12.何やら動き出したようだ

「はい、柏木ですが。」


「おぉ、早瀬です。昨日はご苦労さん。」


「いや、こちらこそありがとう。おかげさんで楽しい時間が過ごせたよ。」


「それは何よりだ。実は少しお前と話したいことがあるんだが、今日でも時間が取れないだろうか?」


「いいけど、どうした?何かあったか?」


「うん。そのことについて話がしたいんだ。何時ごろならいける?」


「俺は今からでも行けるけど…。」


 俺は腕時計が12時10分を指しているのを確認しながらそう伝えた。


「じゃあ、そうだな15時に会社の近くのステーションホテルのロビーで待ち合わそう。」


「いいけど、そっちは就業中だろ?大丈夫なのか?」


「いや、かなりやばい状況になりつつある。」


「え?どうしたんだ。昨日はそんなこと言ってなかったのに。」


「とにかく、会って話がしたい。電話では話せないことなんだ。頼む。」


 えらく焦ったような早瀬の話口に何かあったことだけは感じ取った。


「わかった。じゃあ15時にステーションホテルのロビーで。」


「よろしく。」


 そういうとすぐに電話は切れた。


「いったいどうしたんだろう。愛ちゃんはなんか情報仕入れてる?」


「はい、マスター。しかし、早川氏がどういう話し方でマスターにお願いするのか興味がございますので、このままマスターは何も知らずに向かわれた方がよいと思われます。決してマスターにとって悪い話ではございませんので、安心して向かわれてよろしいかと存じます。」


 …戦略級AIの愛ちゃんが情報を集めたうえでこういうのだから、悪いことではなさそうだな。うん、よし。


「じゃあ、今から少しこの艦のことを学習して…。そのあと一度部屋に戻ってスーツに着替えた方がいいかな。」


「その方がよろしいかと存じます。では艦長私室にご案内いたします。」


 俺は促されるまま、自分に割り当てられている艦長室に移り、メディカルポットに入って、2時間ほど身体の調整と地球号のことを睡眠学習した。

 俺は14時少し過ぎに自分の部屋に転送してもらった。


 俺はさっそくスーツに着替え、ビジネスバッグの中にタブレットとスマホを入れて、駅に向かった。

 最寄り駅から30分ほどで会社の近くの駅に着いた。

 この駅ビルと連結する形で、待ち合わせのホテルはあった。

 ロビーに到着するとすでに早瀬は着いていた。

 会社からこのホテルまでは10分ほどだから、すぐだ。


 早瀬に近づいていくと、早瀬以外にも5人ほど見知った顔があった。

 昨夜一緒に飲んでいた営業2課長の山田と、総務部長の山下。

 あとの3人は昨日あいさつに行った田中工業の社長と桐谷物産の社長、それに俺がいた会社の親会社にあたるインターステート商事の総務部長だ。名前は確か山本だったか…。あまり面識がないのでよく覚えていない。

 早瀬は近寄ってきた俺に気づき


「呼び出して申し訳ない。」


 と、まず詫びた。


「いや、それはいいんだけど…。このメンツはどうして?」


「それを話すためにここのラウンジの個室を借りてある。まずはそこまでついてきてくれ。」


 早瀬はそういうと、最上階ラウンジ直通のエレベーターに俺を連れて行った。

 エレベーターの中ではだれも一言も話をせず、重い空気が流れていた。

 チンというベルの音とともにエレベーターのドアが開き最上階の展望ラウンジに到着した。

 かなり景色のいいラウンジで、その北側にあるVIPルームと書かれた個室に案内された。

 こんなとこ借りて、いったい何の話だろう?

 VIPルームに入ると一人の老人が一番奥の席に腰かけていた。

 この部屋は会議室のように楕円形のテーブルがあり、その周りに椅子が並べてある。

 そのとがった先に老人は座っていた。


「おっ。メンツがそろったようじゃな。」


 と、老人は言い、その老人の前に次々に早瀬たちは座っていった。

 俺は早瀬に促されて老人の向かい側、反対側のとがった先に座った。

 なんだ?この席順は?


「まずは初めましてだね、柏木君。私はインターステート商事の会長を務めている蔵元巌(いわお)という。よろしく。」


 俺は親会社の会長だとあいさつされ、慌てて席を立ち、深々と頭を下げた。


「初めまして。私は柏木努と申します。昨日付けで子会社であるアーバン商事を退社いたしましたので、現在は無職です。」


 無職と自分の口から言うのが少し情けなかったが、嘘ついても仕方がないのでそう伝えた。


「うんうん。柏木君が昨日付で退社したことは把握しておる。むしろそれがきっかけで今朝の事件が起きたといっても過言じゃない。」


「事件?ですか。」


 俺は何のことかわからず、オウム返しに質問してしまった。


「ああ、事件だな。今朝若手、中堅を問わずアーバン商事の営業から総務まであらゆる部署の社員が併せて50名、退職を申し出てきた。」


「は?いったいどうして?」


 俺は訳が分からず、早瀬を見た。


「実は俺たちも含めてみんな会社に不満がたまっててな。それが昨日、お前が理不尽にも退職しなければいけない状況に追い込まれたのを知って、不満が爆発したってところかな。明日は我が身ってことだ。その上、会社上層部の不正の告発なんかが相次いで、昨日集まっていた社員全員で辞表を社長に出した。」


「えぇ!?辞表出しちゃったの?」


「出した。お前に倣ってな。お前のパソコンに残っていた辞表の名前のところを抜いて、みんなに回してあっという間に辞表が書けた。」


 早瀬は笑いながら俺にそう言った。

 いやいや、笑い事じゃないって。


「まあ、以前からうちには相談されていたんだけどね。君の後輩たちからも。」


 と田中工業の田中社長も苦笑いした。


「この半年、君が担当を代わってからかなりの誤発注と段取りの悪さからのクレームが君の会社に入っていたと思うがね。もっとも早瀬君の話ではそれすら君には伝えられてなかったようだが。」


 と桐谷物産の桐谷社長も続いた。

 え?どういうこと?引継ぎもうまくいっていたと思ったんだが…。


「柏木君が驚くのも無理はない。うちの総務部にもおかしな伝票が回ってきて、そのたびに先方に確認を取ったり、大変だったんだよ。」


 と総務部長からも話しかけられた。


「それはどうも…ご迷惑をおかけしました。」


 と俺は立ち上がって頭を下げた。

 俺が担当していたところはそのほとんどが、課長の子飼いの部下たちに割り振られていたはずだが…。

 確かに仕事ができないぼんくらばかりで、社長をはじめとした会社幹部連中の縁故採用ばかりだったか。


「いやいや。柏木君には何の責任もないよ。実際柏木君が担当していた頃はこんなことはなかったんだからね。むしろ君の課の課長が問題なのだが…。」


 と総務部長は続けて説明してくれた。

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