第8話 バーチャルアイドル


動画制作班から台本が完成したとの報告を受けて、隼人とカグヤはパソコン室に向かっていた。


「このフォルダに入っているから。拡張子はTXT」


まどかが立ってパソコンデスクの席を譲った。隼人が入れ替わる形で座ると同時にカグヤがにゅっと手から飛び出した。


「これのテキストを読み上げる形で…動画を作ればいいのだな……むん!」


モニターが一瞬だけ明滅する。すると…フォルダ内に入っていたテキストデータがそのまま動画ファイルに変換された。


「初めまして!バーチャルアイドルのカグヤです!」


動画の再生が始まり、パソコン内の3Dモデルのカグヤが喋りだした。


「な……たった数秒で…」


「これくらい簡単だ。パソコンの性能がもっと高ければさらに短縮できたのだが」


カグヤは電波で直接パソコン内の磁気を書き換えてデータを作ることが出来るだけでなく、人間とは比較にならない情報処理能力を持つ。


(…これから先、AIに関する技術が発展すれば似たような事態が起きるのかな……)


そんなことを隼人は思った。カグヤの存在は早すぎたシンギュラリティと言える。


「私は宇宙を旅する特派員なのですが…とある事情で地球から出られなくなってしまいました。という訳で、私が宇宙に帰るためには人類の皆さんに頑張って頂いて、宇宙技術をもっともっと発展させてほしいんです!そのために私もこうやってPR活動を行っているんです!」


モニターに表示された3Dデザインのカグヤは愛嬌たっぷりなモーションで自己紹介をしている。


流石にそのままの話し方だとカグヤは不遜すぎて動画を見る人に不快感を与えるので、口調を変えている。ついでにデザインも本人の希望通り、胸を大きめにしている。


「記念すべき初回のテーマは……宇宙の定義です。地球と宇宙の境目はどこなのか、宇宙にはどんな法律があるのか、ということについて解説していきたいと思います」


そのまま視聴を続けていると、各々から意見が上がった。


「…ここ、ちょっと早口過ぎない?」


「確かに…あ…ここは画像を出すタイミングがズレている……」


「…この辺りは説明が長すぎて間延びしているような気がする…」


「む…そういうものか…」


指摘を受けてカグヤが戸惑いを含んだ声で返答した。本人にはピンと来ないようだ。


「まずは最後まで動画を確認しよう。そして直すべき部分があるポイントをメモして、後でまとめて修正しよう」


C班はメンバーモニターの前に並んで釘付けになる。


「待って。今はパソコンで見ているけど、スマホで見た時にどう見えるかも確認すべきじゃない?」


「あ…それもそうか…じゃあモニターで見る班とスマホで見る班に分かれてチェックしないと」


佳奈子の指摘を受けて二班に分かれて見直し作業を始めた


(…動画時間は15~20分程度で…それが現時点で20本ほど作られているから…チェックが終わるには数日はかかるか……)


人気を得るコツは定期的な投稿。それを実現する為には動画のストックを用意しておくこと。ストックが沢山あるに越したことはないので多めに作っている。


あまりストックを作っても受け手の意見や要望を反映するのが難しくなるというデメリットもあるが、これは小説ではなく解説動画なので「このキャラが人気出たから裏切らせる訳にはいかなくなった。代わりのキャラを投入してシナリオを変えないと」というような事態になる可能性は低い。


(この調子なら動画の方はどうにかなりそうだな………となると後は小説の方……)


そう思ったところで丁度よく、小説制作班のリーダーである文芸部部長の晴菜がやってきた。


「…隼人君。ここにいたのね。小説に関する進捗を報告しにきたの」


そう言って春菜は1枚のプリントを隼人に渡した。内容は企画書と言っていいもので、小説のタイトルが大文字で表記され、その下に説明文が記載されている。


「思ったより早かったな」


「ええ。隼人君が集めた新メンバーの手助けもあったし」


動画作成班は4月7日に決定したメンバーから変化はないが、小説作成班は適宜新たな人員を追加している。今では10人態勢となった。


他の学園に行って全員に電波を浴びせて支配下に置く、という作業を行ってSNS工作員を増やし続けていた隼人だが、同時に計画に役立ちそうな人員…小説を作る人物も並行して集めていた。


多人数で執筆すればその分進むのも早い。文体や言い回し、全体の流れを整える作業は必要だが、一人でゼロから作るよりも圧倒的に執筆が早く進む。


「今のところ進んでいる作品は三つ。最初に…完成までたどり着いたのは『ロケットアカデミア』。大学のロケットコンテストを題材にした青春小説で、よく言えば王道…悪く言えば陳腐な作風」


