第3話 幼馴染とゲームをする話し

 小学校三年生。親が消えた。

 新たな父と暮らすため、虎は邪魔らしい。

 そうして虎は一人になった。


 そんな虎は一人の少女と出会う。

 学校からの帰り道、少女は道端で泣いていた。

 少女の涙。人は可哀そうと思うのが普通なのかもしれない。だが虎は違った。


「なに、泣いてるんだよ」


 その声音には怒りのニュアンスが含まれていた。

 親が消え、一人になった虎にとって泣きたいのはこっちだと。だが男だから泣かないと。

 生き場のない悲しみを抱えた虎にとって大した事で泣いてる風でもない少女には苛立ちがつのった。


「人形が……」

「人形が、どうした」

「あそこに」


 少女が指差した先には、大きくて凶悪そうな犬が繋がれていた。その前にぽつんとクマの人形が転がっている。


「そうか」


 やはりくだらない事だった。虎はそう心の中で吐き捨てる。


「……ちょっと、待ってろ」

「え?」


 虎はランドセルを地面に置くと、犬の前まで歩を進める。

 犬は虎の侵入に立ちあがって威嚇するが。


「うるせえ犬っころ」


 虎の威圧の前に、一歩引いた。

 それは小学生にできる威圧ではない。怖い顔と相まって番犬ですら恐怖する。

 その間に虎は人形を拾うと、優々と帰還した。


「…………」

「…………」

「ん、もう泣くな」


 そう言って人形をさし出した。

 感情を読み取れば、そこに文面の様な慰める気持ちはない。ただくだらない事で泣くなというそんな意味が多大に含まれていた。

 だが少女は。


「ありがとう」


 花が咲く様な笑顔でお礼を言った。

 虎の言葉の裏の感情を読み取れないほど純粋だったのか、読みとった上でのお礼なのかは分からない。


「っ」


 ただ、その純粋なお礼が虎の心を揺さぶった。

 荒んだ心が浄化される様な、そんな気がしたのだ。


 少女の名前は亜冥寺小雪。

 同じクラスの同級生で、隣の家に住む少女だった。


 そんな切っ掛けから友達になるのは必然とも言えた。

 虎が弱音を吐いてしまったのも必然なのかもしれない。


 ――「俺を、一人にしないでくれ」


 そんな弱音を、小雪はしっかりと受け止めてくれた。

 一人ぼっちで荒んでいた虎の心は小雪によって浄化された。

 人生が初めて楽しいと思えた。


 でもそんな平穏は長くは続かない。

 約束が守られる事はなかった。


 ――あいつら、つきあってる。


 ――女とつるんでる。


 ――あの怖い子と付き合ってるの?


