第6話 幼馴染と罰ゲーム付きゲームをする話し

 虎は、趣味というものを持たない。

 小雪はさまざまな趣味を持つ多趣味人間であるが、虎は無趣味人間だ。


 昔は喧嘩が趣味ですという時代があったが今は金がないという事もあり趣味らしい趣味はない。

 家事をして、寝て、たまに勉強したり。それぐらいだ。


 が、たった一つ。虎が日常の習慣にしている事がある。体がなまらない様にやっている事だが、趣味といえるかもしれない。


「99……100っ」


 百まで数えたところで、虎は息を乱しながら立ちあがった。


 今虎がやっている事は、腕立て伏せ。

 虎が習慣としている、筋トレである。


「……うむ」


 最近は喧嘩もしないので、鈍っている。という事で始めたが以外に楽しくもう一年も続けている事だ。

 鏡に映る自分の姿を見る。鍛えられた肉体を見る事が達成感を得て心を豊かにした。


 密かにポージングをする。

 自分ながらほれぼれした。


「……ナルシストだ」

「っ!?」


 が、肉体美に惚れぼれしていると聞きなれた声が聞こえてくる。

 当たり前の様に小雪である。純白のブラウスと膝丈の涼しそうなスカートを身にまとった小雪がニヤニヤしながら立っていた。


「なぜいる!? 友達と遊びに行くと行ってなかったか?」

「ゆーちゃんが急遽用事が入ったんだって。だから虎の家に来てみれば、……面白い事してるね」

「うぬぬぬ」


 こうからかわれると分かっていたから肉体の観察は小雪がいない間にしてしまおうと思っていた。

 まさか見られてしまうとは、一生の不覚。悔やんでも悔やみきれない。


「馬鹿にするのか?」

「……しないよ」

「そうだろう。お前は俺をからかって楽しむ……え?」

「頑張ってるね。凄い」


 頬笑みながらほめてくれる。

 てっきり肉体美に惚れぼれしていた事を馬鹿にしてからかってくると思ったが、虎もまだ小雪を理解してきれていないようだ。


「ふふん」

「おい、なにしてる」


 近づいて来た小雪が、何気なく虎の腹筋をさわさわする。


「わー。カチカチ」


 虎のツッコミには返答せず、胸板や腕まで触ってきた。

 すべすべと綺麗な指が虎の肉体をすべる。


「プールでも見たけど、脱ぐと凄いんだね」

「セクハラか」

「ん? 私のもさわる?」

「ばっ!」


 じと目で言うも、小雪のニヤニヤと意地悪そうに言う一言であっという間に余裕な牙城が崩れる。

 引き締まっていて、女の子らしい柔らかさを感じる体。そして……。


「っ」


 雑念を、煩悩を消す。

 悪魔の誘惑を追い払う。


「あはは。冗談。ダメだよ。セクハラだよ」

「うぐぅ。誘惑しやがって」


 健全な男子高校生にあんな誘惑、しちゃいけませんと心の中で叱る。

 心行くまでセクハラした小雪は、近くのソファに腰掛けた。


「それで、何しにきたんだ?」

「暇だから遊びに来た」

「……まあ良い」


 遊びに来たとしても面白いものなどなにもないと思うが、小雪が楽しそうだから何も言わない。

 そして当たり前の様に勝手に入ってくる事にも何も言わない。


「ふっふっふ。私はトランプを持って来たよ」

「ほー」

「やるよ!」


 じゃんと掲げたトランプ。やらないと言ったら泣くのでやるしかない。


「なに、やるんだ?」

「ポーカー!」

「普通だな」

「ちっちっち。普通じゃないよ。罰ゲームつきだよ」

「……なに?」


 罰ゲームつき。嫌な予感しかしない。


「勝った方が、負けた方になんでも命令できるの」

「……なるほど。そして種目はポーカーだな?」

「うん!」


 トランプ。虎にとって、それは一人用のゲームである。ソリティア、ピラミッド、一人ババ抜き。二人以上でするものではない。

 しかし、事ポーカーにかんしては違った。過去、不良やっていた事に仲間内で賭けポーカーをやっていた事もあり唯一の得意種目だ。


「そして、命令はどの程度?」

「うーん。なんでも良いよ」

「なんでも……?」

「死ねとかは無理だけど……虎ならそんな事言わないよね?」

「もちろんだ。言わん」

「まあ命にかかわる事以外なら良いよ!」


 虎の視線が自然と、ブラウスを押し上げて自己主張する胸部へと吸い込まれる。

 が、ギリギリで耐えて何とか目の端で見る様にした。視線は小雪の顔へ向かいつつも、本当の視線は別だ。

 まあそれも小雪にはバレバレなのだが。


 からかうつもりか、何となしに胸が主張する。それに対して視線を小雪の目に向けながらもごくりと息を飲んだ。バレバレである。


「じゃあスタート」


 ポーカー。といっても本格的なカジノポーカーではない。

 五枚づつ引いて、一回だけカードチェンジ。そしてどちらが強いかという単純なものだ。


「……ちっ。ツーペア」

「へー」

「追いなんだそのニヤ付きは」

「はい。フラッシュ」


 ハートマークのカードが五枚。虎よりも高い手が出現した。


「うぐ」

「私の勝ちだね。という事で命令するよ」

「好きにしな」


 命令。何をするのだろう。虎から巻き上げるものなど何もないし、大体の事は断らないだろう。

 そうして小雪が出したのは。


「扇風機の首振り止めるね」

「なにっ!」

「そして私の方に向ける」

「悪魔か!」

「小悪魔だよ?」

「確かにそうだが。自分で言うか」


 そう、小悪魔である。

 この夏場、ムシムシした室内で扇風機を独占するなどあまりに罪深い。戦争とどっこいどっこいの罪深さだ。


「命令!」

「くそ」


 暑い。が、次で買って奪い返してやると意気込んだ。

 そして続き第二戦。


 虎がワンペア。小雪はフォーカードだ。

 惨敗。


 そして何度やっても勝てなかった。

 小雪は駆け引きが上手いとかではない。あまりに純粋な、運。豪運で良いカードを引いてくる。それに対して虎はいつも以上についていなかった。

 負けて、負けて、負けるたびに理不尽な命令をさせる。


「コーラを持て!」


 秘蔵のコーラを強奪され。


「うちわで百回扇ぐ」


 扇風機を独占したうえでまだ涼しさを求めるという強欲。


「面白い事言って」


 鼻で笑われ。


「肩こった。揉んで」


 ちょっと役得な事もあった。

 胸が大きいと肩がこるのは本当らしい。

 

 そして十戦目。

 今だ勝ち星見えず。


(……切り札を使うか)


