第4話・『仁・ラムウオッカ・テキーララオ………』
セレナーデは広げた用紙をレオノーラに向けて見せる。
「ある惑星の法律事務所に、住み込み職員採用決定通知……そこから法律関係の学校に通わせてもらって、独学からさらに本格的な勉強をする」
セレナーデは別の旅行バックに本棚にあった、銀牙系各星系や惑星別の法律書を詰め込む。
「あたしはね、レオノーラ……この無秩序なバグが横行している銀牙系に秩序を作りたいのよ……法の力で」
「誕生日プレゼントにもらった、衛星級宇宙船はどうするの?」
セレナーデは数日前から衛星軌道上に留まっている『極楽号』を天窓からチラッと見た。
「レオノーラにあげるわ……好きに使えば。宇宙船にオプションで付いてきた土偶型宇宙人の専属執事と仲良くやりなさいよ……それじゃあね」
そう言うとセレナーデは、屋根裏部屋から荷物を持って出て行った。
姉のセレナーデが出て行った夜のコトを思い出していたレオノーラは、静かに目を閉じる。
(ボクにも何か人生の使命とか宿命みたいなものがあるのかな……ボクの夢? なんだろう? ボクの一生はこの【虫喰い惑星】で朽ちて終わるだけなのかな……わからない)
いつしかレオノーラは眠りの世界へと落ちていった。
早朝、レオノーラが野良猫亭の店前を掃除していると、鼻先の窪みに溜まった土から花を生やした虫喰い星の乳竜〔にゅうりゅう〕に引かせた荷車がやって来て店の前でとまった。
L字型に前方に突き出た頭部の二本の角は、危険防止のために途中から切断されて布が巻かれ。
乳竜の鼻先の窪みにのみ咲く、乳竜花からは甘い香りが漂い、寄ってきた虫を乳竜が長い舌を出して食べている。
荷台に乗せて運んできたミルク容器を店の前に下ろした、オーバーオール姿の十五歳くらいに見える少年『ディア』がレオノーラに言った。
「ミルク──いつもみたいに、店の中まで運びますか?」
「お願い」
ディアは小柄な体でミルクが入った容器を野良猫亭の中へ運ぶ。
いつもの場所に容器を置いたディアは、天井に星空のように開いた光弾銃の穴を見た。
「また、光弾銃の弾痕が増えていますね──昨夜は大変でしたね」
「弾痕の位置を覚えているの?」
「ボク、そういった細かい記憶力はいいんです。暗号解読とか古代文字の解析みたいなコトも大好きで」
「特殊な才能ね……ディアは将来そういった職種の方面へ進むと、いいかも知れないね」
「ボクなんてダメですよ、第一おじいちゃんを残して。この星を出て行くなんて」
ディアは、少し暗い表情を見せた。心配したレオノーラが訊ねる。
「どうしたの? 何か心配ごとでもあるの?」
少し憂いだ表情でディアが口を開く。
「おじいちゃん……最近、莫連組〔ばくれんぐみ〕の賭場に出入りするようになっちゃって」
「異界サルパ軍残党の莫連組が、町で開いている賭博場に?」
「はい、町に用事で来た時に莫連組の若い衆に賭場の前で誘われて、軽い気持ちでやってみたみたいで……おじいちゃん最初は勝ち続けていたんですけれど、段々負けが多くなってきて……それから連日のように莫連組の賭場に出入りするように、これって最初に連勝した時点で変でしょう。確率的に異常な連勝数でしたから」
「ホグおじいちゃんに、賭場に行かないように説得してみた?」
ホグ老人は孤児だったディアを引き取り、育ててくれている町外れの牧場主だ。
「ぜんぜんボクの言うコトなんて聞いてくれません。ギャンブルにハマった今のおじいちゃんは負けた分の金は勝って、倍にして取りもどすの一点張りで」
「そっか」
ミルクを運び終わったディアが去ると、レオノーラはホウキを店の入り口に立て掛けて、野良猫亭の裏へと回った。
店の裏にある、ちょっとした広場にある杭列の上に、光弾銃の穴が空いた空き缶を並べるレオノーラ。
そして、店から持ち出したアリア愛用の光弾ライフルに消音器を装着して構えると、銃口を空き缶に向けてトリガーを引いた。
光弾に射抜かれて次々と宙に舞う空き缶、空き缶は空中で二度三度、射抜かれて空中を乱舞する。
一個の空き缶が転がった先に、ブーツを履いた男性の足が見えた。
転がってきた空き缶を拾い上げた、男性が言った。
「表に誰もいなかったから店の裏へ回ってみたら、おもしれぇもんが見れたな」
黒髪で頭にゴーグル型のサングラスをかけた、鼻梁を横断する刀傷が残る、剣客の男──黒い革つなぎのライダースーツを着て、飾り鋲が付いた肩当てや防具をした剣客バグ。
宇宙日本刀の魔刀を担ぎ、朱色の酒ヒョウタンを刀の鞘にぶら下げて、仁・ラムウオッカが立っていた。
仁は拾い上げた空き缶を眺める。
「ほうっ、同じ穴に数発命中か……なかなかの腕前だな」
「仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワインさん……」
「長い名前だから仁でいい、救世酒を分けてもらおうと来たんだが、アリアは留守のようだから出直すか」
「あのぅ、ボクが店の裏で銃の練習をしていたコトは……母さんには」
「わかっているよ、レオノーラさまがどんな理由で、銃の腕前を磨いているのか知らねぇが……誰にも言わねぇよ」
レオノーラさま……と、言われ。レオノーラは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「レオノーラさまだなんて……この【虫喰い惑星】で呼ぶの、仁さんと竜頭種族のタクシー運転手『カプト・ドラコニス』さんだけです……あっ、ディアもたまに呼ぶ時も」
「銀牙系屈指の大財閥──織羅家六兄妹の四女だから、レオノーラさまで間違いないだろう……ご令嬢なんだから」
仁・ラムウオッカは空に浮かぶ『極楽号』を見上げた。
「あんなバカでっかい衛星級宇宙船を、誕生日プレゼントでもらうなんて金持ちはスケールが桁外れだな……『極楽号』これからどうするんだ? ずっと衛星軌道上に停止させておけないだろう」
「どうするって言われても」
返答に困っているレオノーラを見て、仁は頭を掻く。
「ま、この喰われ続けている星に影響が出る前に。誕生日プレゼントをどう扱うか決めてくれりゃオレはいいさ……邪魔したな」
そう言って、レオノーラに背中に燃え盛る竜炎が描かれた、革つなぎのライダースーツの背を向けて歩きはじめた仁は数歩進んでから、思い出したように振り返って言った。
「光弾銃を持っている時に、厄介な事にだけは首を突っ込むなよ……死ぬぞ」
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