第3話・【虫喰い惑星】の『野良猫亭』
織羅・レオノーラ、十七歳……無法な輩の集まる【虫喰い惑星】の酒場『野良猫亭』──レオノーラとセレナーデの母親アリアが経営する宿屋兼用の酒場は、今夜も無法な輩たちで満ちていた。
銀牙系で『バグ』と呼ばれる、さまざまな風貌をした種族の規格外のハグレ者たちが集まる店。
あるテーブルでは賭けのカードゲームに興じている、異形のバグたちがノンアルコールの【救世酒】を呑み。
テーブルの上にサービスで置かれた、嗜好品の特殊な植物の葉や枝を噛んで噛み飽きたら、テーブル下のツボに吐き出している。
店の床には毛玉のような、虫喰い惑星固有の小動物が転がり走り、床に落ちた食べ物カスやツボの中の噛み終わった葉や枝の残骸を食べて片づけている。
銀色で八本の腕を持つ自動演奏機械人形〔オートマタ〕が、一体で奏でている弦楽器・鍵盤楽器・打楽器・管楽器の音色の中……店内を忙しそうに注文された料理や飲み物をテーブルに運んでいるレオノーラの姿があった。
色気の無い眼鏡をして、ひたすら厨房と客席を往復して母親が調理した料理を運んでいる十七歳のレオノーラ。
「はい、ご注文の『砂漠水ヘビの塩串焼き』と『昆虫三種の唐揚げ盛り合わせ』お待ちしました」
カウンター隅の席に開店直後から、いつも座って救世酒を呑んでいる。スカイブルー色のヘソ出し修道女服を着たヒューマン型シスターバグの前に、レオノーラは串刺しにされて丸焼きした水ヘビの皿と拳二個分ほどの大きさがある、森林イナゴ・海セミの幼虫・雪カイコのサナギの唐揚げが乗った大皿を置く。
「いつも、ありがとう」
レオノーラに礼を言った。シスター姿のバグ──『シスター・メルセ』の膝丈スカートの両側にはスリット〔切り込み〕が入っていて、ブーツを履いた美脚が露出している。
腰のベルトに二丁の銃を吊り下げたメルセは蛇行した姿のまま串刺しにされた、小さな四肢がある砂漠水ヘビにかぶりついて木製のカップに注がれた救世酒を喉に流し込んだ。
レオノーラがメルセに訊ねる。
「今夜は、いつも一つ席を空けて座る仁・ラムウオッカさんは来ないんですか?」
仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン──最近、この【虫喰い惑星】にフラッとやって来た。バグの剣客だ。
紙で包み持った昆虫の唐揚げに、かぶりつくメルセ。濃厚な肉汁が揚げた昆虫から飛び散る。
シスター・メルセが、スカイブルー色の修道服の袖で口元を拭きながら言った。
「別に待ち合わせとかしているワケじゃないからね、勝手に一席空けた席に仁が座っているだけ」
「そうだったんですか」
厨房の方から母親の声で次の料理を運ぶように言われて、客席の間を抜けてもどるレオノーラのヒップをサラッと触る手の感触があった。
「ひゃん!?」
触ったのは山賊あがりのヒューマン型異星人の若いバグだった。
下卑た笑いを浮かべながら、からかい気味にレオノーラの臀部を触ったバグが言った。
「また、成長したんじゃないか……レオノーラちゃん」
トレイでお尻を隠し赤面して、その場に固まるレオノーラ。
触ったバグのテーブルに同席している仲間のバグが呆れ顔で、レオノーラをからかっている仲間を眺める。
白虎の頭をした異星人バグが、たしなめる口調で言う。
「血球星のヒューマン型異星人というのは、節操がないな……ケダモノか」
痩身で水平の尖耳を持つ、精霊〔エルフ〕型異星人が木製容器に入った救世酒を飲みながら呟く。
「同じヒューマン型宇宙種族として恥ずかしい限りです……血球人は銀牙の民から除外して欲しいですね」
「なんだよ、おまえたち……銀牙系に散らばった、異界サルパ軍の残党を見るみたいな目で」
白虎頭のバグが嗜好品の葉っぱを噛みながら言った。
「銀牙系に散らばった異界サルパ軍の残党は、この星でも『莫連〔ばくれん〕組』を名乗って町で賭博場を開いて、裏では町を牛耳っているからな……どこで聞いているかわからないから。迂闊なコトは口にしない方がいいぞ」
身動きできずにブルブル震えているレオノーラ。
母親が鳴らしている料理完成のベル音も聞こえていない様子だ。
