第38話・忘却惑星『レテ』
忘却惑星レテの忘却都市──近代的な高層ビルが建ち並ぶ街の夜、一組のヒューマン型異星人カップルがライトアップされた高架橋を望む、海岸の公園から夜空に浮かぶ『幽霊惑星』と、透けて見える幽霊惑星の向こう側に現れた、極楽号を見上げていた。
彼女の肩に触れた男性の手がそっと、彼女を自分の方に引き寄せる。
頭にカタツムリのような触角が生えている以外は、人間と変わらない容姿のレテ人カップルは、触角を接触させて呟く。
「やっと、極楽号が来てくれた……これで異世界に転生できる」
「転生できたらあたしも、今の社畜生活から開放される」
「オレもチートなスキルを利用して、異世界で金持ちになって一生遊んで暮らす」
レテ人のカップルは、一方が社畜で、もう一方が仕事したくない一生遊んでいたい自堕落人間だった。
このカップルは、レテでは見向きもされないチートスキルを使って別世界で有名人になったり、まったりと異世界の田舎でスローライフするコトを夢見ていた。
「レテの知識があれば、異世界の連中から羨望の目で見られて尊敬される……レテでは、当たり前の一般知識でも文明レベルが低い世界では、神レベルのスキル知識だ」
カップルは幽霊惑星と極楽号を見上げて言った。
「早く戦争してレテをボロボロにして、オレたちを異世界に転生させろ」
「転生するには一度、死ななきゃならないんだからね……死ぬなら、他のレテ人も道連れに」
自分たちの願望のためだけに極楽号を呼び寄せた、とんでもなく身勝手なカップルだった。
極楽号の跳躍終了後──カプト・ドラコニスの双子の弟で、色ちがいのカウダ・ドラコニスが操縦する『白きシェヘラザード号』に乗って。
仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワインと。
亜・穂奈子クローネ三号は、惑星レテに様子見で降り立った。
忘却都市の裏町を歩きながら、仁が穂奈子三号に質問する。
「なんで穂奈子まで、極楽号から惑星に降りてきたんだ?」
「レテで姉妹たちから、放浪していた師匠を捕獲したから。引き渡したいと……連絡があったから」
「ふ~ん、穂奈子のクローンニングされた姉妹は現在、何体まで増えているんだ?」
「正確には把握していないけれど、今も増殖中らしい」
亜・穂奈子クローネ三号は、オリジナル穂奈子からクローンニング技術で作られた三体目の穂奈子で、精神体や霊体が憑依しやすい特殊体質だったのを見出だされて依巫女として、師匠の元で修行を積んだ。
歩きながら、カウダ・ドラコニスが言った。
「穂奈子の師匠って、あのスケベなクマのヌイグルミか? しばらく姿を見ないと思っていたが……まさか、放浪していたとは」
「あたしが、ゴミの中に埋もれて寝ていた師匠に気がつかないで、ゴミ収集日に一緒に出しちゃったから……師匠、遠い星でボロボロになって生ゴミ漁っていたらしいです」
「…………そうか」
仁も、カウダ・ドラコニスもそれ以上は穂奈子に追及しなかった。
酒場街への分かれ道にきた時、仁がドラコニスに言った。
「それじゃあ、オレはバグが集まる酒場に立ち寄って情報収集するから……ここで」
「わかった、オレは穂奈子と一緒に師匠を迎えに行く……穂奈子一人だと不安だからな、いくらレテの治安がいいと言っても」
仁と、カウダ・ドラコニス、穂奈子は別々の道に進んだ。
惑星レテの安ホテルの一室──シャワーを浴びるために、鼻歌混じりに脱衣場で下着姿になった二十歳前半の穂奈子がいた。
「ふん♪ ふん♪」
長い髪をゴムで束ねた、会社員風の穂奈子は下着を脱ごうと、ブラのホックに手を掛けたところで棚に置かれていたクマのヌイグルミに気づく。
頭に牛の角が生えたクマのヌイグルミに向かって微笑む、二十代の穂奈子……ヌイグルミから汗が流れる。
次の瞬間、会社員の穂奈子はヌイグルミの顔面に拳を叩き込んで叫んでいた。
「こんなところで何してんのよ! スケベクマ!」
クマのヌイグルミから、呻き声が漏れる。
「ぐはぁ!」
「この、この、この」
クマのヌイグルミをボコボコにしていると、脱衣場のドアを開けて、目つきが悪い少学三年生くらいの穂奈子が顔を覗かせて言った。
「どうした? 五号」
