人形使いと夜の女王 -学園を毒電波で支配して工作させれば自作の小説を書籍化出来る説-

ライリー

第1話 思春期を支配した宇宙の電波

これは遥か未来…ある星で繰り広げられた物語。


王国によって保たれた長きにわたる平和は、地下の奥深くから発見された百枚の石板によって一変する。


その石板には革新的な知識が刻まれており、その知識によって万病を治す薬、優れた金属、尽きぬ光が生み出され、文明は飛躍的に発展を遂げた。


しかし、急激すぎる技術革新と経済成長は社会に格差と軋轢を生みだし、やがて石板を奪い合う戦乱の世となった


内乱が泥沼化する中、一人の少女が天から降って来た石板を手に入れる。


その石板には無尽蔵のエネルギーを生み出す力が、そして世界を滅ぼすことが出来る破壊の力が秘められていた…。






「行くか…」


画面の右上部に表示された時刻表示が7:31になったところで少年はテレビを消した。


たまたまザッピングの最中に目に留まっただけで、見たくて見ていたアニメではない。


既に準備は出来ていた。制服を身に纏い、家を出る。


それは変哲のない、どこにでもいる学生の姿。平凡な日常だった。


だがその日常はある地点で一変する。


少年が到着した場所は彼が在籍する学園ではなかった。


全く別の学園、しかも女学園で男子生徒が来る場所ではなかった。


「…………?」


すれ違う女子生徒も場違いな男子生徒に不審な目を向けながら門を潜っていく。


門の前で少年は立ち尽くした。するとやがて声をかける者が現れる。


「ちょっと貴方。どうしてここに?誰かを待っているのですか」


その人物は警備員でも教師でもなく、女子生徒だった。制服を崩すことなくきっちりと着こなし、背筋をピンと張ったその姿は真面目さを印象付ける。


少女の瞳には責任感や義務感が宿っていた。委員長か風紀委員か、あるいは生徒会長なのではと少年は推測した。


「…案内をお願いします。まずは職員室まで。その後は校長室まで」


男子生徒は質問に回答することなく、女子生徒に指示を出す。


「……案内します。こちらへ」


だがその言葉を女子生徒は受け入れた。彼女についていく形で男子生徒は門をくぐった。


敷地内に入ったことで更に奇異の視線は強まるが、隣にいる真面目そうな女子の存在もあってすぐに目をそらす。「なにか事情があってこの学園に来ている」と判断しているようだ。