「酒場で女の尻を軽く触っただけで、散々な言われ……」
その時、野良猫亭に光弾ライフル銃の銃声が響き店内が静寂する。
銃声が聞こえた方向に目を向けると、厨房から出てきたレオノーラの母親『アリア』が、椅子に片足をかけて光弾ライフル銃の銃口を天井に向けて凄んでいた。
天井には光弾の弾痕が無数に残っている。カウガールハットを被りファイアレッド色とコバルトブルー色をした髪が、頭の真ん中から分かれるように自然に生えているアリアが店内にいる客に向かって怒鳴る。
「調子に乗って、あたいの娘の尻を撫でたのはドコのどいつだ!!」
光弾ライフル銃を構えたアリアは、娘を店内で辱しめたバグの男にズカズカと近づくと、男の鼻先に銃口を突きつけて言った。
「鼻の穴を三つにしてやろうか、店への出入りを禁止してやろうか、それともレオノーラに謝って大人しくしているか」
両手を挙げたバグ男は冷や汗を流す。
「悪かったよ……調子に乗り過ぎた、許してくれ。もう二度と触らない」
アリアは男の鼻先から銃口を離して「ふんっ」と、鼻を鳴らすと男に自分のヒップを向けて軽く叩く。
「そんなに女の尻を触りたかったら、あたいの尻を好きなだけ触らせてやるよ……ほらっ、ほらっ」
「遠慮します……年増はちょっと」
アリアが再び男に銃口を向ける。
「あんだって! 今の言葉、もう一度言ってみろ! 頭蓋骨に風穴開けて脳ミソ冷やしてやろうか!!!」
「ひぇぇぇ!!!」
見かねた虎頭のバグが、今にも光弾ライフル銃のトリガーを引きそうな勢いのアリアをなだめる。
「まぁまぁ、ここはオレの虎顔に免じて銃口を収めてくれねぇか……コイツには、オレからしっかり言っておくから」
落ち着いたアリアが銃口を男の鼻先から反らす。
「まぁ、元宇宙海賊連合の一人。キャプテン・白虎のあんたがそう言うなら……なんか今夜は興ざめして気分が悪いから、ラストオーダーだよ。注文なら今のうちにしておくれ……レオノーラ、今夜は店の方はいいから二階の自分の部屋で休みな」
レオノーラは母親の言葉に従って、店から二階へと繋がる階段を上がる。
アリアが客に向かって言った。
「メンラー類は今夜は街道の崖崩れで通行止めが続いているから、食材不足で調理できないからね……他のモノを注文しておくれ。最近【虫喰い惑星】の資源掘削が加速して、あちらこちらで陸路や水路が寸断されていて困る……今に、この星は掘削のしすぎで消えて無くなるね」
木製の階段を上がって二階屋根裏の自分の部屋に入ったレオノーラは、うつ伏せで倒れるようにベットに横たわった。
度の入っていない眼鏡を外して枕元のテーブルの上に置くと仰向けになって、天窓から夜空を眺めた。
空にはレオノーラの誕生日に織羅家からプレゼントされた、衛星級の球体宇宙船『極楽号』が一つ目のような模様でこちらを見ていた。
レオノーラが心の中で呟く。
(ボクっていったい何なんだろう……何がいったいしたいんだろう)
レオノーラは屋根裏部屋に並べて置いてある空のベットを見ながら思い返す……数ヶ月前に双子の姉のセレナーデが出ていった夜のコトを。
「ふざけるな! 女の尻を酒場で酔っぱらって触るエロなバグ親父は全員、絞首刑台に法の裁きで吊るして干しバグにしてやる!」
怒りの形相で旅行トランクに衣服を押し込んでいる、セレナーデをレオノーラはオドオドしながら眺めていた。
「こんな虫に喰われ続ける田舎星、出ていってやる! この、この、この」
セレナーデはパンパンになった布製トランクの上に座って、強引にファスナーを締める。
少し落ち着いた様子のセレナーデが、近くで見ていたレオノーラに言った。
「レオノーラも、一日も早くこんな星出て行った方がいいわよ……どうせ、あたしが出ていったら。あんたが店の手伝いをやるコトになるんだから」
セレナーデはレオノーラに度が入っていない丸眼鏡を渡す。
「餞別〔せんべつ〕……それを掛けて店に出ていれば、少しは地味な娘に見えるから」
「セレナーデ、ここを出てどうするつもり?」
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