25.2001年宇宙の旅

 翌日からも俺たちは精力的に動いた。


 会社設立は順調に進んでいる。

 俺たちは新社屋の方に移り、徐々に社員たちも新社屋に移りつつある。

 最後までアーバン商事に残っている連中は、放っておいて、新会社のメンバーで積極的に仕事はこなしていった。


 みんな体力もあり、身体の調子もいいようだ。

 1階に設置したフィットネスジムで汗を流してシャワーを浴び、2階のフィットネス・ポットで体調回復して飲みに出かけるのが、ほとんどの社員の日課になりつつある。

 それぞれの処理能力も向上していることから、残業は誰もしなくなっている。


 アーバン商事の社員で海外出張中だったものや海外支店のもの、日本の各支店の者たちも一度本社である都内に集めて、事情の説明、今後どうするかを話し合った。

 結局それらの者たちは社長連中に疎まれて海外支店や地方の支店に飛ばされたものが多かったため、優秀な人材がまた新会社に加わっていくこととなった。


 支店は全部撤収し、アーバン商事は事実上の開店休業状態になった。

 誰も独自に営業をかけようとする者もおらず、会社整理の時まで仕事もないままに出勤を繰り返している。次の仕事先もなかなか見つからないようだ。

 それでもほかの社員を虐げていたような連中なんで、誰も同情しなかった。


 自業自得って奴だろう。


 順調に仕事をこなし、期日を前倒して納める案件も増えていった。この分だと1年たたずに業種転換できそうだ。

 決起集会からひと月ほどたったある日、俺は田中工業を訪ねることにした。


「御無沙汰して申し訳ございません、田中社長。」


「やあやあ柏木さん。忙しいだろうにようこそ来てくださいました。噂はかねがね聞いておりますよ。」


「え?どんな噂が流れてるんですか?」


「なんでも会社幹部は美人の秘書を引き連れて、どんどん仕事をこなしているとか。社員たちもいつも元気で明るく、客先でも評判はいいみたいですよ。それに納期前にどんどん仕事を終わらせていってるそうじゃありませんか。これって例のポットのおかげなんでしょ?うちの社員もあやかりたいもんです。」


 田中社長はあのフィットネス・ポットが気に入ったらしく、田中工業でも使いたいと打診してきていたのだ。


「実はそれにも関係するのですが、そろそろ研究開発のために動き出そうと考えてまして、相談に伺った次第です。」


 俺はそう切り出し、研究テーマがテーマだけに極秘扱いになること。中には軍事機密になる恐れのある研究テーマも含まれていること。他国のスパイによる情報漏洩、破壊工作なども考えられ、社員の安全確保が重要になってくることなどを伝えた。


 田中社長はうなって天を見上げた。


「やはりそういうことになりますな。実はあの決起集会の後、社員と会議をしまして、柏木さんが言ったことが現実にできるかどうか連日討論が続いているんです。おかげで毎回社員たちは資料を探し出してきて、日夜討論の真っ最中ですな。」


 俺はこの田中社長も地球号のクルーとしてスカウトすることに決めていた。

 あとはどう切り出すかだが…。


「柏木さん。柏木さんが決起集会でおっしゃった技術のことですが、あれらは本当に実現可能なものなのでしょうか?それも3年という短期間で。」


 田中社長は核心を突いてきた。

 俺はこのタイミングで切り出した。


「もちろんです、田中社長。実はすでに一度実機を完成させているのです。あの項目すべてにおいて。ただ、そこに至るまでは今地球上にはない理論や概念が組み込まれています。それらを田中工業の社員の方々にレクチャーする時間が必要です。」


「え?すでに開発されているのですか?!それではなぜうちにその話が来たんですか?」


「いくつか理由はありますが、大きな理由として、この技術はもともと地球のものではないのです。それを地球の技術、道具、材料を使って組み立てる必要がある。だからこそ、田中工業さんの社員の方々に頑張ってそれらの技術を習得してもらって、独自開発の技術として発表していきたいのです。」