案内されるままに到着した職員室と校長室で少年はある作業を行った。



その作業後、校内放送が流れた。


「臨時の集会を始めます。全ての生徒は講堂に移動してください」


放送を聞いて女子生徒たちが一斉に移動を始める。数分ほどで講堂に全ての生徒が集まった。


「何か聞いてる?」

「知らないけど…」


クラスごとに整列した生徒達はこれからの展開を予想していた。この集会が何かしらのイレギュラーを意味することは明らかだ。


良からぬ出来事があったが故のお説教か、それとも不審者に関する注意喚起か、悪い知らせを想像する者がほとんどだった。


「…………え?」


誰かが呟く。壇上に上がってきたのは一人の男子学生だった。


170センチほどの背丈に細い体。運動部に所属する者はそれなりにスポーツをやっている体つきだと看破した。


場違いな男子学生の登場によって講堂が一気にざわめく。この集会はなんなのか、あの少年は何者なのか。疑問は尽きないのでそれも当然だ。


「誰…あれ?」

「あの制服は西学の…赤の襟章は2年生…」

「…先生は?」


この場を収めるべき存在である教師は壁際に並んでいる。壇上に立つ男子生徒にも、ざわつく女子生徒にも無反応だった。


少年はそんなざわめきを気にすることなく演壇へと歩いて聞き、マイクのスイッチを入れる。


そして言った。


「全員静かにしてください。そして、制服を脱いで下着姿になってください」


ざわめきがぴたりと止まり、講堂を静寂が満たす。その直後、教師を含む全ての人間が一斉に服を脱ぎだす。


全員が自らの行動には疑問を感じなかった。躊躇も羞恥心もない。


例えるなら壇上に立つ人間がお辞儀をしたらそれに合わせてお辞儀をする、というある種の刷り込まれた行動のように、少年の言葉を受け入れて行動に移す。


静かにする。そして服を脱いで下着姿になる。下された指示は二つ。各々の頭にはあるのはその指示を実行するという考えだけだった。


20秒ほどで着替えは終わった。


色とりどりの下着を身に着けて女子生徒が直立不動で整列するという、異様な光景になる。


「…右手を挙げて」


少年が新たな指示を出す。それに従って全員が右手を上げる。


「次は左手を挙げて」


右手を下ろせ、という指示は出ていない。右手を挙げたまま左手を挙げて、万歳の形となる。


演壇から続けて指示が飛ぶ。


「そのまま垂直飛びを3回するんだ」


マイクを通した声の残響が消えると同時に全員が指示を実行する。ドン、ドン、ドンと落下音が重なって響く。


「動作確認終了。電波の効きは良好…耐性持ちもいなさそうだ。カグヤ」


他者に話しかけるような内容の言葉を、自身の右腕を見ながら少年は言った。


だがその直後に顔をしかめる。


「念のためもう1度テスト?…わかった。全員垂直飛びをするんだ。俺がやめろと指示を出すまで」


その言葉に従って全員が再び飛び跳ねる。何度も何度も。両手を挙げたまま。ぴょんぴょんと。


その光景は存在を知っているものならとある球団の応援団を連想したであろう。


「もういいだろ。そろそろ例の作業に移ろう」


少年は再び自分の右腕に向かって話しかけた。


その途端に少年の右腕から煌く流体があふれ出る。水銀のようなそれは風船のように膨れ上がり、やがて人型へと形を成していった。


マネキンのような形となった後、一瞬で人間と遜色ない精緻な造形へと変貌する。


完成したのは身長140cmほどの少女の姿だった。


腰まで伸びる長い金髪に細い手足。胸や尻などの凹凸はほとんどないがフォルムは女性的で、幼さと神聖さを併せ持つような整った顔立ち。


裸足で、身に着けているのはファンタジー作品のエルフが着るそれを思わせる薄布を重ねたような衣装。覆っているのは胴と腰回りのみで半裸と言える姿だった。


「慣れてきたからと言って手を抜くな。後20秒は続けるんだ。電波をしっかり浸透させなければならない」


少年を注意するその声はとても透き通っている。声量は小さいが数百人が飛び跳ねることで生じる騒音にかき消されることなく明確に言葉を伝えていた。


「わかった。こういう手抜きが事故の元って言うからな」


右腕から現れた少女の姿をした怪生物。その怪生物と会話する少年。


そして壊れた機械のように垂直飛びを続ける操られた生徒達。


何処をとってもありえない光景だが少年にとってはそれが日常であった。



「垂直飛びは終了だ。そして服を着るんだ」


テストが終わったところで少年は次の指示を下す。その声を受けて全員が再び着替えを始める。下着姿から制服姿へと戻る為に。


「着せるのか?せっかく脱がせたのに」


カグヤが疑問を口にする。


「ああ。今日は寒い。5月の頭とは思えない冷え込みだ。汗もかいているだろうし、下着姿のままじゃ彼女たちが風邪を引いてしまう」


「そうなのか。やはり人間の視点でなければわからないことも多いな」


カグヤは納得した様子で頷く。その動作を見て少年は苦笑した。


(すっかり…慣れちまったな…いつの間にか非日常が日常になってる…)


この手のHなイベントにも、右腕に同居する怪生物との会話にも、少年は慣れてしまった。


(そういえば………カグヤと出会って今日でちょうど一か月か?)


