第19話・『ホボ邪魔団』


 惑星ガルバンゾ近くの宇宙空間──改造宇宙船団の先頭艦で巨大な円形ガラスから見える、惑星と衛星キドニーにタメ息を漏らしている血球人の男がいた。

「いきなり、回ってきた仕事がでっかい惑星への、嫌がらせかよ……あぁ、仕事したくねぇ」

 宇宙腹巻きを巻いた、純血血球人の若者ドドド・リアンは、ヤル気が無さそうに指で鼻の穴をほじくっていた。

 リアンの隣には。下半身がクモの膨らんだ腹部で八本の細い脚が生えている、モンスター娘アラクネ種族の異星人で副責任者の『アシ・クサヤ』が指の爪を磨きながらぼやいている。

「なんで、あたいが血球人なんかと組まされて副責任者を……最悪」

 爪の手入れをしながら、クサヤが適当な口調で言った。

「ホボ邪魔団の総団長の方から伝言が届いています……惑星ガルバンゾへの嫌がらせは、依頼者〔クライアント〕が指定してきた期日からはじめてくれって」

「ふ~ん、他には?」

「防御特化艦の新艦長が決まったってさ、おそらく妨害してくるだろうと言っていた……レオノーラと美鬼アリアンロードの方に惑星ガルバンゾから誰かが、ホボ邪魔団の嫌がらせを阻止してもらいたい内容の亜空間通信を発信して、目安箱システムに同時に届いたらしいよ」