 そんな同級生達の言葉が関係を壊した。


 虎にとっては小雪しかいない。何を言われてもどうでも良かったし何も感じなかった。だが小雪は違う。虎の他に友達もいたし、普通の子だった。

 だから、虎から少し距離をとる。だが虎にとっては唯一の救いを奪われた様なもの。

 虎は、上げて落された様に感じた。


 それから虎は悪い奴らとつるむ様になる。

 不良への道を歩み始めた切っ掛けの一つだ。



 ◇



「……またかよ」


 先日見た夢の続きだ。昔のくだらない思い出。弱すぎて、小雪しか友達がいなかった時の自分に舌打ちをした。


「くだらない」

「なにが……?」

「俺が……ん?」


 虎の呟きに、問いかける声が聞こえる。いつもの如く聞きなれた声だ。


「っ小雪。どこから入ってきた。玄関からか? 合いカギか?」

「違うよ。窓から」

「窓!?」

「網戸だったからガラっとね。不用心だね」

「暑いからな。それより網戸だろうと入ってくるな泥棒だぞ」


 まったくもって油断も隙もないと憤怒する。だが窓を禁止すれば今度は床下から侵入してきたりしそうで怖い。

 小雪はそれぐらいする。幼馴染として虎は断言した。


「くそ。今度は何しに来た。せっかくの休日に」


 日曜日。学生のオアシスだ。それに土足で踏み込むなど言語道断。死を持って償うべきだ。


「んー。ゲームしよ」

「……ゲーム? 試験前なのに?」

「あ、勉強したい?」

「したくない」

「そうでしょ。だから、ゲーム。勉強ばかりじゃ息がつまっちゃうもんね」


 試験前の学生がするべき事ではないが、確かに息抜きは必要だ。息抜きするほど勉強していないが。

 だが小雪の言葉を信頼できずに何をたくらんでいると観察する。だが可愛らしくニコニコしている以外は読みとれない。しかたなく虎は、脱力した。


「分かった。するか」

「うん。じゃあ私の部屋に行こう」

「……お前の?」

「安心して。お母さん今日はいないから」

「そうか」


 小雪の母親には嫌われているという自覚はある。

 まあ当たり前だろう。過去、娘を危険な目に合わせた存在だ。嫌うのも無理はない。

 だから虎は避ける様に、小雪の家にはいかなかった。今回の訪問も、久しぶりだ。


「じゃ、行こう」


 小雪の一言で、隣の亜冥寺家へ移動する事となった。

 小雪の家は、二階建ての一般的な一軒家だ。広く、綺麗に整頓されている。


「えっと。私の部屋……あ」


 二階にある小雪の部屋に行こうとして、ふとドアノブに手を掛けたところで停止した。


「虎、ちょっと、ここで待っててね」

「あ?」

「ぜぇぇったいに除かないでね」


 そう言うと凄い勢いで扉を開けて閉めた。

 すぐにドタバタと小雪が駆け回る音が聞こえる。何事かと首をかしげるところだが、長い付き合いの虎はすぐに察した。


「まだ、片づけができないのか」

「うるさい!」


 虎が呟けば、凄い勢いで部屋の中から返事が返ってきた。

 昔からの事だ。小雪は家事全般が致命的。部屋は散らかしっぱなしが普通だ。

 最近は来客がなかったため余計散らかっている事だろう。


「はぁ、はぁ……おまたせ」


 部屋の惨状を妄想していれば、息を切らした小雪が扉を開けて顔を見せる。何とか片付いたのだろう。

 招かれて中に入れば、整頓された部屋が顔を見せる。(不自然に膨らんだふすまからは目を逸らす)


