第16話 元不良が試作をする話し
「虎くん、料理コンテストがある事知ってるかい?」
一月。冬真っただ中。店の準備の最中、マスターは突然虎にそう言った。
「コンテストすか?」
「うん。ここらに住む美食家が開催してる一年に一度のコンテストが今度あってね。ここら中の料理自慢が参加するんだ」
「知らないです」
「結構有名なんだけどね」
思い返しても、そもそも料理コンテストなんか興味がなかったため調べようともしなかった。
「で、虎くん出ない?」
「俺が……?」
「いろいろ刺激になると思ってね」
「……なるほど」
料理コンテスト。今まで興味もなかったが、話を聞いて少し興味もわく。
人の料理なんて外食でもなければ食べも見る事もない。人がどう料理するかなども気になる事だ。
「面白そうすね」
「じゃあ申し込んでおいて良いかな?」
「はい。テーマとかは?」
「冬にふさわしい料理らしい」
「……冬にふさわしい」
いろいろ思浮かべる。そして消える。
コンテストに出す料理を考えながら、その日の仕事は終えた。
◇
「冬、冬か」
やってきたのは近所のスーパー。虎御用達の場所である。
そこをグルグル回りながらお題について考えていた。
冬といえばやはり温かいものだろう。メインとなる食材が決まっているわけではなく、かなり自由なコンテストだ。
マスターが言うにはいつもこうらしい。
「まあ、普通に行くか」
奇をてらうのも良いが、堅実に普通に美味しい物を作る事を目標にする。
スープ系が良いだろうと野菜から物色する事にした。
「トマト……か」
トマトスープも良いだろう。
「何作るの?」
「スープだ」
「へー」
「……ん?」
突然隣に立って話しかけてきた存在。集中してて上の空であったが、何かおかしいと隣を見た。
「やっ。虎」
「小雪?」
そこにいたのはやはり小雪。
パーカーにロングスカートとラフな格好をした小雪が、にこやかに小さく手を上げた。
「こんなところで何してんだ?」
小雪がスーパーに来るなど珍しい。料理はしないし、何か買うならばコンビニが定番なのが小雪だ。
「虎を見かけたから、ストーカーしてたの」
「おい」
「しょうがないでしょ! どこいくか気になったんだから」
「それにしてもストーカーはするなよ」
別に話しかけてくれても良かったのにとため息をつく。
「で、何作るの?」
「コンテストの料理だ」
「ああ。今度あるっていうやつだね」
「知ってるのか?」
「もちろん。私はいろいろな事を知っているんだよ」
なるほどと頷く。確かに小雪はいろいろな事を知っている奴だ。
虎の事もかなり把握されている。
「出るんだね。応援してるよ」
「ありがと」
「それでだよ。虎、虎。今虎には必要な人材がいるね。それも目の前に」
「……お前が何を言いたいのかは分かった。この後作るから味見してくれ」
「やった。虎大好き!」
ぎゅっと抱き着いてくる。
といっても人前なので軽くだ。それだけでもドキドキした。
ウロチョロとする小雪を引き連れて、買い物を続行する虎。今回は貯金を放出していろいろ買いこんだ。
家に帰れば、さっそく料理開始だ。
小雪はソファに座って足をぶらぶら待つ。
そんな小雪を尻目に、調理開始。平行していろいろと作っていく。
何が良いかは小雪の感想と自分の舌で決めようと息巻いた。
「おら、できた」
「鍋焼きうどん?」
「ああ。他にも」
トマトスープにポトフ。その他もろもろ。
やはり温かい汁物が多い。
「こんなにたくさん。虎は私を太らせる気だね」
「嫌ならば食べなくていいぞ」
「食べる!」
太る方を選択したらしい。
いただきますと、小雪は食べる。
「美味しい。これも、うん美味しいよ」
パクパクと食べる小雪。目を輝かせ、幸せそうに顔を綻ばせる。
本当に作る人が幸せになる食べっぷりだった。
「……なるほど」
小雪の美味しいを聞きながら自分でも分析する。