 そして虎はついに決断した。

 切り札イカサマをすると。


 実はこのトランプ。虎と小雪で同じ物を持っている。 

 小学生の頃に同じものを買ってお揃いだね、と言った過去があった。


 そして先ほど扇ぐためのうちわを取りに行って、ついでにトランプを取ってきた。

 使うつもりはなかった。が、いい加減暑くてイライラしてきた。


 とても簡単なイカサマだ。小雪にばれないように、作っておいたフォーカードと入れ替える。

 もし小雪の手持ちに同じカードが入っていればバレるイカサマであるがもうどうでもいい。勝ちたい。

 というか暑くて頭が回らない。


「はい。ストレート」


 勝ちを確信しているかのような小雪の余裕の笑み。

 それを崩す。


「フォーカードだ」

「え?」

「聞こえなかったか? フォーカードだ」

「嘘。運の悪い虎がフォーカードなんて」

「実力だよ」


 イカサマである。


「さて、俺から扇風機を奪ったり扇風機を奪ったりしてくれたな」

「二回言った」

「大事な事だから二回言った。と。特に今日は暑い。とても暑い。そんな日に扇風機を奪うとは。俺の命令も覚悟してもらおうか」

「な、何する気?」


 虎は立ちあがって、小雪へ一歩近づく。

 その目を見て、小雪はさっと己の胸を隠す様にして後ずさる。しかし座っているため半歩分しか無理だった。


「えっと、虎。ダメだよ」


 慌てだす。虎の目を見て、本気だと思ったのだろうか。

 虎は偽装の視線を捨て去ってガン見している。どことは言わないが。

 それを感じて、小雪はさらに縮こまった。挑発したとはいえ、ヘタレの虎ならやらないだろうと踏んでの事だ。まさか本当にやるなんて思わない。


「うぅ」


 虎は何も言わない。

 本気であると悟った小雪は、ぎゅっと目をつぶった。


 ――ポンポン。


 だがやってきたのは、優しく頭を撫でる手だった。


「え?」

「本気で、襲うと思ったか?」

「……うん」


 実は途中まで本気だったのは内緒。暑さで頭がおかしくなっていたのだろう。

 小雪の傍まで行き、扇風機の風に当たる事でふと我に帰った。という事だ。


「合意なく、んな事しない」

「うん」


 小雪はしおらしく頷いた。


「命令、ちょっと頭撫でさせろ」

「うん……」


 割れ物を触るほどの優しい手つきで、髪を撫でる。

 綺麗で、サラサラとした黒い髪。背中まで伸びて、どこか甘い香りのする髪。


 ペタンと女の子座りをし、上目遣いで見上げてくる小雪。その可愛さにも心が洗われた。


「虎、硬派だね」

「普通だろ」

「……ホレ直した」

「え?」


 それは口の中でとけてしまうほど小さな呟きで、虎には聞き取れない。

 だがそっぽ向いて頬を染める顔だけは見えた。


「そ、それより。もうお昼だよ。ご飯食べたい!」

「ん、ああ。そんな時間か。……何も用意してないけど」


 昼には小雪が来る予定なかったので、インスタント食品で適当に処理しようと思っていた。だからお昼様にはない。


「夜のやつ繰り上げて今食べるか」

「うん。それが良い!」


 夜用の仕込みはしてあるので、それを昼にする。

 冷蔵庫から材料を取りだすと、テーブルに並べていく。いろいろな食材だ。だがこれだけでは何か分からない。


「何するの?」

「ほら」

「あ、たこ焼き?」

「家でも食べたいって言っただろ」


 虎が取り出したのは新品のたこ焼き機。

 先日のプールで小雪が言っていた事を、しっかり覚えていたらしい。


「でも何であるの? 買うお金もないはずだし」

「……一昨日運よく日雇いがあったからな」


 とにかく人手が欲しかったのか、虎も即決で雇ってくれた。

