第4話 幼馴染と夏祭りに行く話し
―― “試験”
一年の頃、赤点を取りまくっていた虎にとっては学校生活の中でも指折りの苦手行事だ。
が、今回は違う。小雪の必死の教育により、虎は生まれ変わった。中学の頃のハンデを乗り越えた。
「うん。……ギリギリだね」
「ああ。どうにかなった」
全教科ギリギリ赤点を回避。ピタリ賞をとった科目もあったがどうにかなった。
「今回は、礼を言う。小雪がいなかったら追試確定だった」
「うん。頑張ったよ。ホメて」
「ありがとう。凄い」
「うんうん。虎も、頑張ったね」
机の向かいに座る小雪は身を乗り出して頭を撫でてこようとするが、さっと身をひるがえして回避する。
そんなに甘くは無いのだ。
「……ま、試験お疲れって事で」
「かんぱい!」
虎家の食卓。二人でテーブルを囲んで、試験お疲れ様という祝杯をあげていた。
今回の夕食は冷やし中華。夏の風物詩だ。他にも
「んー。美味しい。やっぱり虎の料理が一番好き」
「そうか」
そっけなく言うが内心うれしい。
「試験終わったし夏休み。……なにしよっか?」
「祭りとか?」
「うん良いね。行こっか」
「友達と、行ってくればいい」
小雪の提案を、素気無く断る。
「えー。……なんでそんな意地悪言うの?」
「……やっぱ俺にかまいすぎるのは良くない。友達と行け」
「友達とも行く。虎とも、行く」
そう言われて、うれしく思っている自分は無視する。
自分と居ても不幸になるだけだと、そう思い直した。
「……よし。決めた」
しかし小雪はそれをたやすく破壊する。
「ご飯、早く食べちゃお」
「は?」
「さあさあ」
訳が分からないが、せかされるままに冷やし中華をかっこむ。
もぐもぐと食べ終わると、小雪が提案をしてきた。
「さ、行くよ」
「どこに?」
「一駅隣でお祭りやってるから、行くよ」
「なっ。急に?」
「人生そんなもん。さあさあ。準備準備。私も準備してくるから」
そう言って、食器を下げれば自分の家へと帰っていく。
急な展開にキョトンとした虎であるが、すぐに我に帰る。
「まったく」
幼馴染として慣れているのか、虎はそれだけ言うと出かける支度を始めた。
自分の顔に笑みが張り付いている事には気付かずに。
◇
虎は悩んでいた。とても真剣な悩みだ。
男として言うべきだろう。だが恥ずかしい。そんな悩み。
「や、おまたせ。待った?」
「いや、まったく」
そう言いつつ心は荒波の様だった。
亜冥寺家の前で待つ事数十分。女性は支度に時間がかかるというので待つ事はどうでも良いのだ。
だが心はざわついている。そしてその理由は至極簡単だ。
小雪が、浴衣を着ている。浴衣を、着ているのだ。大事なので二度言った。
率直に言おう。可愛い。小雪は可愛いが、もっと可愛かった。
黒い浴衣に、花柄というシンプルな浴衣。背中までとどく長い髪はクシでまとめてお団子ヘアーにしている。
「…………」
「なにかついてる?」
「お、えあ。いや」
変な声がでる。見とれていたなんて言えるわけがなく、慌てた。
そして最初の悩みが浮上する。
可愛いねと、言うべきか。否か。
男としては言うべきだろう。実際可愛い。見とれるほどに。だが恥ずかしい。
「まあいいや。行くよ。早くしないと終わっちゃう」
「あ、ああ」
小雪と並んで歩く。その間に会話はないが、小雪は鼻歌まじりに楽しそうだ。
対照的に虎の心は混沌としていた。
「なあ」
その一言は、混乱しすぎて突発的に出た。
「なに?」
「……すげー。似合ってる」
「えっ?」
突然の言葉に、小雪も意味を理解するのに数秒掛かった。
そして意味を理解してみるみると顔を赤らめる。
「えっと、あの」
今度は小雪が慌てる番だ。長い付き合いで、虎がそんな事を言う訳ないと思っていたため不意打ちにあわあわする。
両手で頬をつつみ、緩むのを懸命に食い止める。が、虎は無自覚の追撃を放った。
