第2話 学園支配
人妻たちを家に帰した後、隼人は学園に向かうべく家を出た。
(この調子だと…始業式をやっている頃に着くか…?)
完全に遅刻の時間となっていた。もうどうやっても間に合わない。
「………………」
こうして通学路を歩いていると朝の出来事が全て夢だったのではないかと隼人には思えてきた。それくらい宇宙生物との遭遇は現実味がなかった。
『うーむ。人間の躰は猫とは違うな。ぐっと楽になった。今までをヒトに例えれば…猛吹雪の中を裸で歩いているようなものだったからな』
そんな考えを打ち消すかのようなタイミングで、カグヤの上機嫌な声が隼人の脳内に響いてきた。
『それは良かった…それよりも確認したいんだが……カグヤが宇宙に行く方法を探す…それが俺達の目的だな』
『そうだ。出来る限り早く、かつ地球に大きな爪痕を残さないという条件もあるがな』
『宇宙って言っても…何処まで行けばいいんだ?具体的には…』
『まあ待て。まだ寄生したばかりで色々と立て込んでいるのだ。質問はこの肉体に馴染んでからにしてくれ。それに歩きながらの会話はお前にとっても危ないぞ』
「おわ!」
隼人は電柱にぶつかりそうになった。会話に気を取られて前方への注意がおろそかになっていた。
『今は交通事故に気をつけろ。落ち着いた頃に説明してやる』
「わ、わかった…」
『声に出してるぞ。切り替えはちゃんとしろ』
『…わかった』
そのまま隼人は黙々と歩き続けた。
「どうしようか…」
学園に着いた隼人は下駄箱の前で立ち尽くした。今は始業式の真っ最中なので教室に行っても無人だ。
『む…遅刻のことか。私の能力を使えばなかったことに出来るぞ』
カグヤが隼人に念話で話しかけた。
『お前を一週間ほど観察していたと言っただろう。既にこの学園に居る人間にはたっぷり電波を浴びせて支配下に置いてある。お前を除くすべての人間を操ることが可能だ。見ていろ』
右腕に何かしらのエネルギーが集まっていることが肌のヒリ付きで伝わってきた。
『猫の肉体ではやれることも限られる…だがお前の体を借りて計算領域とすれば…広範囲に電波を伝え…大規模な精神操作が可能となりそうだ』
(…本当に大丈夫なのか…俺の体…)
計算領域やら電波やら同居人の口から怪しげな単語ばかりが飛び出すので隼人は今更ながら不安になった。
『所詮は人の思考も感情も電気信号だ。見ているがいい』
カグヤがそう言った直後に静電気のような瞬間的な痺れが隼人の腕を駆け巡る。
腕の痺れが電波の発信、つまり精神操作の合図であることを隼人は理解した。
『よし。これで準備は済んだ。体育館に行くんだ』
カグヤの指示に従い、隼人は体育館に向かった。
扉を開けると視界に飛び込んできたのは整列する400人の生徒、そして脇に並ぶ教師達。
(…ん?)
だが、途中で入ってきた隼人に誰も反応しない。視線を向ける者さえいない。
そもそも今は何の時間なのか。壇上には誰もおらず、何をすることなく全員が無言で立ち尽くしている。
『…もうすでに全員操られているのか?』
『そうだ。壇上に移動しろ。いい機会だから能力のテストを行う』
『能力のテストって電波による精神操作のか?』
『うむ。普通の学生が宇宙へ到達する方法を独力で手に入れるなど出来る訳ないだろう。目的を達成するためにはこの電波による精神操作を使いこなせるかどうかにかかっている。その為にもテストしなければな』
壇上に登る。こういった舞台に立つのは久しぶりで隼人は少し緊張した。
『何か命令してみろ』
『わかった』
演壇の前に立ってマイクの電源を入れる。カグヤが朝にやっていた真似をすることにした。
「右手を挙げるんだ」
隼人がそう言ったと途端に全ての生徒と教師が一斉に右手を挙げた。
「…ッ!」
自分の言葉に従い、300人以上の人間が動くという異様な光景を前にして精神的な衝撃に見舞われる。
(……夢じゃない…)
カグヤと出会ってからの展開は現実味がなく、隼人はどこか夢の中にいるような気分だった。
カグヤの存在をすんなりと受け入れたのも「まだ夢なのでは」という疑念があってあまり深く考えてなかったからだ。
だが、ようやく目が覚めた。完全に。
(…右腕に宿ったカグヤの存在も、この電波による精神操作も、全て本物だ…)
ようやく自分の状況を理解した隼人は戦慄と高揚がない交ぜとなった不思議な感覚に包まれる。
『…まだ完全に浸透していない…やはり肌の露出面積が多い方が電波の効きがいいな。全員脱がせるか。下着姿になれ』
カグヤがそう言った直後に再び隼人の腕に独特の感触が走る。それで隼人も我に返った。
(…また命令を送った……って!)