 大きなベッド、電子ピアノ、本棚。変わりない久しぶりの小雪の部屋だった。

 小さなテレビと、そこに接続されたゲーム機。それが今回の目的だ。


「ゲームなんてひさしぶりだな」

「そうだね。今年は初かな?」

「ああ」


 虎の家にゲームはない。

 毎月振り込まれる金は生活するにギリギリで、そんな余計な娯楽をする余裕はなかった。

 ゲームはもっぱら小雪と一緒にやる。二年生になってからはやっていなかったので、しばらくぶりだった。


「スマ○ラだよ」

「ス○ブラか」


 久しぶりのスマブ○だ。

 初心者でもアイテムを駆使すればなんやかんや出来るのが良い。

 起動して、さっそく対戦

 娯楽にあまり触れてこなかった虎には無数のキャラの殆どが良く分からない。という事でちょっと知ってる電気ネズミを選んだ。


 小雪はいろいろ知っているためか、むーっと悩んでいる。がすぐにピンクの悪魔を選択した。


「んー。うー。ぐー」


 対戦が始まれば、虎は唸りだす。

 ブランクがある上に対戦回数せいぜい二桁の虎には小雪の相手は務まらない。


「ふん。うー。がー」

「あはは。虎劣勢だよ。ハンデ上げよっか」

「いらん。弱いものイジメしやがって」


 虎は負けず嫌いなのでハンデは一瞬で拒否。正々堂々打ち破ってこそ至高と思っているが、ボッコボコにされた。

 当たり前だ。


 虎は負けたままではいられないのですぐに再戦。が、やはり負ける。

 だが虎は馬鹿ではない。学習するのだ。どんどん動きが最適化されていく。これも天性の才能というやつだろうか。


「んー」

「よーし。よーし」


 そして十戦目。少し小雪が劣勢になる。

 虎は勢いづいてここぞとばかりに攻めた。


「あー。……負けちゃった」

「しっ」


 小さくガッツポーズする。

 小雪が微妙に手を抜いていた事には結局気付かなかった。


「うーん」


 十連戦した事で疲れたのか、小雪はぐーっと伸びをする。そして立ちあがった。


「休憩しよっか。飲み物とってくるね」

「ああ。ありがとう」


 トテトテと下の階へ降りていく小雪。

 一人小雪の部屋に取り残された虎は、ちょっと変な気持になった。


 きょろきょろと見渡す。ひさしぶりの小雪の部屋。今にも雪崩が起きそうなふすまも懐かしい。虎が行けばあのふすまはいつも不自然に膨らんでいた。

 そうしてベッドを見て、ぶんぶんと雑念を振り払う。


「……あ」


 次に電子ピアノを見て、ふと虎は視線が固定された。

 虎の興味を引いたのはピアノではなく、その上に乗っている人形。


「まだ、持ってたのか」


 古臭い人形。だが思いで深い人形だ。

 虎と小雪が出会う切っ掛けとなったクマの人形。それがポツンと座っていた。


 人形を見た事で、ふと今日の夢を思い出す。

 小雪と出会った時の夢。離れて行ったときの夢。もしかして小雪は。


「……罪悪感、なのか」


 あの時虎を見捨てたから、不良になった。

 小雪はそう考えているのかもしれない。今、こうやってかまっているのも全ては罪悪感。


「くだらねえ」


 そう思うと、いきなり今までのゲームも楽しくなくなった。

 小雪が、罪悪感で一緒にいる。もしそうならば、虎は……。


「おまたせ」


 戻ってきた小雪は、ジュースが乗ったトレーを抱えていた。

 さあ休憩しよう。と、いったところで小雪は虎の雰囲気を敏感に察する。


「……ねえ、虎」

「なんだよ」


 少し、ぶっきらぼうに返事をする。その様子を見て、なにかあったと小雪は確信した。


「なにか、あった?」

「……お前は、っなんで俺といてくれるんだ?」

「それは」

「罪悪感っじゃないのか!?」


 予想以上の大声が出た。しかし虎は止まらない。


「ガキの頃の、くだらない罪悪感。もしそうなら、もうやめよう」


 みじめになる。今までの仲が全て罪悪感でできた幻ならば、いったい虎はどうすればいいのだろう。拒絶しながら、よりどころにしていた小雪との関係。それが全て虚栄であると言うならば。


「あー。……よしよし」

「っなにすんだ!」


 小雪は叫ぶ虎を見て、何となしによしよしした。まあまあの身長差があるためちょっと腕が疲れるがそんなの気にしない。

 虎の頭を、慈愛をもってサラサラと撫でる。


「ん。虎が、可愛いくて」

「馬鹿にしてんのか」

「違う違う」


 低い声で睨みながらも、それ以上拒絶する事はなかった。

 虎にとって、程遠い感情。愛の前に拒絶なんてできるわけがなかった。


「私が虎と一緒にいるのは、罪悪感じゃないよ」

「じゃあ……」

「そうだね。……秘密」

「おいっ!」


 答えが聞けると思った矢先に、唇のそっと人差し指を当ててそう言われた。


「でも安心して。マイナスな感情じゃない。でも恥ずかしいから言わない」

「なんだよ。教えてくれよ」

「やだー」


 そんなやりとりをしつつ、虎は安心した。

 小雪を拒絶する事を、恐れる自分から目をそらしながらまた今日も日常を過ごした。

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