少年は振り返った。転機となったあの日のことを。





日常が非日常に変わる切っ掛けとしてわかりやすいのは出会いだ。


その相手が宇宙生物となればそれは世界が反転するに等しい転機であった。


「…………………………」


とんでもない事態に出くわすと人は硬直してしまう。言葉すら出ない。


自分の家で、階段を下りてリビングに向かってそこに居たのは裸エプロン姿の女性。それも5人。


家族ではない。ゴミ出しの日などで見かけたことがあるご近所の若奥様達だ。


玄関と裏口を塞ぐ形で立っている。瞳に光は無く顔からまったく感情を感じない。


「……一体…何が…起こって…」


少年が口からようやく絞り出す。頭の中に浮かんだ目の前の状況に対する答えは「これは夢の続きなのでは」というある種の逃避だった。


「落ち着け」


透き通った女性の声が聞こえて少年は声の主を探した。ドアを塞ぐ女性たちのものではないことはすぐに悟れた。


テーブルの下から動く影が出てきた。


「猫…?」


どこにでもいそうなありふれた品種の猫だった。目立ったところがあるとすれば猫には重そうな銀の首輪。


「え…!」


ひとりでに首輪が外れる。その首輪が解けて液状となり、風船のように膨らんでいき、人型へと変形する。


やがて銀髪の美少女と言える姿となる。そして少年に対して両手を広げながら言った。


「はじめまして…深浦隼人…だな。私の名はカグヤ。宇宙人だ」


「う…宇宙人?」


さっきからオウム返ししてばかりだ、という考えが隼人の中に浮かんだ。


「私からすればお前も宇宙人と言っても間違いではないし…そもそも私を人と言えるのかも疑問だが…そんな言葉遊びをする気は無い。ともかく、お前から見て、私は地球の外からやって来た宇宙人という訳だ」


「……何が目的なんだ…どうしてここに…」


「まずは落ち着け。今のお前では答えても理解できないだろう。呼吸を整えろ」


そう言われて隼人は自身が過呼吸に近い状態となっていることに気づいた。


「慌てるな。待ってやるから」


場の主導権は完全にカグヤが握っていた。もはやどちらが家の主でどちらが来訪者なのかわからない。


「そろそろいいか。まずは最後まで私の話を聞くんだ」


隼人が落ち着いた頃にカグヤは話し出した。


「改めて言おう。私は宇宙から地球にやってきた…宇宙生物だ」


腕を伸ばしてビシっと天井を指す。本人にとっては宇宙を指しているつもりだということは隼人にも読み取れた。


「…来たのは三か月前。ある調査の為に地球に降りた。その調査を終えて次の目的地に行こうとしたが、手違いで宇宙に戻る為の手段を失ってしまった。それで今は地球から脱出する為の方法を探している」


隼人の中に色々と疑問が浮かぶが、ここは最後まで話を聞くべきだと判断して黙った。


「こうやって猫の肉体に寄生することで地球を出る方法を考えていたが…猫では色々と無理があると判断した…それで人間の協力者が必要だと判断したのだ」


「…人間の協力者…」


このあたりで隼人にも話が見えて来た。


「そうだ。お前の力を貸してほしい。私が宇宙へ帰る為に協力してほしいのだ」


一呼吸おいてカグヤが言葉を続ける。それは隼人の予想通りの申し出だった。


だが、この段階で返答など出来るはずがない。少し考えた後に隼人は口を開いた。


「その…お前の正体と、目的についてはわかった…でも他にも聞きたいことがある……この人たちはどうなっているんだ?」


ドアを塞ぎ、逃げ道を封じる陣形を取る女性達に視線を向ける。相変わらず目から光は消えていて全くの無表情だ。


裸エプロンというあられもない姿を晒した女性を前にした隼人だが、あまりに急展開すぎてそんな気にもならなかった…のだが精神が落ち着いてくるとやはり意識してしまう。


一枚の布を押し上げる躰のふくらみ、隠れてない肉感的な太腿に肩のライン。思春期の少年にとっては目に毒過ぎる。


(…………)