カグヤの言葉を数秒遅れで隼人は理解した。そして叫ぶ。
「わー!待った!命令を取り消し!」
その途端に全員がビタりと動きを止める。まだ男女ともに上着の一番上のボタンに手をかけたあたりだ。
『…なぜ止める?これは試験だぞ』
『…そ…それは……………』
隼人はすぐに答えられなかった。宇宙人と手を組んで他者の精神を支配する、という行為が自覚して恐ろしくなったというのが一番の理由だが、他にもいろいろと理由が浮かぶ。
『今後のことを考えれば今のうちに試した方がいい。何か嫌な理由でもあるのか?』
『…その……』
質問に答えられず口ごもる隼人の様子を見て、カグヤが先に口を開いた。
『…そういえばお前には一人、仲のいい女子が居たな…そいつの裸を他の男子に晒すのが嫌なのか?』
『…う…』
カグヤの指摘も正解の一つだった。まだ人間のことをよくわかっていない感じのする宇宙生物に自分の心境を見透かされて隼人は羞恥と屈辱に見舞われる。
『…もうすでにほとんど自我や感情が無い状態で記憶にも残らんのだがな…まあいい。他の男子には退場してもらうとしよう』
カグヤがそう言って電波を送ると、男子生徒と男性教師はぞろぞろと体育館から退出していく。残ったのは女子生徒と女教師だけだ。
『それじゃもう一度命令を…いや、ここはお前がやれ。隼人』
『な、なんで俺にやらせるんだ?』
念話だが震えた声で返す隼人。本人は気づいていないが手も足も震えていた。
『もうすでに私のテストは済んだ。次はお前が試す番だ。それに……これから先、私の力を使って同種族の人間を操って利用する場面が続くのだ。お前にとってそれなりのストレスであることは伝わる精神波で手に取るようにわかるぞ』
隼人が動揺していることはその姿を見れば一目でわかる。肉体に寄生しているカグヤにも伝わっていて当然だった。
『いうなれば通過儀礼…洗礼だ。手を汚せ。そしてここで吹っ切れ』
『……随分と言葉が上手いな…地球に来て三か月なのに』
呟いた皮肉に返答はない。カグヤは黙ることで隼人に行動を求めていた。
(…嫌ならここで降りろってこと……俺にもう一度選択の機会を与えているのか……)
目が覚めて意識がハッキリした途端に「自分は何をすべきなのか」という考えが浮かんでくる。
このままカグヤに協力して宇宙へ送り返すべきなのか。その為に同じ人間を操ることは許されるのか。自分が倫理に背く行為をしている気がしてならない。
そもそもカグヤに手を貸すのは正しいことなのか。協力しているフリをして機を伺ってカグヤを研究機関に提供すべきではないか。
様々な考えが浮かぶが、迷いを振り切ったのは自身の心の声。
(…俺はこんな機会を待っていた……)
そして自分にとっての転換点となる言葉を、一線を越える言葉を発した。
「全員…下着姿になるんだ」
震える声。だがマイクを通したことで体育館に響き渡った。
その声に従って全員が服を脱ぎ始める。重なる衣擦れ音が妙に隼人にはうるさく聞こえた。
(うわ……)
隼人の視界の肌色率が一気に高まる。
着替えが終わったものから速やかに直立不動の姿勢に戻る。それは軍隊を思わせるきびきびとした動きだった。
最後の一人が着替えを終えて、再び体育館は静寂に包まれた。
『じっくり観察してみろ。気づくことはないか』
『き、気づくことって言われても…』
上下の柄と色が異なる、というパターンが予想以上に多い。
また、下着姿という指示なのになぜかトップレスになっている者が一人居た。今日は始業式で久しぶりの学校なので最初から下着をつけてこなかったのかもしれない。
だがこれはカグヤが求めている気づきではないはずだ、と考えるだけの理性は隼人にも残っていた。
『よく見ろ。まだ何人か完全に電波が効いていないものが居る。お前ほどではないが耐性の高い人間が一人…いや…二人か』
