第9話 民間ロケット企業

そしてやって来た社会科見学の日。一台のバスは東北にある民間ロケット会社に向かっていた。


隼人は別の工業高校がもともと予定していた見学に紛れている形だ。


(他の学園の制服を着るってなんか落ち着かないな)


そんなことを思いながら隼人はバスの中を見渡した。工業高校ということもあって全員男子だ。カグヤと出会ってから隼人は女の子に囲まれっぱなしだったので少し新鮮な気分だ。


「よーし。そろそろ到着だ。全員失礼の無いように」


教師の号令がかかった。


「宇宙に関する博物館や学習施設は各地にある。今までに行ったことがある人も多いだろう。だがああいうものは誰にでも理解出来るようにわかりやすく作られているある種のオブジェだ。本物ではない」


「中学生までならオブジェでいいのかもしれないが、ここに居るのは高校生だ。難しいことを自分の力で噛み砕いて取り込む、そういう積極的な学び方を身に着けてなければならない」


「だからこそ、この民間のロケット射出場を見学しに行くんだ。用意されたものを受け止めるだけではここに来た意味が無い。全員気を引き締めて見学するように」


号令を受けて社内の空気が引き締まる。全員参加ではなく希望者を募って開いた見学ツアーなので意欲のある生徒が集まっている。


施設の駐車場にバスが止まった。隼人はバスを降りると当時に電波発信を開始した。


「どうだ…俺と同じ耐性持ちは居そうか?」


隼人は念話でカグヤに問いかけた。


耐性持ちはカグヤの電波によって操ることが出来ない人間だ。ロケットに関連するスタッフに一人でそのような人物が居ると何かとやりにくくなる。


「今のところ居ない。お前ほどに強固な耐性を持つ人間なならば電波が弾かれる感覚で識別できるから…気づいたら伝える」


「わかった」


そのまま施設へと向かった。ここはいうならば事務所で、ここから離れた場所に工場、そしてロケット射出場がある。


最初はこの施設での講義、次は施設にある展示ブースを見学、最後は射場に行っての実物のロケットを見学という流れだ。


民間でロケット事業を行う意義、これからの宇宙開発の展望などについての講義が終わり、次に施設内の見学となる。


会議室での講義が終わって、展示ブースに移動する感を狙って隼人は動き始めた。


「施設の構造的にトイレと事務所が近いな。トイレに行くんだ」


「わかった」


「よし…この近さなら電波でパソコンをそのまま操れそうだ…データは全ていただくとしよう…名簿やスケジュール表もあるな…。そして更新されればこちらに通知されるようにプログラムを仕込む……」


手持ちのタブレットにそれらのデータが届いた。隼人はそれに目を通した。」


(…沢山の人が関わるものなんだな…ロケット計画って)


名簿を見てそんな感想を抱いた。そしてスケジュール表に目を移すとあることに気づいた。


『今日は関係者を集めた飲み会があるな。これはチャンスじゃないか』


『なに…確かにそれは狙い時だな。このロケット施設に関連する人間は全て操れるようにせんとな』


やるべきことを終えたのち、隼人はトイレから出て見学班と合流した。


「それじゃ出発だ。忘れ物はないようにな」


施設内の展示ブースの見学を終えていよいよメインイベント、本物のロケットの視察となる。


施設からバスで30分移動して打ち上げ場に向かった。


ロケットはまだ組み立て途中で横になった状態だが、フォルムはすでに成していた。


「おお…」

「すごい…」

「これが…」


実物はやはり訴求力が違う。全員の口から感嘆の声が出る。


案内係が実物を前に説明を始める。


「こちらのロケットは7月の打ち上げを予定していて…そこまでの流れとしては…」


全員が説明に集中する中、隼人は少し温度差を感じていた。


(………………)


