉぉ・・・・。」

 会長は涙を流して慟哭した。

「あれは単なる大風呂敷じゃなかったのか。実際に作れたのか…。」

「はい、完成しました。しかし、ここからが問題なのです。どうか皆さんソファーに座って話を聞いてください。」

 俺はみんなを促して、ソファーに腰を落ち着けた。

 すぐに愛ちゃんが紅茶のお代わりを持ってきてくれた。


「実はご存じかもしれませんが、あの決起集会の後、1か月ほど後に田中工業の田中社長と他の専門分野の社長たちとともに、新会社ハルを設立していました。設立目的は先ほどの機器の開発です。我々は帝国の技術で田中工業の地下に研究施設を構築し、そこで日夜研究を続けていました。それがこのほどようやく実を結び、技術、資材、製作者ともに地球産のあれらの機器の完成にこぎつけました。」

 驚きつつもわくわくした表情で俺の顔を3人が見ていた。


「問題はこれらの機器をいつどのようなタイミングで発表すればいいのかを悩んでいます。というのもこれらの技術は軍事転用が可能で、下手をすると第3次世界大戦の引き金にもなりかねない技術なのです。」

 俺は言葉が浸透するまで少し待った。

「今のところまず放射能除去装置と土壌改善装置、水質浄化システムを福島で実証実験したいのです。そこで会長と雄二さんのお力をお借りして経済界に根回ししてもらえないかというのが今回のご相談なのですが…。」


「「やる!!」」

 と二人同時に答えた。


「お前さんは人を使うのがうまいのう。確かに起業一年目の若造がこんな話をしても相手にされないのが普通じゃろう。そこに経験豊富なわしたちの布陣か。確かに引退している場合じゃないのう。」

 会長はうれしそうに笑った。

 奥様もそれを見て微笑んでいる。

「これほど派手で大きな花道もないじゃろう。雄二もそれでいいな?」

「もちろんだよ兄さん。これほどやりがいのある仕事もないよ。俺たちの手で世界に認めさせて、日本独自の技術が世界にわたっていく。身体の張り合いがあるね、兄さん。」

「まあまあ二人とも年甲斐もなくはしゃいじゃって。でもさっき柏木さんが言ったとおり、扱いを間違えたら戦争が起こるわよ。」

 奥様がそう言いながら二人をたしなめた。


「柏木君はどう考えておるのかな?これらの技術を日本に渡すのかな?」

「はっきり言って今の日本政府は信用できません。今回のリラックスジムの一件でもそれは明確に現れました。特に特権階級に居座っている政治家や官僚はろくなことを考えませんし、他人の物を平気で奪おうとしてきます。かといって他国に売り渡す気もさらさらありません。この帝国由来の技術は私が生まれた国、日本のために使いたいと思っています。」

「よう言うた、柏木君。で、どうするんじゃ?」

「まずは量産体制を作ることから始めたいと思います。実は先ほどまでいたスパリゾートの地下はこの地球号のドックになってまして、地球号が丸々入るような構造になっています。今からそのドックに向かいますね。周りからは見ることも感知することもできません。地球の技術では到底不可能な帝国由来の技術でできていますから。」


 俺はそう言って愛ちゃんに30分かけて地球を頭上に見ながら地上のドックに移動してもらうように指示を送った。

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