(三)

 鵜堂がどうしてPを招こうと思ったのか、その動機は明らかではない。

 興行を開くにあたって、それなりに話題性にある人物がよかったということが考えられるが、Pは当時はさほど有名な人間でもない。というか今現在に至るも、そんなに有名ではない。むしろ世間的には無名の人物である。

 とにかく当時は一部の古武道、中拳関係のような伝統武術界隈にやってきては迷惑行為をして出禁になり……を何度か繰り返していた。

 そんなあらゆる意味で問題のある内容の配信動画が、特に話題にもならずに埋もれていたのは、ある種の奇跡だったのかもしれない。

 だからそれをたまたま鵜堂が目にしたのは、運命的なものではあった。

 ちょうど鵜堂が主催しようとしていた格闘興行で、相手になる選手を招待しようとしていたところで、ふと目についたPの動画を見て、何かしらの興味を抱いたようである。

 Pはメールで出場をオファーされた時は、半ば困惑しつつも喜びを抑えきれなかった。

 チームを作っていたメンバーたちも、これで鵜堂がスポンサーになってくれれば、活動の幅が広がる、メジャー格闘家へのスターダムに乗れるかもしれないなどと、無邪気に言っていたものである。

 ……後から言えることであるが、このことによってPの人生は特に変わらなかったし、むしろ自分のせいでチャンスをふいにしてしまったのであるし、人生が左右されてしまったのは久雅堂の方であったが――


 そうなのである。


 Pは久雅堂とガチスパーした配信動画を、鵜堂に見られてしまったのだ!


 このことによって何が起きたかについて、あまり詳細を語っても面白くないのであるが、とりあえずPは後にこう語っている。


『まあ――――自業自得だったね』

 

 すでにその時には数年が経過していたので、Pは冷静に、穏やかなに笑みさえ浮かべながら答えたものである。


『契約ちゃんと結んでないから、問題ないと思っていたんだけど……さすがにあんなに無様晒したら、ねえ? まさかウドーさんだっけ? ああ、鵜堂――鵜堂社長だった。鵜堂社長だけど、あんな平日の昼間の、予告なしのゲリラ配信なのにちゃんとチェックされていたんだよね』


 色々と言われた気がする、とPは述べている。

 正確なところは覚えていないのか、それとも言いたくないのか、契約関係の都合で詳細を口にできないのか、とにかくPはそれ以上のことはほとんど述べなかった。


 ただ――契約の見直しを申し出られた、とだけ言った。


 契約の見直しは、さらに翌日に打ち切りの通知メールが送ってこられ、そこには関係書類もそちらに送ると書かれていたという。


 ……その後のPについては、この物語から完全に無関係になるので書く必要はないだろう。



   ◆ ◆ ◆



 Pとは逆に、この時の久雅堂は自分がこの件についてもう関わることはないと思っていた。

 

「そのうちに、このことも誰かとの話のネタに使えるかもなあ」


 とか呑気なことさえ考えていた。

 よもや自分に、Pの代わりに試合にでてくれないかというオファーがくるだなんて、夢にも思ってなかった。


 ガチスパーの当日はさすがに行きつけの接骨院に行ってダメージのチェックはしたが、翌日には久雅堂はいつもどおりの日常へと戻っていた。

 打撃は幾つかもらってはいたが、骨や腱を傷めるようなことにはなっていないし、元々久雅堂は打撃に対してはフルコン空手の試合に出たりもしていたので、ほどほどに耐性がある。同階級の空手家の打撃に比べたら、自分より20キロくらい軽いMMA

選手の(しかも腰の引けた)打撃などはものの数ではない――

 とまで言うと、語弊があるが、実際にたいしたことにはなっていなかった。

 もっとも、久雅堂はそういうことを他人に言ったりはしない。

 倫理だとか道徳の話とは別に、「口は災いのもと」ということをよく知っているからであるが、さすがにガチめのスパーをしたという程度のことは申告した。実質喧嘩みたいなものであったが、なんだかんだとお互いにルールにのっとって試合したとも思っているし、そのあたりのことはPとその取り巻きたちとも打ち合わせていたのだ。どちらとも、警察など呼ばれたりしてはたまったものではないという意味では共犯であった。

 さすがに、現在の師であるところのA先生にはことの経緯は報告したが、無事であることと、ガチスパーとは言っても、あくまでもスパーという名目でどうにか終わらせることができた……ということで、厳重注意を受けつつもどうにかそれで済ませることができた。


『本当に、スパーの相手はちゃんと選ばないといけないよ』


 とはA先生の言である。

 まったくもってごもっとも、と久雅堂は思った。

 なので平謝りした。

 A先生はひとしきり説教した後にスパーの動画を確認し、少し考えこんでいたようであったが、それ以上特には何も言うことはなかった。


 そうして3日ほどたった。


 久雅堂はA先生に呼び出されて、とあるところに同道することとなった。

 

 そこが鵜堂の所有するビルの一室であった。



   ◆ ◆ ◆



 ……読者諸兄にはいわずがもなであるが、随分とここに至るまでに多くの文字数と時間をかけてしまったので、一言くらいは言っておいた方がよいかもしれない。


 そこで久雅堂は、地下格闘で八極拳士と試合することが決定したのである。



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