第4話 デススタ!
夕暮れ。日は西に傾きだして、夜が近くまできていた。
「わぁ、おいしいな」
「でしょ〜?」
結局、俺はアバドンを選んだ。彼女と自分の好きなものを共有したかったから。
「さっきの気にしないでくださいね!なんか…からかわれてんスよ。心底めんどうっす…!」
「そうなんだ。てっきり彼女さんかと思っちゃいましたよ〜」
「いや…!全然ちがうんで!本当に…!ほんと…」
彼女などではない。それどころか知り合いですらない。ニエは所謂ストーカーというヤツなのだろうか。
「セラくんはさ、映画とか見ます?」
彼女はポテトをつまみながら行った。
「見ますよ。大好きです」
好機到来だ。映画は見る方ではないが知識ならある。耳にタコができるほどカイチに熱弁されている。
「私はまぁ…見る方か見ない方で言えば、見ない方なんですけど…」
好機などではなかったようだ。でも自分と一緒で少し嬉しい
「物語は好きなんですけど…その…チープに見えるのが駄目で…」
カイチとは真逆だ。カイチはチープであればあるほど安心するといっていた。
「私、壮大なのが好きなんですよ。スケールが大きいもの。世界が大きくないとちょっと…ふふ」
逆にチープに見えないだろうかと思ったが、口にはしなかった。
「その点小説はいいです。補完をこっちでしやすいから。私は行間を読みまくりですよ〜!」
そうだった。ルルさんは小説が好きなのだ。俺の家にあったあの本だって知ってるほどのオタク。どれほど本を読んだのだろうか。
「小説はね、セリフの解釈を変えちゃえばどうとでもできちゃうんです。気に食わないセリフがあったら、無意識に消したり、全然違う意味に置き換えたり。世界を簡単につくれちゃう」
なるほど。彼女ほどになると鼻につく表現が度々あるだろう。世界をつくりかえて気持ちよく読む。できたら楽しそうだ。
「映画は…なにかフィクションが臭うんです。セラくんにはちょっと悪いんですけどね…」
「いやいや…!全然っすよ!気にしないで下さい」
フィクションが臭うか。俺もそう思ったことがある。カイチにも尋ねてみたが、臭いはするが現実と同じ臭いがする、という回答がかえってきた。
「あの世界は違いますもんね。夜が夜じゃないみたいで」
「うん。不思議だって思う前にキちゃうんだよね。臭い。夜中に酒飲んで、賭け事してって……ありえないでしょ〜!ってね」
「ハハっ。そうっすよね。フツーは朝だろって思っちゃいますね。けどそこにツッコミを入れながら見ると面白いらしいですよ?友達の受け売りですけど」
「セラくんは不思議な友達をもったね〜」
彼女は小柄だがプロポーションが良く、手足が長い。細い腕が鞄へとむかい、ピンクの指先が中身を探っている。
全ての仕草に、俺は惹かれている。
「はいどーぞ!これです」
彼女が取り出したのは一つの本。ハードカバーでタイトルは書いてない。シンプルなデザインで洗練されている。
「あれ…もしかしてコレって…」
「そう!セラくんと私が出会うきっかけになった本!」
驚いた。こんなに綺麗な本だったのか。親父の薄汚れたボロとは大違いだ。
「いいものだよこれは。なんど読んだかわからない。きっとセラくんのお父さんもそうなんだろうね」
そうなのだろうか。親父が死んだいま、確認する術はない。
「セラくんのやつはページが抜けてると思うんです」
落丁があるのは知っている。数箇所に手で破られたような跡がのこっていたから。
「コレ、もってっていいですよ。はい!」
「えっ…?でもルルさん…」
「いーんですよ!セラくんならいーんです。それに…また会う口実になるし…」
とても嬉しかった。俺が彼女に惹かれているように、彼女も俺に惹かれているんだろうか。不安や期待、夜が近づいてきたことがごちゃ混ぜになり体をめぐった。
「あの、俺トイレいってきます」
最悪のタイミングでの尿意。自分の膀胱が膨らんでいる事には気づいていた。しかし動悸がおさまらず動けなかった。洞結節の異常ではなく自律神経と関係している方の動悸が。
俺がトイレからでると、そこにルルさんの姿はなかった。
代わりに一枚の紙ナプキンと手紙がテーブルに置いてあった。
セラくんへ
先に帰ってごめんね。
私はさよならをどう言えばいいか分からない。
言葉が出てこないの。
夜、一緒に星をみよう。
空はつづいてるんだから。
手紙はその時に読んでね。
チャットルームで待ってるね。
「ふふっ………!」
俺は紙ナプキンに書かれた書き置きをみて、笑った。
こんなことをする彼女にどんどん惹かれていく。
「カイチみてぇに映画オタクじゃない俺でもわかるぜこれぐらい」
ローマの休日の台詞を使うなんて、ルルさんは映画が好きなんじゃないのか?ロマンチックな人だ。
夜、ずっと続く海の底のよう。ベランダへ出ると霧がみえた。