彼女達だけではない。目の前の宇宙生物、カグヤがとてつもない美少女であることに隼人は今頃になって気づいた。


纏っているのは薄布と言える際どい衣装。胸の凹凸は全くないが、それ故にどこか神聖さというか、通常の肉体美とは異なる魅力を放っている。


再び心拍数が高まってきた隼人だが、カグヤが説明を続けたので気を引き締めた。


「こやつらは私が操っている。電波でな」


「電波で…操る?」


「そうだ。範囲や耐性など、色々と制約はあるがな」


合図だと言わんばかりにカグヤが指を振ると、それに合わせて女性達が右手を上げる。わかりやすいデモンストレーションだった。


「この5人を集めた理由は抑止力だ。お前が逃げ出したり、警察に電話して騒ぎになると面倒だからな」


薄々と感づいていたことをはっきりと言われて隼人は少し怖くなった。正直に話している、と取れなくもないが実質的な脅しとも言える。


「それで…なんでこの人たちはこんな格好なんだ」


「皮膚の露出面積が大きいほど電波がよく通って操りやすいからだ」


ならば全裸にした方がいいのでは、という疑問が浮かぶがそれを質問するのもどこか憚れる。聞くべきか迷っているとカグヤが先に口を開いた。


「この猫も私自身が直接寄生して操ることで移動手段として使っている。この人型の姿で長時間活動することは出来ないからな」


そう言われて隼人は気が付いたが、猫は先ほどから微動だにしていない。訓練された犬ならともかく、猫としては不自然に見える「待て」だった。


(…冷静に考えるとすごい能力だな…あらゆる生物を操るなんて…)


透明化といった能力とは比にならない、宇宙生物が持つ人智を超えたな驚異的な力。それを実感して戦慄する隼人だが、考えているうちに新たな疑問が浮かぶ。


「その……そんなことが出来るのなら何で俺を操らないんだ?」


人間を電波で操れるのならばこのように話し合いで協力を求める必要はない。隼人は真っ先に浮かんだ疑問をカグヤにぶつけた。


「操らないのではなく操れないのだ。お前は適性…いや、耐性を持つ人間なのだ」


「耐性?」


「私は電波を送ることで…または肉体に寄生することで生物を操ることが出来る」


カグヤ再び指を振ると女性たちが腕を下ろした。再び直立不動の姿勢となる。


「だが人間に限っては電波で操ることは出来るが、寄生することは出来ない。直接寄生すると負担が大きすぎて脳や神経に悪影響を与えてしまうのだ」


足元に佇む猫を一瞥してカグヤは続ける。


「だが非常に高い耐性を持つ人間ならば寄生しても悪影響はない。だが一方でその耐性ゆえに寄生は出来るが精神を操ることも出来ない…ということだ」


カグヤは手を両手に振ってやれやれといった感じのモーションを取った。


(さっきから過剰演技だな…俺に親近感を持ってもらう為にやっているのかもしれないけど、逆に不自然な感じがする)


隼人がそんなことを考えていると、再びカグヤが口を開いた。


「続けるぞ。私は直接寄生することが可能な人間を探していた。そのような人間は万人に一人のようだ」


カグヤが近づいてきて目線を合わす。


「お前ならば合格だ。私の協力者となってくれ」


両手を広げてカグヤが言った。やはり過剰演技だがその動きが宇宙人なりに敵意が無いことを表現していることは隼人にも感じ取れた。


(うーん…)


説明は頭で理解したつもりだが、まだ隼人には現実味がない。それにカグヤの話している内容が本当であるという証拠はどこにもない。


(もっと踏み込んだ質問をしてみるか…)


カグヤが話している内容の裏を取る方法はないが、それでも矛盾点の有無などからこの宇宙人を信用していいのか、悪いのかを判断できるかもしれない。


「お前が宇宙人ならば…正体を現して宇宙からの来訪者として人類側とコンタクトを取らない理由はなんだ。何で俺に声をかけてこっそりと帰ろうとするんだ」


「接触したらどうなるかはお前にも想像がつくだろう。新聞の一面に「宇宙人が来訪。宇宙へ帰還する為の協力を要請」なんて記事が掲載されると思うか?」


「そ、そりゃ…まあ…」


政府によって隠蔽される、管理や保護という名目で拘束されて実験台とされる、という展開が隼人の頭に浮かぶ。情報公開したところで誰も信じないし余計な混乱を生むだけだ。


「そして…私の目的は調査だ。調査は地球への影響を最小限に留めることを前提としている。例えるなら…人間も秘境と呼ばれる森を調査する際に重機で木々をなぎ倒して舗装道路を作ったりはしないだろう。それと同じだ。この星へ与える影響は最小限に抑えなければならない」