「どうもこうもないわよ十五号! また、三号の師匠がヌイグルミのフリをして覗いていた!」
小学生の穂奈子クローネ十五号に続いて、赤ん坊を抱えた三十代未婚女性の穂奈子八号が顔を覗かせて小声で言った。
「ちょっと、静かにしてよ……やっと、七号が寝ついたところなんだから」
八号に抱かれて眠っていた、乳児の穂奈子七号が目覚めて泣き出す。
脱衣場にやって来た老婆の穂奈子六号が、泣いている七号をあやす。
今度はロリータファッションの中学生、穂奈子一号が脱衣場を覗いて床でヒクヒクしているクマ師匠を指差して言った。
「クマちゃん、こんなところにいたぁ……探していたんだよ」
一号の後ろから顔を覗かせた、暗い雰囲気少女の穂奈子十四号がポツリと。
「懲りないクマのヌイグルミ」と、呟く。
下着姿を見られた、五号がクマのヌイグルミをロリロリの一号に向かって放り投げて、一号がキャッチする。
五号が言った。
「師匠の管理は一号のあんたに任せたんだから。ちゃんと管理していてよ……あ~ぁ、三号のヤツ早く、スケベなクマを引き取りにこないかな」
仁は、バグが集まる地下酒場の木製ドアを開けて店に入った。
少し照明が暗い店内にはジャズの音楽が流れ、
カウンター席で一人の女性バグが救世酒を呑んでいた。
スカイブルー色の修道女服、ヘソ出しでスカート部分にスリットが入った修道女服の腰ベルトには、ガンホルスターに入った二丁拳銃がぶら下がっている。
胸元には頭が下の逆さ磔になった骸骨の逆十字架ネックレスが、金属の怪しい輝きを放っていた。
救世酒を味わっている、バグ・ファジーのガンファイター『シスター・メルセ』から、一つ空けたカウンター席に座る仁・ラムウオッカ。
仁がメルセに話しかける。
「おまえも、レテに来ていたのか」
「幽霊惑星が現れたって聞いてね……少しでも力になれるかもって思って」
「物好きなヤツだな」
一口、救世酒を飲んでメルセが言った。
「銀牙宇宙海賊連合のキャプテン鳳凰が、この星域に立ち入り禁止令を出したそうよ……迂闊に危険星域に近づくなって」
「ほうっ、あのキャプテン鳳凰が……まだ、生きていたのか」
「もっとも罰則も強制力も無い禁止令だから。星域に侵入する物好きがいても……それは自己責任だってさ」
「なるほどな」
仁とメルセが会話をしていると、酒場のドアを開けて奇妙なバグの女剣士がスタスタと入ってきた。
目隠しをして、手には剣が収納できる鞘が一体化した盾を持っている、盾の中央にはクリアーパーツがハメ込まれていて、盾の中に天秤が取り付けられていた。
丈が短いスカートを穿いた、ギリシャ神話の女戦士のような格好をした目隠しバグは、店の柱に頭をぶつけてしゃがみ込む。
「痛っ、今ゴンッって音が頭からした、柱にゴンッって」
仁が目隠しバグ剣士に話しかける。
「よう、バグ剣士の『レディ・テミス』久しぶりだな」
仁の声を聞いたバグ・ファジーのテミスが、盾から引き抜いた剣を壁に向かって構える。
「こっちだ、そっちは壁で誰もいない……いたとしても忍者が潜んでいるくらいだ」
剣を盾の鞘に納めて仁の方を向いたテミスが、目隠しをズラしてカウンター席を見る。
「なんだ、仁とメルセか……おひさしぶり」
「おまえ、オレの声を聞いてわからなかったのかよ。つくづく面白いヤツだな」
目隠しを元の位置にもどしたテミスは、手探りで仁の隣の席に座る。
仁が言った。
「おまえ、その目隠し外したらどうだ……本当は心眼で見てなんていないんだろう」
「この目隠しは正しいジャッジをするためのモノ……『剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力』」
「なにをしに、このレテに来た?」
「レテに幽霊惑星を、無意識に呼び寄せた者がいる……呼び寄せた者は、衛星級宇宙船も呼び寄せた。その呼び寄せた者を探し出して場合によっては成敗する」
「幽霊惑星を呼び寄せたのと同時に、衛星級宇宙船も呼び寄せた? どういう意味だ?」
「知りたかったら幽霊惑星の歴史を調べて……幽霊惑星と亡霊艦隊の御霊は戦いでしか満たされない」
レディ・テミスはカウンターの中にいる、レテ人のマスターに救世酒を注文した。
仁は椅子から立ち上がり、カウンター席から離れる。
