第2話・『はじまりの終り世界』と『終りのはじまり世界』


 銃の表面に刀傷が残る銘銃は、黄金の輝きを失うことも無くレオノーラの手の中で輝いている。

 名も無き草原星の衛星軌道上をグルッと取り囲む半壊した『極楽号』を眺めながらレオノーラが言った。

「いろいろな種族に出会い、いろいろな文明の星を訪れた……少し疲れたかな。ねぇ、セレナーデ……セレナーデ姉さん?」

 返事の無い姉に目を向けるレオノーラ、セレナーデの手から膝上に乗せていた法律書が床に落下していく、セレナーデの片手が力無くロッキングチェアの横に垂れる。

それを見たレオノーラは軽く微笑み呟く。

「眠ってしまったの……ボクもなんだか眠くなってきた……ふぁぁ」

 目を閉じたレオノーラの手から銘銃『レオン・バントライン』が床に滑り落ち、レオノーラの片手が姉と同じように力を失いチェアの横に垂れる。


 アラバキ夜左衛門がホットミルクとホットココアのカップを乗せた、トレイを持って家の中から現れた。

「レオノーラさま、セレナーデさま……ホットミルクとホットココアで!?」

 木製のテーブルの上にトレイを置いた夜左衛門は、返事の無い双子姉妹を見てハッとした表情の後に、床に落ちていた法律書と銃を二人の膝上にもどし、垂れていた手を添え直した。

 レオノーラとセレナーデの乱れていた膝掛けを掛け直した、織羅家の名執事は『織羅・セレナーデ』と『織羅・レオノーラ』に深々と最高の敬意を払った一礼をしてから言った。

「おやみなさいませ……セレナーデさま、レオノーラさま」

 夜左衛門が小屋の中に消えると、名も無き草原星に夜霧が漂い双子姉妹と一軒家を包む。


 霧の中──レオノーラは刹那の夢を見ていた。

 霧の中から次々と現れる、昔の仲間や過去に出会った人々。

 黒髪で鼻梁に横斬りの刀傷が残る、剣客のバグでレオノーラファミリーの一員。

 黒い革のつなぎライダースーツを着て、飾り鋲が付いた肩当てや防具をした『仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン』が宇宙日本刀の魔刀を天秤棒のように両肩を渡して担いだ格好で、朱色の酒ヒョウタンに入ったノンアルコールの『救世酒』を呑みながらレオノーラに言った。

《なんだ、もう終わりか……まだ、眠るにはちょっとばかし早過ぎるんじゃねぇか、レオノーラさまよぅ》

 仁・ラムウオッカに続いて現れたのは、自称レオノーラのライバルを勝手に名乗りコトあるごとにレオノーラの邪魔をしてきた。アリアンロード家財閥の性悪一人娘『美鬼アリアンロード』だった。

 太股丸出しの振り袖風の和装ミニドレス、足にはグラディターハイヒールを履き。

 シーサイドアップの金髪ツインテール髪をした額の両側には、通常の目とは別に髪飾りのような半球型をした第三と第四の目があり、それぞれが別々に動いている。

 片耳には空間圧縮で縮小された、本物の衛星級宇宙船がイヤリングに加工されてぶら下がっていた。

 美鬼アリアンロードの背後には、アリアンロード十五将のうちの常に美鬼と行動を共にしている四将が並び立っている。

 美鬼が口元に片手をあてがい、小バカにしたような笑い声を発する。

《きょほほほほっ、リタイヤするのは早すぎですわ……わたくしとの決着、まだついておりませんわよ。お節介娘のレオノーラ》


 腰の辺りから十センチほど離れた両側の空間に、妖精羽を出現させて笑う美鬼の姿が霧の中に消えると。

 砂漠の遊牧民風の衣装を身につけた、レオノーラの謎のパートナー拳闘師バグの『飛天ナユタ』が現れ、両目を閉じてうなだれている老婆のレオノーラに、カウガールハットを深めに被せて片手を差し出してきた。

《さあ、レオノーラ……まだ、無法の旋律は奏で終わっていないよ。君の無法な旋律を聞きたがっている人たちが開演を待っている……顔を上げて行こう、レオノーラ》

 織羅・レオノーラが、ゆっくりと顔を上げる──その顔は老婆の顔ではなく、若々しい十八歳のレオノーラの顔だった。

 髪の色は炎のようなバーミリオン色の髪に変わり、背中でバンダナで結んだ先端が白銀色の髪の毛の部分は、まるで若い狐の尻尾のようだった。

 霧の中で立ち上がったバグ姿のレオノーラが、若い娘の声で言った。

「そうだね……また冒険しようか、ナユタと一緒に」

 歩き出そうとしたレオノーラに、背後から姉セレナーデの若い声が聞こえてきた。

「ちょっと待ちなさいよ、あたしを置いて行くつもり? 無秩序の無法者には法の秩序が必要でしょう」

 振り返ると、レオノーラと同じ十八歳の姿で、鮮やかなシアン色の青髪に白銀の房髪が走る、インテリ眼鏡をしたセレナーデが腰に手を当てて立っていた。

「あなたたち、バグが銀牙系で暴れまわる限り。あたしは法の力で無法の世界に秩序を作るからね」

「どうぞ、ご自由に」

 仰ぎ見た霧の隙間から、球体で随所が点滅稼働している衛星級宇宙船『極楽号』が浮かんでいるのが見えた。

 レオノーラは、太モモから吊ったレッグホルスターに収まった黄金銃を撫でながら、軽く口笛を吹く。

「ひゅうぅ……暴れ回るには最高の夜じゃない、ねぇレオン・バントライン」

 無法の物語が、今動きはじめた。

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