説明文には美術部が手掛けたイメージイラストが添えてある。よれた作業着を着た四人の女性がロケットを見上げるカット。画力はプロに劣るが「それっぽさ」は確かにある。


「…表紙に居るのは全部女性…主要キャラに男はいないってことか?」


「そうよ。男女だと恋愛ものっぽくなるという意見が出たから。男性は「女性が大学でロケット作ってどうすんの?合コンでもやったほうが将来の為じゃない?」みたいに言ってくる邪魔者キャラとして登場しているの」


話している春菜自身は少し不満気だ。この作品に思うところがあるようだが、隼人は追及しないことにした。下手に刺激して会議の時のようにヒートアップされても困る。


「そして次は「大正ロケット娘」。未来の科学者が実験の失敗によって大正時代にタイムスリップしてしまう。元の時代に戻るためには手にはめた腕時計型タイムマシンを一定の速度に加速させなければならない。そのために生徒に協力を求めてロケット作りを始める…というストーリー」


こちらもイメージイラストが添えてある。大正時代を連想する袴を着た女学生の中に若い教師らしき男性が囲まれている絵だ。


「こっちはハーレムって感じか」


「ええ。でもそれだけじゃない。当時は今よりもずっと男尊女卑の考えが強かった時代。女子は学校に通っていても結婚を理由に退学する寿退学が普通だった。逆に卒業までに結婚出来なさそうな器量の低い女子を揶揄する卒業顔って言葉もあったくらい。そんな風に軽んじられていた女子が主人公の教育を受けることで成長して、ロケットを作るほどの技術力を手に入れて男を見返すっていう話になるの」


「やっぱそういう要素がウケるのか?」


「ええ。なんだかんだ言っても爽快感やカタルシスを求める読者も多いから…カテゴリで言うならざまぁ系ってところね」


春菜にとってはこれが自信作らしく、説明する様子は少し誇らしげだ。


「最後は…「終わる世界とロケットチルドレン」っていういわゆるポストアポカリプスもの」


「ポストアポカリ……?」


「大災害や核戦争によって文明が崩壊した世界を描いた作品のこと。それで内容は…荒廃した地球で二つの少年兵グループが物資を奪うために抗争に明け暮れているんだけど…戦況が泥沼化する中で、決着をつける為にある勝負を提案する。その勝負の方法がロケットをどこまで遠くに飛ばせるか…というストーリー。少年兵は銃弾や手投げ弾の火薬を転用してロケットを制作する。その作業の中で「どうして技術を戦いの為に使うのか」という疑念を抱いていき、少年兵の心境も変化していく…っていうジュブナイル感を強調した作品」


「…これには絵が無いんだな」


「銃とか崩壊した未来の世界とかを描ける人材が居なかったから…まだ大枠が決まった程度でキャラについてはまだ固まってない部分が多いし…」


「それなら仕方ないか…」


企画書に改めて目を通しながら、隼人は浮かんだ疑問を口に出した。


「それでこれら作品の尺はどうするんだ」


「ええ。どの作品も文庫本一巻分…15万字から20万字の分量に抑える予定。「大正ロケット娘」は続編の構想もあるけど…ほかの二つは完全に伏線を回収しきって単刊完結の予定。単刊完結でも書籍化した作品はあるから…下手にダラダラ間延びさせるよりはスパッとまとめたほうがいいという結論で話がまとまったの」


「そうか…そういえば異世界ものはないんだな。とりあえず異世界をタイトルにつければ人気出るって意見も会議で上がっていたけど」


「うん…案も上がったけど相性の悪すぎるという意見が多くてボツにしたの。調味料作るとか、ポンプ作って感謝される、とか未来の医療技術で伝染病を食い止める、とかはよくある展開だけど、ロケットはどうしてもそういうわかりやすい活用法が浮かばなかったし…説明するにしても難解な内容になるから異世界を好む読者層の知的レベルに合わないし…」


