第18話 元不良と優等生な幼馴染はこうしてくっついたという話し
「虎! おめでと」
会場出口。待ち合わせをしていた小雪の元へ行けば、開始一番にそう言われた。
「ありがと」
「うん。凄かったよ。それにトロフィー」
虎の手にある小さなトロフィーを見て小雪は言う。
骨付き肉のエンブレムが飾られた金色のトロフィー。といってもメッキであろう。
「小雪も、たくさん持ってるだろ。俺はやっと一つだ」
亜冥寺小雪という少女は凄い。さまざまなトロフィーやら盾やらいくつ取ったか分からないほどだ。
虎はやっと一個。あまり誇れはしない。
「でも、虎は凄いよ」
そう言ってくれる小雪と歩き出す。
帰り道に人通りは少なかった。二人のんびり歩き、穏やかな時を過ごす。
やっぱりこの雰囲気を二人とも好きだった。遠慮のない穏やかな時間。二人でしか作れない空間が。
「……あのね、虎」
沈黙の中、小雪が遠慮がちに口を開いた。
「さっき言ったよね」
「何がだ?」
「優勝したら伝える事があるって」
「……ああ。言っていたな」
なあなあではぐらかされ、優勝したら言うと言っていた。
その時は気になったもののこの状態の小雪からは聞き出せないだろうと一旦忘れた。
「何か言う事があるのか?」
「……うん」
そう言って、沈黙が訪れた。
いつもの小雪らしくない間。ズバズバと物を言う小雪が、言い淀むなんてそうある事ではない。
でも虎は次を聞く事なく、沈黙の中ともに歩いた。そうしていれば覚悟が決まったのか、隣を歩いていた小雪はくるっと虎の前まで移動する。
「虎……」
頬を染めた小雪。だがそれは、夕焼けの光なのかもしれない。どちらか判別はつかない。
そして考える間もなかった。
「好きだよ」
そう、告白されたから。
好き。冗談の様に、呟くように言われた事はある。だが面と向かって、主語と共に言われるのは初めてだった。
その言葉に、心臓がうるさいほどに高鳴る。それと同時に理解した。小雪の頬を染めているのは夕焼けではないと。
「……っ」
嬉しい。そう虎は嬉しいのだろう。あふれ出る幸福感。それは未知のもので、そのまま身を任せてしまいたかった。
だが虎は後一歩で留まる様に息を飲む。
「ずっと。好き」
「…………」
「虎の事が」
もう、言いわけはできない。
目を逸らす事はできない。
このぬるま湯の様な世界が破壊される。このままずっとひたっていたかった世界。
それに小雪は破壊しにきた。一歩、進む為に。
「小雪、……俺は、っ」
ここまで苦しい事はない。苦しくて苦しくて。窒息しそうだ。
でも虎は罪人だから。
答えを出すしかなかった。
「無理だ。お前の気持ちに応えられない」
そう言うしかなかった。
だが小雪は虎の返事に表情を崩す事はない。
「それは私とつり合わないから? 私に迷惑かけたから?」
「そうだ!」
どれだけ迷惑をかけたか。その上小雪とは釣り合わない虎が、小雪の気持ちに応えられるわけがない。
「でもっ! でも! 虎は今日優勝した。私のできない料理で! だからつり合うよ。大丈夫っ」
「この程度でか? 町内の小さな大会で優勝した程度では、届かないんだよ!」
亜冥寺小雪。彼女は全国で勝負できる器であり、天才だ。虎ではあまりに届かない。その存在に手を伸ばしても届く事がない。
「でもっ。良いじゃん! つり合うとかそんなのっ。好きなの! 虎も好きでしょ私の事! それで良いじゃん」
「っダメだ。それに迷惑をかけすぎた。俺だってまだ恨まれている。またいつ人質になるか分からないんだっ!」
「もう一年以上経っても何もないんだよ。大丈夫だよ!」
「可能性があるかぎりっ。俺はまた小雪に迷惑をかけたくない」
害悪。それが俺だと。虎は思う。