「どうして、目安箱に通信が届いたって。おまえが知っているんだ?」


「アリアンロード十五将の一人と知り合いだから……教えてもらった。もっとも、こっちの情報もダダ洩れだけれど」

「へーっ」

 クサヤがクモ脚を、カシャカシャ動かしながら言った。

「それと、大切なコトがもうひとつ、防御特化艦ブラックハートの艦長になったのは女性で、名前はミリ・ヘレン」

 ミリ・ヘレンの名前を耳にした途端、腹巻きに両手を突っ込んでいたリアンは激しく動揺した。

「げっげっげっ、ミリ・ヘレンだと!? 昔オレを虫けらを払うみたいに指で弾き飛ばした、でかぶつ女か!!」


 防御特化艦ブラックハート艦橋──襟や袖に金糸の刺繍があしらわれた、艦長服に着替えたミリ・ヘレンは改めて艦橋の艦長椅子に座ると。

 四名の乗組員が、それぞれ自己紹介をはじめた。

 最初に口を開いたのは直立した岩カメ型種族で、片目に眼帯をして頭にバンダナを巻いた異星人だった。

「オレの名前は『ロックウェル』航海士だ、よろしくな艦長──物資搬入の手配もしている、体だけは強固だ」

 甲羅の山の部分が結晶化しているカメ型異星人の自己紹介が終ると、今度はヤモリ型異星人が自己紹介をする。


「オレは『ニュートン』……防御操作担当を主にやっているシャー、防御の仕事が無い時は乗組員の食事も作っているシャー……壁や天井に張りつくコトができるぜ」


 ニュートンに続いて、ヒューマン型の異星人女性が頭を下げた。皮膚の表面を深海魚のようなゼリー質の表皮で被われている。

「あたしの名前は『ポアズ』です、通信と乗組員の健康管理を担当しています……えーと、柔らかい体です」


 最後にモアイ顔で大柄の石像型異星人が、ミリ・ヘレンの方に花束を差し出して言った。

「『ダイン』艦の動力担当……新艦長歓迎する、ゴムみたいに反発する体」

 ミリ・ヘレンは指先でダインが差し出した花束をつまみ受けとる。

「ありがとう、みんなこちらこそよろしく」

 ポアズがミリ・ヘレンに遠慮がちに聞いてきた。


「あのぅ、こんなコトを聞いていいものかどうか悩んだんですけれど……艦長はどうして、そんなに大きいんですか?」

「やはり、気になるかサルパ人の通常サイズとは異なる大きさだからな……いいだろう、別に隠すようなコトでもないしな……一言で言えばゲノム編集の産物だ」

「ゲノム編集……産物」

 ミリ・ヘレンはダインから受け取った花を、器用に小さな花瓶に入れて言った。

「わたしが母親の胎内にいた時に、胎児に巨大化のゲノム編集が行われた……そして生まれてきたのが、わたしだ……異界サルパ軍は巨人の生体兵器を作ろうとしていたらしい。

わたしの他にも巨人男性が一人作られ、サルパ軍はつがいにして繁殖させようとしていたらしいが、男の方は死んだ」

 ブラックハートの艦橋に重苦しい空気が流れる、ミリ・ヘレンは微笑みながら言った。

「そんな沈んだ顔をするな、わたしは気にしていない……艦長の私から手土産がある、みんなで食べてくれ」

 そう言ってミリ・ヘレンは、持参した板チョコをパリッと割って乗組員に渡した。

 両手に抱えるほど巨大なチョコの塊に少し戸惑う四人、チョコをかじりながらロックウェルが言った。

「まるでアリにでもなった気分だ」

 ロックウェルの言葉に一瞬で、艦内の雰囲気が和らいだ。


 その時、通信受信を知らせるサインがあり。慌てて自分の席にもどろうとしたポアズは、つまずき転びに床にアメーバかスライムのようなゲル状に一瞬変化して、すぐにヒューマン形態にもどり受信した通信内容を確認して言った。

「織羅家の極楽号からの通信です『惑星ガルバンゾに向かって、ホボ邪魔団の妨害を防御艦でしてもらいたいと』引き受けるかどうかは艦長の判断に任せるそうです……どうしますか?」

 ミリ・ヘレンは乗組員の表情を見た、全員がヤル気満々の表情をしている。

 ミリ・ヘレンの考えは最初から決まっていた。

「防御特化艦ブラックハートの初艦長仕事、やってやろうじゃないの……進路、惑星ガルバンゾ星域へ、跳躍航行準備」

「シャー! そうこなくちゃ!」

「がってんだぁ!」

 ブラックハートは、惑星ガルバンゾに向かって跳躍した。


 惑星ガルバンゾの廃退都市──夜の快楽街を歩いている『飛天ナユタ』の姿があった。

 廃退した雰囲気の街には、至るところに街を牛耳っている悪党バグで市長の『チリコン・カーン』の顔写真が目につく。

 ガルバンゾ独特の歌舞伎の隈取りのような化粧をした夜の女たちからの、客寄せ声を無視してナユタは薄汚れた狭い路地を進みながら呟く。

「腐敗した星だな、人も街も」

 倒れたゴミ箱のゴミを、ギャアギャア鳴きながら集団で漁っていた黒い翼と牙が生えたクチバシを持つ、小型恐竜から進化した痩せ細った四つ足の鳥形生物は、ナユタが近づくと逃げて飛び去って行った。


