1125話 秘密造船所の転倒事故
海水浴から1週間ほどが経過した。
息抜きは済んだことだし、そろそろ真面目にヤマト連邦への潜入作戦に向けて準備を進めなければならない。
「ふう……。今日のノルマは終わりっと……」
「お疲れ様、ダーリン」
「お、お疲れ様でした」
モニカとニムが俺を労ってくれる。
俺は今、秘密造船所の一室に転移魔法陣を描いていた。
行き先はもちろん、ラーグの街だ。
「丁寧に描いてきた魔法陣も、完成が見えてきた。あと数日もあれば、設置が完了するぞ」
「おぉ~。さすがだね、ダーリン」
「これでいつでも、兄さんさえいればラーグの街に行けますね」
「ああ」
俺は大きく伸びをする。
最近はずっと、1日あたり数時間の作業が続いていた。
チートスキル『ステータス操作』で強化された俺は、肉体的な疲労はあまり感じていない。
MPや魔力も強化されているので、そこそこの大魔法を使ってもMP的な疲労もあまり感じない。
(だが、そんな俺にも多少の苦手分野はある)
その1つが、丁寧に魔力を込めながら転移魔法陣を描いていくことだ。
大魔法をぶっ放すのではなくて、魔力を適切な量に調整するというのは精神力を消耗する。
魔力云々を別にしたとしても、単純に細かい作業を延々と繰り返すというのがあまり好きではないのだ。
「あ~……。癒やされるぅ……」
「きゃっ。ちょ、ちょっと、ダーリン……」
「兄さんは甘えん坊さんです……。まだ、夕方ですよ……?」
俺は隣で作業をしていたモニカとニムを抱きしめていった。
2人とも、満更でもなさそうに頬を赤らめている。
「よいではないか……。よいではないか……。ほれ、ここがええのんか?」
「もう……。調子に乗りすぎだよ、ダーリン」
「に、兄さん……。くすぐったい……です……」
俺が2人の耳を触ったり、首筋を撫でたり、胸を揉み始めたりするたびに、彼女たちは甘い声を上げる。
しばらくそうやって、3人で戯れる。
「さて……。いつまでもこうしていたいが、そういうわけにもいかない。少し休憩したら、『猫のゆりかご亭』に戻るか」
ここは秘密造船所の一室。
寝泊まりできないこともない。
だが、Dランク冒険者タケシとしてオルフェスに滞在するならば、やはり『猫のゆりかご亭』に泊まった方が自然だ。
そういう考えから、俺たちは引き続きサーニャちゃんにお世話になっている。
「そうだね。帰り際、造船の進捗状況を見ておこうよ」
「もうそろそろ完成しそうな感じでしたね」
モニカとニムが言った。
俺は毎日のようにこの部屋に来て、転移魔法陣を描き進めている。
だが、造船作業の邪魔になってはいけないので、進捗の確認は控えめにしていた。
久しぶりに確認しておくのもいいだろう。
「よし、それが良さそうだな。じゃあ――ん?」
俺たちが部屋の出口に向かっている時だった。
ドゴォン!!
そんな大きな音が聞こえてくる。
「な、何事です!?」
「まさか、敵襲?」
「いや、そんなはずは……」
3人して顔を見合わせる。
俺たちはすぐに音の発生源の方へと駆け出した。
そして――
「おい! 大丈夫か?」
「ハイブリッジ卿!!」
俺は音のした方へと向かうと、そこには焦り顔のゴードンと、倒れ伏しているムウの姿があった。
近くにはムウの助手、メルルもいる。
ムウは血を流しており、意識を失っているようだ。
「これは……。怪我をしているのか?」
「はい……。実は、彼女が高所で仕事をしていたのですが……。突然、バランスを崩し転倒してしまったようで……」
「なに?」
俺は周囲を確認する。
倒れた脚立のようなものがあった。
あれが立った状態の高さから転倒したのなら、大ケガをしてしまってもおかしくない。
「安全対策が不十分だったか」
「はっ……。私たちは特務隊なので最低限の安全対策しかしていませんでした。ですが、ムウ殿やメルル殿は別の対策が必要……。そこまで考えが及んでおりませんでした。このゴードン、痛恨の極みです」
「……」
ゴードンは『鉄血』の二つ名を持ち、造船技術と戦闘の両面において優れた能力を持つ男だ。
彼の部下である作業員たちは、造船がメイン。
ただ、特務隊としてそれなりの身体能力は持っている様子だ。
普段は街の工房で働いているだけの、ムウやメルルとは違う。
この作業場は、特務隊基準の安全対策しかされていないらしい。
ムウやメルルにとって危険すぎたのだろう。
そして、残念ながらムウがその犠牲になってしまったというわけだ。
「は、ハイブリッジ様……。これは私たちのミスです。作業への影響は出ないようにしますので、ど、どうか処罰は……」
ムウのお手伝いであるメルルがそう懇願してくる。
彼女は泣きそうになりながらも、必死で謝罪の言葉を口にした。
「……バカなことを言うな」
普通に考えれば、作業員の安全を確保するのは雇用側の責任だ。
ここの責任者はゴードンだが、作っているのは俺たち『ミリオンズ』のための隠密小型船。
つまり、ムウがケガをしてしまったのは俺の責任であるとも言える。
「ひぃっ!? そ、そこをなんとか……。ムウさんの分は、徹夜してでも取り返しますから……」
メルルは俺が怒っていると勘違いしたようだ。
そこまで怖がられると、逆に悲しいな。
俺は狭量な男だと思われているらしい。
彼女との付き合いも、もう1週間ほどになるのだが……。
まぁ、初日を除けばほとんど会話していないので、仕方がないといえば仕方がないことなんだけど。
誤解を解いておきたいところだが、それよりも優先すべき事柄がある。
「――【リカバリー】」
俺は即座に治療魔法を発動させた。
今後の安全対策とかメルルへの説明とかもあるが、まずは彼女の傷を治さなければならない。
「ん……んん……」
ムウが声を漏らす。
命に別状はないようだ。
しかし、しばらく待っても目を覚まさない。
打ちどころが悪くて、脳に異常が生じているのか?
いや、これは……体内の魔力回路の問題かもしれない。
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