「…まあ俺も専門じゃないからその辺は任せるけど…それで、実際に投稿する際にはどんな形でやるんだ?」


「5000字くらいに分けて毎日投稿。四週間で一作品を投稿する形。行うのは別々のアカウントでやる予定」


「このイラストも小説と一緒に投稿するのか?」


「…ちょっと悩んでいるけど…今のところは投稿が半分くらい進んだくらいにファンアートを貰ったって形で公開する予定」


「わかった。それで完成はいつだ」


「ロケットアカデミアに関しては誤字のチェックまで終わっているけど……締め切りはいつ?」


「完成するまで待つけど。締め切りを決めるとそれに合わせようとしてクオリティを犠牲にすると思うし」


「逆よ。締め切りがあるからこそ、やるべきことが具体化して成度が上がるの」

予想外の意見に気圧されつつ、隼人はスケジュール表を確認した。


「それじゃ決めよう。動画投稿と合わせて一週間後…次の金曜日だ。その日から動画と小説の投稿を始める」


「わかったわ。それじゃ私は戻って最後の見直しを行うから」


そう言って春菜はパソコン室から出て行った。


動画制作班は動画のチェック作業を続けている。


『2チームとも動いている。後はお前の番だな。アカウントの管理を怠るな』


『ああ。運営にばれて消されたらマズいしな』




一週間後。作品が完成した。


投稿予定日は金曜日の18時。小説に関してはすでに予約投稿が設定済だ。


「作品を投稿する瞬間ってやっぱりドキドキするね…」


モニターを前につぶやいた。C班は全員だが、B班は3名だけがこのパソコン室に来ている。残りの班員は今の時間も執筆を行っていることだろう。


「よし…投稿。同時にSNSのアカウントも作成っと」


アップロードが完了した。バーチャルアイドル「カグヤ」の記念すべきデビューだ。


「小説の方はどうだ?」


「予定通り投稿されているわ」


「よし……電波で指令を出すぞ…チャンネル登録して動画を再生しろ…小説の方はブクマしろ……そしてランキングに入って伸びてきたらSNSで宣伝しろ…だな…」


「ええ。いきなり無名の作品がSNSで宣伝されまくったら怪しまれるかもしれないから…順番を間違えちゃだめ」


「わかっているよ。一つずつ送るか」


隼人は右手に意識を集中して電波を飛ばした。工作員へ命令を送り込む。


ページをチェックして問題ないことを確認した後、一同はそのまま待つことにした。


更新ボタンを連打して再生回数をチェックしたいところだが、自分のアクセスがカウントされて計測が狂うのは避けたい。


「動画は再生…されてる!」


「小説の方もブクマとポイントが入っているわ」


「まあ現時点では自演だから…素直には喜べないけど」


集団催眠によって手に入れた工作員がちゃんと機能していることはこれで確認できた。


「最初が肝心よ。一度ランキングに乗れば後は流れをつかめるから…」


「一応言っておくけど…目的はあくまでもロケットのPRだからな。最終目的は人気のバーチャルアイドルになることでも、投稿した小説を書籍化やアニメ化することでもないからな。それらは通過点だ」


浮かれている皆を見て隼人は釘を刺した。このまま画面に張り付いて作品の動向を見守りたいところだが、もう最終下校時刻となったので全員が解散となった。




動画と小説を投稿し始めてから一週間。すべては順調だった。


チャンネル登録者数やブクマ数、フォロワーも順調に伸びつつある。8割は自演だが、言い換えれば残りの2割は普通のアカウントだ。


増えていく数字を見て全体の士気も高まっていたが、大切なのはここからだ。


(自演はやり過ぎてもダメだ…徐々に…怪しまれない程度に増やさないとな)


ストックはまだ沢山ある上に継続して制作も行っている。このまま投稿を続ければ人気と知名度も上昇していくことだろう。


(そして…俺もやるべきことをやらないとな…)


隼人もプランA、操れる人間の数を増やすための活動を続けている。現在の数字は1万5000なので1万5000人の人間を操ることが出来る。


中にはスマホと家のネット回線など、2つや3つアカウントを作れる者も結構いるので、実際には3万近いアカウントで工作出来る。


(報道部の調査によると投稿した小説の書籍化を狙える数字にはもう既に達している……書籍化を狙えるラインは総合評価が10万以上でブクマ数が3万以上と言われている……これは出版社がブクマした読者のうち書籍を買って支えてくれるファンが10人に1人の割合で居ると仮定して…出版社が赤字にならない最低ラインの3000部以上売れるかという点が判断基準になるから…自演だけでもこのラインは越えられる…)


雫から聞いたが、とあるベテラン作家が「今のラノベ編集者は投稿サイトで点数が高い作品を右から順に書籍化しているだけ。内容を見ずに数字だけで判断している」とコメントしたそうだ。