隼人もロケットに関して知識は得ていて、興味もある。だが他の工業学生が持つ熱意とは方向性が違う。所詮は仮初の興味でしかない。


急に自分はこの場に居るべきではないという気がしてきて居心地が悪くなってきた。


『どうかしたのか隼人』


『い、いや…何でもない…それでこの後は飲み会に潜入するって形でいいんだな』


カグヤの問いかけを受けて隼人は我に返った。仕事だと割り切って頭のモヤモヤを吹き飛ばして思考回路を働かせる。


『そうだな。その為には…帰り道のバスで途中で降りて先に会場の居酒屋で待ち伏せするという形になるか』


『バスの運転手も操れるから…実行は簡単だな…』


隼人は急ピッチでプランを組み立てた。



他の学生が帰路についた中、隼人だけはバスを降りて残っていた。


ロケットの関係者が集まる飲み会は絶好のチャンス。この機を逃す手は無い。ここで電波を拡散して操られる人物を増やせば、今後の活動が一気にやりやすくなる。


『……狭くて落ち着かんな』


『我慢しろ。酒の席だからな。学生の俺が居合わせるのはマズいかもしれん。念には念をだ』


研也は店のバックヤードに潜んでいた。居酒屋の従業員にはすでに催眠をかけてあるので隼人を邪魔することはない。


開始時刻が近づくに連れてどんどん人が集まって増えていく。


やがてカグヤが声を上げた。


『む…この気配は…耐性持ちが居るな…』


『なんだって…操れない人間が…マズいことになったな…』


該当する人間は万人に一人。確率的に極めて低いケースを引き当ててしまったことになる。


『今は様子を見るぞ。中心人物ならば計画は頓挫するが、ただ顔を出しただけの関係者ならば計画は実行できる』


『わかった。このまま待機だな…』


やがて乾杯の音頭が聞こえた。飲み会がスタートして次々とジョッキが空になっていく。


隼人が注目すべきは耐性持ちの人物だ。その人物は実質的なリーダーと言える最重要人物のすぐ近くに座っている。


昼の見学時に隼人達を案内した人物は端の方に座っていた。


(こういった席でこそ組織の序列というものはハッキリするものだよな…)


そんなことを考えながら隼人は耳を澄ませて会話に集中する。


「あの政治家、またアホな意見を出しやがって。見返りが薄いロケット技術をわざわざ日本でやる必要性は薄いだのなんだの…専門分野でもないくせに…」


「何もわかっちゃいないんだ。資源がない日本にとって、技術力こそ最後の宝だろうに…」


「まあ確かに言っていることも一理ある。日本には逆風となる要素も多い…今の時代は低コスト化が必須条件だが、価格競争になると日本はどうやっても不利だ。人件費もそうだし、日本には土地が無い。ロケットを打ち上げるような広い土地は中々確保できない。それが可能なのは大陸にある国家…そして強権的な政府が統治する社会主義の国だとさらにやりやすくなるな」


話を聞きながら隼人は二つの国を思い浮かべた。宇宙開発ではいずれも存在感を持つ国だ。


「それに…これから先は日本自体の先行きが危うい。財政の悪化に経済の停滞、少子高齢化社会…インフラの老朽化…金をつぎ込むべき問題が山ほど出てくる。その度に宇宙開発は必要なのかって議論されるだろうからな。ハッキリ言って「宇宙開発に力を入れます」なんて演説した政治家が当選できる訳ないよ。どんな政治家も「社会福祉に力を入れます」って演説するに決まっている」


「…若い世代は投票に行かないって話ですか。確かに高齢者層は福祉に予算を投入してほしいと考える人が多そうです」


「そりゃそうさ。なにせスパンが長すぎる。アポロが月に行って月面着陸をしたのが50年前…その様子をテレビで見て宇宙に憧れを抱いた15歳の少年が今はもう65歳だからな。それでこの有様…殆どの人にとって宇宙はいまだにニュースの向こう側の話だ。「宇宙開発して自分に何の関係がある」と思う人が現れるのも当然だ。せっかく税金を払ったのに自分に利益が戻ってこない。孫やひ孫でも怪しいレベルとなると「他に税金を使え」って声が挙がるのも無理はないさ」


