第37話・ナラカ号


 宇宙熱帯魚型衛星級宇宙船『ナラカ号』船内──美鬼アリアンロードの高笑いが、接待の間に響き渡る。

「きょほほほほほっ、エントロピーヤンから紹介された方々なら、ナラカ号は大歓迎ですわ……きょほほほほほっ」

 一段高い場所から美鬼が見下ろす先には、とある惑星の大物政治家たちや、その政治家たちとの癒着が噂されている人物たちがいた。

 人間耳の他に頭に動物耳がついていて、目や口にパンダのような黒い模様があるヒューマン型の種族だった。

 模様も個体差があり、ある者は笑い顔、ある者は泣き顔に見える。

 収賄疑惑があり、捜査がはじまる前に、病気入院した普通の表情でも、にこやかな笑い顔模様の政治家が美鬼に訊ねる。

「この宇宙船は、本当に治外法権なんだろうな……安全なんだろうな?」

「きょほほほ、ナラカ号の法律は、わたくし自身ですわ……この船にいる限り誰も手出しはできませんわ……それにしても、みなさん同じ時期に病気入院とは奇妙な偶然もあるものですわね」


 アリアンロード第七将の医術師カダが、とても病室とは思えない豪華な部屋でミニスカ看護師姿の美人秘書数名を、はべらかせたベットで酒を飲んでいる大物政治家のパネル写真を取り出して見せる。

 パネル写真に、ヒクヒクと頬を痙攣させる自称入院患者たち。

 美鬼が言葉を続ける。

「カダが監修した療養エリアでなら、みなさんの病気は完治することでしょう……きょほほほほほっ」

「いや、我々は本当に病気で入院したワケでは」

「病気ではない?」

「い、いいえ。病気です! 我々は病気です」

「そうですか、では早速、治療を兼ねた療養に移りましょう」


 政治家たちと、政治家たちと癒着している者たちは用意された療養着に着替えた。

 白い着物のような療養着に、番号がついた三角の布を頭につける。

「これが、ナラカ号の療養着か……確か血球人の風習衣装にも、似たようなモノがあったような?」

「死装束とか呼ばれていたな」

 着替えた者たちの所にやって来た、頭に角を生やした赤や青の肌をした水着姿の、ヒューマン型の異星人男性と女性が電子カルテのようなモノを確認しながら言った。

「頭についている三角形の布……正式には天冠〔てんかん〕って言うんですけれどね、そこに書かれている番号が病状別の療養プログラムエリアナンバーです……天冠には電子チップも内蔵されていて、みなさんの所在を把握できるようになっています。

それでは、各エリア担当者が案内しますから……まずは川を渡って療養エリアに入っていただきます」

「川!?」

「はい、炎の川を泳いで身を清めて向こう岸に」


「ほら、ほら、頑張って……手足を動かして泳がないと川底に沈んじゃいますよ、川底の泥の中に医療ビルが放流されていますからね」

 黒髪の長髪で黒革の丈が短いヘソ出し上着を着て、その上に黒いロングコートを着た一見すると美女に見間違える。

 柄が長い大鎌を持った、アリアンロード第八将 『ブラッディドッグ・骸』が舟の上から、川を泳いでいる政治家たちを応援する。

 川には時折、炎が水面を走り……まさに、炎の川だった。

 溺れそうになりながら必死に泳いでいる一人が、舟の上にいる骸に向かって言った。

「あぷっ……助けてくれ、死神に殺されるのは嫌だ! あぷっ」

 黒革のショートパンツと黒い革ブーツを履いて。頬と脇腹に白骨化した歯茎や肋骨の骨が剥き出しになったタトゥーがされている骸が、またかと言った顔で言う。

「よく間違われますけれどね……オレ、死神じゃないですから。三代続く毒食材専門の調理師ですから……みなさんの療養食メニューも、カダの指示でオレが考えているんですよ」

 泳ぎ疲れたケモノ耳の代議士が舟に上がろうとしているのを見た、渡し守のカロン老人が舟の楷〔かい〕で川の中に代議士を突き落とす。

「こらぁ、勝手に舟に上がってくるんでねぇ!」

「オレは何回も当選した名家の代議士だぞ! なんだ、この仕打ちは! 金なら出すから舟に乗せろ!」

「金なんかいらねぇ、美鬼さまから十分に頂いているからな」

 渡し守の老人は、ナラカ号内にある療養エリアの方に目を向けて呟く。

「おやぁ、天井に巣を張った巨大クモがまたクモの糸を下に垂らして遊んで患者釣り……このナラカ号では『モウジャ』と呼んでいるが、モウジャたちが垂れたクモの糸に群がっているな……あっ、クモ糸切れた。釣れなかったか」