「…おかしなことをおっしゃいますな。地球の技術ではない?ではどこの技術なんですか?」


「それをお伝えして、勧誘するために今日は来ました。この後お時間はよろしいですか?」


「ええ、まあ事務の方に誰も社長室に立ち入らないように話しておけば大丈夫ですが…。」


「では、電話も取り次がないようにご指示願いますか?」


 田中社長はいぶかしげに俺を見ながらも内線電話で指示を出した。


「それでは移動します。立っていただけますか?」


 俺は田中社長を立たせて、地球号のいつもの会議室に転送してもらった。


 早瀬たちと同じようにすべての事情を話したが、早瀬たちより放心している時間が長かった。田中社長も技術屋だけあって、理屈や理論から理解していくタイプなんで、頭の整理をつけるのに時間がかかっているのだろう。

 俺は愛ちゃんに頼んで、メディカル・ポット(フィットネスではなく本来のもの。クルー増員のために帝国から数十台取り寄せてもらった。)に入ってもらい2時間ほどがたった。

 再び会議室に戻ってきた田中社長は俺を見てこう言った。


「メディカル・ポット?というやつはすごいですな。私の頭でもわかるように状況説明と技術の基本理論を学習させてもらいました。この技術は地球の100年先、いや、理論的な新概念を思いつかなければ1000年たっても追いつかない、そういう技術が詰まっていました。確かにこれはおいそれと地球で公表できない技術が多い。それとうちのスタッフだけでは手に負えないところもあります。私の知り合いのいくつかの会社を傘下に入れて研究開発に取り組みたい。先ほどの話だとそれも可能だと思えますがいかがですか?」


「御紹介いただけるならありがたいです。ぜひご紹介ください。」


「わかりました、後程すぐにでも会合の場を設けるために連絡いたします。それと試作と量産するためには今のうちの工場ではとてもじゃないが狭い。どこか秘密が守れて実験、開発ができる場所が必要です。」


「それに関してはこちらで手配いたします。本来なら北海道の研究センターがオープンしてからと考えていたのですが…。田中工業さんの地下を使わせてもらって構いませんか?地下に研究設備があれば試作品完成までは作業ができるように整えます。量産設備はその後、どういうものができるかによって場所を用意する方向で考えます。」


「それならばぜひうちの工場の敷地を使ってください。でもそれだと業務を止めないといけないな。」


「いえ、了承さえいただければこちらで作業を行います。帝国の技術で作りますので、明日の朝には完成していると思います。実は勝手ながらすでに設計図は完成しているのです。」


 と、俺は田中工業の敷地の地下に研究施設を作った場合の青写真を田中社長に見せた。


「これなら十分開発できそうです。それにしても広いですね。」


 実は地下5層になっている。


「これなら先ほど言った連中をそれぞれ階層ごとに分けて研究開発が可能ですな。早速地球に戻って手を打ちましょう。」


 俺はそれから田中社長と田中工業の社長室に戻り、その日のうちに協力会社と話をつけて、共同での研究開発に合意してもらった。

 もっとも、田中工業も含めて従来の業務があるので、就業時間が終わった夜半に研究することになった。


 今回開発技術の重要性がそれぞれの会社の社長にも伝わったらしく、徐々に通常業務を押さえて、こちらの研究開発にシフトしていくことになった。

 その際の研究開発費はこちら持ちだ。

 そこで田中社長を含めた5社で共同出資の会社を作り、その新会社が研究開発部門として立ち上がることになった。

 それならとその新会社の設立費用も一切をこちらが持ち、宇宙船地球号参加のグループ会社として立ち上げることに合意した。研究開発部門の名称は株式会社ハルと呼称することとなった。

 2001年宇宙の旅でのコンピューターの名前だ。


 しまったな。愛じゃなくて春の方がよかったかな?


『いえ、マスター。よそのコンピューターがつけた名前より今の方が気に入っておりますのでご心配なく。』


 と、愛ちゃんがフォローしてくれた。


 田中工業を除く4社の社長も地球号のクルーとして登録した。

 もちろんフルコースで体験してもらったので、すぐに賛同してもらえた。

 守秘義務の暗示はかかっているようなので心配しなくてもいいだろう。


 こうして新たに5名のクルーが加わり、研究開発が進むこととなった。

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