少し間を置いて続ける。


「こうしてお前と接触していることも本来ならばあってはならないルール違反なのだが…背に腹は代えられないという奴だ」


「やたら難しい言葉を知っているな。それで…地球の調査って何を調べたんだ?」


「それは言えない」


更なる質問の余地を与えない、遮断ともいうべき言い方だった。一番気になる事柄だが、諦めて隼人は別の質問をすることにした。


「……仮に俺がお前の頼みを断ったらどうする?」


言うのに勇気が居る台詞だったが、隼人は言った。


「………」


間が開いた。その時間に隼人に訪れたのは戦慄だった。


(怒らせたか…?…「ならばお前は不要だ。口封じとして消えてもらう」とか言われたら…どうしよう…)


周りの女性達が一斉に飛び掛かってきて首を絞められたら、という嫌な想像が浮かぶ。いくら男女の腕力の差があってもこの人数の差では勝てない。


人間そっくり、それも美少女と言える外見で気を緩めてしまったが、相手は宇宙生物。どんな行動に出るか全くの未知数だ。


「何もせん。他の適性者を探すだけだ」


隼人の不安をよそに、カグヤはなんでもないように返答した。


「こやつらの記憶を消すのは簡単だ。そもそも操られている間のことは記憶に残らないように設定してある。耐性を持つお前の記憶を消すことは出来ないが…宇宙から来た生物の存在など誰も信じないだろうからその必要もない」


カグヤの言う通りだった。宇宙人と出会ったと言って誰が信じるというのか。例え映像として記録を残したところで今のご時世ではCGやトリック撮影として片付けられるに決まっている。SNSで話題となるのが関の山。それくらいは隼人にも予想できる。


「本当に何もしないのか。俺を脅して無理矢理やらせようとするんじゃないのか?」


「そこまでする理由が私には無い。言ったはずだ。適性者は万人に一人。この国には1億を越える人間が居る。単純計算で1000人以上の適性者がいるのだからな。ちなみにお前は五番目に見つかった適性者だ」


予想外の発言を聞いて隼人は矢継ぎ早に質問した。


「今までの四人は?みんなお前の頼みを断ったのか?」


「そうではない。声をかけなかったのだ。こうやって姿を現して接触したのはお前が初めてだ」


顎に手を当てて記憶を探るようなモーションをしながらカグヤは続ける。


「一人目は大学の教授だ。60歳で持病を患っていた為に不適格とした。二人目の適性者は35歳の人間で刑務所に入っている。三人目は90歳で入院している。四人目は50台の政治家。これなら当たりだと思ったが、観察しているうちに選挙が近くて忙しそうだと判断して見送った」


数秒かかって隼人は目の前の宇宙生物が大学、刑務所、病院、と人が集まる場所で効率よく宿主を探していることに気が付いた。


そして政治家を操ることさえ可能なのだ。難民として来たからよかったようなものの、侵略者としてやって来たなら恐るべき脅威となっていたことだろう。


「そして5人目のお前を発見した。一週間ほど観察していたが、お前なら見込みがあると判断して今こうして接触している」


観察されていたことなど全く気が付かなかった。もしかしたら通りすがりの人間がカグヤに操られていたのでは、という不気味な想像が隼人の中に一気に広がる。


「もう質問は終わりか?ならば返答してくれ」


「ちょ、ちょっと待て。もう少し考えさせてくれ」


目の前の宇宙生物が言っていること自体はそこまで物騒でもない。人間に危害を加える気はなく、ただ静かに去ろうとしているだけ。


ならば協力したほうが地球にとっても波風が立たない、最良の道ではないかという結論に達する。


(けどな……)


今までの話が本当なのか、隼人に裏を取る術はない。何か別の恐ろしい目的があるのかもしれない。


(けど、この段階で疑っても答えは出ない…真偽を見極める為にも一緒に行動すべきか?)


