元不良と優等生な幼馴染!
天野雪人
第1話 幼馴染には勝てないよねって話し
「つまり、ここはね――」
「ほー、ほー」
そこは図書室だった。
ぱっと見で誰もが図書館ではなく図書室だと認識できるだろう。
そんな場所にある机。パイプ椅子に腰かけた男女が、並びあって勉強をしていた。
「ねー。聞いてる?」
「聞いてはいる」
「理解できる?」
「まったくもって」
その会話通り、勉強は進んでいなかった。
少女の解説は分かりやすいのだろうが、少年の頭が良くないのか理解しきれていない。
「んー。やっぱ基礎がダメだね。虎」
「……中学の時の弊害だ」
虎、と呼ばれた少年はそう言った。
一目でどこか不良っぽさを印象づけるそんな容姿をしている。
「はー。じゃあ中学、ううん小学生から復習しようか」
「あんま、俺にかまわない方が良いぞ小雪」
小雪、と呼ばれた少女はその言葉に不服そうに顔をしかめた。
一目で優等生。そう印象付けるような少女だった。長くつややかな黒髪は背中まで届き、ぱっちりとした瞳はむーっと虎を睨んでいる。
しかめていても可愛いのは美少女の特権ともいえる。
容姿端麗、成績優秀、クラスの委員長も務める完璧少女が小雪だ。
「やだ」
「なんでだよ」
「幼馴染だから」
「いくら幼馴染だからと言ってもそろそろ俺みたいなクズは見限れ。それがお前の幸せだ」
「やだ」
「聞き分けのない」
がるがると睨みあう。
虎の容姿はかなり怖いく、睨めば子どもを泣かすほどだが長い付き合いである小雪には効かない。
逆に小雪はずいっと近づくと鼻が触れるほど近くで睨んだ。
「っ近い」
虎は肩を掴んで強引に引き離した。漂ってくる甘い香りにくらっとしつつも、虎は確固たる意志で言った。
「お前は俺に関わるべきじゃない。俺の勉強を見るより、自分の勉強をするべきだ」
「でもこのままじゃ赤点は免れないよ。勉強できないと進学に響く」
「良いんだ。大学も行くつもりはない。それより小雪、お前の心配をしろ。俺の面倒をみたばかりに学年首位から転落とか目も当てられないぞ」
小雪という少女は、学年一位であり歴代でも稀にみる才女だ。それが虎という問題児にかかわったせいで転落となれば、虎も後悔しかないだろう。
「とにかく、今日は帰る。お前は、俺にかかわるべきじゃない」
「待ってよ」
制止の声も振り切って、虎は図書室から立ち去った。
本音を言えば、小雪と勉強をしたかっただろう。だがダメだ。過去、あまりに迷惑をかけすぎた。クズだったと、そう思う虎はこれ以上小雪に迷惑を掛けたくなかった。
◇
「ただいま」
玄関のカギを開けて、中に入る。ただいまと言ってみるが声を返す存在はない。
一人暮らしのため当たり前だろう。
リビングに入れば、綺麗に整頓された部屋だった。荷物を乱雑におくと、虎はソファに倒れこむ。
「……将来、か」
ソファに顔を半分押しつけながらそう呟いた。
先の小雪との会話が思い出される。大学には行くつもりはない、だが何か目標があるわけでもない。
その点は小雪が眩しかった。頭が良く、性格も良く、容姿も良く、誰とでも分け隔てなく接する委員長。何度も告白されたらしい。小雪ならば何だってできるだろう。
そして虎は何もできない。得意な事は喧嘩だ。誇れるものじゃない。小雪とは正反対に位置していると自分でも思っていた。
「やっぱ、俺に関わるべきじゃないな」
小雪との格差を考えるほどに、そう思う。
小雪、
迷惑をかけまくり、それでも小雪は隣にいる。更生しても虎は虎。こんなクズといるより、もっといい男が居るはず、そう思ってやまない。もっと幸せにしてくれる奴と共にあるべきだとそうずっと思っていた。
「……はあ。寝よ」
いくら考えても分からない。将来の事も小雪との関係も。
だから寝る事にした。全てを忘れて、それが楽だから。
「フライング――」
声が聞こえた。
とても聞きなれた声だ。
「ボディー」
嫌な予感がした。
「ぷれすっ!」
「へんげれぼばっ!?!?」
とても変な悲鳴がでた。もはやうめき声だ。
夢の世界を漂っていたというのに、突如としてやってきた衝撃。
火事か地震か世界の終わりか。なんて跳び起きて思うが原因はすぐに分かった。
「ご、ゆ、ぎぃぃぃ」
「こ、ゆ、き、だよ虎」
腹の上に馬乗りになると、虎の頬をむにむにと引っ張りながら小雪は言った。
「へにょはにぇ……はにゃせ!」
「きゃっ」
言葉を発しようとしても、頬を掴む小雪のせいでしゃべれない。
そしていい加減にしろと腕を掴んで引き離せば、きゃっとわざとらしい悲鳴を上げた。
「うぐぅ。鍵は閉めていたハズ……」
「合い鍵を持っている事も忘れちゃ困るよとーら」
「いい加減返せ」
「やだ。返さないもん」
ぐぬぬぬぬと呻く。
中学の頃、小雪に合い鍵を渡してしまったのがいけなかった。いやあの時は本気で大けがを負っていたときで……いやこの話はやめようと頭をふる。
「返せ」
「う~ん。探してみる?」
そう言って腕を大きく開いて胸をはる。暗に体のどこかに身に付けていると言っているのだろう。
「ちっ」
「虎ってばヘタレだね」
「うるせえ」
だが無理矢理探ったところで鍵が出てくる事はないだろう。探って見つかるところにあるとは思えない。小雪はそう言う奴だ。
それはそれとして、笑いながらからかってくる小雪にはイラっとした。
