第三章【惑星ガルバンゾ】爆破

第18話【酔いどれ酒場】にて女、虫を弾き飛ばす


 とある小惑星群の中にある人工小惑星【酔いどれ酒場】──さまざまな種族が集まる、その酒場に一人の女がカウンター席で飲んでいた。

 ピンク色の肌に青い虎縞模様、濃緑色の軍服を着込み背中まで伸ばした髪を、一本に編んで垂らした【異界サルパ軍】の残党だった。


 カウンター席で一人、ミルクティーを飲んでいる、異界サルパ軍の残党女に一人の酔っぱらったヒューマン型異星人男が、小バカにしたような口調で絡む。

「聞いたぞ、おまえさん、その昔に銀牙海賊連合との宇宙海戦で、味方の艦隊を作戦ミスで惨敗させたんだってな……今はサルパ軍の残党かよ、ざまぁねぇな」

 異界サルパ軍の元戦艦艦長──『ミリ・ヘレン』はカウンターの上にいた虫を指先で壁に弾き飛ばす。


 しばらく、冷めたミルクティーを飲んでいると、別の酔っ払いヒューマン型異星人がミリ・ヘレンに絡んできた。

「自分が盾になって、仲間の船を戦闘星域から離脱させたんだってな……壊滅艦長さんよぅ、オレと一緒にアルコール飲まねぇか……よく見りゃあんた、いい女じゃねぇか。ぐふふふふっ」

 ミリ・ヘレンは、また邪魔な虫を壁に向かって指で弾き飛ばした。


 ミリ・ヘレンが木製カップの底に残ったミルクティーを飲み干すと、隣に座った若い女がカウンターの中でグラスを磨いている、機械人間の酒場のマスターに向かって言った。

「隣の席の女性に、ミルクティーのおかわりを……あたしのおごりで」

 クレーンで運ばれてきたミルクティーがミリ・ヘレンの前に置かれる。

 ミリ・ヘレンは隣の席に座った女を横目で観察する。

 二十代の女──銀髪でスダレのようになった前髪。ロップ種ウサギ種族特有の垂れた擬耳と人間の耳の両方がついている。


 椅子の近くには両手で抱えるほどの巨大な船のイカリと、イカリに繋がったポールチェーンの鉄球がついた武器が置かれていた。

 鉄球の表面には、ドクロの模様が浮き彫りされている。

 ミリ・ヘレンは目の前に置かれたカップを持ち上げると、ミルクティーを口に運ぶ。

「おごられた茶は遠慮なく飲む……それが、わたしの流儀だ」

 ミルクティーを味わっているミリ・ヘレンに、極楽号の防衛・迎撃班責任者──『鉄ウサギの月華』が呟く。

「特殊な艦の艦長をやってくれる者を探している……為り手がいなくて困っている」

 ミリ・ヘレンは横目で初対面の月華を見て言った。


「独り言なら、もっと離れた場所で小声で呟いてくれ……それとも、おまえも他の酔っ払いと同じように。敗者をからかいに来たのか」

「それじゃあ、独り言だと思って聞いてくれればいい……織羅家とアリアンロード家が、デミウルゴス文明の技術力とバルトアンデルス文明の技術力を使って共同開発した特殊艦がある……織羅・レオノーラの極楽号と、美鬼アリアんロードのナラカ号との共有艦だ」

「ほうっ、また変わったモノを」

 月華の独り言に少し興味を持ったミリ・ヘレンは、体の向きを椅子ごと月華の方に向けて言った。

「わたしも独り言だが、どんな艦なんだ? 乗組員は集まっているのか?」

「それが、これを聞いた途端に誰もが艦長の依頼を即答で断ってね……攻撃手段を一切持たない【防御特化艦】なんだ」


 月華の言葉を聞いたミリ・ヘレンは、笑みをうかべる。

「ほぅ、盾の艦か、そりゃ誰も乗りたがらないな」

 月華が言った。

「艦を動かすのに最低必要な乗組員は集まった……変わり者ばかりだけれど、あとは艦長だけだ」

「艦長未決定の防御特化艦の艦名は?」

「防御特化艦【ブラックハート】」

「わたしは負け戦を指揮した敗者だぞ……艦長なら、歴戦の名艦長に頼んだ方が良くないか、わたしがいた異界には。たった一隻でサルパ帝国星の大艦隊に挑んで、壊滅させた伝説の戦艦もいた……異界サルパ軍は、その名戦艦に破れてこの空間にやって来た連中だ。ここでも負けたわたしに艦長を依頼するとはな……おまえ、選んだわたしが期待通りの働きをしなかったら、銀牙の笑い者になるぞ」


