第2話 幼馴染はモテるという話し
小学校三年。その日、母が家を出て行った。
新しい父親と暮らすらしい。それには虎は邪魔だと言う。
虎は一人になった。小学生で一人暮らしが始まり、虎はいない者とされた。
生活費だけは振り込まれる。それをやりくりして暮らしていくすべを身に付けた。
一人。それは寂しいものだ。一人ぼっちのご飯とは、空しいものだった。
元々生来の容姿のせいか、友達も少ないためそれが余計孤独を加速させる。
心が締め付けられる様な苦しみの中、頑張って生きていけたのは小雪のおかげだった。
亜冥寺小雪。隣に住む同い年の女の子。とある切っ掛けからであった小雪とは、唯一遊ぶ仲だった。
小雪の存在は救いだ。砂漠にたった一つあったオアシスの様な、そんな存在だった。
だからあんな事を言ってしまったのだろう。
――「俺を、一人にしないでくれ」
子どもながらに馬鹿な事を言ったと今は思う。
だが思わずそんな事を言ってしまうほど寂しかったんだ。
そして小雪はとてもいい子だった。
――「うん。私がずっとそばにいるね」
そう言ってくれた。
それがどれだけ救いとなったか、小雪は知っているだろうか。分からない。
ただ、今となっては黒歴史でしかなかった。
◇
「夢」
朝一番の一言は、簡素な単語だった。
朝日が顔を照らす中、ゴソゴソと起き出す。目覚まし時計は掛けない主義なので体内時計だ。
「……はぁ。懐かしい黒歴史だな」
夢の内容を思い出して赤面する。なんとも恥ずかしい事を言ったものだ。
小雪が今だ虎を見捨てないのは、あの時の言葉を覚えているからだろうか。
「くだらね」
さまざまな思いを断ち切る様に呟くと、洗面所に向かった。
顔を洗ったりして、朝食。
といってもスーパーのなめこ汁と菓子パンだ。
食べ終われば制服に着替えて鞄を担いで出発だ。
家の鍵を閉める。そして学校に向かおうとすれば、ふと隣の家から聞きなれた声が聞こえた。
「行ってきまーす」
明るく元気な声だ。そして姿を現すのは幼馴染である小雪。
おなじみのスクールブレザーに身を包み、今日もしっかりと可愛い。
「あ、虎」
「ああ。……おはよ」
「うん、おはよう。昨日は楽しかったね」
「別に楽しくはない」
勉強会であるが、本心では結構楽しかった。だがそれを言う事はない。
そんな虎に、ふーんとだけ言うと小雪は隣に並ぶ。
「んー。虎、ちょっとかがんでよ」
「なんだよ」
「髪、ハネてる。アホ毛だね」
「別に良いよ。早く行こうぜ」
「ダメ。身だしなみは大切だよ。良いから良いから」
強引にかがまされる。
「むー。頑固だね。まるで虎の性根の様に頑固だよ」
悪口を言われた気がする。
だがそんな事今の虎にとってどうでも良かった。
(近い近い近い近い近い)
心の中は大絶叫だった。
小雪は密着して髪を撫でてくる。雑念だ。雑念が湧き出てくる。健全な男子高校生の雑念を甘く見るなよ。地獄の鬼も尻尾巻いて逃げるほどだ。
鼻孔をくすぐる香りとか、柔らかい体とか、あと胸部とか。意外と着やせするんですね。知ってたけど。
「うん。これぐらいかな」
「……おぅ」
「んー? 顔が赤いよ。どうしたのかな~?」
顔をのぞきこまれて、虎の様子を見た小雪はとたんに意地悪な笑みを浮かべる。
「うるせぇ……」
「つんつ~ん」
「うぐっ」
そっぽむけば、頬をつんつんと突かれる。
そのくすぐったさに思わず仰け反る。
「あはは。やっぱり虎は面白いな」
「くそっ」
「悪い言葉づかいはダメだよ?」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「え~。誰だろう」
そう言ってケラケラと笑った。
それ以上怒ろうにも、怒気が沸いてこない。とてもじゃないが勝てる気がしなかった。
◇
授業とは、まさにラリ〇ー。催眠術である。
中学生の頃はぶいぶい言わせた不良であった虎にとって、高校の授業はあまりに付いていけなかった。
「ふぁ」
しっかりと睡眠をとったはずなのに眠気が襲ってくる。
英語の授業をしているがチンプンカンプンだった。授業を右から左に受け流しながらふと教室を見渡す。後ろの方の席という事もあり、教室全体が良く見えた。
その中でも特に目立つのはやはり小雪だ。綺麗な背筋で、授業を聞いてノートを取っている。しっかり内容を理解しているのかその姿はまさに優等生だった。
授業を聞いているだけで絵になる。本当にズルイと思う。
(やっぱり、世界が違うのか)
そんな事を心の中で呟いた。
小雪はとても優秀だ。頭が良く美少女。だが虎に関わると完全無欠がそれだけで欠点になる。
(本気の拒絶、ね)
口に出ないほどの声量で呟くと小雪の後ろ姿を眺める。
昨日小雪に言われた事が反芻した。本気で拒絶してくれるなら、関わらない。そう言った。
もう一度自分を見つめなおす。やはり本気で拒絶していないのだろうかと。何だかんだ言って一緒にいてほしいのかと。
だが答えが出る問題ではない。いや、答えを出したくないが正解か。
出してしまえば終わる。出してしまえば本気で拒絶しないといけなくなる。多分それを恐れて思考に蓋をした。
そうして思考に蓋をすれば後は夢の世界に旅立つだけだった。
「やあやあ虎。もう授業を終わったぜ」
