すれ違い

 その日くらいからだろうか。

 私たちの関係は、ギクシャクするようになっていった。

 結ばれる前までは頻繁にやりとりをして、時には私のテンションが上がって深夜まで行き来が続いたメールやメッセージを、彼はあっさりと打ち切るようになった。 

「もう寝るね」だとか。「明日早いから」だとか。そういう文句によって、2人の愛のやりとりがあっさりおしまいになる日が続いた。

 デートの時も彼の気はそぞろになり、あるいは大学から一緒に帰る時であっても、彼の気持ちは私にではなく、別の方向へと向いているようだった。

 かと言って、彼が浮気をしていたわけではない。私も最初はそれを疑って、大学やデートで彼が席を外した際、ちょっとだけ彼のスマホを確認してみたりもした。ロックの外し方は彼の手つきを確認して知っていた。

 メールやメッセージなど、他人とのやりとりに不審な点はなかった。

 これは差別ではなく一般的な傾向としての話だが、同性愛者には恋愛感情なしに、性的な繋がりだけを目的としてSNSをしている人も多いと聞く。

 彼が私に肉体的に満足せず、以前へと逆行して男との快楽を貪っているのではないかと考えて、彼のスマホのホームにあったSNSも覗いてみた。

 アカウントに「鍵」はかかっていなかったので、私は彼のアカウント名だけを記憶し、スマホを元に戻した。


 愛情に満ち溢れたやりとりが短くなったせいで、夜が長かった。だから、彼のアカウントを掘り下げる時間はたっぷりとあった。

 彼のSNSは匿名での運営ではあったものの、不純な交際もその形跡も見つからなかった。ただやはり、と言うべきか、彼の「お気に入り」欄にはカッコいい若手男優や美麗な海外男優の書き込みや動画像がずらりと並んでいた。 

 私はホームページに戻って、彼本人の書き込みをじっくり眺めていった。

 私の知らないアニメか何かのネコのようなキャラクターのアイコンの脇に、一日数回、邪気のない文章や「課金したくないけど、○○は欲しいしな~!」のような単文が並ぶ。まるで面白味のないアカウントだった。

 しばらく遡っていくうちに、私はおかしなことに気づいた。


 このアカウントには、私との交際の記録がないのだ。

 まったく。なにひとつとして。 

 その代わりのように、私とのデートの日の、デートが終わった後には必ずと言っていいほど、「疲れたぁ」だとか「今日はちょっとつらかったな」だとかそういうネガティブな一言が呟かれている。

 私の名前や「彼女」という言葉はなかったけれどそれは近ごろになってより頻繁になってきておりここ2週間はほとんど愚痴が並んでいた。

 もちろんこれが私との交際を指して愚痴られている呟きであるとはっきり断言することは難しいとはわかっているのだけれど結ばれた翌日から不満不平が明らかに増えている事実は見過ごせなかったし結ばれた夜の翌日の昼過ぎに「やめておけばよかったな」などと書いてあることは絶対に見逃せないというか許しがたいことだった。

 不満があるのならば直接私に言えばいいのでありそれに私が反論したければ反論をしそのように対話を重ねていけばそれに伴って人と人との関係性がつまりこの場合は愛が深まっていくであろうに彼はネットに私の悪口を書いて終わりにしているすなわちそれは私を私との関係を大事に思っていないということでありその事実を突きつけられたからには私もしかるべき対処をしなければならないと心に決めた。


 それもこれもまず第一に、彼がゲイを公にしていないことがよくないのではないかと思った。

 世間には、特に海外には、ゲイやレズを公言する有名人が多くいる。彼らは素晴らしいと思う。特に隠し事をしない潔い態度が素晴らしい。

 だけど彼は、ヨシくんはどうだろう? ゲイであることを周りに隠し、私に隠れてSNSで私の愚痴を書き、そして今、理由を隠して私をやんわりと遠ざけようとしている。

 そういう、陰でコソコソやるような気持ちが、彼を彼自信の檻の中に閉じ込めているのではないか? それが、私のことを無下に扱う根本的な原因となっているのではないか?



 私は行動を開始した。



 ちょっとしたスキをついて、幾度も彼のスマホを探った。隙間のような時間も積み重ねれば膨大となる。アドレスやSNS、同窓会のメールのやりとりから、彼の中学を探り当てた。

 彼の家庭の事情も知れたことは幸運だった。彼はお母さんを早くに亡くした父子家庭だった。やっぱりな、と思った。お母さんの愛を知らないから、女の人が苦手なのだろう。ここに大元の原因があるのだ。


「こんにちは」

 私は彼の過去にいた人々に、このような感じのメールを出した。 

「私は今、義弘くんと付き合っている者です。最近、彼が昔のことでとても気に病んでいるようなのです。

 もしよかったら、相談に乗ってもらえませんか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る