このコメントに同意する声は多かったらしい。そしてラノベ業界の将来を悲観する意見も多く集まったが、カグヤの電波によって絶対にバレない工作が可能な隼人にとってはそのコメントが真実であることは追い風となる。佳奈子が言った通り、小説を投稿して自演してランキングに居座れば後は出版社が声をかけてくるはずだ。たとえ中身が悪くても。


(問題なのは動画の方だな…バーチャルアイドルでも…解説系動画でも…登録者数10万越えなんてそう珍しくない…もっと工作員が必要だ…5万まではいかないと…)


全員が頑張っている以上、隼人も頑張らなければならない。


(行くか…今日中に4つの学園で集団催眠をかけて1000人は工作員を…フォロワーを増やさないと…)


そうして工作員を増やす作業を続けて、一週間が経過した。






翌週の月曜日、隼人は少し離れた場所にある工業高校を訪れていた。


もうすでに全校生徒を体育館に集めてたっぷりと電波を浴びせて操れる状態にしてある。だが今回はもう一つ目的がある。


(ここがロケット部の部室…なのか…)


この工業高校にはロケット部があるという情報を掴んでいた。調べる価値はあると判断して部室に来たのだが。


(うーん…ロケットに詳しい人物が居たら色々と話を聞けると思ったんだけど…)


現地に来て分かったことだが、本格的に活動していたのは10年以上前の話。今では部員ゼロで活動休止状態。倉庫と化した部室を見て隼人は苦い顔をするしかなかった。


(まあ収穫があっただけでもよしとしよう…)


マニアックな専門書やモデルロケットに関する資料が本棚に残されていたので借りることにした。埃まみれの古本だが目を通して損はないはずだ。


(ん?)


技術書だけでなく、部活の活動日誌があった。


そのうちの一冊をテーブルに置いて開いた。資金も設備もない学生が必死に工夫して宇宙へ近づこうとした努力の記録だ


半分ほど目を通したところで隼人は手を止めて、カグヤに問い掛けた。


『なあカグヤ…俺が普通にロケットを作って飛ばす…っていう計画は提案したら賛成するか?』


宇宙に関して調べているうちに隼人は学生がロケットを飛ばすという内容の小説の存在を知った。これも読めば勉強になると思って雫の書店で2冊ほど買って目を通している。


『…賛成はしない。成功率は極めて低いと判断する。成功にたどり着くとしてもそこまで時間がかかり過ぎる』


『…やっぱり難しいか。でも不可能とは言わないんだな』


『お前もそういう例があるのは知っているだろう』


『ああ。この前ネットの記事を読んだな』


学生の手で作ったロケットが宇宙空間、すなわち高度100キロの高さに到達した例はあることにはある。2019年のアメリカの大学のロケットだ。


観測機器の不備によって宇宙空間にたどり着いたことを完全に証明した訳ではないが、データで判断するとその可能性が高いとのことだ。


高校と大学、日本と海外、という違いはあるが、高校生でも絶対に越えられない壁ではないという気がする。


『ついでに言うと地球への影響度という面でも反対だ。仮に学生がロケットを作って打ち上げに成功させたら、話題を呼ぶだろう』


『そうだな…未来の工業を担う希望の星として有名になって……広告代理店が飛びついてきてドラマ化に小説化に…って感じか。成功すればの話だけど』


日本の学生ロケットの最高記録は2.4キロ。あまりにも遠い道だ。


『海外では科学技術教育の振興を目的として、学生の手で作ったロケットが宇宙に到達したことを証明したら賞金を出すという企画も行われているけど…日本ではそういうのもない…というかそもそもやらせてもらえないだろうな。火薬とか燃料とかそう簡単に入手出来たらそれはそれで問題だし』


ロケットとミサイルは紙一重。ロケット技術が誰にでも扱えるようになってしまえば、どこぞの過激な宗教や反社会的勢力がミサイルを作って「これはロケットです」と主張する事態もありうる。火薬と燃料の積んだ飛翔体は使い方によっては化学兵器並みの被害を出しかねない。


『うむ…諸問題を考えればやはり既存のロケットに相乗りするのが一番だ…そういえばそろそろだな。例のロケットの見学は』


『ああ。明後日の予定だ。もう既に準備はすべて終わっている』


ロケットをPRするための動画と小説作りも重要だが、打ち上げされるロケットそのものについて忘れるわけにはいかない。作業員を操って、カグヤが乗り込むための指定席を用意する必要がある。


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