第7話 大学の講義 -大絶滅-
『隼人よ。一つ頼みがある。これが終わったら大学に行って欲しい』
計画の準備が着々と進む中、カグヤがそんな提案をした。
『大学?なんでまたそんなところに?』
隼人の疑問はもっともだった。大学は高校のように全ての学生が毎朝登校するというような形式ではない。
電波をばら撒くのに適した大人数が集まるタイミングがほとんどないので、大学でやるくらいなら最寄りの駅でばら撒いた方が効率的だ。
『会いたい人間がいるのだ。私がかつて観察していた大学の教授だ』
『それって…初めて発見した適正者…ってことか?』
カグヤと初めて会った時の会話を隼人は思い出した。
『そうだ。当時は持病で入院していて肉体的な面で不安だったので宿主としては選ばなかったが…情報を集める環境に適していると判断して…ペットの猫に寄生していた。私はあの教授の家で地球の知識の大部分を学んだのだ』
『……行き先が病院じゃなくて大学ってことは復帰したんだな。その教授』
『そうだ今日、講義をやるそうだ。それを聞きたくてな』
(…カグヤがこんなことを言うなんて珍しいな。宇宙に帰ることと女の子を着せかえさせることにしか興味が無いと思っていたけど…)
出会ってから一か月が経過して二人の仲もかなり縮まっていた。そんな中、カグヤの意外な一面を知って隼人は新鮮な気持ちとなった。
(それに…当日の朝になってから言い出すってことは行くか行かないギリギリまで迷っていたってことだよな…そういえば最近はなんか口数が減ったような気がするが…これで迷っていたからか?)
そんな考えも隼人の中に浮かぶ。カグヤがここまで人間らしいところを見せるのは初めてだった。
『わかった…それじゃこの作業を早いとこ終わらせよう』
念話を終えて隼人は目の前の仕事に意識を戻した。
「それじゃ全員、服を脱いで下着姿になってください」
マイクに向かって隼人が喋った。いつもの動作確認だ。
今日の狩場は商業高校で男子しかいない。演壇からの眺めは昨日の女子学園に比べると雲泥の差なのでさっさと終わらせることにした。
(大学って自由に入れるものなんだな)
周囲をキョロキョロと伺いながら隼人は目的の教室へと向かっていた。
すでにこの大学ではカグヤが電波を長期にわたって発信し続けたのでほぼ全ての人間を操ることができる。不審人物として警備員に呼び止められてもすぐにやり過ごせると隼人は頭でわかっていても、やはり落ち着かない。
扉を開けて教室に入ると30人ほどの学生が居た。教室のキャパシティを考えれば満員に近い。人気の授業のようだ。
席に座ってしばらくすると、やがて初老の男性が入ってきた。少し寄れたスーツを着ていて杖をついている。
「あの人が適性者か?」
「そうだ。顔と名前を憶えておけ。適性者は電波で操ることが出来ない。万が一の話だが敵対的行動を取られると厄介だ」
電波に耐性を持つ人間はカグヤに対して対抗できる力を持つ人間でもある。隼人は共存の道を選んだが、敵対という選択肢を選ぶ者が居てもおかしくない。
『始まる…なんか緊張するな』
『そわそわするな。目立つ』
隼人に心配をよそに、何事もなく講義は始まった。
パソコンの画面をスクリーンに映し出す。杖を突いたまま黒板の前に立って板書するのは難しいようだ。
「えーそれでは講義を始めます」
今回は初回の講義で、どのような内容なのかを説明するガイダンスとのことだ。本来なら4月のうちに講義が始まるはずだが、入院によって一か月遅れとなっている。
「この地学Iで扱う内容は…地球の歴史です。人類史は4000年とも8000年とも…様々な解釈が存在しますが……地球の歴史は46億年…数千年の差など誤差といっていい長い時間です」
マイクを通した声が講堂に響き渡る。かなりはっきりとした喋り方だ。
「地球上に生命が誕生したのは38億年前、多細胞生物が産まれたのが10億年前、生物が海から陸に上がったのが5億年前…そう考えると1億年という時ですら短いのです。46歳の人間が一年や二年を長いとは思わないように」
学生の隼人にもイメージ出来る例えだった。
「…41億年かけて声明は海から陸に上がり、地上で繁栄していきますが…その繁栄は6000万年しか続かなかったのです」
スクリーンの絵が切り替わる。年表が表示された。
