第17話 元不良が料理大会に出る話し

 虎の料理のモチベとは、いたって単純な物だ。

 それはいつも変わった事がない。始めた時からそう。


 ――誰かの為に作る。

 それこそが虎の料理の目的かもしれない。

 食べた人を笑顔にする料理。臭いセリフを吐くならこうだろうか。多分そうだ。


 最初は親の為。次は小雪の為。そしてお客さんの為。人の為に腕を振るうのが虎だ。自分の為に作るのはあまりモチベが湧かない。


 美食家主催の料理大会。そこでもやっぱり、虎は人の為につくる。

 優勝の為に作るのはやっぱり無理だった。それを気づかせてくれたのが小雪であり、感謝している。

 味見の時、美味しそうに食べる小雪がいたから虎は誰かの為に料理をすると思い出せた。


 だから、迷いはない。



 ◇



 精神統一。


「ふぅ」


 初めての大会。少しは緊張するもので、出発前に虎は深呼吸をしていた。

 心を静めて、冷静になる。過去、喧嘩ばかりだった時の様な心。戦闘中は冷静だったあの時の様に集中する。


「……行くか」


 精神は綺麗に落ち着いた。

 後は存分に腕を振るうだけだ。


「や、おはよ」

「来てたのか」

「うん。一緒に行こ」


 家の前には小雪が立っていた。

 小雪も観客としてくるらしい。虎の勇士を見ると先日から息巻いていた。

 二人は並んで歩く。るんるんと楽しそうな小雪。それを見て欠片ほどに残っていた緊張もどこかに消える。


「どんな大会なんだろね」

「マスターが言うには結構ゆるい大会らしい」

「へー」


 美食家主催と言っても、個人であるためそんなガッチガチなものじゃない。

 主催者が美味しい物を食べたいからという事で始めたため、意外とゆるく見ているだけで楽しいとマスターは言った。


「まあ、レベルはかなり高いらしいけど」

「そんなに? でも虎ならだいじょぶだよ」


 小雪がサムズアップする。能天気な奴だ。

 だがそれが頼もしいのも事実。虎はただ楽しんで、料理をするだけだ。


「それに虎が優勝すれば!」

「すれば?」

「……私が……」

「なんだ?」

「んー。なんでもない! 優勝したらの話ね」


 そう言って途中で話を切り上げる。

 とても気になる事であるが、この感じの小雪は問いただしても言わないだろうとすぐ諦める。幼馴染ならではの知恵だ。


「まあ、がんばって」

「……やりたいようにやるだけだ」






 会場につくと、雑多な人がいた。

 参加者の定員は少ないらしいが、観客は多いのだろう。小雪と共に会場を歩くとふと見知った顔を見つけた。


「やあ虎くん」

「マスター」


 喫茶店のマスターがいた。今日は喫茶店を休業してやってきたらしい。


「おや、そちらの子は?」

「はじめまして。虎の幼馴染です」

「ああ。虎君が良く話している亜冥寺くんか」

「はい。……虎が私の事をよく話してるんですか?」

「ああ。とてもね」

「マスター!」


 マスターと小雪の会話に、虎はツッコむ。

 だがはははと笑って流される。虎としても結局小雪にはバレバレなのでそれで黙認した。


「可愛い子だね。虎君、大事にしなよ」

「そうだよ虎」

「……お前が言うなよ」


 だがとても大切な人だ。この世界で一番幸せを願う人。

 でもそれを口にはしなかった。


「じゃあ参加者はあっち、観戦はあっちだよ」

「はい。じゃあな小雪」

「うん。トロフィー持って帰ってね」

「善処する」


 優勝を狙うつもりはない。ただ楽しく料理をするだけ。

 皿の上で語るだけだ。




 小雪と分かれて、会場に入る。係員に担当の調理台まで案内され虎は準備を始めた。

 調理器具を並べる。調理台も使いやすい様に並べ替えた。きなれたエプロンに袖を通せば、準備完了だ。

 他の参加者もぞくぞくと集まってきて、規定時間になるとマイクの声が会場に響いた。


「うむ。よくぞ集まってくれた」


 開始一番にそう言ったのは、この大会の主催者である男。

 美食家であるという事前情報の通り、太っていていかにもという外見。


「長話は好かん。なのですぐ言うぞい。美味い物を作ってくれ。一番美味い奴が優勝じゃ」


 主催者はたったそれだけで言うと、でんっと審査員席に座りこむ。

 開会前の挨拶はそれだけで、すぐに大会が始まった。


 みな一斉に調理を開始する。虎も、材料を見ながらじっと考え込んだ。


「……やるか」


 そして包丁を握った。


 材料を見る。そこには特別な物は何一つない。道具にもだ。

 虎は特別な物を作ろうとしていないため当たり前か。

 結局虎は凄いものは作れない。作る気がない。

 だから普通の物を、普通に美味く作る。


 誰もが知っている様な、誰もが美味いという様な。誰もが幸せになれる様な――そんな物だ。


「……そろそろか、」


 良く味を出す為に、たくさん煮込む。だから虎が出すのは最後の方だった。

 制限時間の終わり際、満足出来る味になったと判断してやっと皿に料理を注いでいく。


 ちらっと見れば、主催者の顔は芳しくない。見た感じ不味い物を出されたわけじゃないだろうに、舌が肥えている彼にとって町内レベルの大会では満足できないのだろう。レベルは高いと聞いていたが、世界の広さが窺える。

 だが虎は臆する事なく、給仕に移った。


「次は、ちみか」


 主催者の男は、虎の目つきにも動じない。運ばれてくる料理のみに集中していた。


「ポトフ。です」

「ふむ。なるほど」


 美味しそうである。だが主催者にとっては食べなれた物で、その顔につまらんという思いが張り付いている。

 特別な材料が使われているわけでもなさそうで、いたって普通の家庭料理。


「いただこう」


 そう言って、一口食べた。


「……?」


 そしてつまらなそうな顔から一転。驚いた様にポトフを見た。


「ち、ちみ。これはどうやって作った?」

「どうやって? 普通にっすよ。少し工夫はしましたけど」

「っこれは。これは……」


 何かを探し求める様に、目をつぶった。そして懐かしいものを見たように顔を綻ばせる。


「そうか」


 そして一言呟いた。



 ◇



「懐かしい気分だ。昔、母が作ってくれた様な。そんな温かい料理だった」


 主催者の男は壇上で語った。


「こうゆう料理が食べたくて、わしはこの大会を開いた。それを思い出したよ」


 主催者は久しぶりに感動した。その心を動かしたのは虎で、その料理だ。

 虎も満足した。あの食べた人の満ち足りた顔に作ってよかったとそう思えた。



 優勝『椎葉虎』


 たとえ町内の小さな大会でも、喧嘩以外でトップを取れたのは初めての経験だった。

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