 川の中では、紙ヤスリのような歯をした白眼のアカ擦り魚が古い角質を食べるために群がり、泳いでいるモウジャたちの皮膚を削いで食べていた。

「ひ──っ!」

「ぎゃあぁぁ!」

 必死に泳いで岸に上がると、洗濯した療養着を木の枝に引っかけて乾かしている場所で談笑をしていた、牛頭の老婆と馬頭の老人異星人たちが金棒を手に立ち上がり。

 誰かがヒマつぶしに河原で積んで遊んでいた小石の塔を蹴散らしながら、政治家や政治家に癒着したモウジャたちに、にこやかな笑顔で言った。

「ようこそ、ナラカ号の療養エリアに……ここの療養を受ければ、必ず良くなりますからね」

 モウジャたちは牛頭と馬頭に追いやられるように、それぞれの番号が書かれた療養コースの門に別れる。


 温熱療養コースの薬湯が入った大鍋に入れられた者たちは、グツグツと煮られて悲鳴をあげる。

「ぎゃあぁぁぁ! 熱い! 熱い!」

 温度計で湯加減を確認している、馬頭型の異星人が言った。

「このくらいの熱さ、わたしたちの星では普通ですけれど?……しっかりと、肩まで浸からないと効果ありませんよ。薬湯の次はアロマオイル湯ですからね」

 煮えたぎる薬湯の隣には、グツグツと煮えているオイルの大鍋。

 その隣には熱くなった鉄のベットや石のベットが用意されていた。

 薬湯の大鍋から出ようとするモウジャたちを、尖端がU字型の刺又やT字型になった突棒で、押しもどしている牛頭型異星人が言った。


「まだ、お湯から出るのは早いですよ……薬湯浴とオイル浴の次は、熱い鉄板と石の上に寝てもらいます。体験されたモウジャの方々には『まるでステーキになった気分だ』と好評です……最後には栄養具材が豊富のちゃんこ鍋で悪いダシが出るまで、一緒にグツグツ煮て差しあげますからね」

 熱湯の中に沈められた男が浮上して絶叫する。

「ぎゃあぁぁぁ! 許してくれ! 横領した罪を全部秘書になすりつけたのはオレだ! 全部話すから助けてくれ! 熱いいぃぃ!」

「いったい何を言っているんですか? さあ、もっともっと熱くしましょうねぇ」

「ぎゃあぁぁぁ!!」


 低温療養コースに送られた者たちは、極寒に震え続けていた。

 毛皮を着込んで温かい温室でコタツに入って鍋を食べている、牛頭型と馬頭型の異星人たちが、温室の外で凍りついている政治家のモウジャたちに訊ねる。

「ここでは、体を冷やす治療が行われています……気分はどうですか?」

「あばばばばばばば……(オレが悪かった、オレは収賄した認める、だからもう許してくれ寒い……あばばばば)」

 震える唇で言葉にならない声が聞こえた。

 凍ったモウジャの腕や足が、風を受けて氷像のように砕けていくのを、温い室内で鍋を食べながら見ていた牛頭型異星人が言った。

「凍って砕けても、カダさんが再生してくれますから大丈夫ですよ……牛肉と馬肉の鍋うまっ」


 別の場所では、唾液から細胞再生液が出る鋭いクチバシの医療怪鳥の群れが、モウジャの患部をピンポイントで狙って食べていたり。


 足裏療法で、素足で円錐や角錐が生えた小山のような、針山ネズミの背を登らされて、ツボ治療をするコースがあったり。


 虚言癖を治すために、細胞増殖剤で舌を数枚に増やした、政治家の毒舌を引き抜くコースがあったり。


 巨人種族の異星人に、しゃぶられて患部だけを食べられた後、ペッと地面に吐き出されたり。


 カプサイシン成分が含まれる特殊な血液を持つ生物の、漢方薬を混ぜた真っ赤な血のお湯池に入るコースもあったりした。


 ナラカ号内にある広間の分割モニターには、療養エリアからの阿鼻叫喚の叫び声と、カダが考案した治療をされている大物モウジャたちの光景がリアルタイムで映しだされていた。