「さて。虎を思う存分からかったところで、……勉強しよ」
「……すれば良い。頑張れよ」
「虎もするの!」
小雪は何かと付けて虎に勉強させたがる。不良である虎を真人間にしたいのだろう。
勉強ができれば将来はなんとかなるだろう。就職すら危ぶまれる虎を心配しての事だ。
「っ俺の関わるな。それがお前の為だ」
かまってくる小雪に向けて、虎は決まってそう言った。
正直に、クラスの者から虎は良く思われていない。孤立していると言っても良い。それを憧れの的である小雪がかまうのだ。嫉妬の視線は喰らうし、小雪の評判も傷つく。良い事なんてないのだ。
「なんで、一年前から言ってるのに、俺に関わるんだ。俺が小雪にどんな事をしたのかっ……」
「うーん。……虎がさ、本気で私を拒絶するなら止めるけど、そうじゃない。それに……まあいいや。さあ、勉強だよ」
「なんだよ」
小雪の言葉が分からなくなった。本気で拒絶していない。何の事だろうか。本気でしているとも。
……だがどこかで、本気ではないのかもしれない。そんな思いはすぐに思考の海に消えた。
「ほら、教科書を開いて」
ソファに座りなおせば、密着する様に小雪は座ってきた。
漂ってくる甘い香り、服越しでも分かる女性の柔らかい感触。何か間違いを犯しそうな思考を慌てて振り払った。
「近寄るな」
「っひ、ひどい」
「あっ……そういうわけじゃなくて」
「じゃあどういうわけ?」
「っ……つまり、そういう事だ」
「んー。どういうことかなぁ?」
ニヤニヤとしながら、虎のふとももにそっと手を置く小雪。流し目で虎を見つめながらゆっくりと近づいていく。
「っ!!??」
「あはは」
虎が後ずさった事で、小雪はそっと身をひく。
それを見てほっと、内心すさまじくしょぼーんとした。
「虎は可愛いね」
「くそっ」
「言葉使いが荒んでるよ」
「誰のせいだと……」
まったく悪魔である。いや小悪魔である。
可愛いのが腹が経つ。昔は純粋で泣き虫な少女だったというのにいったい何時からこう成ったのだろうと心の中で叫ぶ。
「さ、……まあ虎が勉強をしたくないと言うならば……」
「言うならば?」
「お腹すいた」
「はっ?」
「お腹すいた。もう六時。ご飯の時間と言っても良いよね」
時計を見れば、六時をさしていた。普段夕食は七時からであり少し早いが問題はないだろう。
問題は。
「食べてくれば良いだろ。家隣何だし」
「はぁ。……虎が作ってよ」
「ちっ。七時まで待て」
「やだ。ちょっと早くてもいいじゃん。いつもの事なんだし」
虎の肩を掴んでぶんぶんと揺すって催促する。
小雪の家、亜冥寺家は両親が共働きである。結果的にいつも小雪は一人でご飯を食べていた。主にコンビニの物だ。
それがとある切っ掛けがあり、二人は一緒に食べる事になったが料理するのは虎の方である。ちなみに小雪の得意料理はカップラーメンだ。それ以外は作れない。
「ねえ、お願い」
「……分かった」
結局折れたのは虎だった。
いつもこうである。小雪の本気のお願いを虎は断る事ができない。上目づかいで懇願されればチョロインになりさがる。
ぶつくさと言いながらもエプロンを身につけるとキッチンへと歩いた。
「……あんま材料ないな」
この前買い物をしたばかりというのにあまり食材がなかった。これも小雪がばくばく食べるからだろう。
米は昨日炊いた物がある。あとは卵が数個。
「タマゴ丼で良いか?」
「タマゴ丼が良い!」
ならば決まりだ。他にはあまり選択肢がない。なにより楽だ。
小さな鍋に割りしたと玉ねぎと割り下を投入する。タマゴ丼様の鍋が欲しいと密かに思いながらも、どうせあまり使わないと玉ねぎがしんなりするのを待つ。後はとき卵をいれてねぎを散らせば簡単だ。
楽でいい。あと美味いのが良い。
これだけだと栄養の偏りが気になるので、平皿に作り置きの副菜を盛る。
あっという間に二人分の夕食が完成した。
「わぁ。ありがとう虎」
「いつもの事だ」
「いつも感謝してるよ」
るんるんとテーブルにつく。
そしていただきますだ。綺麗な所作の小雪につられるように虎も手を合わせる。当初こそ挨拶など馬鹿らしいと思っていたが今は小雪の影響でしっかりとしている。不良からは卒業したのだ。
「んー。美味しい」
一口食べて、幸せそうにほほ笑む。そしてばくばくと口にいれた。
ハムスターの様に頬を膨らませると、もきゅもきゅと口を動かす。
「ありがと。虎」
「……気にすんな」
幸せそうに食べる小雪を見て、虎の頬もゆるんだ。
「うん。虎は笑顔が似合うよ。スマイルスマイル!」
「っそうかよ」
小雪の指摘に急いで笑顔を消す様に努力する。
だがこの幸せな食卓の前にそれは難しすぎると言っても過言ではなかった。
「んー。隠せてないよ」
「うるせえ!」
やはり隠せなかった。
食事。それを終えればお腹が一杯になる。
洗い物は後からしようと流し台につけ、ソファに並んで座った。
「……暇だな」
「じゃ、勉強しよっか」
そう言って、すっと教科書を取り出す。
いやだ。と言いかけるも、虎はやめた。
「少しだけだぞ」
「うん!」
何でこうも素直になるのだろう。
食卓の後は、なぜか素直になってしまう。こんな弱点すらも、小雪には把握されていた。
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