「だいたいの情報は集まったから、極楽号にもどるか……直接、惑星に足を運ばないと得られない情報もあるからな」
カップの底に残っていた救世酒を飲み干した、シスター・メルセも立ち上がる。
「あたしも極楽号に行くわ、織羅・レオノーラのバグ誕生の瞬間に立ち会って〝不殺の誓い〟にも立ち会った者の責任もあるからね……なんとなく、幽霊惑星の出現には嫌な予感がする」
忘却都市の安ホテルに、穂奈子三号とカウダ・ドラコニスはやって来た。
ホテルの入り口には、右側にスパッツを穿いて、スポーツタンクトップ姿の高校生格闘家、穂奈子十三号。
左側には迷彩服姿で頬に傷がある、光弾アサルトライフル銃を持った二十代後半の元傭兵で脱獄兵の穂奈子十二号が立っていた。
得体の知れない頭足類の干物足を口に入れて、しゃぶっている、迷彩服の十二号がイカ巫女の三号を見て言った。
「やっと来たか三号……トロいヤツ」
腰に手を当てて少し怒った表情の十三号が、十二号に言った。
「三号にそんな言い方ないんじゃない、十二号」
「十三号は、いつも三号の肩を持つな。おまえたちは若くていいよな……クローンニングされた時から、その年齢で変わらないから。あたしなんて、生まれた時から、ずっとこの年齢だ」
イカ巫女の三号が触腕を動かしながら言った。
「十二号。また、投獄されるためにもどるの?」
「あぁ、三号に師匠を引き渡したらな……早くスケベなクマを連れていけ三号、あのクマのヌイグルミ……あたしの迷彩パンツを頭から被っていたからボコボコにしてやった」
十二号は三号の横髪から垂れて動いているイカの足を見ながら。
「いつか食わせろ……イカゲソ」と、言った。
ホテルに入ると通路で背もたれ木製椅子に座っていた酒場女、三十歳代の穂奈子十号が乱れた服装、乱れた髪の疲れ顔で三号に言った。
「師匠……あっちの部屋にいるわよ、早く持っていって」
教えられた部屋に入ると、年齢の異なる穂奈子たちが一斉に三号を見る。
暗い雰囲気の穂奈子が三号に言った、
「元気そう三号、羨ましい」
会社員風の穂奈子が、クマのヌイグルミをイカ巫女穂奈子に向かって放り投げる。
「ほら、持って帰れ三号」
穂奈子三号は、放物線を描いて飛んできた。クマのヌイグルミの首に腕の触腕を巻きつけて器用に空中キャッチする。
首に巻きついた触手の締め付けに「ぐえっ!」と、呻く師匠。
老婆の穂奈子が、小さな赤いフンドシも巫女穂奈子の方に放り投げた。
「師匠のフンドシだ、洗っておいてやったぞ」
穂奈子三号は、少しでも自分の体から遠ざけるようにフンドシをキャッチして言った。
「確かに師匠と赤いフンドシを、受け取った……それじゃ」
帰ろうとする穂奈子三号に、ヌイグルミ師匠が真剣な口調で怒鳴る。
「極楽号にもどってはならぬ三号! クローンの姉妹たちと一緒にココに留まるのじゃ、おまえが儂をゴミと一緒に出した時から、これは決まっていたことじゃ……幽霊惑星が現れた以上、極楽号から離れるのじゃ!!」
驚いた表情で三号は、カウダ・ドラコニスの方を見る。
カウダ・ドラコニスは、頭を掻きながら。
「オレは仁をシェヘラザード号に乗せて、極楽号にもどらないといけないから……ここで、お別れだな穂奈子」
まるで、最初からこうなるコトを察知していたかのような口調のカウダ・ドラコニスは、穂奈子三号に背を向けると部屋から出て行く。
追おうとする三号に、ヌイグルミ師匠が激しく怒鳴った。
「これは定めじゃ……耐えるのじゃ、レオノーラさまも承諾しておる」
穂奈子三号の目に涙があふれた。
仁・ラムウオッカはシスター・メルセと一緒に、カウダ・ドラコニスが操縦する白きシェヘラザード号に乗って、極楽号へともどり。
ディアに幽霊惑星と亡霊艦隊の歴史について調べてもらった。
「資料ありました、相当古い資料だったので探すの大変でしたけれど」
ディアは、仁が覗き込んでいるモニターに資料を映し出す。
「元々は幽霊惑星も普通の平和な星でしたが、ある兵器実験の暴走であんな惑星になってしまったみたいです」
「どんな実験なんだ?」
「当時、発見されたばかりの跳躍航行技術を、兵器に利用しようとしていたみたいですよ」
「跳躍航行をか?」