『……え……あ、あの人か…』
ほとんどの者が意思を持たない虚ろな表情を浮かべていたが、訝し気な顔をして周囲の様子を伺っている者が一人だけいた。
『あの人もか…?』
わずかに顔を赤らめている者が居た。隼人が視線を向けると目が合った。その途端に目を逸らして更に顔が赤くなる。
『夢の中のようなぼやけた意識になっているはずだが…それでも…この状況を不審に思っている…そして恥ずかしがっているという感じだな』
隼人とは対照的にカグヤは平然としていた。自らの能力を使って人間を操ることに躊躇は全くないようだ。
『腕から電波を出せ。もっと大量に電波を浴びせて完全に支配下に置けばそういったノイズも消える。使い方は感覚でわかるはずだ』
『わ、わかった』
腕に意識を集中する。そして電波を放出する。その作業は呼吸や瞬きのように、自然と行うことが出来た。
「……………ぁ…」
「…………んっ」
すると、二人の目から光が消えて、他の女子達と同じ状態となる。これで全員が完全に支配下となった。
(…本当に…ノイズを処理したって感じだ…)
やればやるほどに隼人の心拍数は高まっていく。経験がある者ならば犯罪を成功させた際に訪れる解放感交じりの高揚だと表現したことだろう。
『命令自体は通っているから放置しても問題は無いのだが…念には念をだ。それで…詳しく説明すると電波には二種類ある。人間の精神を掌握して操れる状態にする為の電波と、支配下に置いた人間に指示を伝えて動かすための電波の二つだ。前者の有効範囲はせいぜい5kmで、完全に浸透させるためには長時間浴びせるか、服を脱がせた状態で間近に浴びせる必要がある。個人の耐性にもよって時間や距離は変動するがな。さらに後者の指示を伝える為の電波の有効範囲は50kmほど。一瞬で伝えることが出来るのが特徴だ。例えるなら………おい。聞いているか』
『…え…あ、ああ…ごめん。もう一回言ってくれ…』
隼人は自身の昂った鼓動によってカグヤの声が聞き取れなかった。
『まったく…だがもう時間か。これで終わらせるか』
カグヤが電波を発すると女子は再び着替え出した。
『もっと色々試したかったが…まあ動作確認できただけでも良しとしよう』
女子の着替えが終わると、ぞろぞろと男子生徒も戻ってきた。
「お前も混じるんだ」
「わ、わかった」
その頃には隼人も平静を取り戻していた。言われるがままに列に加わる。
何事もなかったかのように始業式が再開された。人ではない存在が体育館に居ることに誰も気づかないまま。
先ほどの異空間が嘘のように、学園は日常的な風景へと戻っていた。
隼人の遅刻については無かったことになっていて、全ての人間は隼人について「朝から居た」と認識している。
(いつもの学園…でも、もうカグヤのこと夢だとは思わないぞ…さっきので目が覚めたからな……)
右手を見ながら隼人は心中で呟いた。
始業式を終わらせた直後にカグヤは眠くなったと言い出して寝てしまった。
念話で呼びかければ起きるとのことだが、緊急の用件を除いて起こすなとも言っていた。
頭が冷静になっていくことでカグヤへの質問は増えるが、今は待つしかない。
「えーこの問題ですが…」
今は授業中。この学園は始業式の後に普通に授業をする方式の学園だ。
「この文章で筆者は何を言いたいのか。全体の流れから順を追って拾うのがポイントです」
(…駄目だな…全く集中できない…)
女性教師を見るとどうしても始業式で晒した下着姿を思い出してしまう。それは女子生徒を見ても同じだった。
(先生はイメージ通り…シンプルなのをつけていたな…色は黒…)
隼人はずっと壇上いたので間近で観察した訳ではないが、それでも一人一人の裸身は記憶に焼き付いている。
(ん?)
