02.何かおかしい
俺はいつもと変わらない日常業務を終え、帰宅しようとしていた。
…少なくともそう見えるようにふるまっていた。
「なんか朝から調子悪そうだったけど、大丈夫か?」
同僚の早瀬が心配そうな顔をして俺に声をかけてきてくれた。
「あ…あぁ。どうも調子がおかしかったんだけど、もう何ともないよ。」
と、俺は答えたが、実はそうではない。
俺の身体の調子はかなりおかしかった。
具合が悪くて調子が悪いのではなく、なんというか、動きすぎるのだ。
朝自分のマンションから慌てて出ようとして、壁にぶつかり、ぶつかり、何とかマンションを出て駅に急いで向かおうとして、危うく車にひかれかけた。
止まろうと考える間もなく交差点に飛び出てしまったのだ。
会社に遅れまいと慌てる気持ちと、ちぐはぐな自分の身体の折り合いを何とかつけて、ようやく会社に出勤したのだが…。
少し急ごうとしたらすごい勢いで壁に激突するし、メモを取ろうとするとメモが破けるし、書こうとしたボールペンを握りつぶしてしまった。
周りの目が気になったこともあり、早々に営業先に行くといって会社を出て、会社から少し離れた公園で、身体の具合を確かめていた。
公園の鉄棒で懸垂してみても、ダッシュしてみても、どうにもこうにも力が有り余っているかの如く、早く走れてしまうし、懸垂もいくらやっても疲れてこない。
さすがにこれはおかしい。まずは歩くことから始めないと。
普通にジョギングできる程度の加減をようやくつかんでさっき会社に戻ってきたところだ。
結構身体を動かしたのに、汗一つ掻いていない。
そして、驚いたのはこのスーツと靴。
かなり体を動かしたのに、しわになることもないし、靴が滑ることもない。
あれだけ走り回ったのに、汚れすらついていない。
おかしい。何かおかしい。
しかし、それが何なのかがわからない。
俺の身体、どうなった?
営業周りで外を歩くのには馴れていたけど、こんなに体力はなかった。
「努(つとむ)、お前、離婚してからかなりふさぎ込んでたから、少し心配したぞ。とうとう自律神経もやられたかと。」
笑いながら早瀬は言った。
俺は苦笑いを返し、
「心配かけてすまん。離婚のことは整理がようやくついたから、もう大丈夫だ。それより少し相談があるんだが…」
「今からか?いいぜ。久しぶりに焼き鳥でも食いに行こうぜ。長いこと行ってなかったからな。あれから半年か。」
俺は早瀬を飲みに誘った。
自分の身体に起こっていることが不安で、誰かに相談してみたかったからだ。
「あぁ、もう半年も過ぎたな。みんなには迷惑かけちまった。」
俺は半年前、離婚した。
いきなり妻が、離婚届けを渡してきて離婚してくれと言い出した。
俺は訳が分からなくて、理由を聞くとモラハラだの、パワハラだの俺の身に覚えのない罪状を並べ立てだした。
挙句の果てに慰謝料をよこせという始末。
結婚して10年、すでに夫婦関係は5年ほどないのだろうか。
お互いに35になったのか。
妻は離婚届に署名、捺印して俺に渡すと、荷物をまとめて実家に帰ってしまった。
その後何度か妻の携帯に電話してみたが無しの礫で、妻の急な心変わりと慰謝料を請求されたため、仕方なく弁護士を雇って離婚調停を行うことにした。
しかし、弁護士が実家に戻っているはずの妻を訪ねていくと、妻は実家に帰っていなかった。
仕方がないので興信所を雇って、妻の現在住居を探してみると、男と同棲していることが分かった。
さらに調べを進めていくと、同棲している男は妻の会社の上司で、もう5年前から部屋を借りて同居状態にあったという。
いわゆる通い妻状態だった。
俺はそんなことになっているとはまるで気づいていなかった。
妻と俺は共働きで、お互いにやりたい仕事を続けたいということで、結婚してからも妻は前職を続けていた。
確かに俺は海外出張なども多く、国内でも日本中を飛び回っていたので、月に3日ぐらいしか家にいない時もあった。
そのうち、妻も仕事で出張などが続き、もうずいぶんと前からあまり顔を合わすこともなかった。
つまり、そういうことだ。
俺は浮気の証拠を調べてもらい、モラハラ、パワハラで訴えるという相手の弁護士に対して、こちらからも浮気で訴えて慰謝料請求をさせてもらうと伝えた。
しばらく妻からしつこいくらいの電話と訪問があったがすべて無視した。
おかげでノイローゼになりかけた。
弁護士の勧めもあり、早い段階で離婚届けは提出しておいた。
そのため、家にまで押しかけて文句を大声で言い放つ妻は、近所の人の通報で警察に連行され、相手の弁護士経由で謝罪があった。
その離婚についての諸々が片付いたのが先週の水曜日。
全面的にこちらの主張が認められ、元妻と間男から300万円ずつの600万円と、妻が相手に貢いで使い込んでいた俺の貯金400万円ほども取り返せた。
俺をATMとでも思ってたのかね。
そんな愛も根も尽き果てた状態が、今の俺だ。
同僚から心配されるのも気づいていたが、何ともならなかった。
俺はこの半年をざっと思い返し、気分を変えて早瀬と飲みに出かけた。
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