「地球の歴史を語る上で避けては通れない事件は大絶滅です。大絶滅と聞いて君たちが真っ先に思い浮かべるのは恐竜の絶滅だと思いますが、これは五度目の大絶滅にあたり…それ以前にも同じような環境の激変とそれに伴う大量死は発生していたのです」
年表をクローズアップする形で新たな年表が映し出される。
「最初の絶滅は4億4千万年前のオルドビス紀に発生しました。当時地球に存在した生物種の80%が絶滅に追いやられた。一番古い絶滅というだけあって原因については未知の部分が多い。有力な案はガンマ線バースト…超新星爆発によって地球上に有害な宇宙線が大量に降り注ぎ…環境の激変を招いたというものですが…これについても異論や矛盾が多く指摘されています」
4億4千万年前、生物の8割が死んだ、と言われてもあまりにスケールが大きすぎて隼人にはピンと来なかった。
「次の絶滅は3億7000万年前のデボン紀。前回と同様に8割の生物が絶滅したとされています。これも原因についてははっきりしていませんが、寒冷化、もしくは温暖化によって海流が止まり、海が無酸素状態になってしまったという説が有力とされています。前回の異変の後に繁栄した生物は魚類でしたが…それもこの異変によって大打撃を受けてしまった。逆に昆虫はそこまで大きな被害を受けなかったとされています」
海に住む魚、陸に住む虫、戦ったらどちらが強いのか。そんな要素を取り入れた漫画が雫の書店に並んでいたことを隼人は思い出した。結局それを決めるのは人間の尺度ではなく、環境と時代なのかもしれない。
「3度目はペルム紀の絶滅。これは地球の歴史上の絶滅の中で最大のものだった。地球は想像を絶する地獄となり、その地獄は1千万年にわたって続いた。被害は甚大で95%以上の生物が死に絶えたとされています」
講義室の空気が少し張り詰めるのを隼人は感じ取った。腕に居るカグヤも講義を聞くことに集中しているらしく、今は隼人に対して何も伝わってこない。
「原因については地球の内部…マントルで対流しているマグマが地表に流出したことで起こった桁違いの規模の火山活動とされています。それにともなう温暖化と酸性雨であらゆる植物が死に絶え…地球が酸素不足になってしまったのです」
モニターに表示されたのは地球の断面図だ。中心にある赤い層が外に漏れ出る様子が分かりやすく図で表示された。
「そして四度目の絶滅は三畳紀に発生しました。火山活動か隕石の落下によって70%の生物種が絶滅したとされています。比較的軽度の絶滅と言えますが…特別すべき点としては前回の大絶滅からまだ5000万年しかたっていない時期に発生したということです。人間に例えるなら災害が発生して3年後、まだ復興作業の途中で別の災害が発生したようなもの…当時の生物からすればたまったものではないでしょう」
数千年の人類史が吹き飛ぶような長いスケールの話を、教授は分かりやすく解説した。
「そして最後の白亜紀末。皆さんご存じの通り、恐竜の絶滅です。隕石の衝突に伴う環境の変化によって7割の生物が死滅したとされています」
ようやく隼人にも馴染みのある話となった。
「一番我々の時代に近い時期に起こった点と、世間の関心が高いこと、そして研究者が多いこともあって研究は進んでいて、原因についてはほぼ結論が出ています。あくまでも仮説ですが…重大な証拠が新たに発見されない限りはその仮説が覆ることはないでしょう」
そう言っている本人は興味なさげにモニターを切り替えた。世間の注目度が高いセンセーショナルな題材を研究する学者が多いという俗物的な現象を嫌悪していることを表したような態度だと隼人は思った。
「このように地球は繁栄と絶滅を繰り返してきました。人間は恐竜が絶滅した後に生まれた新参者にあたります。そして…凄まじい大絶滅を乗り越えた先輩にあたる生物も確かに存在します。古代魚やサメの他…台所によく出るあの黒い虫のように」
ちょっと狙った感じの冗談によって講堂内の空気が微かに弛緩する。
「地球は生命を産んで育んだゆりかごでもあり…弱い生物を絶滅に追い込む戦場でもあるのです」
(人間が覇者となった今の地球もそれは変わらないな。優れたものが生き残り…弱いものが死に絶える…)
幼いころからプロのフィギュアスケーターとなるべく指導を受けて隼人にとって、勝たなければ生きられないというシンプルなルールは直感的に理解できた。
「これらの大絶滅によって姿を消した生物は数えきれないほど存在しますが…彼らの存在は現代の世界にしっかりと痕跡を残しています。あらゆる場所で彼らの化石は発見されていますが…その他にも私たちの生活に身近であり、必要な不可欠なものとして残っている。それは恩恵ともいえるものです」
大半の学生はこの説明の時点で答えを予想していた。だが隼人にはピンと来なかった。
「それは石油や石炭といった化石資源です。それらはエネルギーとして、現代社会の生活を維持するために必要不可欠なものとなっている。すべては数多の生物の死によって作られたエネルギーなのです」
説明を受けて隼人はようやく理解した。
「我々は彼らが残した力を使うことでかつてないほどの繁栄を手に入れた種族と言えます。ただ、地球が我々だけを特別扱いするなどありえません。これから先、繁栄が続くという保証…すなわち…地球環境が激変して第6の絶滅が起きないという保証はないのです……中には、現在は6度目の絶滅を迎えているという説を提唱する学者もいます。その原因は…人間による環境破壊です」
これは隼人にも事前に予想出来た。
「ニホンオオカミやリョコウバトを始めとして、人間の手によって絶滅に追いやられた生物は多い。人類文明が発展するに伴って生物の絶滅率は加速し続けている。人間自身が第6の絶滅の化身と言っても的外れではないのです」
「人間の手による6度目の絶滅を回避することこそが、知的生命体として地球に君臨することが許された人間の義務であり使命であると言えるでしょう」
「…テレビでやっているドキュメンタリーならばこう締めくくるのでしょうが、大学の講義ではこの続きについても論じなければなりません」
再び講義の方向が変わる。その点を強調してくれるのは隼人にとって、講義を受ける者にとってはありがたい。
「2019年に専門機関によって人類の活動によって100万種の生物が絶滅に追いやられているという報告が発表されましたが…地上に存在する生物種の数は900万と言われています。たった100万種の絶滅など、過去に発生した大絶滅に比較すれば矮小な変化でしかないのです」
「そもそも…絶滅と聞くと悪いイメージが浮かぶ人も多いでしょうが…今まで説明した通り…絶滅は地球ではよくあることなのです」
「たとえはオレンジヒキガエル。この生物が絶滅した要因に人間の手による環境破壊などは絡んでいないとされている。自然界の中で自然に絶滅したのです」
「合わせて言うと、絶滅しそうな動物を保護することも一概に正しい行為とはいえない。人間の手による保護の結果、無菌室の水槽でしか生存できず、自然界に帰れなくなったカエルも存在するのです。自然界に戻れないという点では蚕も同様です」
「そして…絶滅は新たな始まりでもあるのです。絶滅した種の席を狙って他の生物が生息域と活動範囲を広げていき、新たな生態系が作られる…絶滅無くして繁栄はありえない」
話を聞いているうちに隼人の中で絶滅という言葉のイメージが変わっていく。
「それは人間にとっても例外ではありません。人間の文明が滅亡して、人類が絶滅したとして…その後の地球はどうなるのか」
スクリーンが切り替わる。SF映画を思わせる文明が崩壊した姿を描いた画像が表示された。
「結論から言うと…人間が存在したという痕跡はあっという間に消えてなくなる。草木の浸食や風雨によって道路も建物は崩壊していく。数万年経過すればピラミッドやラシュモア山といった石づくりの建造物しか残っていない。
「…さらに時間が経過すればそれらの建造物すら消えてなくなり、ガラス片やタイヤの切れ端、粉末となったプラスチックが地層の中に残る程度だと試算されています」
「人間が残した爪痕が消えると同時に…地球は緑を取り戻します。時間を巻き戻したかの如く」
「そして…その中には新たな知的生物…新世代の人類が出現しているという説もあります。数百万年前の我々の祖先のように、石器を使い、言語を使ってコミュニケーションを取ることで生存競争を勝ち上がった覇者と言える生物が」
モニターが切り替わり、動物の皮で出来た服を身にまとい、石と木を組み合わせた槍を持った人間らしき生物の姿を映した画像が表示された。それだけを見れば原始人だが、話の流れに照らし合わせると未来人と言える存在だ。