気が付くと消しゴムの上にてんとう虫がとまっていた。
(どうしようか…)
少し悩んだ末に隼人は考えを実行に移した。
『……全員止まるんだ』
「この文章は」
電波を送った途端に教師の読み上げが止まる。生徒の姿もビタリと止まった。
(…今のうちに…)
その間に隼人はてんとう虫を指に乗せて窓まで運んでいき、外へと逃がしてやった。
そして席に戻って先ほど送った命令を解除した。
「二行目のここがポイントです」
何事も無かったかのように授業は続く。所要時間は20秒程度。これくらいなら誰も時間が止まったことに気づかない。
『自主練とは殊勝な心掛け…と言いたいところだが、能力を使う前には私に確認を取ってからにしてくれ。てんとう虫を逃がす程度でもだ』
突然の声に隼人はビクリと震えた。カグヤが目を覚まして、念話で隼人に話しかけてきた。
『起きたのか。そうだ…今は授業中だ。起きたのなら…そろそろ質問いいか?』
『…さっきから私が質問に答えてばかりだな。少しはお前が私の質問に答えてくれないか。お前のことをもっと知りたい』
『え……でも俺のことはすでに色々と調査していたんだよな』
『確かに調べたが所詮は書類の文字だ。本人の口から色々と聞かせてくれ』
意外な発言に戸惑う隼人だが、カグヤの申し出を断るのも自分勝手な気がしたので了承することにした。
『この学園にあるデータを閲覧したが…お前の成績は学年でも最低クラス。そして学園に進学する前…中学校ではお前はほとんど出席していない。小学校も4年生になってからは出席していない。世間的には不登校と言える状態だった…とある。本当なのか』
『……そうだ』
隼人にとって一番突かれたくない部分を最初に突かれてしまった。暗い感情が一気に浮かんでくるが、宇宙生物にそんな配慮を求める方がおかしいと考えて気を紛らわせる。
『別に嫌で行かなかったんじゃない。俺はフィギュアスケートをやっていた。その練習で学校に行かせて貰えなかったんだ』
深浦家はアスリートの家系、母親はメダリストで今は優秀な指導者、父親はスポーツドクター、姉と兄はプロという隙のない布陣だ。
隼人も幼いころからプロとなるべく厳しい練習漬けの日々を送った。
学校に行くべき日も練習をしていたが、それは幼少期のアスリートにとって珍しい話ではない。
練習量は実力に直結する。そしてまともに学校に通っていたら十分な練習時間は確保できない。
『…それで当然だと思っていたよ。その時は。親の期待に応えようとするのが子供だからな』
自分について調査をしたのならばカグヤも知っているはずだと隼人は推測していた。だが人から言われるよりも自分から言った方が傷が浅い、という防衛本能によって隼人は説明を続ける。
『でも脚の病気で続けられなくなった…それでフィギュアの道は完全に断たれて…普通に学校に行くようになったって訳だ』
中学三年生の頃に限れば練習で学校に行かなかった、というより入院していて行けなかった、と言った方が正確だ。
『…すまない。あまり本人にとって言いたくないことを言わせてしまったようだ』
『いやいいんだ。気を使われる方がなんか嫌だし。むしろ話してスッキリした気分だ』
決して強がりではない。言いたくない過去を打ち明けたことで、隼人はどこか懺悔めいた解放感に包まれていた。相手が人間ではなく宇宙生物なのである種気兼ねなく話せるというのもあったかもしれない。
『そして高校に入ってからは…部活にも所属せず、まっすぐ家に帰る日々。週に一度か二度、書店に行く程度…これも本当だな』
『そりゃな…部活に所属する余裕も、遊ぶ余裕もない…何せ6年間ほとんど学園に行ってないんだからな。勉強の遅れを取り戻すので必死だ』
高校に入学した頃の日々は隼人にとって地獄の記憶だ。なにせ教科書に使用されている漢字の半分近くが読めず、単語の意味が分からない。
明日の時間割を確認して、授業がある科目の教科書を事前に読んで振り仮名を振って意味をメモするという作業が今では習慣となっている。
1年間必死で勉強してようやくまともに教科書を読める程度の学力はついたが、未だに成績は最低クラス。6年の遅れを1年で取り戻せるはずがない。