食べて、いろいろと改善点は思い浮かぶ。厳しい目線で見るが、小雪の美味しいを聞いているとそれも甘くなる。
改善点をメモしながら、その日の食事は終えた。
◇
「うぅ。お腹いっぱい」
「作りすぎたな」
ならでソファに座る二人。目を回して、二人はお腹をさすっていた。
「夕方にこんなに食べたら夜ご飯入らないよ」
「……食べるつもりだったのか」
虎としてはこれが夕食のつもりであった。
小雪はそうではなかったらしい。なんとも食いしん坊な奴である。
「まあ、コンテストで何をするかは分かった。ありがとな」
「どういたしまして。私も美味しい物が食べられて嬉しかったよ」
小雪が居てくれたから分かった事もある。
優勝できるとは虎も思ってはいないが、優勝をとる気ではいた。
「虎なら優勝確定だよ。すごいね」
「……小雪の方が凄いだろ」
「そう?」
小雪は凄い。凄すぎて釣り合いがとれていないほど。
凄まじいピアノの腕で、いくつものコンクールを総なめしている。学業にも運動にも優れてモデルとしても消極的だが活動をしていた。
虎は、ただ悪い意味で有名なだけ。ちょっと料理が得意な不良だ。
だから時たま、釣り合いの取れない関係に苦しくなる事もある。
「とーら。しんな苦しそうな顔しない」
「うぐっ」
小雪に両頬を掴まれて、強制的に変顔を晒す。
「やめろ」
「楽しく行こうよ。人生苦しくても楽しんだもの勝ちだよ」
そう言って微笑んだ。本当に人生を楽しんでいる奴だ。虎には、なかなか見習えない。
ため息一つで虎は表情を戻して座り直す。苦しみはもう消えた。
「虎の料理はおいしいからさ、主催者さんは必ず虎を選ぶよ」
「そうだな。まあ、美味い物を作るだけだ」
「うん。私のお父さんと主催者さんは友達だけど、あの人は美味しい物を選ぶ人なんだって。忌憚はないよ」
「へー。……楽しみじゃないか」
舌の肥えている人にご飯を出した事はない。自分がどこまで通用するのか。
……いや、ただまた違う人にもご飯を振舞ってみたい。そんな思いだ。
そこで会話が途切れ、二人そろっとボーっとする。だがやはりというか、小雪が何かを思いついたように声を上げた。
「ねえ虎」
「何だ?」
「大晦日の事覚えてる?」
「……オールした時の事か」
「まあ途中で帰っちゃたけどさ」
オールしようと言った大晦日の事であるが、復活した父に呼び出されて小雪は泣く泣く帰る事となった。
結局約束は果たせなかったが、オールしてまでやる事なんてないので結果的には良かっただろう。
「あの時さ、添い寝。できなかったよね」
「……まあそうだ」
オールした後は昼まで寝る。その間添い寝をしてくれると言ったのを思い出す。
「今日してあげよっか?」
「は? な、何を言ってる?」
突然の事は虎は動揺をあらわにした。
「え~。そ、い、ね♪」
にじり寄ってくる小雪。虎の胸に片手を置き、妖艶な雰囲気で上目遣いで見る。
胸に手を置かれた事で、激しい鼓動の音も小雪の手の中。
「ふ~」
「うっ」
目を白黒させる虎の耳に、小雪は悪戯っぽく息を吹きかける。
小雪は密着して誘惑だ。右隣に座っていた小雪は虎の右手に寄りそう。
「どうする?」
「こここここ」
「ニワトリ?」
断ると言いたいのだろうが、言えない。
もしここで健全な男子が断る事ができたのならば人類はとっくに滅んでいるだろう。だが虎は理性を総動員する。
甘ったるい香りで密着してくる小雪にも、虎は負けないのだ。
「ま、良いじゃん。ただの仲良し幼馴染が一緒に寝るだけだよ。さあさあ」
「……ちょっとだけだぞ」
負けないと言ったが撤回しよう。めっちゃ負けた。
そもそも小雪には勝てないのだ。虎は一生尻に敷かれる事になるだろう。
「へへ。うんうん。じゃあ布団の準備だ。行くよ」
そう言って立ち上がった小雪に、元気だなと呟いて虎も立ち上がる。
結局朝まで一緒に寝た。
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