「実際には気象衛星に通信衛星に…宇宙技術も確かなプラスになってはいますが…道路を作ったり橋を作ったりするのに比べると直感的に理解できるものではないですね」


「ああ。ありがたみが伝わって無いというのも大きいな。みんなわかりやすい話に耳を傾けて難しいニュースははなから聞こうとしない。表面に目を取られて本質を理解しようとしない。今開発されている新しい衛星では海を探査して魚群を補足することで効率的な漁業が可能になるって話だが…「この前打ち上げた衛星によってたくさん魚が獲れました」なんてCMを流してもピンと来ない人の方が多いだろうな」


「技術者は技術のことだけ考えればいい…なんて時代は終わった…これからは広報にも力を入れなきゃならない…」


「それも自前でやらないといけない…この前の広告代理店は酷かったな…巨乳のグラビアアイドルを広告塔として起用しませんか、ロケットガール1号として、なんてふざけた企画だしやがって…」


「前に隣の県がやたらエロい観光PRムービーを公開して炎上したってのに…何も反省してないんだよ奴ら…」


話が愚痴っぽくなってきて隼人は顔をしかめた。もっと技術的なことを話してほしいところだ。


「まあ今後のことを考えて…一番気になる問題は世情だな」


「…また近くの国がキナ臭いことやって、ピリピリしていますからね…最近…」


「ああ。ミサイルとロケットに大きな違いはない。数十年前の話だがミサイルをそのまま転用したロケットもあるくらいだ。もしも…打ち上げたロケットが他の国に飛んで行ったらそれは失敗や事故じゃすまない。事件…いや戦争になる」


これも数十年前の話だが、ロケットの誘導装置は他国を攻撃するミサイルに転用できるので使ってはならない、という指摘をある政党からされたことで当時のロケット開発者が大変な苦労したという話は隼人も本で読んだことがある。


「一発だけなら誤射かもしれない、なんて考えるお人よしの国はない。一発でもぶち込めばその時点で戦争のスタートだ。間違えましたと謝ってすむ話じゃない」


「すぐ近くで人工衛星を搭載したロケットを発射した国があったけど…それがミサイルではないという保証はないんだからな」


「まったく嫌になるよ…そんなゴタゴタのせいで打ち上げることすらできないなんてオチは最悪だ」


「ま、それでも俺達が結果を残せば手のひらを返すだろうから、それまでの辛抱だ。世間の声なんてみんなバカばっかり…何も知らないくせにニュースにあーだこーだ上から目線でバカ丸出しのコメントする奴らであふれてる」


ガハハ、と笑い声が重なる。その様子はまるで山賊同士の酒盛りだ。


(…大丈夫なのかな…貸し切りとはいえ、こんなことを大きな声で言って)


前に動画で見た打ち上げ時の記者会見ではビシっとスーツを決めて真面目な対応をしていた人物が、酒の席ではかなりエキセントリックな一面を見せている。


(…でも、そういうものかもな…)


理系は真面目、技術者は堅物、というイメージを持っていた隼人だが宇宙に関連する勉強をしていくうちにそれがまやかしだと思い知った。


昔のロケット関連の技術者にはかなりはっちゃけた逸話も残っている。海水を混ぜた焼酎を飲ませたり、カエルの死骸が入った水筒を渡して飲ませたり、タバスコを混ぜた饅頭を配ったりなど、度が過ぎる悪戯を行ったという逸話が古い本に掲載されていた。今の基準では完全に炎上案件だ。


飲み会は続く。その様子をうかがっているうちにある事実を隼人は悟った


『例の耐性持ちの人は…話の流れ的に重要なスタッフっぽいな…これだと望み薄か…』


『そうだな…一応、候補に入れるが本命は双葉島のロケットに切り替えよう』


カグヤも見切りをつけたようだ。


『うむ。もうここでやることはない…帰るぞ』


『わかった。今ならバスの最終便に間に合いそうだ』


隼人は店の裏口から脱出してあらかじめ用意していたタクシーに乗り込んだ。

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