『…そして友達もほとんどいない』
『…遊ぶ時間もないからな。それに俺がバカだってクラスメイトはみんな知っているし』
教師も事情を知った上で配慮しているので、授業で指名されることは滅多にない。だが学力の低さは普段の行動からも伝わるものだ。
『比較的親しいのは…さっき話題に挙がった女子生徒…書店の娘だな』
その言葉に隼人の心拍数が少し高まる。カグヤの言葉で始業式の際に見た下着姿を思い出してしまったからだ。
『ああ。書店に行って小学生用の漢字ドリルを買ったりしたから不審に思って声をかけられて…それで少し話すようになった』
心を落ち着かせながら隼人は回答した。
『…お前についての情報はこんなところだな』
『…それだけか』
カグヤが語った自分のプロフィールの短さに隼人は苦笑した。
元々隼人はフィギュアスケートを取ったら何も残らない少年だった。そんな少年からフィギュアスケートを取ってしまったので本当に何も残っていないのだ。
『それと…お前が私に協力する理由を教えてくれ』
隼人が終わったと思ったところでカグヤが質問を続けた。
『協力してもらっている立場で言うのもなんだが、理由がわからないまま親切にされるのも少し落ちつかないものだからな』
どう回答すべきか、隼人の中にあらゆる考えが交錯する。
(…正直に話すか)
下手に偽ってカグヤに不信感を抱かせるのは良くない、と判断して隼人は口を開いた。
『…朝やさっきの始業式みたいなイベントはある種見返りとも言えなくない…って言うのもあるけど、一番の理由は自分を試したいんだ』
『自分を試す?どういうことだ』
『さっきの話だけど、俺は今までの遅れを取り戻すためにずっと勉強していた。でも単純なテストでは図れない学力っていうのもあるだろう。自分にはそれが身についているのかを知りたかった。お前には失礼な言い方に聞こえるかもしれないけどいい機会だと思ったんだ』
隼人は並みの学生に追いつく為に一年間必死に勉強を続けてきた。成績は未だに最底辺だが、言い換えれば最低レベルだと分類できるほどには学力が付いたともいえる。
そろそろ筆記テストの点数だけでなく、他の分野でも自分を評価してみたい、そんな思いを隼人は抱いていた。カグヤを宇宙に返すという仕事が諸々の力、いわば人間力を試す機会になることは確かだ。
『…ピンとこないが…まあ理解は出来なくはないな。それに協力してくれることでお前にも利益があるのなら私にとっては好ましい。それでは今後ともよろしく頼………』
『…ん?どうしたんだ』
言葉が途中で切れて隼人が問い掛けると、カグヤの小さな声が返ってきた。
『すまない。眠くなってきた。それではまたな』
『また寝るのか?というかさっきから寝て起きてじゃないか?』
『…そうだな…例えるならパソコンが何回も再起動しながら最新の状態にアップデートするようなものだ…と言ってもお前にはわからんか?』
カグヤの言う通り、隼人にはピンとこない例えだった。隼人のパソコンスキルはインターネットで検索してサイトを開くのが関の山だ。
『おっと…寝る前に…せっかくだから精神操作のテストを行っておくか。20分後に解除される時限式プログラムを試すとしよう…』
パチリと隼人の腕に痺れが走る。途端に女教師の口調が変わった。
「…この文脈をつなげると…この空欄に入る文章は……田中さん。何かにゃ」
語尾に「にゃ」という2010年代になってからは創作物でもあまりみない話し方となる。
「はい。Bの力強い…ですにゃ」
指名された生徒の返答も語尾がおかしくなっていた。
だがそれに反応する者はいない。彼女だけでなく全員が操られているのだ。
(授業が終わるまでずっとこれか…)
始業式時の体育館とは別の方向性で教室はおかしくなった。歪みを歪みだと認識できるのは隼人だけだ。
(せめて祈るか。もう先生が生徒を指名して回答させないように…するにしても女子を指名するように…)
隼人の祈りが届いたのか、先生に指名されたのは女子のみ。男子の「にゃ」は聞かないままに授業は終わった。
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