色々な考えが浮かぶが、そうして思考を巡らすうちに自分の中に最大の理由が浮かぶ。


(…俺は…こんな機会を待っていたんだ………)


不安を抱えつつも、隼人は申し出を受けることにした。


「…わかったよ。協力する。お前が宇宙に帰る方法を探そう」


「協力してくれるか。よし!その返事を待っていた!」


両手を天に突き出して、ピョンピョンと飛び跳ねて喜びと感謝を表現するカグヤ。


それを見て微笑ましい気分になった隼人だがすぐに気を引き締める。


(これも演技かもしれない。宇宙生物を相手に気は抜けない…)


隼人がそう考えているとカグヤは右手を差し出した。


(握手は世界共通の言語か)


右手を出して隼人はその手を握り返した。


「では早速寄生するぞ」


「え…うわ!」


握手した途端にカグヤの体がドロドロに溶けていく。


とっさに目を瞑った隼人だが、遅かった。液体となったカグヤが自分の腕に滲みこんでいくところまでハッキリ見てしまった。


(…うう…終わったか……)


数秒後に目を開けた時にはすべて終わっていた。全く痛みはない。それどころか感触すらほとんどなかった。痕跡らしきものも残っていない。


(逆に怖いな…痛いよりもそっちのが……)


右手をグーパーチョキと動かして問題なく動くことを確認していると、カグヤの声が聞こえてきた。


『悪くない感触だな…念話のテストだ。聞こえているか?』


『ああ。聞こえている。ちょっと頭がキンキンするけど』


脳内に直接声が響くという、未知の感覚だったが隼人は自然と返事をすることが出来た。


(………ん?)


声が聞こえると同時に頭の中に数字が浮かぶ。


『…5545…?…なんか数字が頭に浮かぶぞ。カグヤ』


『ああ…それは今までに私が電波を浴びせて支配下に置いた人間の数…言い換えると操ることが出来る人数の数だ。…そうだ、ここで能力テストをやっておきたい。こやつらに何か命令をしてみろ。声に出して伝えるんだ』


『め、命令って言われても…』


裸エプロンの若奥様に命令する、というあまりに特殊なシチュエーション。隼人の心拍数が再び高まる。


(もしかして試験か…?…ここでエプロンを脱いですべて見せろ、とか命令したら「私利私欲の為に能力を使ったのでお前は失格だ」みたいな展開になるとか…?)


少し考えた末に無難な命令を下す。


「…みんな着替えてださい。普通の格好に戻ってください」


全員に聞こえる声で言ったはずだが、女性達は命令に反応せず直立不動を続けている


『なんだ。動かないぞ』


『もっと具体的に言わないと伝わらん。指示が曖昧過ぎるからどう動いていいのかわからんのだ』


カグヤが助言する。元の服に着替えさせる為にはどのように命令すればいいのか隼人は数秒考えた。


『元々の服は何処にあるんだ?まさかこの格好で俺の家まで歩いてきたわけじゃないよな』


『ああ。この家の廊下で着替えさせたから元々着ていた服はそこにあるはずだ』


「それじゃ…全員廊下に移動。そしてそこにある元々着てきた自分の服に着替えてください」


新たな命令は通ったらしく、全員が一斉に動き出した。きびきびとした動きで廊下へと向かう。


裸エプロンの状態で振り向けば、当然背中は晒す形となる。


(う…)


5つの尻に隼人の視線が吸い寄せられる。前側とは違って完全に露わとなった状態を見てしまった。


『また心拍数が上昇している…そうか…雄は雌の肉体に興奮するもの…知識としては知っているがやはり実感してみると違うものだな』


カグヤがそんなこと呟くと同時に、がさごそと着替えの音だけが聞こえてきた。その音も妄想を掻き立てるもので隼人のしばらく心拍数は収まらなかった。


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