第6章 始まった関係と初めてのライブ

第39話

 それからしばらくの間、ボクはせっかく気付いた恋心を隅に置かねばならなかった。全くと言っていいほどタイトル案が浮かばなかったのだ。


 彼らの奏でる二曲は紛れもなくボクの作った歌詞なのに、もうボクの手元を離れてこんなにも遠い。それにタイトルをつけるなんてと臆している部分も多少なりとある。それを抜きにしてもボクのボキャブラリーではぴったりとハマる言葉が出てこなかったのだ。歌詞はあれほどすらすらと出てきていたのに。


 友紀たちはといえば結局対バンには新曲を二曲に絞り、九月のワンマンまでにアルバム用に追加で五曲の制作に取り掛かるとしていた。そのうちの一曲は今回見送った三つ目の歌詞が採用されることが決まっていた。

 それ以外の四曲の内、二曲はまた歌詞の依頼をもらっている。依頼料はそこそこにいい、とは思う。二か月くらいは母さんに頼らなくてもいいほどの金額だった。


 ともあれ、ボクはあの日からピエロの練習に毎度顔を出し、タイトル決めに頭を悩ませる日々が続き、気が付けばもう対バンの前日となっていた。

 スタジオで汗を拭く友紀は、イヤホンを付けて真剣に譜面を見ているし、メンバーもどこか普段のリラックスした雰囲気とは少し違うように見える。


「どう、小泉くんっ。決まりそう~?」


 そんな中唯一いつも通りほんわかとした雰囲気のままの陽太が、ギターを抱えながらあぐらをかいて笑っていた。髪色は青から色落ちしてグレーっぽく変化していて、前の時よりも随分似合っている気がする。


「どうだろう。ミニアルバム内の曲名は横文字が多いから、横文字で考えたらいいのか、それとも日本語なのか……」


「友紀が言ってたよ。タイトルはその時浮かんだ言葉にしてるって! 俺作詞はしないからわかんないけど、多分友紀はタイトルから決めて中身を詰めてるんじゃないかなぁ。ねぇ春彦~」


「オレその辺はノータッチだからわかんねえなぁ。尚は?」


「俺も知らないかな」


「言っとくけどウチも知らないからね」


 メンバー全員が知らないのも驚きだが、当の本人は未だに譜面と睨み合いを続けている。こういうのは経験者に聞いた方がいい気もするが、邪魔をする訳にも行かないだろうか。


「やっほー! いよいよ明日じゃんね~! 差し入れもってきたよんっ」


 元気よく開け放たれたスタジオの扉の向こうから現れたのは、髪色が金色から茶髪に変化した葵だった。今日も今日とて露出が眩しい。主に足。

 夏とはいえ今日はノースリーブにショートパンツという、布面積があまりにも狭い服装だった。化粧は見慣れた濃い目のメイクで、にんまりと笑いながらジュースやお菓子が詰められたビニール袋を突き出していた。


「うおー! まじで⁉ 皆、我らが女神さまからのありがたい差し入れだぞ!」


 少しばかり緊張ムードのスタジオ内の雰囲気が変わる。


 あのPV鑑賞会の後、一度も葵とは会っていない。ちょくちょく連絡は取り合っていたものの、主にあの日組まれた三人のグループの方でのやり取りで、個人間ではあの日以来一度も取っていなかった。久方ぶりに視認した葵に、ボクは誰かに見えるのではないかと焦るほど心臓が跳ねた。


 真剣モードの友紀に春彦が声をかけ、各メンバーも楽器から離れて葵が持って来てくれたジュースを片手にパイプ椅子に腰かける。ボクの分もちゃっかりと買ってきてくれていた辺り、メンバーの誰かに今日来ることを伝えていたと推測できる。


 そしてそれは、先ほどからずっとこちらににやけ顔を送り付けている友紀の仕業ということも。今日来ることを知っておきながら、わざとボクに言わなかった辺り、友紀らしいといえば友紀らしいか。


「……そんなわけでタイトル決め難航中ってとこだね。焚きつけた手前ウチも手伝ってあげたいけど、そういうセンスはからっきしだから」


「だって涼、実家の猫にネコって名前つけようとしたんだろ?」


「……春彦、それ以上言ったら晩飯抜きにするから」


「申し訳ありませんでした涼様。それだけは……!」


 二人のコントを聞き流しながら、葵もこれ見よがしに悩んだポーズを取っていた。ちなみに友紀は陽太の言う通り、タイトルから決めるタイプだった。


「でも一個目の奴とかさ、サビの歌詞のままでもタイトルっぽくない?」


「繋がった世界ってこと? どう小泉クン、しっくりくる?」


「うーん、来るような、来ないような……。英訳すると長いしな……」


「じゃあ縮めちゃえばいいじゃんっ。英訳するとどうなんの~?」


「Connect with the world、だね~」


 すかさず英文コースの陽太が口を出す。さすが上級生。そして英検一級の実力者。流暢な発音も素晴らしかった。


「じゃあコネクトとか。その真ん中の全部取ってコネクトワールド、とか~?」


 鶴の一声とはまさにこのことで、それは単純に葵を好いているからとかそういうのではなく、純粋にぴったりハマった感覚だった。パズルのピースみたいに、すっと。


「……イイ感じっぽいね。どっち?」


「コネクトワールドの方、かな。ロック調だから結構インパクトもあっていいと思う」


「よし、じゃあ二曲目かな。ここはPVのお姫サマの意見も参考にしたいし、完成系一回演奏しよ」


「先に聞けんの~? 来てよかったぁ」


 パイプ椅子を片付け、メンバーが担当楽器の位置につく。音のバランスを調整し、ドラムスティックのカウントで曲が始まる。

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