 ナユタは前方の点滅している街灯の下に、背中を丸めてうずくまっている身なりがいい老人の姿を見た。

 老人の手元には踏み荒らされた花束が落ちていて、老人を取り囲むように数人の素行が悪そうな若者が立っていた。

「ジジイ! 早く金出せよ!」

「懐に隠しているモノを出せ!」

 老人が素行が悪そうな若者たちから暴行を受けて、金品を奪われそうになっている現場にナユタは遭遇した。

 若者たちは近づいてくるナユタを、威嚇するような目で見て言った。

「なんだ、てめぇは何が文句がありそうな目をしていやがるな」

「見て見ないフリをして通り過ぎるのが、この街では長生きをするコツだ」

「この星で下手な正義感出したら、後悔するぜ」

 ナユタは若者たちから少し離れた壁に背もたれると、腕組をして眺めながら言った。

「貴重な忠告をありがとう……確かに中途半端な正義感は生兵法だな。刺されて終わってバカを見る……でも、オレはその老人に用事があるので……助ける」

 ナユタの姿が自分の影に吸い込まれるように消えた。奇怪なコトにナユタの影はそのまま壁に残っている。

 顔や腕に傷が残る若者たちが、茫然と壁に残る影を見ていると。一人の後方の壁に映る影から、金属的な棒状武器が突き出してきて男を強打する。

「どべッ!?」

 壁の影から棒状武具を手にした、ナユタの上半身がニューと現れた。

「まずは一匹、残り二匹」

 ナユタの姿が再び影の中に消え、別の男の足元にある影から金属製の武具とナユタが飛び出してきた。

 下から顎を強打された男の体が上空に吹っ飛ぶ。

「あががぁ!?」

「残り一匹」

 影から影に移動して攻撃してくるナユタに恐怖した、最後の男が逃げ出す。

 ナユタが自分の影に棒状武具を半分ほど突き刺すと、逃げている男の横壁の暗闇から突き出てきた金属棒が男の顔面を横に払う。

「ぐおごッ!?」

「最後の一匹……ここで見たコトはすべて忘れろ」


 男三人を倒したナユタは、老人に近づくと手を貸して立たせた。

「大丈夫ですか」

 ナユタの手を払い除けて、グシャグシャになった花束を手に自力で立ち上がる老人。

「触るな! 他人の手は借りん! 助けてもらった礼は言うがな」

 偏屈そうで頑固な顔立ちの老紳士だった。ナユタは老人が持っている踏みにじられた花束に目を向ける。

「どうして、こんな危険な通りに一人で」

「ふん、亡き妻が好きだった花を扱っている花屋があるのが、この通りの一番端にある店だからな……以前は他の花屋も扱っていたが、今はその一店舗だけになってしまった」

「配達をしてもらったらどうですか、そうすればこんな危険な通りを通行しなくても」

「おまえさん、何もわかっていない……わざわざ、店舗に出向くのは店主との数分間の会話を楽しむためじゃ……妻との思い出を店主と共有するためにな」

「勉強になりました……教えられました」

 老紳士は少し悲しそうな顔で花束を眺める。

「また、買いにもどらないといけないな……それとも、おまえさんが言うように配達してもらうか……妻の命日までは、まだ少し日数がある」

「その必要はありませんよ」

 ナユタが手の平を花に向ける、見る間に花は元気を取りもどし折れた箇所が再生して元通りになった。

「ラッピングまでは元通りになりませんけれど」

「おまえさん、化け物か? さっきの影から出てきた技といい……不思議な術を使う。もっとも、この銀牙系では変わった能力を持っている者も多いが」

「あまり無理をなさらないでくださいよ……惑星研究者の『ノアド・ココ教授』」

「ふん、そう言えば儂に用があるとか言っていたな……おまえさん、名前は」

「『飛天ナユタ』……惑星研究学・総合的な視点で惑星の過去から未来を推測予測する学問ですね。ココ教授が確立された」

「用件はなんだ」

「それは、いずれまた……今は教授にお会いコトを良しとします」

「ふん、変わったヤツだ」


 その時──廃退都市の上空に次々と、宇宙船団が跳躍して現れた。

 市民らの恐怖に満ちて逃げ惑う声で。

「ホボ邪魔団だ!」

「この星も終わりだぁ!」

 の、叫び声が聞こえた。

 ココ教授は、落ち着いた口調で。

「ふん、邪魔団の本格的な、嫌がらせがはじまるまでは、まだ間があるわい……小心者どもが」

 と、独り呟いた。


 ホボ邪魔団が惑星ガルバンゾに出現してから、小一時間後の廃退都市──市庁高層ビルの屋上ヘリポートに、小型連絡宇宙船を着陸させて。

 小型宇宙船から出てきたドドド・リアンはヘリポートで待っていた、背広姿の若い男性と親しげに抱擁していた。

 リアンが旧友との久しぶりの再会を楽しんでいる様子を、一緒についてきたアシ・クサヤは腕組みをして眺めている。

 ギザギザ歯でギョロ目の妖怪型異星人の『チリコン・カーン』は、十指にハメた指輪を輝かせながら言った。

「リアンの兄貴、元気そうで」

「おまえもな、カーン……噂では聞いていたが。まさか、本当に市長になっているとはな」

 リアンとカーンは、その昔、義兄弟の盃を交わした間柄だった。

 カーンが言った。

「兄貴のホボ邪魔団が、惑星ガルバンゾに来たということは……嫌がらせで星の住民を惑星外に追い出しを?」

「まぁ、そんなところだ……今日は挨拶のみで、ゆっくりはできないが」

「そうっすか……また、時間があった時にゆっくり食事でも、兄貴の口に合う美味い店知っているっすから。

この廃退都市以外の地域なら、なんでも好き勝手に嫌がらせしてください……大津波でも、大地震でも、強風でもなんでも。そうすりゃ、オレが牛耳るこの都市がますます栄えるッス」

「…………」

 ドドド・リアンは盃を交わした義弟の言葉に、何も言わなかった。


 ヘリポートから飛び立つ小型宇宙船の中で、クサヤがリアンに言った。

「できないですよねぇ、いくらホボ邪魔団でも、そこまでの『S級嫌がらせ人工災害』は……今回は依頼金が個人レベルで少ないから、国家が敵国を滅ぼす目的での大金依頼ならやるかも知れないですけれど」

 ホボ邪魔団の主な仕事は、宇宙船を使った人工災害での惑星立ち退き屋が主な仕事の内容だ。

 簡単なところでは宇宙船で日陰を作って、洗濯物を乾きにくくしたりする。

 ホボ邪魔団も躊躇して滅多に行わないが……大型宇宙船の海上着水の衝撃で津波を発生させたり。

 大地に宇宙船から数本のアンカーを打ち込んで、特殊な波長で、惑星の大地を揺らすコトも可能だ。

 リアンが腹巻きに両手を突っ込んで、ポツリと言った。

「そうだな……昔はあんなコトを言うヤツじゃなかった、他地域の不幸を望むだなんてな……アイツも変わっちまった」

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