交際
こうして、私たちは付き合うことになった。
彼がゲイであると自認していることは気にならなかった。男が好きになれるなら女も好きになれるだろう。つまりはそこに愛があるかどうか、2人が共に仲むつまじく生きていけるかどうかの問題なのだ。性別は関係ない。
私は彼を目一杯愛していたし、彼も、少なくとも最初の頃は私をちゃんと愛してくれていたと思う。連絡も頻繁にとった。デートにも行った。もっとも、「女の子がどういう場所に行きたいのか、知らなくて……」と言う彼に呆れて、私がデートコースを考えてあげたのだったが。
デートコース云々抜きにしても、彼は本当に女心というものがわからないらしかった。普通の男の子なら察してくれるであろう様々なこと、少なくとも私と付き合ってきた男の子たちは気づいてやってくれた気配りや行動というものを、彼はしてくれないのだった。
私がそのことをやんわりと指摘すると、彼は浮かない顔で最後はいつも同じ返事になるのだった。
たとえば、こんな風に。
「ねぇヨシくん」
──私は付き合いはじめてから彼のことをヨシくん、と呼んでいた。
「今日のごはん、本当はあっちのお店に行きたかったんだけど」
「えっ……でも今日はこっちでいい、って言ってたよね?」
「それは言ったけど……なんていうかなぁ、言外の意味? みたいな? そこは『いや、あっちに行こうよ』って、カレシらしく強引に言ってほしかったなぁ~って」
「あぁ……そうなんだ……」
彼はこの流れになると決まってこう言う。そして顔を伏せて、小さな声で言うのだ。
「なんか、ごめん」
けれど、それもこれも女性との付き合いの経験が足りないから来るものなのだろう。私は指摘はしても、怒ったりはしないであげた。
3度目のデートの夜に、私たちは一夜をともにした。私が「部屋、行ってみたいな」と囁いたのだ。彼は拒まなかった。
リビングで私が彼の太ももに指を伸ばすと、彼はビクリ、と身をこわばらせた。
「大丈夫。大丈夫だよ」私は耳元で吐息混じりに言った。
「やってみようよ、ね?」
女性への恐怖心があるのか終始ぎごちなかったけれど、彼の肉体はきちんと稼働したし、頑張ってくれたように思う。
コトが済んだ後の彼の顔には疲労の色が濃く、瞳の奥が濁って見えた。
「よかったよ」
私ははげまそうと思って、裸の彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「うん」
彼は私の方を見ずに、自分の部屋の天井ばかりを見ていた。心がここから離れていっているようだった。
その態度に少し腹が立った私は、イジワルを言ってみたくなった。
「えっ、もしかして……“はじめて”だったりした?」
「………………」
彼はしばらく黙って天井を眺め続けていた。そして唐突にぽつり、と言った。
「そうだよ」
「えーっ? 本当に?」
「いや…………なんか、気を悪くしたらあれなんだけど…………」
「うん、なに?」
「女の人とは、はじめて、っていう……そういう……意味で…………」
「……あぁ、そうなんだァ~。じゃあずっと、入れる側じゃなく、入れられる側、みたいな?」
「うん」
「じゃあ入れるのも、入れる側になるのも、今夜が最初だったんだ?」
「そう」
「うわ~」私は変な嬉しさと不思議な恥ずかしさに包まれて、思わず顔を覆った。
「そうだったんだ~。ヨシくんのはじめて、もらっちゃったんだ~!」
それから彼の体に身を寄せて、「でも、よかったよ!」と繰り返した。
「ヨシくんもよかったよね?」
「うん、よかったよ」
彼は上を見たまま返事をした。私の顔は、ついぞ一度も見なかった。
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