13.俺が抜けた後の会社の顛末

「問題はあの課長なんだけど、お前が辞表を出したことで、そのすべての責任をお前に擦り付けて社長に報告。責任を取って懲戒解雇という書類が社内に回ったから事実を知っている総務部、営業1課、2課、3課、購買部までが社長に直談判。あまりに扱いがひどいと文句を言ったのだが、それに対して社長は『いやならやめてしまえ!』と吠えてしまったもんだから、全員が辞表を書いた。」


「それを聞いて慌てて情報を整理して、この会議を設けた次第だ。」


 早瀬と会長が補い合ってその後を説明してくれた。

 状況は分かった。

 でもどうして…。


「状況は理解できましたが、なぜ私が呼ばれたのかがわかりません。私が退職したのがきっかけで、そのような流れになったことは理解できましたが、先ほど総務部長がおっしゃったようにその責任が私にあるとも思えません。なぜ私はこの席に同席させられているのでしょうか?」


 そこでようやく会長が話し始めた。


「うん、疑問に思うのももっともだ。実はこの話がわしのところまで伝わってきたときはすでに今朝の10時ごろでな。それから社内で情報を集めてみるとどうやら、かなり会社がおかしな状態だということが分かった。」


「はぁ。」


 俺は気の抜けたような返事しかできなかった。だってそんなことはずっと以前から親会社の社長あてにいろんなルートを使って、談判していたからだ。

 ただ、俺は自分の離婚のこともあり、半年前までだが。

 それ以降は社内で何が起こっているのかさっぱり興味もなければ気づきもしなかった。


「そこで今回のキーマンである君にも出席願ったわけだ。」


「はぁ。」


 それでもまだ、俺がここにいる必要を感じなかった。


「現在アーバン商事は開店休業状態だ。本社にいる社員の1/3が辞表を提出したからな。急遽親会社であるインターステート商事の総務課が総動員でアーバン商事の会計検査と社員からの聞き取り調査を行っている。途中経過が先ほど送られてきたが…。」


 そう言いながら会長の前にある書類をつまんで持ち上げた。


「かなりひどい状況みたいだ。社長から取締役に至るまで全員が会社資金の横領の証拠がすでに出てきた。これはどうやらインターステートの現社長であるわしの息子の指示のようだ。子会社の会社の資金を使って個人的な裏金を作っていた形跡すらある。これは立派な犯罪だ。」


 会長は机をたたきながら声を上げて怒った。

 いや、自分の息子だろ?しっかり監督してろや。


「これはわしの監督不行き届きでもある。申し訳ない。」


 そう言って会長はその場で頭を下げた。

 俺をはじめとして早瀬たちもあわてた。


「それにもまして、下請け業者へのダンピングがひどい。ここ数年でいくつかの子会社が倒産していたようだ。申し訳ない。」


 もう一度会長が頭を下げた。

 それってここにいない人たちだよね。

 俺は課長の指示であっても過度な値引き交渉はしなかった。

 その分利益率はほかの営業マンよりは落ちるが、それを数でまかなった。

 それが俺のすることを気に入らなかった大きな原因だったのだろう。


「今回この不祥事を受けて社長を含めた会社幹部連中を全員刑事告訴することにした。もちろんわしの息子もだ。」


 さすがにこれには全員驚いた。

 親会社はこれでも一部上場企業だ。

 株価の暴落は避けられないだろう。

 上場廃止まで視野に入れなければいけないのかもしれない。


「もちろん、会社にとっては大ダメージだが、ここまで経営陣が腐っているようでは今回のことを取り繕ったところで、いくらでも粗が出てくるじゃろう。どうせダメージを受けるなら、この際徹底的に膿みを出し切ってしまおうと思う。」


 この会長も70を超えていたと思う。息子の社長は50代か。

 まあ、英断だろうけどね。

 このまま業務を続けても社長たちのポケットに消えて行って、赤字ばかり出すことになるだろうし…。


「インターステートの方も現在業務を一部停止して、調査を行っている。この調査には数週間かかると思われる。問題はすでに辞表を提出してしまって、受理してしまった社員たちのことだ。」


 なるほど。確かに親会社で吸収するのは無理だろうな。


「そこで柏木君。あんたが起業して辞表を提出した社員たちを雇ってもらえんだろうか。資金援助ならする。この先、アーバン商事は会社をたたむことになる。そうすると下請けを含めて連鎖倒産する可能性がある。何とか業務は継続して行うためには、別会社が必要になる。そこで新会社の設立ということだ。」


 俺は面食らって


「はぁ?」


 と大きな声で叫んでしまった。


「なんで俺が社長として起業するんですか?ほかにも人材はいるでしょう?総務部長とか。」


 俺は総務部長の方を向いてそういった。


「いや、柏木君。君に創業してもらいたいんだ。昨夜の君の送別会のメンバーがほとんどらしいからね。つまり、君は少なくとも全員からの人望がある。」


 と無責任にも会長は言い放った。


「俺もそう思うぞ、柏木。元々はお前が営業部のエースだったんだからな。下請け会社や部下や同僚からも面倒見がいいと評判だ。お前ならみんなついていけると思う。」

 これまた、早瀬が無責任にも言い放ちやがった。


 う~ん。


 確かにお世話になった下請け会社の人たちに義理もある。

 昨日集まってくれたメンバーは、同じ方向性を向いているのだろう。

 …考えようによっては、まとめて50人の優秀な人材とすでに仕事がある。

 これは起業にかなり有利なのではないだろうか。


 う~ん。


 俺はしばらくうなりながら考えた。

 ここまで愛ちゃんは何も言ってこないということは、このことを受けても蹴っても問題ないということなのだろう。

 さて、どうするか。

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