そんな声と共に、ベシっと頭を叩かれた。
「っ。……大文字かよ」
「うーん。豪炎寺ね。なにその命中率が不安そうな名前」
何を言っているのだろうと虎は首をかしげた。
豪炎寺。虎の数少ない友達の一人だ。
「まあまあま。それより、それよりだよ。今日も良い天気だね。そうだね」
「そうだな。蒸し暑いけど」
「うん。そんな天気の日には、よしそうだ漫画を読もう。描いて来たんだ見てくれよ」
そう言って豪炎寺は原稿用紙を押しつけてきた。
そして彼の趣味は漫画を描く事。公募にも良く出しているらしい。
適当に受け流す虎の態度と、漫画を忌憚なき目で見てくれるという事でいつの間にかつるんでいる関係だ。
「絵は上手いな」
「そうだろうそうだろう。練習したんだ。ホメて」
「凄い凄い」
適当にホメながらじっと漫画を読み進める。
内容は王道的な冒険ファンタジーの読み切りだった。
「面白いとは思う」
「なるほど。それで」
「面白いが、それ以上に行ける気がしない。王道すぎる。オリジナリティがないって言う事かな?」
「うんうん。やっぱり虎もその結論に行きつくんだね。僕もだよ。じゃあありがとセンキュー」
そう言って豪炎寺は原稿用紙を回収する。
オリジナリティ~。と呟きながらさっさと去って行った。
なんとも個性的な奴だと虎は思った。
「あ、そうだ」
と、自分の席に戻ろうとしていた豪炎寺が思い出したかのように戻ってくる。
「君の彼女がラブレターの様な物を受け取ってさっき裏庭まで行っていたよ」
「か、彼女じゃねぇし」
さっきまでの眠そうな顔から一転、あせあせという擬音がとても似合う姿を見せた。
「亜冥寺さん、だっけ。彼女が告白されてる危機だよ。行くべきだね。彼氏なら」
「彼氏じゃないからな!」
「あはは。まったく虎はツンデレだね」
そう言うとやっと自分の席に戻って行った。
平穏が訪れ、さあ寝ようかとも思ったがみょうに眠気が来ない。先ほどの豪炎寺の言葉が思考を支配していた。
ちらっと小雪の席を盗み見る。そこには小雪はいない。
「……くそっ」
悪態をついた。
とてもじゃないが気持ち悪くて眠れない。
「おや、やっぱり行くのかい?」
「トイレだよ」
豪炎寺にちゃかされて、そう言いわけした。
トイレに行く。というのは本当だ。ただ要を足した後は自然と足が裏庭の方向へ向かっていた。
校舎の裏には庭がある。だがずっと影になっていてじめじめしているため人気がない。
ガラの悪い生徒が溜まり場にしているという噂もあり、人は寄りついていなかった。
「……いない」
虎はこっそりと裏庭を除く。が、小雪はどこにもいなかった。
「誰が?」
「小雪だよ」
「へー」
「……ん?」
背後からの声に、なんの警戒もなく答えるがふと違和感を感じる。
とても聞き覚えのある声だ。
「あ、」
「なにしてるのかなぁ」
背後を振り向けばニヤリと笑う小雪がいた。
「べ、別になにもしてねえ。本当だ」
小雪に見つかって、やる事は言いわけである。
だが小雪はニヤニヤという笑みを抑える事はなかった。
「またまた~。正直になっちゃいなよ」
「うぐ」
つんつんと頬を突いてくる。
本当に、虎をからかう時は生き生きとする小雪だ。
「もしかして、私を探してた?」
「ト、トイレだよ」
「でもここにはお手洗いないけど?」
「迷ったんだ」
「あれ~。虎って何年生だっけ? 二年生じゃなかった? 一年もこの学校にいてまだ地理が覚えられないの?」
「うむむむむ」
どんどん追い詰められていく虎。鼻息を荒くしてとても楽しそうに小雪は追い詰めていった。
「くそっ。ああそうだよ。お前を探していた! これで満足か」
「うんうん。なんで探していたのかな?」
「そ、それは……あれだ」
「私が告白されたって聞いたから?」
「うぐぅ」
図星である。ポーカーフェイスという言葉は虎の辞書に乗っていなかった。
その反応だけで小雪には十分だ。
「そっか~。気になるんだ。私がどんな返事をしたか」
「まあ、ちょっとは」
「あはは。安心して断ったから」
「そうか」
虎はそっぽ向いてぼそっと言った。
その様子に小雪はとても満足そうだった。
「私が誰かと付き合うのは嫌?」
「……別に」
「……ほんと?」
「ああ。……お前には迷惑しかかけてないから。幸せになってほしい」
「っ」
虎の突然の反撃に、小雪はぽんっと赤面する。
「だから、お前を幸せにしてくれる男は気になる」
「そ、そっか」
「ああ。……幸せになってくれ」
それが虎の願いだ。
小雪が幸せでいてくれる事だけが願いで、今はそれしかない。不良であった頃にあまりに迷惑をかけすぎた虎の、罪滅ぼしの様なもの。
「……あまり、良い人っていないんだ」
「そうか。見つけられると良いな。俺が交友関係広かったら紹介できたんだけど」
「うん。だから、虎が幸せにしてくれる?」
「っ……」
そう言った小雪の顔をまともに見れなかった。
からかう様な顔だろうか、あるいは一世一代の告白をする様か、普通に言っているのかもしれない。
その言葉は虎の胸を高鳴らせるに十分な言葉だ。だが。
「俺には無理だ」
本心はどうであれ、虎にはそう言うしかなかった。
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