跳躍航行技術は、デミウルゴス文明とバルトアンデルス文明共通の代表する科学遺産だ。
古代遺跡の壁画に残されていた、跳躍航行技術の解明に成功したコトが、銀牙系現在のシュミハザ文明に大きな恩恵となって発展に繋がっている。
「さ迷える惑星【幽霊惑星】と【亡霊艦隊】は、以前にもちょくちょく銀牙系に出没しては近くにあった……小量の生物種しか生存していない星の命を吸い尽くして死の星に変えると消えていました……でも、今回は少し事情が異なっているようで」
「レテの命は吸い取られていないな」
「ええっ、幽霊惑星と亡霊艦隊に生命反応はありません、残留思念の集合体です……その残留思念が求めるモノは兵器としての存在理由」
「戦いでしか魂が満たされずに、救われないということか……その戦う相手に幽霊惑星が選んだのが衛星級宇宙船」
「幽霊惑星と亡霊艦隊を、この星域から去らせるためには戦いに応じるしか現段階では方法が」
「哀れな存在だな」
仁は宇宙空間に浮かぶ幽霊惑星を眺めた。
忘却惑星レテの公園ベンチで、空に浮かぶ幽霊惑星と、その透けた向こう側に浮かぶ極楽号を見上げている。
社蓄社員と自堕落な生活を送る無職の、どうしょーもない転生願望カップルがいた。
ソフトクリームをナメながらカップルの男が言った。
「ぜんぜん、戦いはじまらねぇな……戦闘のとばっちりで、このレテに被害が出るコトを望んでいるのに」
「早くあたしたちを、転生させてよぅ」
カップルの背後から芝生を踏む足音と、女性の声が聞こえてきた。
「やっと見つけました……無意識に幽霊惑星を呼び寄せて、極楽号の目安箱に助けを求めた迷惑バカは、あなた方ですか……あなたたちのような考えの人間が、この惑星レテに増えたから幽霊惑星が出現したのです」
振り返るとそこに、目隠しをして剣と一体化した盾を持った。レディ・テミスが立っていた。
「これから、あなたたちを正邪を測る天秤でジャッジします……正しければ見逃します、邪悪なら叩き斬ります」
テミスの持っている盾の天秤が邪の方に大きく傾く、態度を豹変させたテミスが盾の鞘から剣を引き抜いて怒鳴った。
「アホッ! 日頃から、現状を変える努力もしないグダグダなヤツが、別世界に行ったからって急にスキルが上昇して、安泰な生活ができるはずないだろう! 甘えるな! 何回転生を繰り返しても、自分が変わらずに周囲にばかり、自分が望む別世界を百バーセント求めて自分本意の世界を作り出せるはずがないのと同じだ! おまえだけの世界じゃねぇんだよ! 何回、自分が望む世界だけを求めて転生しても。そんな都合がいい世界ばかりありゃしねんだよ! なにが『チートな、あたし悪い令嬢で強いぃぃ、ざまぁみろみろ』だ! 『幽霊惑星』が出現するたびに現れやがって! もう飽き飽きしているんだよ! 世の中、なめるな! クズがぁぁ!」
カップルをそのままの勢いで、叩き斬るレディ・テミス。
テミスの剣は肉体は傷つけない、肉体と魂を分離させる聖剣だ。
鞘に剣を納めて、ベンチで白眼を剥いているカップルに向かってテミスが言った。
「肉体と魂を結ぶ線も切りました、生き返ってやり直したかったら自力で自分の肉体にもどってください、自力で数分以内にもどらないと、魂が重力場の逃れられない闇に呑み込まれて、永遠に暗闇をさ迷うか……刹那の消滅を感覚だけが千年に感じる苦しみをジワジワと味わいながら無に帰するか……死霊兵士に取り込まれて仲間にさせられます」
背を向けて、去ろうとするテミスの背後からカップルの声が聞こえてきた。
「あれぇ? なんでオレ? 知らない女の体になっているんだ? 確か山岳戦場後方野営の簡易階段から転落して。これって転生したのか? やったぁ!」
「あれぇ、あたし男? 海が見える神殿の祭壇で転倒して石の坂を転がり落ちて……望んでいた転生をした! これでチートなスキルで楽しんだり、スローライフの人生を送れる」
「あっ、目隠しをした女神みたいなのがいる……やっぱり、ここは異世界なんだ……すみませーん、女神さま。ここはなんていう世界ですか?」
首を数回振って、タメ息をもらしたテミスは、何も答えずにスタスタとその場から離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます