第6話 数と力


しばらく時間が経った後、隼人は生徒会室に戻った。


そこには佳奈子が残っていた。衣装も制服に戻っている。


「会議の時はごめん。少し感情的になって…進行を妨害しちゃって」


苦い顔しながら佳奈子は謝罪した。


「それはいいんだ…でも理由が知りたくって」


何かしらのスイッチを押した、そんな感じの怒り方だと隼人は判断した。


「話してもいいけど…誰にも言わないと約束する?」


「ああ。約束する」


本人にとっては話したくないことなのかもしれないが、今更引き返すわけにはいかない。


「…今から25年前に地下鉄でテロを起こした宗教…知っているよね」


「あ、ああ…」


学の無い隼人でも流石に知っている。それだけの大事件だ。


「その宗教が地下鉄でテロを起こす前…ある村に信者をたくさん移住させたの。工場を作って化学兵器を手に入れる為でもあったけど…もう一つ目的があったの」


(……ッ!)


話の流れから隼人にもその目的が何なのか予想出来た。


「信者の数が村民の数を超えれば…村長選挙で教祖を当選させることが出来る…それも教団の狙いだった」


彼女の声には怒りとも悲しみともとれる重さがあった。


「村民はそれを防ぐために役場を閉鎖して転入届を出させなくしたり…裁判とか…色々戦った結果、教団は村から出ていったけど…村は和解する為に大金を支払う羽目になった。勝つには勝ったけど…代償は大きかった」


役場の閉鎖という強硬手段。普通に考えれば村民側がやっていることの方が違法行為だ。だが教団の乗っ取りを防ぐためには仕方ないのではという考えも隼人の中に浮かぶ。


「会議の時にその村のことを思い出したの。私の親戚に関連している人がいるから。それで…文芸部の子が数では決まらない、内容が大切だって言っていたけど…あの村のケースでは実際には数だった。実際に行われているのが教団による村の乗っ取りでも、選挙ならそれが正当化されてしまう」


「それで…結局は数だって…あそこまで主張したのか…」


「そう。アカウントで自演するのもあの宗教と同じやり方に思えたけど…でもそのやり方が目的を達成する上で有効な手段なのも事実だから…複雑な気分になって…」


「ごめん…何と言ったらいいか…」


「いいよ。気ぃ使わなくて。すべてはカグヤ様の目的を達成する為。みんなで頑張ろう」


「それじゃ。また」


そう言って彼女は生徒会室から出ていった。


『カグヤ…彼女はC班に入れよう』


『なに?だが奴は宇宙に関して素人なのだろう。入れてどうする?』


『素人だからだ。天文部のみんなは宇宙に詳しい。一人くらいは素人目線が無いと難しい説明になってしまうと思うんだ』


『…それはあるか。では奴はC班に移籍させよう』


カグヤへの説明は半分は方便だ。真の理由は彼女をB班に入れるのは良くないと思ったからだ。


(…あの宗教と同じやり方か…)


自分で考えた案だが、そう言われると、やはり心に来るものがある。


だが、彼女の言った通り、有効な手段であることは確かだ。


(…今は実行するんだ)


全てはカグヤを宇宙に返すため、そう考えて隼人は迷いを振り切った。



次の日から計画は動き出した。


プランBを実行する小説制作班として選出されたのは文芸部と美術部と漫画研究部の面々。


全員が話し合って作品をまだ内容を1から練っている状態だ。


「船頭多くして船山に上るってことにならなければいいけど…」


「どういう意味なんだ。それ」


「…指示する人が多すぎて目的は見当違いの方向に物事が進んでしまうことよ」


「そういうことか…確かに気になるけど、こういうのは専門に任せよう」


「…そういう時は餅は餅屋って言うの」


「わ、わかった」


そしてプランCを実行するのは天文部のメンバー。更に報道部の佳奈子も加わった。


カグヤの力ならば動画データそのものを作ることが出来る。カグヤが読み上げる台本さえ作ればいい。


「…解説だと話すキャラを二人にした方がやりやすい。片方が質問して、片方が回答する、みたいな会話形式が出来るし…実際そういうパターンの動画が多い」


「これもそうした方がいいかな」


「相槌役は…ペットみたいなマスコットキャラにする?かぐや姫だけに火鼠とか燕とか」


「そうね。しばらく前に男性が解説して女性が頷くっていう構図の番組が「女性軽視だ」って叩かれた例もあるし…その方がいいかも」


「でも…会話形式になると展開がワンパターンになりがち。まずは一人で始めて、マンネリ化してきたら別キャラを投入って形にした方がいいと思う。一人の形式が好評なら追加しなくていいし」


「そうね…そのほうがやりやすそう…それじゃその案で行こう」


「こ、構成だけじゃなくて内容も考えないと…す、す、既に例の探査機の解説動画とかはたくさん投稿されているし」


こちらの話し合いは順調に進んでいた。


今は彼女たちがやってくれることを信じるしかない。


『…計画は動き出した。お前にもやるべきことはあるぞ』


『ああ…プランA…工作の為に操れる人物を増やさないとな』


隼人は頭の中に浮かぶ数字を確認した。


『現在…数字は5983…5983人に電波を送って…命令を実行させることが出来るってこと…』


勿論5983人を操れるといっても、5983のアカウントで工作できるようになる訳ではない。


この数字にはそもそも携帯電話やパソコンを持っていない、あるいはスマホではなく電話とメールに機能を限定しているガラケーを使用している人間も含まれるからだ。


そういった人物に工作させることは出来ない。仮にさせるとしたら電気店のパソコン売り場やケータイ屋に人が殺到して窓口がパンクしてしまう。


あるいは契約プランを考慮せずにインターネットを使ったり、動画視聴を行った結果、通信料が莫大なものになってしまう可能性もある。


そういった点を考慮したうえで操れるようになった人物には次のような命令を送り込んだ。


「日本のロケットや宇宙開発に関連する動画チャンネルやSNSに登録して高評価やフォロー等、プラスになることを実行すること。ただし、その作業に大きな金銭的負担が1時間以上の所要時間が発生しない場合にのみ行うこと。また、これらの命令は自分の誕生月と同じ数字の日に行うこと」


(この命令なら工作員は12回に分けて作業を行うから…一度に数字が増えて怪しまれることもないはず…)


この指令を送ったことで、宇宙に関するアカウントの登録者数やフォロワー数は徐々に伸びていった。


(実際に工作兵として働かせることが出来るのは感染者数の5分の1程度か。まあ刑務所や病院に居る人はインターネット使えないし……)


工作の効果は該当するアカウントを見ればわかる。スマホの普及が進んだとはいえ、まだガラケーユーザーでインターネットはよくわからない、という人は多い。


(単に闇雲に電波をばら撒いても工作要員は増えない…効率的に行動しないとな)


少し考えた末に答えは出た。


(まずは学園から行くか。人が集まる場所だし…)


学生ならばスマホの保有率は100%に近い。そして体育館に集めてまとめて電波を浴びせる、という形で迅速な催眠支配が可能だ。


計画を速やかに進めるうえで絶好の収穫場となる。


「雫。市内の地図を出して、高校や学園をリストアップしてくれ」


「ええ。ちょっと待って」


「効率的に回収するには…どういうルートで行けばいいか…」


雫との話し合い、細かな計画の立案、全体の進行度の確認など隼人がやるべきことも多く、慌ただしい日々が始まった。


やることが増えて忙しくなっていたこともあって隼人はある異変に気づかなった。


カグヤの口数が少なくなってきていることに。

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