《ぎゃあぁぁ! 挽き潰される! 助けてくれ!》

《やめてくれぇ!! オレが悪かった!! 今までの悪事は全部白状する!!》

《痛い、痛い! 熱いぃぃ! 寒いぃぃ!》

 叫び声に混じって『脱税』『背任』『収賄』『贈賄』の単語や、『着服した』『斡旋した』

『便宜を図った』の言葉が聞こえてきた。

 椅子に座ってモニターに映る生き地獄を眺めていた美鬼アリアンロードは、傍らのジュエリーボックスの中から、黒光りする球体のイヤリングを選んで取り上げた。

 本物の衛星級宇宙船を圧縮加工して、樹脂コーティングしたイヤリングは黒色の表面にイルミネーションが点滅している。

 片方の耳にイヤリングを装着しながら、美鬼が呟く。

「みなさん、早く病気が治るといいですわね……きょほほほほ」

 美鬼の近くにやって来た第一将・ゲシュタルトンが言った。

「美鬼さま、イントゥリーグ星域に『幽霊惑星』出現の兆候が確認されたとの、報告がありました」

「幽霊惑星」

 その言葉を聞いた美鬼アリアンロードは、両腕で自分の震える体を強く抱き締める。

「どうしました、美鬼さま? 顔色が真っ青ですよ」

「わかりませんわ……幽霊惑星と聞いた途端に、理由のわからない恐怖で体の震えが……なんですの、この感覚は?」

 美鬼は遥かな以前にも、同じ恐怖の感覚を体験したような気がした。



 極楽号内──ディアがこもって一週間が過ぎた部屋の前に、疲れきった顔の通信班新人がやって来てディアの部屋のドアをノックした。

「ディア責任者。そろそろ、部屋から出てきてくださいよ。新人のオレでは、任された星域エリアの情報処理が追いつきません……もう限界です!」

 キツネ耳とキツネ尻尾を生やしたヒューマン型異星人の新人男性は、ドアに耳をくっつけて部屋の様子をうかがう。

 物音が聞こえ、中からディアが怒鳴る声が聞こえてきた。

「部屋に近づかないで!!」

 その声は、若い女性の声だった。ガックリとうなだれた通信班の新人隊員は部屋の前から離れる。

 新人が背中を丸めて通路を歩いていると丁字路の分岐路で壁に背もたれをする格好で立って待っていた。

 通信班の顔色が悪いヒューマン型ゾンビ異星人先輩が、歩いてきたキツネ耳の新人に言った。

「なっ、言った通りだろう……変態中は、ディア責任者は情緒不安定になっているから、誰とも会いたがらないって」

「どのくらいで、部屋から出てくるんですか?」

「一ヶ月かも知れないし……今日明日かも知れないし……まぁ、ディア責任者が部屋から出てくるまで頑張れ……ご安全に」

「そんなぁ、オレ倒れちゃいますよ」

 顔色が悪い先輩が言った。

「しょうがないなぁ……元気が出るように『太歳丼』おごってやるから」

 太歳とは、銀牙系共通の一般的な食材で。

 地中から掘り出される無数の眼がある栄養価が高い塊だ──さまざまな料理に利用される。

「はぁ、それでなんとかがんばってみます」


 通信班の二人が去ってから小一時間後、ディアの部屋の中から色っぽい呻き声が聞こえてきた。

「あはぁぁん……ふあぁんあふぅっ」

 部屋の中では、巨大な二枚貝のようなモノが燐光していて。

 燐光を通して貝の中で、背中を丸めて蠢いている人影が見えた。

 二枚貝の貝殻が開くと、繭のようにも卵のようにも見える物体が揺れ動いていた。

「はぁはぁはぁ……ぅああんんっ」

 やがて、殻を破って白い女の手が現れ。立ち上がるように女体化した、全裸の女の子ディアが現れた。

 性別が転換したディアは、まるでヴィーナスの誕生のように恥じらいながら、胸と股間を手で隠して呟く。

「変態……はぁはぁはぁ」

 ディアが出てきた殻は、ディアの足元で細かく砕ける。

 裸でシャワールームに向かった女の子ディアは、温水シャワーで体に付着していた体液を洗い流してスッキリすると、用意してあった女性下着と制服を着て部屋から出た。


 極楽号の船橋に入って頭を下げるディア。船橋にいるのは、航行班と通信班〔通信&暗号解読〕と防衛迎撃班の数名だけだった──レオノーラや月華はいない。自動操縦航行なのでカプト・ドラコニスも不在だ。