「その時は、あたしの目が濁っていたということで……ミリ・ヘレンは仲間の艦を逃がすために、わざと盾になって敗北したんでしょう」

 月華の言葉に苦笑しながら、ミリ・ヘレンは皿の上に少量置かれていたクッキーを口に運ぶ。

 その時、また酔っ払いが二人の会話に割り込んできた。

「ねーちゃんたち、なに難しい話ししているんだい……この耳は引っ張れば取れる擬耳かい」

 にやける酔っ払いが、月華のウサギ耳をつかむ。

 イカリ砲のゴム弾が酔っ払いの腹に炸裂する。

「ごぶっ!?」

 至近距離からのゴム弾砲を受けた酔っ払いの体が、ぶっ飛んで壁に激突する。

 仲間がやられたのを見た、ヒューマン型異星人の酔っ払いたちが、武器を手に月華を取り囲むように殺気に満ちた顔で集まってきた。

「やっちまぇ! 鉄ウサギの月華は永久賞金首だ!」


 湾曲した蛮刀を振り回して襲いかかってきた、酔っ払いバグの顔面目がけて、月華が振り回すドクロ鉄球が激突すると、バグの顔が凹んだドクロ顔に変形する。

「ぐがぁぁぁ!!」

「ぎゃがぁぁぁ!!」

 顔面を押さえて、のたうち回るバグたち。

 月華から離れた背後から銃で狙っていたバグの体に、飛んできた円盤状の物体が激突してバグは壁に向かって吹っ飛ぶ。


 数分後──壁に体液を撒き散らした虫のようにへばりついているバグと、床で呻いているバグたちの光景が酒場に広がっていた。

 ミルクティーを飲み、クッキーを食べているミリ・ヘレンが言った。

「極楽号の迎撃隊長というのも大変なものだな……独り言の続きだが、ブラックハートが帰港するのは『極楽号』か? 『ナラカ号』か?」

「どちらでも構わない、織羅家、アリアンロード家どちから出撃指示があっても艦長が気乗りしなかったら、断っても構わない」

「ずいぶんと、適当な艦だな……おもしろい気に入った」

 椅子から一本編み髪を揺らしながら立ち上がったミリ・ヘレンは、月華を見下ろすような位置で言った。

「わたし用の特注艦長席を用意しておけ……ブラックハートの艦長引き受けた、皿に残ったクッキーは持ち帰って食べていいぞ」

 そう言い残して、ミリ・ヘレンは酒場を出て行った。

 月華は、タイヤサイズのクッキーをお土産用に脇に抱えた。


【ホボ邪魔団】の巨大要塞母艦内──豪華な椅子に座って足を組み、頬杖をした、異界サルパ軍残党のホボ邪魔団総団長『ゲロ・シュール・ストレミング』は、薄笑いを浮かべながら。

 艦内巨大スクリーンに映し出されている【惑星ガルバンゾ】を眺めていた。

 ガルバンゾには、赤い衛星【キドニー】が公転している。

 ピンク色の肌に青い虎縞模様のサルパ人団長の両側には、同じく異界サルパ軍残党のサルパ人女性幹部『クサイ・キビアック』と『ニオウ・エピキュア』が秘書のように控えている。


 シュールが言った。

「サービス期間中の格安料金の依頼だが、仕事が無い時期だ……贅沢は言っていられないな、邪魔団の中で一番ヒマそうな奴は誰だ?」

 体内から腐敗臭が漂う、キビアックが答える。

「実行責任者の中では血球人の『ドドド・リアン』が、一番ヒマしています」

 エピキュアがキビアックの言葉を補足する。

「中古改造宇宙船を十数隻ほどを、ドドド・リアンに与えればよろしいかと」

 シュールが指を鳴らすと、スクリーンに純血血球人のドドド・リアンが映し出される。

「【惑星ガルバンゾ】にはドドド・リアンを派遣しよう……簡単な仕事だから、失敗はしないだろう……たぶん」

 体から腐ったチーズ臭が漂うエピキュアが言った。

「ただ、少し気になる情報を入手しました……異界サルパ軍残党の元艦隊艦長『ミリ・ヘレン』が、織羅家とアリアンロード家共有の特化艦の艦長を引き受けたとか」

 エピキュアの言葉を聞いたゲロ・シュール・ストレミングは、驚いて椅子から転げ落ちる。

「なに? 我々の元艦長が織羅レオノーラと美鬼・アリアンロード側についただと!? うむむむ」


 宇宙空間にアンカーを小惑星に突き刺して停泊している、流線形状の防御特化艦【ブラックハート】の艦橋で四名の乗組員たちが、近づいてくる中型貨物宇宙船について話していた。

「あの中型貨物船に、ブラックハートの艦長が乗っているんだよな」

「噂だと、すごい美人らしいぜ……シャー」

「この艦を上手に使いこなしてくれる艦長さんならいいなぁ……この子、特化型でクセが強いから」

「ボッ……優しい艦長なら……いい」

 乗員たちは先に特注で運び込まれた、艦長椅子に目を向けた。

「新艦長のテーブル、室内プールくらいの広さがあるんじゃないのか?」

「まさか、そんなにでかくはないだろうシャー」

「ボッ……もうすぐ、貨物宇宙船の搬送口と艦の搬送口がドッキングする」

 ドッキング完了を知らせるランプが点灯して、新艦長がブラックハートに乗り込んだのを確認した、中型運搬宇宙船はブラックハートから離脱して去って行った。

 艦内通路モニターを見ていた乗組員の一人が言った。

「新艦長、普段着で直接この艦橋に挨拶に来るみたいよ……キャリーバックをゴロゴロ引っ張って」

 数分後──艦橋の自動ドアが開き、少し膝に穴が開いたデニムを穿いて、裾結びヘソ出しTシャツ姿で、キャリーバックを引いて歩いてきたミリ・ヘレンが艦橋に入って言った。

「到着したばかりのラフな格好で失礼する、先に挨拶だけ済ませておこうと思ってな……わたしが、ブラックハートの新艦長『ミリ・ヘレン』だ、よろしく」

 乗組員たちは、挨拶をした身長十七メートルの新艦長を見上げながら、そのうちの一人が。

「ずいぶんと頼もしくでかい、美人艦長が来たものだ」と、呟いた。

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