「その生物は新たな文明を作ることでしょう。仮に我々が化石資源を使い切ってしまったとして…燃料が無い世界はどのような発展を遂げるのか。産業革命の立役者は蒸気機関車による輸送力ですが…石炭がない以上産業革命は再現できない。まったく新たな世界が広まっていることでしょう。とても興味深い事柄と言えます」
「…滅びの後に新たな文明が始まる…こういった概念は昔から存在していました。たとえばニーチェは永劫回帰という言葉を残している。物質が有限で時間が無限ならば、全ては繰り返されるという思想です」
「スケールが大きくなりますが……計測する単位すら存在しない遥かな未来の宇宙で…天の川銀河と同じような銀河が生まれ、太陽系と同じように惑星が配置され、地球が誕生し、生命が生まれ、人類文明が築かれる…同じことが永遠に繰り返され、再現される…」
自分の尾を食らうことで円環をなした蛇の図がスクリーンに表示された。
「はるか未来……地球という星の日本という国の中で私がこの講義室に居るかもしれません。そして皆さんが講義を受けているかもしれません。100万個のサイコロを振って100万回連続で全てのサイコロが1の目を出すよりも低い確率ですが…時間とチャンスが無限ならば…それは決してありえないこととは言えない…と例えることもできます」
哲学的な話になって少し混乱する隼人だが、サイコロに例えた説明はなんとなく理解できた。
「我々が既に二度目の人類という説も存在します。古代に栄えた文明があったという説です。一夜にして海の底に沈んだ高度な文明を持つ都市や…古代のインドで空飛ぶ船と核兵器を使った戦争が発生したなど……ほとんどオカルトや神話に近いですが」
「少し話がそれました。本題に戻ると…地球は滅んでも例え人類が滅んでも、やがて地球は緑を取り戻す。そして再び知性を持つ存在が現れる」
次に映し出されたのは宇宙の中に浮かぶ地球の図だった。
「しかし、現実には地球の存在が永遠に保たれるということはありません。例えば50億年後には地球の自転は止まってしまうと予測されている。その他にも…太陽は少しずつ膨張している。これから数億年と言う時間が経てば地球に届く太陽光が強くなりすぎて、全ての水を蒸発させて大気を吹き飛ばしてしまう。80億年後にはやがては地球そのものを飲み込んでしまうとされています」
地球の歴史に関する説明は果てしない物語に思えた。だが、宇宙と比較すると所詮は一部でしかない。隼人は改めて話のスケールの大きさを感じ取った。
ちらりと教授が時計を見る。そろそろ終了時間だ。
「このように、地球の歴史といっても非常に広大な範囲を探ることになります。私の講義は15回に区切って説明します。今回はあくまでガイダンス…さわりの部分でしかない。それぞれ学びたいことがあると思いますので…自分の興味と照らし合わせてこの講義を履修するか選んでください」
そう言って教授は話を締めくくった。今日はガイダンスということもあってか出席は取らないようだ。
講義が終わり、続々と退室していく。隼人も早々に教室を出た。
『元気そうだったな。あの教授』
杖をついてはいるが、それを除けば健康体だ。なにより活力に溢れていた。
『うむ。入院していたと聞いて心配していたが…あの調子ならば大丈夫そうだな。…あの人間の下で色々と学んだのだ。私にとっては父といえる存在だ』
感慨深げにカグヤはつぶやいた。そして話題を変える。
『お前はどう思った。出来れば感想を聞きたいのだが』
『え。まあ…そうだな…色々と考えされられる講義だったよ。宇宙人と接触している唯一の人間として…特に。あの教授が言っていた通り、地球は環境破壊が加速している。資源の枯渇も近い。滅亡に向かっているといっても過言じゃない。それをどうにかしなきゃいけないのに…お前のように宇宙を飛び回れるようにならなきゃいけないのに……迷走してばかりな気がするし…』
感想と言ってもすぐに考えがまとまらなかった。隼人の中では講義をまだ噛み砕いて呑み込めていない。
『あまり悲観的になるな。そう深く考えなくてもいい。興味本位で聞いただけだ』
考え込んだ隼人にカグヤが声をかける。
だが考えは止まらない。そうこうしているうちに新たな考えが隼人に浮かんだ。
『…前にルール違反だと言っていたけど…お前の力で全ての人間を支配すれば、環境破壊を食い止められるんだよな。電波によって完全な意思統一が出来るんだし。戦争もだ。地上に存在するあらゆる問題を解決できるんじゃないのか?』