「あー。……可愛い、な」
「……あぅ。ええと。……ありがとう」
気まずい沈黙が流れる。だがそれは、心地の良い。そんな気まずさだった。
一駅分歩けば気まずさも薄れる。道中は会話しつつ、気付けばお目当てのお祭りまで来ていた。
「ひさしぶりだね、この神社」
「子どもの頃は、遊びに来たな」
「うん」
小学生の頃はここまで二人で遊びに来た事もある。
二人にとっては懐かしさのあつ神社だが、今のお目当てはここで行われているお祭りだ。
「まあ、行くか」
「うん」
数多の出店がある。ご飯物には惹かれるが、すでに食べてきたので断念。
「かき氷だ! お祭りの風物詩だね。虎、食べよう」
「そうだな」
さまざまな味のかき氷がある。
が、全て実際は同じ味であるという雑学を思い出しながらメロン味を選ぶ。
「すいません。メロン二つ!」
「はいまいど」
「お金は、はい」
「あ、小雪」
財布の中身とにらめっこしていた虎をおいて、小雪はさっさと二人分を払ってしまう。
「奢ってもらわなくても良いのに」
「……虎お金あるの?」
「うぐ」
実はピンチだ。
そもそも虎は毎月の別居中の親から振り込まれるお金で生活している。そしてそのお金はつねにギリギリだ。
遊ぶ様のお金なんてない。頭をひねってどうにかこうにか生活している状況。お祭り価格の物を買うにはあまりにハードルが高かった。
「いつも虎にごちそうになってるから、ここは払っとく」
「……いつか返す」
「期待してるけど……べつに気にしないで」
が、何時になる事やら。
バイトも考えたが、生来の怖い顔と中学の頃やんちゃしていた結果ここいらでは雇ってくれるところは少ない。過去三度面接で落ちて以来バイトには期待していなかった。
受け取ったかき氷を、設営されたテントの中で食べる。
「うん。美味しいね。夏を感じる」
「…………っ」
「キーンってした?」
頭を押さえながら頷いた。
いきなりかっ込むのは良くないと反省する。
かき氷を食べ終えたら、遊びの時間だ。
「うーん。破れちゃった」
金魚掬い。すぐに破れる。
子供に交じって真剣に掬う小雪は見ていて微笑ましい。
「外れたよ。虎、もう一回」
「それぐらいにしておけ」
くじ引き。一回引いて外れた。だが別に欲しい物もないそうなので、雰囲気を感じたという事で止める。
最後まで小雪はうらめしそうだった。
「…………」
「小雪?」
「しっ。今しゅーちゅーしてる」
これまた小学生の集団の中で、真剣にヨーヨーすくいをする小雪。
目が本気だ。本気と書いてマジと読む。
「あ、やった虎。取れたよ!」
「おめでと。三回失敗したけど」
「良いの!」
三度のトライでやっと手に入れたヨーヨーを持ってうれしそうな小雪。
すさまじい才能を持つが、お祭りの遊戯は得意ではないらしい。
「……虎は何かしない?」
「ああ。見てるだけで良い」
というか出来ない。お財布の中は寂しいのだ。節約せねばならない。
そんな虎をじーっと観察して、小雪はすぐに虎の手を引く。
「今日は私のおごり。さ、楽しも」
「小雪の金だ。自分で楽しむために使った方が良い」
「良いの。二人で楽しめないと、つまんない」
そうして強引に射的屋の前に到着する。
虎が断る間もなくお金を払うと、銃を押しつけられる。
「おいおい……」
「さ、もう後には引けないよ」
「はぁ。……ありがと。何が欲しい?」
「んー。……じゃああの子」
小雪が指したのは小さな人形。アクセサリー様のだろう。
的が小さいが、虎はすっと目を細める。
集中。一対一の決闘の時の様な集中。そして引き金を引いた。
「あ」
「……当たった」
虎自身当たると思っていなかったのか、きょとんとする。
「わー。虎凄いね」
「偶然だ」
射的なんてほぼ初めてだ。偶然だろう。
だが残った玉で気になったお菓子を全て撃ち落とした事で、以外と才能があるかもしれないと思った。
「お祭りと言えばー」
