第14話
軽食が済んで解散することになったボクたちは、ピエロのメンバーと連絡先を交換することになり、ここ最近でボクのLINEの友だち欄の表記は一気に二桁になった。
十一という表示を過去の自分が見たら、きっと信じられないと首を振るだろう。現在の自分ですらまだ半信半疑なのだから。
友紀が携帯に新曲のインストを入れていたので、そのデータをLINE経由で送ってくれた。トーク欄に友紀のアイコンが追加されたことによって、ついにボクは明日から作詞に取り掛かるということに現実味が帯びる。
「あ、そうそう。この作詞が採用されてもされなくても、二人とも俺が巻き込んじゃったし、今度の対バンのチケット用意してあげるよ。一緒に見に来て。キルハイ好きでしょ?」
「え、いいのぉ⁉ やった!」
「そんなの、悪いだろ」
「いいのいいの。こういうのは俺が決めるの」
「まーた勝手に決めて……。ま、オレが用意するから心配すんなよな、お二人さん!」
春彦がボクらの肩を叩く。葵はきゃっきゃと春彦と肩を組んでいる。ライブ行くの久しぶりだなぁ、と浮かれている葵と同じくらい、ボクもその誘いには人知れず浮かれていた。
人生で初めてライブを見られるという言葉に喜びを隠せなかった。自然と口角が上がる。
そしてはた、とボクと葵の予定がまた一つ出来上がったなと思った。今日で最後と思っていたはずなのに、いつの間にやらこんなことになってしまった。
まさかのボクと同じこの地域に住んでいる春彦と涼と別れ、多田と陽太、そして友紀は寄る所があるとかでファミレス前で散り散りになった。ボクと葵は、既に十九時を回って夜が迫ってきている地元を歩いていた。すぐそこにある駅に向かって、葵の歩幅に合わせながら。
信号待ちしているときに、葵は指で髪をくるくるとしながら独り言ちた。
「小泉くんさぁ、あんま笑わないっていうか、なんだろ。なんか不愛想? いや、なんか違うな……」
うーん、とボクの傍で唸りながら、ヒールを履いているにしてもボクよりも身長が低い葵のつむじをちらりと盗み見ると、ぱん、と胸元辺りで手を叩いた。
「あ、わかった!」
そしてこちらを向いてにっこりと笑っていた。
「不器用なんだね!」
「は?」
「てか、もっと友達作ればいいのに~。あ、今はあたしとピエロのメンバーたちが友達かぁ。とっもだっちひゃっくにんっでっきるっかなぁ、だねぇ」
小さい頃に幼稚園で聞いたきりの遊び歌を歌いながら、葵はご機嫌そうだった。ボクがどんなスタンスで学校生活を送ってきたのかも知らずに、葵は何が面白いのかずっと楽しそうに笑っていた。
「不器用なボクが友達で、葵は迷惑じゃないのか?」
人と違うボクを、どうして受け入れられるんだ?
その問いは言葉にはならなかった。だけどボクの問いにすかさず返答が返ってくる。それはさも当たり前かのように、そしてとても不思議そうに。
「え~? いいもなにもぉ、友達なんてそう簡単にやめるもんでもないっしょ? それになんか小泉くんといたら飽きないっていうか、なんかよくわかんないけど楽しいよ」
そう言って笑って見せた葵は、青信号に変わったと共に歩き出した。ボクはその場で立ちすくんだまま、高鳴る胸を抑えられなかった。
つくづく自分が持っていた固定概念なんてくだらないものだと思わされる。色づいた世界は、もうボクの世界には何もないとは言えないほどのモノで溢れかえり始めていた。
青になった信号は早く歩けといわんばかりに点灯し続けていた。ボクが歩き出そうと一歩踏み出したとき、一歩前にいた葵はこちらに振り向いて黄昏を背に笑った。
「ほら、行こ!」
ボクの手を掴んで、横断歩道を歩きだした。ボクの手を引く葵の手は夏の暑さも相まって、かなり熱を帯びている。あの日の冷たくなっていた手とは違い、ボクの手も熱いことがわかる。
「じゃ、作詞頑張ってねぇ」
駅に着いてすぐその手は離された。携帯をいじりながら、葵はさっきまでボクの左手を握っていた手をひらひらと振った。
後ろ姿を見送って葵がホームへと続く階段を登っていく。完全に見えなくなった後、ボクも踵を返してボクは本屋へと足を向けた。部屋には物語以外の、つまり辞典とかそういった学生がよく使用するべきものはない。まずはそれを調達せねば。ボクの所有している本から引用することも考えたが、どうにも気が引けたのだ。
携帯のジャック部分にイヤホンジャックの変換器を差してヘッドフォンをつけた。さっき送ってくれた音楽データを流しながら、ボクは小学生ぶりに国語辞典と類語辞典を手に取った。
さっき聞いたはずのインストは、さっきの練習していたものと、当たり前だけれど違っていて、それはCDで聞く音源そのもののように聞こえた。とはいえ耳馴染みはとてもいい。友紀のハミングで主旋律も歌われている。
作詞入門、みたいな本を探してみたが、いくら探しても見つからなかったので、家に帰ってそういうネット記事でも探してみようと本屋を後にした。
帰り道はずっと渡された音源を延々とリピートさせて、ひたすらイメージを練った。言葉が浮かんでは沈み、また浮かんで沈んでいく。帰ったら大変だぞ、ボク。
今日一日で劇的に変わったボクの大きなスタンスは、確実にボクの気持ちをも変革へ導いていた。ピエロのメンバーにはスタジオにはいつでも遊びに来てくれて構わないと言われているし、この夏休みの間に顔を突き合わせることもあるだろう。となると、今までダラダラと過ごしていた日々とはいったんさよならだ。
家に帰ると、母さんは既にキッチンで夕飯の準備をしていた。カレーのいい匂いがここまで届いている。ボクの腹が短くぐうと音を上げる。自室に買った辞典をベッドに放り出して、洗面所で汗ばんだ顔を洗った。
なんだか今日という一日がとてつもなく長かったような気がする。多分気がするだけではない。それだけ密度が濃かった、という表れだろう。
居間は涼しく、今日のテレビは音楽番組だった。やれジャニーズだのアキバのアイドルだのがトークを繰り広げていたが、週間アルバムランキングの六位がキルハイだったのを見逃さなかった。
「あ、この人たち知ってる。あんたが好きなやつだよね? 街中でよく聞くんだけど、今流行ってんの?」
「まあ、そこそこじゃないかな。ボクは好きで聞いてるけど」
友紀から送られてきた『わからないことがあったらいつでも聞いてくれていいから』というなんとも簡素なメッセージを返していると、母さんはぐつぐつと煮える鍋をかき混ぜながらさらに話を続けた。
「あ、そうそう。今日どうだったのー?」
「いろいろあったけど……、友達が増えた」
がしゃんっと大きな音が響いた。思わずそちらの方を向くと、母さんは大げさに目を見開いて口元は手で覆い隠して、食器棚に背中を預けていた。それはもう見事に驚愕という感情を表し切っていた。まるでドラマみたいなリアクションだな。
「今から唐揚げ作っちゃう!!!」
そんな言葉と共にまた新たに揚げ物用の鍋を引っ張り出した。いい、というボクの静止など聞くはずもなく、夕飯の時間は想定していたよりもかなりずれ込み、気付けば二時間も待たされる羽目になった。
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