 自分の席についたディアが、通信班のメンバーに言った。

「ご迷惑をおかけしました……また、女の子になりましたので、よろしくお願いします……ご安全に」

 頬がコケているキツネ耳の新人は、喜びの滝涙を流す。

「ご安全に……待っていましたディア責任者」

「ボクがいなかった間、大変だったみたいだね、こちらのデスクに処理ししれなかった情報を送って」

「全部ですか?」

「全部」

「膨大な量ですよ」

「大丈夫だから」

 ディアは送られてきた、データの画面を流し読みする。高速で流れていく目安箱に寄せられた銀牙系の声──ディアの体に幾何学化された模様が流れる。

 ディアは、膨大な情報量の中から一つの情報を抽出する。

 キツネ耳の新人に選び出した情報について訊ねるディア。

「これ、いつ目安箱に届いたの?」

「ディア責任者が、部屋にこもって三日目くらいですか」

「レオノーラさまには伝えた?」

「いいえ、まだ」

「これ……とっても重要な銀牙の声だよ、伝えないと」


 極楽号の自分の部屋でディアからタブレットに送信されてきた、目安箱に届いた銀牙の声を見ていたリラックス着のレオノーラは、ベットから跳ね起きる。

「イントゥリーグ星域の『忘却惑星レテ』近くに『幽霊惑星』出現!? 助けを求める声が……」

 レオノーラは、目安箱に届いた銀牙の声の中から、興味を持った声を見つけると行動を起こす。

(なんだろう? この、幽霊惑星に近づくのを拒否している本能と、幽霊惑星の件からは避けて通れないように誰かから強要されているような……相反する気分は?)

 少し考えた後──レオノーラは、カプト・ドラコニスに『イントゥリーグ星域 』の『幽霊惑星』に向かう指示を出した。


 極楽号のレオノーラファミリーが船橋に集まる。

 袖無しの上着を着て操縦席に両足を乗せているカプト・ドラコニスに、レオノーラが確認する。

「『サンドリヨン』の国民には、跳躍するコトは伝え終わった?」

「バッチリ『生活班』の連中が、船内放送で極楽号の隅々まで伝えましたよ」 

 衛星国家『サンドリヨン』──極楽号内にある、レオノーラが代表を務める自由国家。

 自給自足で銀牙系内を航行して、レオノーラが希望する星域へ、国民ごと運命共同体で旅移動している。

 レオノーラが、船橋にいる者たちに質問する。

「この中で、衛星級宇宙船の跳躍航行が初めての人がいたら挙手して」

 通信班のキツネ耳新人と数名が手を挙げた。

 キツネ耳の新人が言った。

「通常の大型宇宙客船の跳躍なら、経験したコトあります」

 ガンファイター姿のレオノーラが返答する。

「衛星級宇宙船の跳躍は、大型船の跳躍とは比べものにならない規模だから……イン空間座標で数時間かかっても、アウト空間座標では数分間しか経過していない時間差が発生する場合もあるから。慣れないと頭が混乱するわよ……カプト・ドラコニスさん『極楽号』跳躍開始……アウト空間座標設定『イントゥリーグ星域』に」

「了解! 極楽号に亜空間ラッピング開始……ラッピング完了後、亜空間ホールに接続」

 極楽号が跳躍に備えて亜空間に包まれる。

「ラッピング完了、亜空間ホール接続……ご安全に」

 極楽号の前方球面に黒い染みのような円形空間が現れ、スライスされているように黒い球体断面が広がっていく──極楽号の亜空間ホールに突入した部分は、イントゥリーグ星域に跳躍移動していた。

 イン空間座標の表側から見ると極楽号は真っ黒になった、円平面に見え。

 イン空間の裏側内部から見ると、極楽号は断面図に見えて。

 横から跳躍中の極楽号を見ていると、月食のように少しづつ消えていた。

 極楽号の断面は、まるで区切られた年輪か、区切られたバームクーヘンのように見える。

 キツネ耳の新人は前方から迫ってくる、跳躍航行の断面図に恐怖する。

 機械や人体の断面図を見たキツネ耳の新人は悲鳴をあげる。

「うわぁぁぁ!」

 迫ってくる跳躍空間。

「ひっ!?」

 一瞬で空間が通り過ぎて、通過した側はイントゥリーグ星域に入る。

 空間が通過した船橋で、カプト・ドラコニスが言った。

「極楽号、十五パーセント跳躍完了……後方の跳躍続行中」

 衛星級宇宙船跳躍初体験の者たち中には、その場にへたり込んだり、ブルブルと震えている者や、口元を手で押さえて跳躍酔いで吐きそうな者もいた。 

 キツネ耳の新人がディアに質問する。

「亜空間ホールで空間座標が繋がっている跳躍中に、外部から入ったり内部から出ると……どうなるんですか?」

「確実に死ぬね、体が裏返って」


 跳躍した極楽号の前方空間には、向こう側の星が透けて見える幽霊惑星と、その近くに浮かぶ、葉脈が走る赤キャベツか紫キャベツを連想させる忘却惑星【レテ】が見えた。


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