第4話 放課後書店ガール
天文部での話を終えた後、隼人は職員室に行って教師を電波で操った。指示した命令は二葉島宇宙センターへの社会科見学の申し込みだ。
担当者決めや手続きに必要な書類の作成など、思ったよりも面倒な作業だったが、三十分ほどかけて終わらせた。
更に、教師から市内の工業高校が東北の民間ロケットに見学しに行くという情報を手に入れた。
後でその学園に行って教師と生徒を全て電波で操れば社会科見学に潜り込むのは容易い。実質的に予約したようなものだ。
その作業が終わる頃には時刻は夜7時を回っていた。
『…これである程度の指針は決まったといったところか』
『そうだな。後…この段階で俺がやるべきことは…宇宙に関しての勉強だな』
『うむ。まあ無理せずに普通の勉強と並行してやるといい。お前の成績が落ちるも私にとって好ましくない』
(教師を操って成績を改竄することくらい簡単だけど…やっぱカグヤの基準的にはアウトなんだな)
隼人カグヤのことが少しだけわかってきたような気がした。
『それで、この後は家に帰るのか?』
『いや、書店に行く。色々と買いたい本が出来たからな』
図書館には宇宙の本が何冊もあったが、一番新しいものでも発売日は去年の夏だった。
(今日知ったけど…ブラックホールの観測に成功したのは2年前…宇宙に関する情報は意外と更新されるのが早いのかもしれない…)
隼人はそう考えて最新の本を手に入れるべく書店へと向かった。
『ここはお前がよく行く書店だな。あの例の女子生徒が居る』
『そうだ…そうそう、俺が一人の時はいいけど、誰かと会っているときに話しかけるのはなるべくやめてくれよ。混乱するから』
『わかった。よほどのことが無い限り黙っていよう』
自動ドアを開けて中に入った。閉店の30分前で他に客はいない。
「隼人君。来たんだ」
声をかけてきた店員は隼人の同級生、田宮雫。この書店の経営者の娘だ。
化粧っ気は薄いがキリっとした顔立ちにあるシャープな眼鏡。
黒のロングヘアは作業の邪魔にならないようにゴムで縛っていて、そして書店名のロゴがプリントされた緑のエプロンを纏っている。
普段は普通の女子高生だが、仕事場での彼女は大学生にも見えなくもない、大人びた雰囲気となっていた。
「…どうしたの?」
挙動不審な隼人を見て雫は訝しげな顔を浮かべた。
「いや…何でもない…」
返答しながら隼人は目を反らした。雫を見るとどうしても朝の下着姿をどうしても思い出してしまう。そっけないシンプルな下着だった。
「それで…新学期になって新しい参考書とかドリルとかも色々発売されたけど、欲しい科目は何?いいのをお勧めしてあげるけど」
「いや…今日は宇宙に関する本が欲しくて来たんだ。出来れば最新のやつ」
「宇宙の本?問題集じゃないんだ」
そう言って雫は歩き出す。案内されたのは技術書の棚ではなく、子供用の本がまとめてある棚だ。
「おすすめは…これね。中学生くらいが対象だけど」
なんの迷いもなく手に取る。彼女は全ての本のタイトルと大まかな内容、そして展示場所を記憶していることだろう。
『…一応確認するが、今の言葉は挑発や嫌味ではないのだな』
『ああ。本気で言っている。彼女は俺の学力の低さを知っているからな』
彼女が薦めた本がハズレだったことはない。隼人に適した本を選んでくれることだろう。
「それじゃこれを買うよ。いつも手間をかけさせて悪いけど」
「いいのよ。手間賃以上の金額分の本を買っていってくれる訳だし。隼人君も私が忙しそうなときは空気を読んでサッと買って帰るし」
会計を済ませる為にレジを向かう二人。
「でも、ちょっと嬉しいかな」
「え?」
「いつも隼人君が買うのはドリルや教科書ガイドばかりだったから。勉強に追いつかなきゃいけないって気持ちもわかるけど、他にも興味を向けてもいいと思っていたの」
雫はレジの近くにある棚から素早く2冊の本を取った。