 そしてその帰りに一番安いのを買ってきたというのが一昨日の話しだ。


「でもなんで? 自分の為に使いなよ」

「使ってる。お前に礼をする事が、俺の為だ」

「えー。私こそいつも夜ご飯ごちそうになってるし。今までの奢りも食費! 私こそ返さないと」

「大した事してねえ。一人分作るのも二人分作るのも一緒だ」

「でも、私がいるから虎お金ないでしょ」


 振り込まれるお金は、一人分だ。それが小雪もいる事によってただでさえ少ないお金をやりくりするハメになっている。

 が。


「やりくりも貧乏も楽しいもんだ。つべこべ言わず返させろ」

「むー。……今度、返す」

「じゃあ倍返しだ」

「私は三倍返し!」

「んだと。六倍返ししてやる」


 その後もどんどん倍々になっていくが、虎が倍にできなくなったところで小雪の勝利となった。アホは勝てないのだ。


「はぁはぁ、……まあ良い。作るぞ」

「うん! 虎できるの?」

「初めてだ。分からん!」

「うん。じゃあ一緒にやろ」


 たこ焼きをひっくり返すのが難所だ。初めての二人では難しいだろう。だがそれを含めて楽しむものだ。

 油を塗り、液を入れて、具材を投入。火が通れば、ひっくり返す。


「……難しいな」

「私もやる」


 二人で並んでひっくり返す。が、形が崩れる。

 丸い形を保ったままひっくり返すのは至難の業だ。

 でも小雪はそもそも天才だし、虎も料理は十年以上の積み重ねがある。


「あ、こうか」

「なるほどね。うんうん」


 あっという間にマスターすると、お皿一杯のたこ焼きができた。

 ソースやマヨネーズ。かつおを掛ける。青海苔はなかった。


 テーブルに相対する様に腰かけ、二人そろって手を合わせた。

 いただきますと言えば、争奪戦。取って、取られて。だが量はあったのですぐに争奪戦は終わった。


「ほふ、あちゅい」

「真夏の昼間に、たこ焼きか」

「んく。……それも良いよね」


 たこ焼きを食べながらしみじみ呟く。変な事をしている自覚はあるが、それも良い物だ。

 皿山盛りあったたこ焼きは、瞬く間に二人の胃袋に収まった。

 しばらく満腹で駄弁り、洗い物をする。二人揃って後片付けだ。虎が洗い、小雪が拭いて元の場所に戻していく。

 二人でやれば何事も早い物で、


「ふー。美味しかったね」

「だな。まだ残ってるし、夜もたこ焼きだ」

「はーい」


 片づけを全て終え、ソファに並んで座った。


「ちょっと近くないか?」

「んー。そうしないと扇風機の範囲に入らないよ」


 扇風機を独占する事の恐ろしさを理解したのか、小雪は虎にピトリとひっつく。

 それにより、抑え込んでいた雑念が顔を覗かせた。しかも触れそうで触れないほど近くにある胸。雑念を煽ってくるが、虎は天使を総動員して鎮圧にあたる。

 そして煩悩に飲まれる前に何か話題を探し出す。


「あー。たこ焼き美味しかったな」

「また? 美味しかったね。私はたこ焼き好き」


 そう言って、更に小雪は体重をかけてくる。だがとても軽く重さはあまり感じない。


「好きだよ」


 そう言って虎の肩にスリスリと頬ずりする。

 これでは、たこ焼きが好きなのか。あるいは……虎が好きなのか。

 いやからかっているのだろう。


 小雪の行動に天使をはねのけて煩悩が顔を出す。虎は理性を総動員して鎮圧にあたった。

 今にも貞操の危機であると理解しているのかしていなのか。小雪はひっついたままだ。


「小悪魔め」

「でしょー」


 まったくもって可愛い。

 だが真意がまったく分からない。はっきりと言ってほしいものだ。


 思わせぶりは核兵器に並ぶ悪だと虎は思った。

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