近くにいれば虎の悪事の巻き添えを食らう。近くにいれば、光り輝く小雪の才を汚すだろう。
離れるべきだった。それをここまでズルズル続けたのは虎が弱いから。もう終わらせよう。それが
「結局迷惑をかけるし、釣り合わないんだ。……俺達は」
それが真実で、ずっと避けてきた答え。
元々住む世界が違った。それはずっと分かっていた事だ。今示したところで、いまさらでしかない。
二人は、それ以降沈黙した。
小雪の頬をつたる涙だけが虎の心を苦しめて、さっきから苦しい息がもっと苦しくなる。
もう終わった。二人の関係はここで終わり、小雪の踏み出した一歩は失敗した。
だが結局いつか終わる関係でありそれが早まっただけともいえる。だから何にも苦しくなんて――。
「ばかぁぁぁぁぁぁあああああっっ!!!!」
小雪の大声が、虎の耳をつんざいた。
涙を流しながら、ぎゅっと拳を握って虎を睨みつける。
「虎の馬鹿野郎! 大馬鹿野郎め! そうだよ。虎はぜんぜん私のつり合わない。馬鹿だもんね。たくさん迷惑かけて、私をどうするつもり!?」
「なっ、突然なにを」
「そんな大馬鹿な虎は私に借りまくって逃げちゃうんだ? 迷惑たくさんかけて、何も返さないの? ううん。返せないんだね。馬鹿だから」
突然の罵倒。小雪の罵倒なんて初めて聞いた虎は、目を白黒させながらその言葉を飲み込んだ。その波乱した心のままで闇雲に返答する。
「そりゃ、返す! 迷惑かけた分は、絶対に!」
「無理だよ。虎は馬鹿だから、私から離れて返せるわけがないっ」
「なっ! できるにきまってるだろ」
「ううん。虎はね、私の隣で借りを返し続けるしかないんだ! 馬鹿な虎じゃ一生掛けないと返せないんだよ!」
「っそんなわけないだろ。そもそも結構返した! 毎日飯作ってる。それでちょっと返した!」
「無理。その分私は虎と遊んであげてるじゃん」
「っ誰が頼んだ! 頼んじゃいない」
「本心じゃどうなのさ!」
「でも言ってない!」
喧嘩。そう子どもの喧嘩だ。
それははたから見ればとても幼稚な喧嘩で、でも二人はとても真剣だった。
「虎はおっきすぎる負債を返せてないんだよ。虎の更生させるために頑張って、それなのに人質になって怖い思いした私の借りは大きいよ」
「っ。そもそも頼んでないだろ! 小雪がかってに俺にかまって人質になった。俺に関わらなければよかった。俺に責任はない!」
「関わらなきゃ良かったなんて。……無理だよ。あんな傷ついて心がボロボロだった虎を見捨てるなんて」
「っ。……それは」
それでも勝手にやった事。そう言えれば楽なのかもしれない。
だが虎には言えない。小雪の心を否定なんてできない。それで助かったのは事実で、そのおかげで心が救われた。
「隣にいてよ。私はやっぱ虎が好きなんだよ。ずっとだよ。ずっと」
「……っ俺は」
その思いに応えたい。応えるのはとても簡単だ。本心を告げればいい。
心の奥底に封印していた本心を告げるだけだ。それだけで、でも言葉がでない。
「うっ。んっ、ぅ」
「お、おい」
言葉に詰まっていると、小雪の目から大粒の涙があふれてきた。小雪は涙を止めなかった。それを見て、急に冷静になる。
女の涙は男の天敵というが、まさにそれだ。泣く小雪に虎はただ右往左往するだけ。
「うぇぇっ、虎」
小雪は歩み寄って、泣いたまま虎の胸に頭突きをした。
何度も、何度も。コツン、コツンと頭突きをした。
どうすればいいか虎には分からない。抱きとめれば良いのかもと思っても、その資格がないと手は動かない。
「虎のホントの気持ち聞きたい」
「…………」
「一度だけ、教えてよ」
本当の気持ち。その意味が分からないほど鈍感ではない。
だけどそれを伝えれば止まらなくなってしまう予感がして……でもやっぱり嘘はつきたくなかった。
