03.相談事

「ところで、相談ってなんだ?」


 早瀬は初めの生ビールをうまそうに一口飲んでから、俺にそう言った。

 俺も生ビールをゴクゴクと飲んで、そのまま飲み干してしまった。


「いくねー。お姉さん!ビールお替り。」


 そんな俺を呆気に取られて見ていた早瀬は、そばを通った居酒屋の店員にビールを追加で2杯頼んだ。

 早瀬もあっという間に1杯開けた。


「この仕事終わりの一杯が何よりうまいよな。」


 古今東西でサラリーマンが口にしているであろうセリフを吐き出した。

 うん。それには同意できる。


「いや、なんというか…」

 俺は自分の身に起こったことをどう表現すればいいのか言いあぐねた。


「身体がさ。動くんだよ。」


 2杯目のビールを飲みかけた早瀬は思わず吹き出して言った。


「ぶっ。身体が動くって当たり前だろ?寝たきり老人じゃあるまいし。」


「いや、そうじゃなくて…。なんていうのかな動きすぎるっていうか…。」


「動きすぎる?どういうことだ?」


「うん。何気なしに握ったボールペンが折れるし、メモは破けるし、急ごうとしたら壁に激突した。」


「あぁ。朝のあの醜態か。むしろ身体がちぐはぐでよろよろしてるのかと思ってたぜ。」


「いや、違うんだ。少しの力でいきなり体が動いてしまう。おかげで今日は自分の身体の動きを調整っていうのかな、力加減を把握するために、一日公園で身体動かしてた。」


「え?営業に行ってたんじゃないのか?」


「いや、一日中公園にいた。元々この半年、まともに仕事出来てなかったから、主だった営業先は他の担当に割り振られてたし、特に用事もなかったので、まず自分の身体に起こったことを知る方が先だと思った。まさか客先でドアノブねじ切ったり、出されたお茶を湯飲みごと砕くわけにもいかんからな。」


「え?そこまで力が出るの?」


「うん。午前中は全然制御出来ていなかった。」


「それはまた厄介だな。…そういやお前、ダイエットか筋トレしてたっけ?」


「いいや、してない。」


「お前、えらく痩せてないか?特に腹のあたり。」


 そういわれてはじめて自分の腹をさすってみて、いつものあのふてぶてしい脂肪がなくなっていることに気づいた。


「え?なんでだ?」


「そんなの知らねぇよ。俺が聞いてんだろうが。」


 早瀬は笑いながら、又ビールをあおった。

 それから2時間ほど、原因を話し合ってみてもわからず、何とか身体がうまく制御出来ているうちに自宅であるマンションに帰ってきた。


「ただいま。」


 少し酔ってたこともあって、すっかり一人暮らしだということが意識から抜け落ち、思わず口に出してしまった。


 少しため息が出た。


 この半年、いろいろと考えたけど、もういいや。忘れよう。

 こういう何気ないときに独り身だと感じる。

 こういうことってこれからもあるんだろうな。

 そう思いながら、玄関からリビングまで電気をつけながら進んだ。

 リビングのソファーの背にスーツの上着を脱いで掛け、キッチンの冷蔵庫にビールを取りに向かった。

 リングプルを引き、一口飲んでプハーと息を吐き出したとき


「おかえりなさい。」


 と、ソファーの方から声がした。


 俺はびっくりして、急いでソファーのところまで戻ると、一人の女性が俺の上着をかけたソファーに座っていた。

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