「どうしたんだ急に。……まあ花火」
「だよね」
射的を終えて散策していれば、急に小雪が言う。
呆れながらもしっかり答える虎に、小雪はうんうんと頷いた。
「だから、残念だね。花火なくて」
「まあ、街中だからな」
この神社のすぐ隣は街だ。打ち上げ花火ができるような土地はない。
そもそもこじんまりとした神社で、地元の人御用達みたいな祭りだ。
「……まあ、花火買ってくか?」
「どゆこと?」
「帰り道のスーパーで売ってるの見たからさ。……それぐらいなら買えるし」
お財布と相談して、安いやつなら買えると決断する。
二人分だ。そう量もいらない。
「良いの?」
「それぐらい、かっこつけさせてくれ」
「うん。虎、かっこいい」
そう言って茶化してくる。
「じゃあ存分に楽しんだし、帰ろっか」
「そうだな。……」
気づけば祭りも終わりに近づいている。人もどんどん引き上げていき、店じまいという雰囲気が漂っていた。
どこか寂しさを感じる雰囲気の中、来た道を引き返す。
「……今日はありがと」
「ん。どうしたの?」
「誘ってくれて。奢ってくれて。……いつか返す」
「無利子無期限。ホワイトな私だからね。いつでも良いよ」
今度美味い物を作ろうと考える。予算と相談しながらだが、お菓子でも作ろうと。
だが悩む事もある。貧乏な虎はお礼にどこか連れて行く事も、何かを買ってあげる事も難しい。
小雪は何も気にしていなさそうだが、虎は男として気にする。
そんな事をもんもんと考えていれば、鳥居が見えてくる。
それを潜ればふと、祭りの空間から出たとそんな思いが湧き出てきた。
「また、来よ」
「そうだな。……来年か」
「うん。楽しみだね」
来年。それを過ぎれば卒業。その後はどうなるのだろう。小雪は進路をどうするのか聞いていない。そして虎も決まっていない。
おのずと、卒業すれば離れ離れになる気もする。それが望みなのに、とても寂しいと思うのはなぜだろう。
小雪は虎から離れるべき。だが離れれば悲しい。そんな矛盾を抱えていた。
祭囃子の音が、遠くから聞こえる。
小雪と並んで歩く道は、蛍光灯とわずかな月明かりが照らすのみで少し暗かった。
「……懐中電灯、持ってくればよかったな」
「うん。でもょうがないよ。出た時はまだ明るかったし」
ここが少し町はずれだから暗いが、もう少し歩けば街中だ。それまでの辛抱だろう。
帰りにスーパーにより、庭で花火をする。
今後の予定を考えながら、チラっと虎は小雪を見た。
二人の間にある僅かな距離。それがちょっともどかしい様な気がしたからだ。
小雪もそう思っているだろうかと思う。そして小雪も願っている気がした。
小雪の願いか、虎の願いか。あるいは二人とも願っているのかもしれない。
この僅かな距離を埋めたいと。これは、仲良し幼馴染の距離だ。虎は、本気で拒絶するならばもっと離れるべきなのかもしれない。
だが。
「…………」
「あ、」
暗闇で、その小さな声は良く届いた。
それは虎が行動した結果だ。
ほんのちょっとの距離を埋める様に、虎は小雪の手を握った。
いけない事だと、拒絶されたらどうしようと、そんな思いを抱えてなお虎は手を握った。
「…………」
沈黙。この時ばかりは小雪もからかったりしなかった。それがなぜかは分からない。だが、拒絶はしなかった。
まっすぐ前を向いて、小雪の速度に合わせて歩く。小雪がどんな顔をしているのかは見れなかった。そして自分がどんな顔をしているかも。
指が絡まり合い、さらに強固になる。いったいどちらが先に絡めたのかは分からない。あるいは両方かもしれない。
二人の間に会話はない。静寂が支配している。だがそれも悪くはない。
小雪のポカポカとした手を感じる。夏の夜にそれはちょうど良かった。
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