少し間を置いてカグヤは返答した。
『可能かどうかという点だけを見れば可能だ。だがやらん。私のルールに反する』
帰ってきたのは隼人の予想通りの答えだった。そのまま話を続ける。
『そして…先ほどの講義を聞いていたのならば、その行為が間違っているとわかるはずだ。絶滅も環境の一部…地球の環境にたいして外来生物である私がどうこう手出ししてはならない』
『そりゃあそうだけど…』
この花は綺麗だから保護しよう、この花は醜いから滅ぼそう、そんな行為を安易に行ってはいけないことは隼人にもわかる。さっき聞いた無菌室でしか生きられないカエルの話は初耳だが、沖縄でハブを駆除しようとマングースを放った結果起きた生態系の破壊は隼人も聞いたことがある。
(滅ぶのが自然、と言われてもな…)
とはいえ、滅びそうな存在に手を差し伸べたくなるのも人間の心理。すべて合理性で割り切れるわけがない。
他にも質問が浮かんだので隼人はカグヤにぶつける。
『カグヤの方はどう思った。あの講義を聞いて。俺たち人間を愚かな種だと思うか?地球が穏やかなうちに進化して宇宙に進出しなきゃならないのに、自分のことばかり考えて争ってばかりだと思うのか?』
『…別に人間を愚かだとは思っていない。宇宙開発に予算を渋っているのは私にとっては不都合だが…宇宙開発だけでなく地球でもやるべきことがあるという事情も理解できる。地球を蔑ろにして宇宙開発ばかり考えていても共倒れだし…全体のことばかりを考えて自己の生存を蔑ろにするのも生物としては欠陥だろう』
『それはまあ…そうかな…』
カグヤとの話が弾む中で隼人の中に新たな疑問が浮かんだ。
『…人間を見ていて面白いか?』
『なに?』
『いや…講義を受けていた時もそうだし…今の話もそうだし…なんか楽しそうだと思って』
『………そうだな。面白いという感情にはピンと来ないが…まあおそらくそうだ。面白いし、楽しいな。人間を見ていて』
動植物がどのような生態をしているのかを解説したドキュメンタリー番組は時代を問わず放送されている、あらゆる人間が興味を持つジャンルだ。
それは宇宙生物のカグヤにとっても同様で、人間の生態というのは興味を引かれるようだ。
『だったら…ずっと地球で過ごすっていうのはダメなのか?他の生物に寄生しながら…ずっと地球を見物しようとは思わないのか?それが楽しいんならさ』
カグヤは「宇宙に帰らなければならない理由がある」の一点張りでその詳細について詳しく話していない。遠回しに探りを入れるという意図も含めて隼人は質問した。
『私には使命がある。ルールもある。いくら地球見物が楽しいからと言っていつまでも遊んでいるわけにもいかん』
『…使命を放棄して…ルールを破ったところで、それを咎める者がいるとは思えないが…それでも守るのか』
罪と罰があるから人は法を守る。ただ法だけがあっても無意味だ。
『法を守ることで私は自分の存在を保っている。遥か宇宙の彼方に仲間が暮らす…その…世界がある。私とその世界を結ぶ者は今となってはルールしかない。それを破ったら私が私ではなくなるのだ』
少し言葉に詰まりながらカグヤが答えた。
『自己の存在を規定するためか…やはりどんな生物も自分のことってわからないものか』
そう返答した隼人だが、かすかに漏らしたワードを隼人は見逃さなかった。
(今……「星」でも「銀河」でもなく「世界」って言葉を使ったな………もしかしたらカグヤの種族は銀河間を繋ぐような社会ネットワークを築き上げているのか…?それとも宇宙ですらない高次元とか…)
講義の話が弾んだことで身近に感じたカグヤの存在が一転して、隼人には遠いもののように思えた。
「……未来の話や自分の話も大切だが、日々の仕事もおろそかには出来んぞ。ロケット計画を進めなければならない」
カグヤが話を変えた。まるで話し過ぎたことに気づいて強引に話を変えたような話し方だったが、隼人は指摘しなかった。
「…そうだな。また電波をばら撒きに行くか。今から行ける近場だと…」
手帳を取り出してリストを確認した。カグヤの言った通り、未来のことを考えるのも大切だが今日やるべき仕事を果たすことも大切だ。
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