ルルさん、もうそろそろくるかな。
俺はチャットルームにずうっといた。とても待ちきれない。
【ばんわーっ。います?】
《はい!ずっと待機してましたw》
【私も楽しみです!なんだかセラくんと会いたくなってきちゃいましたww】
《実は俺もだったりしてww》
【あっちゃいますか?】
時計に目をやると時刻は7時15分を示していた。
少し考え、その少し考えた時間が無駄だった事にすぐ気づいた。
ルルさんの地元の裏山で会う事になった。二人で星をみるなんて最高にロマンチックだ。
ガサガサと山を進む。ルルさんはもう上の方にいるらしい。俺の腰あたりまで伸びた草をかきわけながら、ルルさんへの道をいく。
山を登って20分程すすんだところに彼女はいた。
「ルルさーん!」
俺がそう声をかけると彼女は右手を小さくふった。
「ごめんない。大変だったですよね」
「いやいやこんぐらい。ヘッチャラっすよ!」
彼女に会えるならこれぐらい屁でもない。
「私…セラくんと星を見れて嬉しいです」
「俺も…です」
「どんな時間でも星はあるんですよね…。お昼には見えないだけで。夜中に見る星となんら変わらない星が。
俺の星はルルさんだ。昼夜関係無く輝いてる。
こんなダサいセリフが浮かんでくる。
「あっ…そういえば…彼女さん大丈夫でしたか?」
「いやニエはっ…あいつは彼女なんかじゃないですって!」
「あは…ごめんなさい。彼女コレ落としましたよ」
そういうと鞄から黒いイヤリングをとりだした。黒い玉のようなものがついている。おおぶりで、キラキラ光っている。
「コレ…ちょっとかけちゃってないですか…ほら」
「別にかけててもなんでもいっすけどねー…!アイツは変なヤツだし」
「ほら、みてよセラくん」
確かにすこしの窪みがある。しかしその窪みの反対には膨らみがあった。
「なんだァこれ?」
スパ スパ スパ スパッ
きれた音。風が。地面が。肉が。
「…………ッ…!?」
あたり一面に広がる肉塊。
彼女の長い両手両足が、地面にゴロンと転がっている。
彼女が彼女であると証明する一番のモノも胴から離れていた。
彼女、ルルは突如バラバラになったのだ。
なんで、どうして、どうやって、
「おい…なんで……?ど……………はぁ……?」
体が震えている。11月の山が寒いからではない事は確かだった。
地面に手紙が落ちた。ルルさんにもらった手紙が。
「………っ」
手紙を読む事にした。手紙を読んで、今の状況から目を背けたかったから。
セラくんへ
××××××××××ね×××よ
××××××ったけど
×××××××あ××××かな
××××××ルルは××
×××ルルは天使なん×よ
××××××ね
××ごめん×××ね
ニエより
瞬間、感情が湧いた。
どどめ色の感情が。
誰に対してじゃなく、言葉にできるものじゃなく。
気持ちをぜんぶ、闇鍋にいれたような。
俺は山を下った。携帯の充電は切れていて警察はよべなかった。
山をおりて近くの人に携帯を借りようと考えたが、入り口にある看板を見てその考えはスッと消えた。
お前が殺した
「誰が……こんなッ…!……っ」
見られていたという事か。それとも犯人が俺に罪を被せようとしているのか。
どっちでもいい。俺は捕まる訳にはいかない。
「ニエを見つけるんだ…」
見つけてどうなるかはわからない。
けどそれしかなかったから。そこに縋るしかなかったから。
駅へむかった。その途中にスコップを持った白いボアブルゾンの男とすれちがった気もするが、よくおぼえていない。
家につくと母に怒られた。家についたのが9時前だったから。
学校へいった。いつもどおりの日常にかえりたかったから。
カイチとアバドンへいった。そしておすすめの映画をきいた。
これを最後に映画を見るのはやめようと思ったから。
家へ向かう電車の中で思考をめぐらせた。
パルプ・バイブル、パッケージで駄作とわかった。アレを最後にはしたくない。
ギュッと右手を掴んだ。
「本当のことだったのかな…」
ルルさんのことはニュースになった。ハネがはえていた人間の遺体がみつかったと話題になった。
骨があったんだ。ハネの。
そのかわり、右腕の骨だけ見つからなかった。
「本当のことだったんだな」
ルルさんの右腕の骨は、俺の右腕に吸い込まれた。
信じられない光景だったけど、ニュースを聞いて確信にかわった。
右腕がみつからない理由はわかる。
けど、手紙がみつからない理由は?
俺は山に落としたとばかりおもっていたが、そうではなかったのだろうか。
スコップ男は?
ニエは?
謎だらけの頭から、思い出の引き出しを開けた。
ルルさんとの遊園地
ルルさんとのお茶
ルルさんの遺体
最後の場面だけ、違う臭いがした気がする。
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