「好き。ああ、好きだよ。小雪が好きだよ。ずっと好きだよ。会った時から……好きだよ」
「うん……」
言った。言ってしまった。そして決壊した。
言葉が、思いがあふれ出てきた。
十年分の思いがこぼれて止まらない。
「ほら。……一生隣で、借り返してよ」
否定できないし、否定したくない。
一度こぼれてしまえば抑えなんて効かなくて、本心に従うしかなかった。
「一生掛ければ、返せるか?」
「うん、虎は凄いから一生掛ければ返せるよ」
「隣じゃないといけないか?」
「うん。虎は馬鹿だから隣にいないと無理だよ」
「……矛盾してるぞ」
「へへっ」
そんな軽口をたたき合った。
「また迷惑をかけるかもしれない」
「そしたら負債がたまるね。来世で返してもらうかもね」
「すごい借金取りだ」
「でしょ?」
来世まで取り立てに来るなんて小雪ぐらいだ。
そんな凄い小雪なら、絶対に取りたてに来るだろう。怖い事だ。
「でも俺が負債抱えたら、さらに釣り合わなくなる」
「美女と野獣だね」
「ちょっと違うだろ」
小雪の変な例えに、二人は笑いあう。
「まあさ、凄くなってよ。負債抱えていても私より」
「無理難題だ」
「一生かかって隣で凄くなってくれれば良いよ。今でも十分素敵で凄いけどね」
「そうか……」
小雪の言葉は照れくさくて、一言だけしか返せなかった。
迷惑はたくさん掛けた。だから一生かけて隣で返さないといけないらしい。虎が馬鹿だから隣で一生掛けないといけない。
でも虎は凄いから、小雪とは釣り合うらしい。とても矛盾した答えだ。
この答えでいいのか分からない。が、これを選ぶしかないらしい。だって虎は小雪には勝てないのだから。
「虎、改めて好きだよ。私と……つきむぐっ」
小雪の言葉を、虎は人差し指でとめた。
「それから先は俺に言わせてくれ。ただでさえ馬鹿でクズでヘタレなんだ。小雪に言わせちゃえば情けなくなる」
「……うん」
「あー……」
言うべき言葉は心にあるはずなのに、上手く言葉にでなかった。
何と言えば良いかこねくり回して、でも結局諦める。ただ心のままに。それが一番だから。
「小雪……好きだ。付き合って、くださいっ。一生側で借りを返させてくれ」
「うん! 喜んで!」
小雪がかけより、虎を抱きしめる。虎もしっかりと温もりを確かめる様に抱きしめた。二人は抱き合い、心が満たされる。
知らず知らずの内に、唇は重なった。
それは甘美であり、どこまでも幸せになる。そんな物だ。
「えへへ」
「……」
顔を見るのが、少し照れくさかった。
「ねえ虎。……」
「なんだ?」
「お腹すいた」
「……はぁ」
「なにさその溜息は」
「結局、あんま変わらないな」
「だよね」
今から恋人になったはずだ。でもあんま変わらなかった。
そもそも元から恋人みたいな関係だったのだ。無理はない。
「帰って、なんか作るか」
「わー。楽しみ」
あまり変わらない。恋人になってもそうだった。
でもその日の帰路はほんのちょっと、いつもより楽しい。それを感じれば確かに変わったのかもしれない。
拒絶する事が正しかったのかもしれない。虎はふと思う。だけど、好きを拒絶するなんて出来っこなかった。
そもそも小雪に勝てるわけもない。最初から無理難題に挑戦していたという事だろう。
「……虎」
「何だ?」
「ずっと一緒にいようね」
「……いるしかないだろ」
一生かけて、返していく事になりそうだ。
そしてそれは悪くない。虎は小雪に見えない様に微笑んだ。
〔完〕
元不良と優等生な幼馴染! 天野雪人 @amanoyukito
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