「宇宙に関する本もいいけど、漫画とかラノベとかも読んだ方がいいと思う。そういうのを読むのも必要だと思う」
そして隼人の手を取って本を強引に握らせる。
「私のお気に入り。良かったら感想を聞かせて」
「あ、ああ…」
ほとんど押し売りと言えるような形だったが、隼人に断ることは出来なかった。
会計を終わらせた後、自動ドアを通って店を出た。
後は家に帰るだけ。歩く中で隼人はカグヤに話しかけた。
『…カグヤ。お前…電波で彼女を操ってないか?さっきの天文部でもそうだったが…今日会った女子は…俺への接し方がおかしいような気がするぞ』
天文部の四人は初対面だが、雫の態度は明らかにおかしかった。普段はもっとサバサバしていて事務的に対応する。
そして「これも買って」と強引に本を渡すようなことも「私はこの本を読んでいる」と隼人に伝えたことも、彼女のイメージにはそぐわない。
『気づいたか。学園の人間はお前に対してそれなりの好意を抱くように感情を操作している』
『やっぱりか。でも何のためにそんなことを?』
『そうした方が事が円滑に進むと思ったからだ。ついでに協力してくれるお前への礼である。ちやほやされるのも悪くはないだろう』
『そ、それはそうだけど…』
『嫌なら解除するが』
『いや…解除しなくていい』
そう返答した途端に隼人は自分が情けなく思えてきた。
家に着いた隼人は先ほど買った本を早速読み始めた。
だが。
「…駄目だな…内容が入ってこない…」
全身を覆う疲労と眠気。重い瞼。低下した思考速度。あらゆる要素が読書を妨げる。
『私と出会って、その他にも色々あったからな。疲れるのも無理はないか。今日は休んだ方がいい』
気遣うような声でカグヤが声をかけてきた。
言われるがままに隼人はベッドに横になった。
『どうした。寝ないのか』
『人間はそんな電源を切るみたいに眠れるものじゃないって。お前なら出来るのかもしれないけど』
『そういうものなのか。色々と学んだがまだ知らないこともあるものだな』
まだ社会経験が浅く、勉強不足で世間知らず。二人は似た者同士だ。
『…眠る前に少しだけ話す。勉強もそうだが、お前にはもう一つ、やるべきことがある』
『…やるべきこと?』
『忘れるな。お前は電波で人を操れるのだ。それを使ってロケット打ち上げが成功するためのプランを考えてくれ』
『ロケットが?でも技術者でもない俺があれこれやったって成功率が上がるってものでもないだろう。むしろ邪魔になるだけな気がするけど』
『出来ることあるはずだ。仮に予定されているロケットの打ち上げが失敗して、その後のロケットも失敗が続いたらどうなる。税金の無駄だという世論が高まるのではないか?そうなるとロケットそのものが打ちあがらなくなる可能性もある』
『確かに。それはありうるな。そうならない為には…』
『もちろん、直接的なやり方はダメだ。政治家を操って『宇宙開発に力を入れる』と政策を切り替えさせるのは許可しない。地球へ出来る限り爪痕を残さないやり方で支援する案が必要だ』
『難しいな。間接的で証拠を残さない方法でか…』
『せっかく人間と組んだのだ。私には無い人間ならではの発想と言うのを期待している。お前もただ私の乗り物になるだけというのは嫌ではないのか』
『…そう言われると確かに情けない気もするな』
フィギュアスケートをやっていた頃の負けん気が隼人の中に仄かに燃え上がる。
『すぐにとは言わん。お前も今日は色々なことがあり過ぎて混乱しているだろうからな。考えがまとまったら伝えてくれ』
『わかったよ。考えおく』
『それでは私は寝るとしよう』
カグヤが寝た途端に隼人は強く静寂を意識した。
(朝からずっとカグヤが居たからな…一人になると…なんか逆に落ち着かない……)
そんな違和感もすぐに眠気に飲み込まれ、隼人はカグヤの後を追って眠りについた。
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